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第71話 リナとふたりっきり

 宿屋の一階にある談話室でリナとふたりきり。


 あのね、あたしゃ、こういうのがすこぶる不得手なんですよ。


 鼓動が部屋いっぱいに漏れて、空気のほうが“なんだなんだ”と驚いているんじゃないか? 

 ドクンドクンが〝ちんねんティーシャツ〟の上から透けて見えてない?

 落ち着け! 落ち着くんだ、ワンちゃん!


「何か飲みますか?」

「ん、ああ、うん、だいじょうぶ」


 なんだこの曖昧で玉虫色な返事は。


 日本人お得意のどちらとも取れる表現炸裂じゃないか。

 日本のみなさん、この場合の〝だいじょうぶ〟はどっちなのか教えていただけませんか。


 リナも〝だいじょうぶってどっち?〟みたいな顔をしていて申し訳なかったので、ジェスチャーを加えて今はいらないことを伝えてみた。


「いいお天気ですね」

「あっ、ああ、うん」


 窓の外に目をやるも、景色が(かす)んで見えるのは、すでに頭がパニクってるからですね。


「ヤメーメの外ってどんなところなの?」

「うん、ふつうだよ」


 ゼロ点の返答だ。

 これじゃダメ、もっと何か言わないと。


「えーっとそうだね、嗅商王国は香りを重視しているから、お店でドリンクを注文しても、とても香ばしい飲み物が運ばれてくるんだよ」

 

 それとタンニシの食べ物のことを、わりとていねいに話してあげた。

 目をキラキラさせて聞いてたから、たぶんリナは食べるのが大好きなんだろうな。

 カンポさん、いい娘さんに恵まれましたね。


「ステキね、行ってみたいわ」


 かわいい顔をほころばせるリナ。


「ヤメーメの人はあまりあっちには行かないんだったっけ?」

「うん、草原は危険だし、ヤメーメはずっと元気がなかったから、旅行をする人もそんなにいないかな。でもこれからは変わってくるかもしれない。だって三銃士のチンネ······あっ、タタロオさんがいるんだから」

 

 あやうく〝チンネンでいいよ〟と言いそうになったぜ。

 ダメダメ、だっておれ、伝説の三銃士のエンペラー珍念さんじゃないんだもん。

 

 とそこで、おれはハッと思い出した。


「そういえば······」 


 そしてゴソゴソと手提げ袋をあさる。


「あの、これ······タンニシ王国に行ってきたときに見つけたんだ」

「まあ、ステキ!」

「これをどうかなと思って」

「えっ」


〝わたしに?〟みたいなハニカミ顔にも見えるが、やはりおれの曖昧表現が戸惑いをもたらしてるようだ。


「そう、リナに」

 

 あっ、おれ、いま、はじめて本人の前で名前呼んじゃったっ♪······


 まさに今は赤面マックスだな。

 顔から熱を発してるのがわかるもん。

 薪が切れたらこの顔に手をかざせば暖をとれて、北国の人に喜ばれるかもね。


 見るとリナもほんのり頬を染めている。

 あれ、これって、やっぱり······おれのことを······いーや、調子に乗るな、イヌドッグ!

 

 気合いで平常心を意識しながら桜ぽい形のネックレスを手渡すと、リナはそれこそ花がパッと開くように顔に笑みを広げた。


「つけてみたら?」

「うん、お願いしていい?」


 エッ······?

 ちょっ、えーっと、どうやるんだっけ······


 まずはリナの背後に回りと。

 し、失礼します。

 

 ただ距離近くね?

 

 手がじゃっかん震えてるのがわかるぜ。

 おい、ジーコ、あんたどんだけ小心者なんだよ!

 と飼い主のせいにして逃げようとするおれ。

 

 なんとかかんとか、リナの細い首にネックレスをつけることができた。


「どう?」


 キラキラした笑顔を向けるリナ。


「うん、とても似合ってるよ」


 これは本音だ。

 彼女のために桜が世界に誕生したんじゃないかってほどだ。

 まだ先ほど鼻に届いたリナの髪の毛の匂いが、鼻腔のところで愉快に踊っている。


 しばらくゆるい沈黙――


 たぶんリナはおれのお土産に感動しているのだろう。

 おれはというと、ほとんど頭が働いておらず、休止モード進行中だ。

 マウスでポチれば脳の画面がパッとつくんだろうけど、それさえできないほどぼんやりしてるからね。


 まさか人間にこれほどの心の動きがあるとは思わんかったよ。

 イヌの頃だって、こんなにかき乱れたことはないもんね。

 よくもまあ、人間様は複雑な心を持って日々やってるもんだ。


 そこでリナがまぶしい笑みを向けて言った。


「わたしも今度、どこかに行ってみたいな。あっ、そうだ。以前、タタロオさんは獣魔気の転換所のことが気になると言ってましたよね? わたし、あそこの所長さんと知り合いだから、今度一緒に行きませんか?」


 ただすぐにリナの表情がくもる。


「あっでも、タタロオさんは忙しい人だから······」

「いや、激ヒマだよ。行こうよ!」


 すぐに言葉が出てきてくれた。

 よっ、人間様の脳、ナイス!

 ジーコ、やるじゃないか!


「わっ、ほんと!? うれしい! じゃあ、所長さんに話を通しておくね!」


 言質を取ったからもう逃がさんぞ、といった勢いだ。

 リズミカルな歩行で部屋の外へ向かうリナに対し、おれは宇宙遊泳ばりに足元がフワフワしている。

 

 えーっと、これってデートってことだよね?

 

 おお、とうとうおれにも春が来たのか――


 でも桜ってすぐに散るよね?

 いかんいかん、得意のネガティブシンキングは一刀両断だ。


 すると廊下に嗅商の宿泊客がいた。

 そして口を開く。


「さすがはチンネンさま。モテモテではないですか」


 おいっ、キミッ、見てたのかっ!?

 まさか、のぞいてたのかっ!?

 

「ぜひともお二人で嗅商へ遊びにいらしてください」


 顔にじゃっかん冷やかしの色を貼り付けて離れていく眉毛つながり男。


 ったく、この覗き魔! 

 変態っ!


 でもそうだね、リナと遊びに行けたらステキだワン♪


 宿屋を出ると、チャウ丸とシャムりんが待っていてくれたようだ。

 そしてシャムりんがひと言。 


「接吻してきたの?」


 いやいや、おかしいでしょ?


「ええなあ、おれもチューチューしたいわあ」とチャウ丸。

「いや、してないからね」と言ったが、その声は届いてないようだ。


 見ると風呂敷袋から魔動物のサワラが顔を覗かせている。

 うーん、こちらもかわいすぎるぜ。


 なんだか外の空気がおいしいなぁ。

 世界が輝いて見えますが、はて、なんででしょうね?


 よおし、みんなで村を散歩しましょう!


 ということで、久しぶりにヤメーメの村へおれたちは向かったのでした。

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