第73話 地球の品を売っておこう
ヤメーメの両替所へ向かっているとき、チャウ丸が言った。
「これまでと雰囲気が変わったんじゃないか」
「信号機が動いているわ」
たしかにあの信号は、これまでただの飾りだったもんな。
おそらく獣魔気というエネルギーで信号機のランプをつけたのだろう。
ただ車が走ってるわけじゃないから、ランプは気分的なものか。
まもなくして「質屋オフスプ」の看板が見えてきた。
ただ――
お店の外で顔を何かに近づけている主人のオフスプさんだけど······
「アレって、ウォシュレットだよな?」とチャウ丸も気づいたようだ。
だよね?
オフスプさん、ウォシュレットで水飲んでるけど、図書館とかにある冷水機的なこと?
あれ、なんかすごくイヤなんだけど。
えっ、イヤじゃないすか?
しかもよく聴くと小さな音が出てるが、まさか音ひ○か?
〝便所で姫ってなんだよ〟と前から思ってたのは、たぶんジーコの潜在意識だろう。
警戒しながら近づいていくと、オフスプさんもこっちに気づいたようで、ようやくウォシュレットから満足げな顔を離した。
「あら、いらっしゃい」
おれがじっとウォシュレットのほうを見てると「飲みます?」と聞かれ、すぐに拒否。
「せっかくだし、飲んどけば?」
いや、さっきからシャムりん、〝せっかくだし〟の使い方がなんかおかしくない?
どう考えても、こんな飲み方はアカンでしょ?
でも文化の違いみたいなこともあるし、注意するにもなんか気が引ける。
たぶんここでも人間界の情報を誤って解釈しちゃってるのだろう。
こりゃ触らぬ神に祟りなしだな。
まさか紙はないよね――ふぅ、冷水機専用みたいだ。
主人のオフスプさんは、〝今回はどんな品をお持ちくださったのですか〟って期待顔だ。
これまでの付き合いからも、おれたちが珍しいものを持ってくることを知ってるからね。
そしてチャウ丸は、地球から持ってきた品を、容量ほぼ無制限の風呂敷袋から出していく。
車のハンドル、壊れたヨーヨー、オイルなしのライター、未使用のオムツ······
主人の目がどんどん見開き、しまいには「むほぉ」と嘆息を吐いた。
〝さすがは伝説の三銃士様です〟とでも言いたげな敬意が、顔面からどばどば漏れ出ている。
「これはスペードの9がないんだけどね」とトランプを差し出すチャウ丸。
「いいですよ、いいですよ。ハートの女王があるのなら」と、まったく気にしない様子のオフスプさん。
ああ、不思議の国のアリスに出てくる、イバッたおばはんね。
さてはこの人、トランプのゲームをよくわかってないな?
将棋の駒(桂馬と香車だ)もよろこんで受け取り、すべて合わせた勘定で80ヤメーにもなったのだから驚きだ。
こんなガラクタでおよそ8万円だよ?
地球にもやさしいし、なんかいいことしてる気分になるよ。
おれも庭先から持ってきた洗濯バサミを六個渡した。
「これもじつにすばらしい品ですね。一個3ヤメーといったところですが、タタロオさんにはいつもお世話になってますから、合わせて20ヤメーということにしときましょう」
なんかすみませんねえ。
こんなことがまかりとおるなら、いずれ経済市場がぶっ壊れてジンバブエやベネズエラ級のハイパーインフレみたいになるんじゃないのって感じだよ。
て、異世界の市場や経済の仕組みは知らんのだけどさ。
買取代金の銅貨を受け取るとき、オフスプさんが聞いてきた。
「ところでこういった品々はどうなさってるのですか。やはり旅をしているときに集めてこられたのでしょうか?」
「まあそんなとこだね」サラッと返すチャウ丸。
地球との行き来を疑われたらいろいろ厄介なので、満面の笑みに見送られながら両替所を離れるおれたち。
地球のガラクタを持っていくだけでこんなに喜ばれるなんて、いまだに驚きだわ。
でもだれかに喜んでもらうのって、気持ちがいいもんだね。
これは人間のカラダになってはじめて知ったことだ。
ということで、おれたちは作戦会議も兼ねて〈ミミの酒場〉へ。
おれは一番安いものがどれかを探しつつ、けっきょくいつもの獣汗酒を注文。
最初は獣の汗から作るドリンクに引いたものだが、警戒するのもめんどくさくなってるし、ほかに注文できそうなものもないもんね(メニューにある九番搾りはなんか怖いし)。
何ごとによらず、慣れって怖いよね。
チャウ丸はおつまみと「獣カクテル」なるものを注文し、真っ黒の液体が木のカップに出てきた。
「どお?」
「まあ、べつにって感じだな。飲む?」
「じゃあ少し」
そしておれもひとくち――
うーん······
ジーコの脳によると、アイスコーヒーに酢を入れたみたいな味なのかな。
「にしても、タンニシのメシはうまかったなあ」
そこでおれはふと思いつく。
「そういやシャムりんの人形、召喚術が使えるよね? それでタンニシのメシを呼び寄せることはできないの?」
「そうね、ためしてみるわ」
シャムりんは「チャンネル」のカバンからお姫様人形の〈はけ口ドール〉を出すと、目を瞑ってブツブツ。
よく聞くと「おねがいします、おねがいします」と言ってる。
そこでシャムりんが目を開ける。
「無理みたいね」
あきらめ、はやっ。
やっぱりこの人形の召喚術は、まだかなり限定的みたいだね。
「もし召喚が成功してたら、毎日タンニシのうまいメシ食えてパラダイスのできあがりだったがな」
「あそこのごはん、天国にある五つ星レストランレベルだったわよね」
たしかに毎日あんなもの食べれたら、もうほかは何もいらんわって廃人(廃犬)決定だ。
パラダイスって言葉の語源は、たしかペルシャ語で「壁に囲まれた土地」とかだったはずだが、あそこはまさに美食の壁でガチガチに固めてる感じだもんな。
おれはあらためて、地底で聴いたスメル元帥の声のことをふたりに話した。
タンニシでは買い物や城を訪れたりとバタバタしてて、話す機会がなかったからね。
「ふーん、この大陸は大昔に嗅魔王ってのが支配してて、それに抗ったのが三銃士も絡んでくる戦国時代で、国ごとにいる季節神が伝説の大陸の誕生に関わっている可能性があるんだな」
「そしてスメル元帥は、ダークエネルギーなんたらで、その嗅魔王の復活と、ふたたびこの大陸を魔族が支配することを求めてるのね?」
あくまであのとき聴いた声をおれなりに解釈しただけだから、ほんとのところはどうかわからないけど、だいたいそんなニュアンスだった気がする。
「嗅魔王か、おもしれえな。だったらスメル元帥もろとも、ぶっつぶすまでだな」
「いやいやいや、そういうのには関わらないほうが絶対いいって」とおれは全力で主張。
チラッとシャムりんを見ると、「あたしはべつにどっちでもいいわよ」とのこと。
そしてポリポリ何かを食べてるので、いちおう尋ねておく。
「これ、前にヤメーメで買っておいた〈聖女メシ〉って商品。いる?」
ふーん、たしか人間界にも、なんたらメシみたいなお菓子があったような気もするが、その聖女バージョンってこと?
じゃ、ひとつだけ――
うーん······これまた出汁を入れ忘れた味噌汁くらいに微妙な味だな。
野球でいうなら、バントがあまり得意じゃない二番バッターってところか。
〈聖女メシ〉は地球で商品化はやめといたほうがいいかもね。
そこで店にいた二人組が、好奇の表情で近づいてきた。
やはり伝説の三銃士の噂によるものだろう。
べつにおれは三銃士だと思われたいわけじゃないけど、でもじつはほんの少しだけ心地よさもあるんだよね。
繊細な人には同意してもらえると思うけど、仮面をつけたり偽名で活動すると、なんか安心するみたいなところがあるじゃない?
たぶん三銃士になりきることって、そんな感じなのかもね。
彼らのはしゃぐ様子からも、シャムりんにファンがついているのがわかる。
こんなにセクシーな格好をしてたら、だれだって惹かれるよね。
しかも愛嬌があるから人気が出ないはずがない。
両親に恵まれなかったマリリン•モンローがスターダムにのしあがったみたいに、シャムさんも華やかな下剋上があるかもしれませんね。
ほら、何かを目指している人もそうだけど、人生っていつ大どんでん返しがあるかわからないっていうじゃない?
そういやシャムりんがはじめてヤメーメの服屋でこのレオタードを買ったとき、たしか札に「魔性のドレス」って書いてなかったっけ?
てことはドレスの効力もあって、これほど民を引きつけてるってのもあるのかな。
漆黒のレオタードは、異様なほど妖艶さを醸し出してるもんな。
まさか人を幻惑する魔波が宿ってたりして。
そこで――
おっ、あの耳ながは、ルイス・キャロルのアリスに出てくる三月ウサギ······ではなく、ヤメーメ城で働くウサ坊主さんじゃないか。
向こうもこちらに気づき、民たちと入れ替わりで近づいてきた。
「あいかわらず、すごい人気ですね」
「キングはもう帰ってきた?」
「まだお戻りになられていません」
ということは、今もタンニシ王国で過ごしているのかな。
娘さん探しが不発に終わったことのショックもあるだろうし、ゆっくり過ごしてもらいたいものだね。
おれがタンニシまでの道中の話をしたあと、ウサ坊主が言った。
「そんなに魔物を仕留めたのであれば、魔感石も相当なものではないですか。回収してきたんですよね?」
「もちろんさ」とチャウ丸が得意げに答える。
「であれば、さっそく聴神様のところを訪ねるとしましょう」
聴神様に魔感石を渡すことで、おれたちの能力がさらに開発されるみたいだもんね。
では古くからヤメーメで崇められている、あの変なじいさんのところに行ってみますか。
スッキリした喉ごしの獣汗酒をグビッと飲み干し、民にチヤホヤされながら店を出たのだった。




