第66話 ジーコからの意外な告白
「タタロオ、なんだかひさしぶりだね」
えっ?
開口一番でそうきたのだからビビったよ。
やっぱりだいぶ長い時間、犬小屋をあけてたのかな?
〝おれ、どれくらい、いなかった?〟なんて尋ねることはできない。
するとこうきた。
「中にいることが多いけど、そんなに居心地がいいの?」
まあね、とおれは尻尾を振ってみせる。
ここはごまかさないとな。
「昨晩はまったく顔を出さなかったじゃないか。ふてくされてたの?」
なーんだ、そのていどか。
たぶんメシを持ってきたときに、おれが姿を現さなかったことをぼやいてるのだろう。
あれだけマガハラ大陸にいて、地球ではせいぜい一晩くらいしか経ってないということか。
向こうの何日間がこっちの何時間みたいな正確なことはわからんが、強烈に時間の進行がちがうのはたしかみたいだね。
まあそうでなきゃ、今ごろあっちの世界とつながるこの犬小屋も撤去されてるだろう。
そうなったらジ・エンドだ。
いくら人間の姿が好きとはいえ、地球を永遠に失うのはやっぱりさみしいからね。
そこでジーコが口を開く。
「タタロオ、ちょっと話を聞いてくれよ」
おっ、どうした?
ずいぶん弱った調子だな。
そしてジーコは自分のことを語りはじめた。
ダラダラしゃべっていたが、簡単にまとめると、どうやら好きな人ができたらしい。
「――それでそのミオちゃんは動物が好きなんだ。タタロオ、どうすればミオちゃんとつきあえるかな」
そんなの知らんよ、イヌのおれに聞くなって。
そうか、そうか、ジーコが恋ねえ。
そこでおれは、ヤメーメ王国の宿屋の娘リナのことを思い出すわけだ。
すると胸がギュッとしめつけられることに。
なんだこの感じ?
いやいや、おれまでその······こ、恋をしてるわけじゃないよね?
まさか飼い主と従犬が足並みそろえてパターン?
とたんに顔が緊張してきたが、いまはイヌの姿なので人間にはバレない程度の変化だ。
でも胸を締めつける感じがするってことは、人間の心の作用もカラダに残っているということか。
その後もジーコはいろいろしゃべってたが、要するにその女の子が相当かわいいことを言いたいだけらしい。
高校生の恋って、ずいぶん熱が入ると噂で聞いたことがあるが(あるいはジーコが読んだラブコメの知識か?)、まさにジーコが地でいってるわけね。
で、どうすればつきあえるか、だっけ?
まあ、がんばれとしか言えんよね。
そう思ってたら、ジーコが言った。
「――というわけで、おれトリマーになろうかなって思ってるんだよね」
おお、ジーザス······なんて安易な発想······
トリマーネタで女の子の気を引こうってわけかい。
でも人間の職業選びって、あんがいそういう〝なんとなく〟だったりするのかな。
そのあたりの人間事情も、やっぱりイヌにゃわかりません。
当然、おれへの相談で解決するはずもなく、ジーコは背中を丸めて去っていった。
まさかおれがいいアドバイスをくれると思っていたわけでもないだろうし、ただ誰かにしゃべりたかったんだろうね。
恋バナって、つい誰かに聞いてもらいたくなるものみたいだし。
トリマーのほうは「がんばってみれば?」と言いたいところだが、犬の姿に戻ったので「くうん(そうだねえ)」と同調してやるのが関の山だ。
ふーん、ジーコが恋ねえ。
あんなに気弱になるってことは、恋愛ってのもけっこう厄介そうだな。
そのまま自分に返してみる。
うん、おれのこれは、たぶん恋愛とはちがう。
ただ想いを向けられているだけだ。
いーや、それさえ怪しい。
シャムりんにかつがれているのかもしれない。
変に真に受けて勘違いだったらサイアクだし、浮かれないようにしないとな。
信用しすぎたら痛い目にあうことを、「飼い犬に手を噛まれる」なんていうもんね。
飼い犬が噛まれてどうすんのって。
このあと、めずらしく村山ファミリーとお出かけすることになった。
たまに人間の都合でこんなパターンがあるからね。
突然車に乗せるなんて、まったくどういう風の吹き回しだよ。
「ほらっ、タタロオ、シートに乗っからないで! ちょっと待って!」
来たよ、だから車乗るのメンドーなんだよね。
そしてウェットティッシュで肉球のある足をゴシゴシ拭かれるわけだ。
「もう、こんなに毛を落として」
じゃあ乗せんなよって感じだが、なんも言えんのは哀しいよね。
車の中で彼らを観察。
どうやらパパがパチンコで大勝ちしたらしく、それで家族サービスみたいだな。
「仕事なんてしたくねえな。ずーっとギャンブルで食っていけねえかなあ」
あーあーあー、本音出ちゃってるよ。
ママ、この男のどこに惚れちゃったのよ?
一度好きになったら、あばたもえくぼみたいなことだったの?
「いいかげんにしてくださいね」とママ。
「そんなに都合いいもんでもないっしょ」とジーコ。
「なんだと一年坊主」
「もう次で二年だし」
ふーん、ジーコはこの春から高校二年生か。
てことは、今は春休みなのかな。
学業とやらもいろいろと大変そうだな。
と思ってたら、カバンから『トリマーになるには』という本がのぞいでいて、ほかにもゲームの攻略本と、かわいいイラストが描かれたラノベの本も見える。
トリマーの話、ガチだったんだな。
そのときパパもトリマーの本に気づいて、「お前そんなのになりたいのか」と言ったが、ここの関係は子の心親知らずって感じだよな。
あるいはジーコもパパに似てずぼらな一面もあるから、蛙の子は蛙と言えなくもないか。
にしてもラノベのコミックは気になるな。
作者はだれだ?
きっと書籍化するまでも、血のにじむような努力をしたんだろうな。
それに引きかえイヌのおれは、のんべんだらりと気楽な身分だ。
イヌには努力って概念がないからね。
だらけるのがお仕事。
どうか作家を目指す人も、無理はせずご自身をいたわってくださいね。
ママは保健所の活動についてしゃべっている。
あれ?
ママそんなところにたずさわってたの?
そいつは知らなかった。
話を聞いていると、どうもおれのことを飼い始めてから人間の愛玩動物である犬猫に興味がわき、いろいろと事情を知ったのだとか。
ふーん、この話を保健所出身のチャウ丸が聞いたら驚くかもね。
芝生のある広めの公園に着くと、ジーコとフリスビー。
ジーコはおれがキャッチするのがよほど好きらしいので、期待に応えるわけだ。
ええ、フリスビー、そりゃ楽しいすよ。
鳥を見かけても、つい追いかけたくなる衝動に駆られるんだから、困ったもんだな。
それでわかったのだが、どうも人間の姿のときよりも、こっちのほうがだいぶ走りやすいし、体力だってあるみたいだ。
つまり犬小屋を通じて人間の姿になることで、たぶんジーコの体質も加わり、体力がガクッと落ちてるらしい。
人間の姿になることで世界の色が鮮やかに見えるのはけっこう楽しいが、その代償として体力が落ちるんじゃあ、なんだかなあって感じだ。
とにかく今は瞬発力がぜんぜんちがうぜ。
この能力をそっくりそのままあっちに持っていきたいけど、魔力を上げていったらそのあたりのこともカバーされんのかな?
フリスビーをキャッチしながらも、〝早くあの姿に戻りたいなあ〟なんて考えるわけだから、よほど魔力を使えることを楽しんでるみたいだな。
できればラノベ大好きジーコに、この話をたっぷり聞かせてあげたいところだ。
たぶんジーコは、ジェット噴射の鼻息を出しながら興奮して聞いてくれるだろう。
おれが魔力に喜びを感じてるのも、ジーコの脳とフュージョンしたからってのもあるだろうし。
そのあと彼らが外食してるあいだ、おれは車の中でさみしく留守番。
ちっ、おれも連れていってくれよと当然思うが、地球ではイヌは入れない場所がけっこうあるからな。
こういうところも、イヌってのは不便だなってことの一つだ。
よほどヤメーメ王国で自由に闊歩してたほうが気楽だもんな。
満足顔で戻ってきた三人は終始ご機嫌で、パパは鼻歌なんかをうたっていらっしゃる。
(はーるばるルールル、はーこだてぇ♪)
なんで、その曲?
ま、いいけど。
ジーコは車の中でもスマホをポチポチ。
おれもガラケー持ってるぜ、と声をかけたい気分だね。
しかも魔物のステータスが見れるんだぜ、なんて伝えたらジーコは垂涎だろうな。
チラッと見ると、スクロールしながら活字を読んでいる。
それが小説を専門に扱う投稿サイトだとわかるのも、ジーコとのフュージョンによる影響がまだ残っているからだろう。
つまりおれは、昔とまったく同じ姿ではないってことか。
公園であれだけ走り回れたのだから身体面はイヌにほぼ戻ったと考えれるが、こうして言葉がポンポン浮かぶから脳にはだいぶジーコの名残りがあるってわけだ。
でもジーコが恋している女の子についてはさっぱり頭に浮かばんから、制限アリってことだな。
「タタロオにもなにか買ってあげましょうね」とママ。
さすがです、ママちゃん。
そういう気遣い、好きっすよ。
帰りにコンビニに寄って、パック詰めの焼き豚を買ってもらった。
おっ、これはいけるぞ、味が濃くてべらぼうにうめえじゃないか。
歯ごたえもおれの好きなゴム人形みたいで、まさにストライクだな。
タンニシのメシはとてつもなく美味かったが、地球のメシも捨てたもんじゃない。
すると窓の外に見覚えのある姿が――。
「おっ、イヌじゃねえか。今どき野良犬なんかめずらしいな」
それはまぎれもなくチャウ丸だ。
しかもその後ろにべつのイヌも続いている。
白昼堂々、だいじょうぶかよ?
まあチャウ丸は地球でも自由に動き回れるもんね。
おれがからだを乗り出して見ようとしたときパパのスマホを踏んづけたら、「おいっ、なにすんだ!」と怒鳴られた。
それくらいでキレないでくださいよ。
ったく、みんなどんだけスマホ好きなんだよ。
おれもあの魔力ガラケーでバンバンあそんでやっからね。
家に帰ってから散歩はナシ。
おれはこっそり家を出て仲間たちのもとへ向かったわけだ。
夕食までのあいだは、村山家の人間はまず犬小屋に来ないのを知っている。
おれはほぼ放し飼いだから、こういうところは便利なんだよね。




