第68話 プードル博士のスーパードッグ論
「ほれ、おみやげ」
チャウ丸は風呂敷袋から出したものを渡している。
どうやらタンニシ王国のお土産屋で、彼らの分を買ってたみたいだね。
チャウ丸っておおざっぱな性格のわりに、ずいぶん気の利いたところがあるんだな。
「どこに行ってたのよ?」とゴールデンレトリバーのレトリばっちゃん。
「地球の裏側さ」
まあ、あながち嘘でもないもんな。
当然だが、みんなはキョトンとしている。
そこでチャウ丸がプードル博士に尋ねる。
「地球と別の世界がどっかの通路でつながってる、みたいなことってあるものなの?」
おっと、その話題かよ。
どうやらまだ彼らには、ヤメーメのことは話してないらしい。
「ああ、ときにそういうことはあるだろうね。そういった研究もなされておる」
この博士はどこかで教授でもしているのだろうか。
イヌの世界でも知識を伝達する場はいくつもあると聞く。
おれはあまり外を出歩かないから、わからないんだけどね。
「研究ねえ。で、じっさいに見たことあるの?」とチャウ丸。
「一度だけだがね。ただそのあとをついて行ったわけではないから、詳しいことまではわからん」
「そのイヌはどうなったの?」
「戻ってこなかったね。私が知るかぎりでは」
「死んじゃったってこと?」
プードル博士は無言。
な、何か言ってくださいよ、怖いじゃないですか。
そこでプードル博士が口を開く。
「そういう通路を通ったとき、イヌは人間の姿に変わるらしい」
「化けるってこと?」とブル仲本。
「半分はイヌの姿が残るみたいだから、フュージョンに近いと考えられている」
さすがは博士、ずいぶんと情報をお持ちのようだ。
その見解、だいぶ合ってると思いますよ。
なんせ我々は経験者ですからね。
「だが一度ヒトの姿になると、その後はどうなるかわからん。本来の能力が上がることもあれば、下がることもあるだろうね」
「鼻が利かなくなるってこと?」とレトリばっちゃん。
心なしか、化粧が濃い感じがするのは気のせいか。
でもイヌは化粧しないか。
服は着せられることはあっても。
まあ、おれは年中すっぱだかだけどね。
よそ様のことは、よくわかりません。
「イヌとヒトのフュージョン化はきわめて危険でもあろう。なんせ人間の脳が入り込んでくれば、遺伝的に受け継いできたイヌの細胞がパニックを起こす可能性があるからね。情報パンクだって起こりかねない」
「頭が爆発するのかしら?」
レトリばっちゃんがおもしろおかしく質問。
「おおいにあるだろうね」
おーい、ここにフュージョンしちゃったイヌがいますよぉ!
おれはよほど叫びたい気分だ。
博士が持つアカデミックな知識をもっと聞かせてもらいたいところだが、チャウ丸がマガハラ大陸のことを秘密にしている以上、勝手に口をひらくわけにもいかない。
「でもある一説によると――」
プードル博士の声に、おれの耳はダンボになる。
「通常のヒトの能力を超えるスーパーヒューマンになる可能性もあるとか」
「つまりスーパードッグだね」と顔のしわをさらに深めるブル仲本。
「空を飛べるとか? 口から炎を吐くとか?」
「さあね。私も試したことがないからわからんよ。まあ試せる機会があっても、怖くて遠慮するかもしれんね」
げっ、博士、本音炸裂じゃないすか。
「ギャンブルなのね」とレトリばっちゃんが言ったところで、おれとチャウ丸の目が合った。
〝おれたちはまさにギャンブルの真っただ中ってわけか〟という無言の対話だ。
「なぜ突然、そんなことを聞いたんだね?」
プードル博士に問われたチャウ丸は、「べつに。なんとなくふと思っただけ」とサラリとかわす。
こういうのって、おれは顔に出ちゃうけど、チャウ丸は役者だなあ。
「まあ地球は気候変動、環境破壊、生物多様性の喪失とすでに待ったなしの状況だし、格差社会では自分たちさえうまく逃げ切れればいいと考える利己的な人間も多いと聞く。できるのなら地球から退散したいものだが、もしそんな通路を見つけたら、ぜひこちらまでご連絡を」
その紙には、よくわからない文字がごにょごにょ書かれてある。
もちろん人間が使う電話番号とかではなく、彼らだけの秘密の暗号だ。
すでにみんなのあいだで特殊なコミュニティが築かれているわけだ。
こういうとき、上手に飼い主から離れて動ける彼らをうらやましく思ったりするもんだ。
おれも、もうちょっとプチ家出の技を磨いていかないとな。
そこでシャムりんがやって来た。
たぶん猫の集会が終わったのだろう。
「シャムりん、またきれいになったんじゃない?」とブル仲本。
その顔からも、もともとシャムりんに気があったらしい。
なるほど、イヌが猫に心がなびくこともあるわけね。
「べつにふつうよ」と言いつつも、シャムりんはまんざらでもない感じだ。
たしかにヒトの姿になってから、少し雰囲気が変わってきた気もする。
ヤメーメでもそうだが、シャムりん、モッテモテだなあ。
「もっときれいにカットしたいんだけど」と自分の毛に目を向けるシャムりん。
みんなとちがってシャムりんには飼い主がいないから、人間が経営する店に出入りすることが、ちとむずかしいもんね。
そこでおれはふと思い出す。
「そういえばジーコがトリマーになりたいって言ってたよ」
「そうなの?」と目をかがやかせるシャムりん。
「まだ高校生だけどね。もしその道へ進んだら、いずれカットしてもらえるかもね」
「ふーん」
だったら今のうちからお近づきになっとかないとね、みたいな様子だ。
ゲームとラノベ三昧のジーコがトリマーなんて、話を聞いたときは耳が壊れたかと思ったが、はたしてどうなることやら。
「そろそろあるじが部下いじめを終えて帰ってくるから、このあたりで失敬するよ」
「わたしもやばいわ。不在がバレたら、うちの飼い主、ヒステリックな声をあげるから」と腕時計を見るしぐさをするレトリばっちゃん。
たぶん飼い主のマネをした冗談なんだろう。
飼い主の文句を言いまくったことで、みんなの表情はなんかスッキリしている感じがするな。
まあ人間にもろくでもないヤツはたくさんいるみたいだもんな。
パワハラモラハラかあ······
最近はカスハラとかジェンハラ、太っ腹とかいろいろあるんでしょ?
どんなものかさっぱりイメージできんな。
うちのパパが痴漢常習犯でないことを願うばかりだ。
みんなが去っていったあと、チャウ丸が言った。
「スーパードッグだってよ」
「じっさい鼻が利くようになった感じする?」
「まだわからんが、これから急成長ってこともおおいにあるかもな。スーパーマッチョになれれば万々歳だな」
ちからこぶを作ってみせるチャウ丸。
スーパードッグねぇ。
「もしかすると明日から長旅になるかもしれんし、物資をまとめて調達しとくか」
たしかにマガハラ大陸では、いつ何が起こるかわかったものではないもんな。
今はそれなりにカネがあるとはいえ、ガラクタを集めて売りさばいといたほうがよさそうだ。
油断すればすぐにすっからかんになり、痛い目をみるものだからね。




