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第62話 待ってましたディナータイム!

 やや苦みばしった顔のイケおじ家臣のあとに続いて、おれたちはディナーが待つ広間へ。

 

 すでに大理石の長テーブルには、豪華な料理が並べられてある。

 シャンデリアの下で肉、野菜、果物がこっちに向かってほほえみかけてきているかのようだぜ。

 

 ふたたびおれたちは背もたれの高い立派な椅子へ案内され、獣ふうの使用人がグラスにライトグリーンの飲み物を注いでくれる。

 わかるよ、チャウ丸、おれもよだれが垂れんばかりの顔になってるかも。

 

 キングのヘルツさんが、胸に「旨味」のワッペンをつけた家臣に導かれて入ってきた。

 こちらの家臣も、医者役が似合いそうな二枚目役者みたいに目元が涼やかで顔が整っている。

 

 やがてタンニシのフレバー長とお妃様もやって来て御会食スタート。

 フォークをにぎる手が震えそうなほど食欲をそそられていたおれは、さっそく手前の肉をほおばる。

 

 そしてジィィィィ―ン、バンバンッ!


 脳に心地よいしびれが起き、そのまま舌が広がって全身が飲み込まれていくかのようだ。

 この味わい深さは筆舌に尽くし難いどころか、言葉にしようとしても味に溶かされるだろう。

 

 もぎだてのマンゴーみたいな果物も、踊るように新鮮なサラダも、口に入れれば輪をかけて味わいが広がり感無量。

 ずっとここにいたら、ほんとにダメ犬街道を爆走することになるかもしれんよ。

 チャウ丸なんて両手のナイフとフォークに食べ物が刺さり、さらに口いっぱいになってて、まもなく鼻からも食べ始める勢いだ。

 

 シャムりんは妖精の森の湖のように鮮やかな色の飲み物を口にし、うっとりした様子だ。

 たぶん甘やかな風味にやられちまってるのだろう。

 

 タンニシのフレバー長とお妃様はふだんから食べ慣れているのか、品よく食事をしている。

 こんな美味に一度慣れてしまったら、ヤメーメの食堂には入れないよね。

 仮にもオジャパ麺をひとくちすすったら、卒倒して気絶するんじゃないかな。

 良質なものを知りすぎるというのも、それはそれで大変なのかもしれないね。


 おおっと、あっちのテーブルには洋菓子ふうの宝の山が見えますぞ。

 ああ、あっちに行きたい! 食べたい! スイーツの山に埋もれたい!

 

 すると甘味ワッペンの家臣が、その食べ物をトレイにひととおり載せて運んできてくれた。

 マイゴッド! あなた神っす!

 おしゃれなワッペンがキラキラ輝いて見えますよ!

 

 そしておれは、粉雪みたいな白い粉がかかったマカロンふうのものを頂戴して口の中へ。


 パリンッ――。


 あっ、うますぎて頭の中にある皿が割れちゃったみたい。

 それはサクッとした歯ごたえのあと、中はもっちりな口あたり、ほどよい甘みがじわーっと押し寄せて、そのまま口の中がとろけながら鼻の奥まで甘やかな香りが伸びていく。

 次の瞬間、おれの頭の中をなぜかあらゆる映像がメリーゴーランドのごとく駆け巡る。


 フィナンシェ、タルト、モンブラン、ロールケーキ、ミルフィーユ······ 


 そうなんです、わたしは今、回転木馬で甘味の妄想デッドヒート中なんですわ。


 そんな至福沼の世界から助け出してくれたのは、聞き覚えのある声。


「お風呂はたのしめましたか?」


 ヘルツさんがやわらかな笑みを向けている。

 おれはなんとか正気を取り戻し、ひとつ間を置いてから率直な感想を述べる。


「ええ、夢のようでした」


 ヘルツさんは自身のことでも落ち込んでいるのに、おれたちのことまで気遣ってくれるなんて、さすがは器の大きいお方。

 ぜひこの美味な料理で元気を取り戻してくださいね。


 そしてもうひと口――


 くぅぅぅ、ワンワンッ、イェス! イェスウィーキャンッ!

 

「わしはもうしばらく、ここに滞在させてもらおうと思いましてね」

 

 ヘルツさんがそう言ったあと、フレバー長が口を開いた。


「あなた方もそうなさいますか? 滞在において遠慮はご無用です」


 だまりこむおれたち。

 おれは窓の先の広々としたテラスを眺める。

 チャウ丸もシャムりんも当然しばらくここにいたいだろうし、うかつにおれが返事をするわけにもいかない。


 と思っていたらチャウ丸が言った。


「自分たちは、ヤメーメに戻ろうと思います」


 え? マジ??


 シャムりんの動きもピタッと止まった。

 そりゃそうだ、チャウ丸さっき言ってたのと話がちがうじゃん。


 フレバー長が言った。

「そうですか。何かとお忙しい身かと存じますので、それであれば引き止めるわけにもいきません。安全にお戻りできますよう計らいますのでご心配なく」


 すっかり腹鼓を打って大広間を出たあと、シャムりんが尋ねた。

「ねえ、もう行っちゃうの?」


 そこでチャウ丸が立ち止まる。


「ここにいたら永遠に出られなくなるぞ。おれたちは地球から来た身で、こっちの世界のことは右も左もわかっちゃいねえ。このタンニシだってどこまで信用できるかわからんし、足止めをくらって抜けれなくなったらサイアクだろ?」


 まさかそんなことまで考えていたなんて――。

 さすが過酷な環境を生き抜いてきたチャウ丸。

 安易に物事を信用しないという処世術が、骨の髄まで染みついているのだろう。

 

 たしかにおれたちはこの世界に来たばかりだし、油断できるような立場ではないもんね。

 甘い汁だけ吸ってりゃいいっしょの考えだと、いつか足をすくわれそうだ。

 

 こういうときにリーダーシップをとってくれるチャウ丸がいて、ほんとよかったよ。

 シャムりんはまだ納得できない面もあるみたいだけど、あんな美味しいものを食べたら、未練を断ち切るのはむずかしいよね。

 しかもこの城の五家人はどれもハンサムさんだし。

 

 と思ってたら、渋オジふうの「苦味」ワッペンの家臣が近づいてきた。

 瞬時にシャムりんの顔にオンナが広がり、背筋も伸びる。

 そんなシャムりんの実直さは好きだよ。


 そして腕にあの魔動物を抱えている渋オジ家臣が言った。


「ヤメーメにお戻りになられるとお聞きしました。そこで折り入ってご相談なのですが――」


 ん?


「この子もご一緒することはできますでしょうか」


 おれたちはキョトンとして、世界一かわいいと思われる魔動物に目を向ける。


「と言いますのも、この子はどうもあなた方のことを気に入っているようで、あなた方から離れたくない様子なのです」

 

 えっ······そうなの?

 

 ただそんなことを言われると、世界一かわいい魔動物の瞳がうるんでいるように見えるのだから不思議だ。

 

 そしてもれる声。


「キュッ、キュキュッ」


 くぅぅぅ、かわいすぎるぜ!


「わかりました。連れて帰りましょう」


 チャウ丸、返事、ハヤ!

 でもわかるよ。

 即答になっちゃうくらい心はメロメロだよね。


 ということで、おれが渋オジ家臣から魔動物を受け取る。

 上品なフカフカの毛がまた愛おしい。

 

 そしてこの果汁凝縮ばりに、かわいさを詰め込んだ表情。

 知ってるよ、動物にもきちんと表情があるんだもんね。

 ちょっとした顔の動きだけでも、犬のあいだでは伝わり合うからね。

 

 とくにこの魔動物には、うまく乳離れができない仔犬みたいな放っておけないいじらしさがある。

 この出会いもきっと奇しきゆかりの縁ってことなんだろうし、いろんな縁は大事にしないとね。


 顔にスリスリしてくる魔動物を抱えながら、おれたちは渋オジのあとについて行く。

 そのあいだ、ふと気になって尋ねてみた。


「ゴールデンカカオというのはご存知ですか?」


 以前、キングが地底で言ってたマガハラ大陸に眠っている高価なカカオのことだ。


「噂には耳にしますが、あいにくまだお目にかかったことはありません。一度、食してみたいものです」


 ふーん、味覚を重んじるタンニシ王国でさえ見つけ出してないということは、よほどレアものなんだろうな。

 このお宝も気になるところだ。


 ついでに部屋でいただいた「ショコラDD」のことを聞いてみると、この城きってのスイーツらしく、その原料は「ダウンダ」と呼ばれるタンニシの固有植物なのだとか。

 ただどうやったら、あれほど脳天ぱふぱふ級の味に仕上がるのかは謎だ。

 この城にはよほど腕利きのシェフがいるんだろう。


 そして大きな扉の前まで来ると、渋オジが言った。


「こちらでお戻りの手筈はととのえてあります」


 ん? どこでもドア的なこと――じゃないよね?

 

 おれたちは案内されるままに、開かれた扉の先へ入って行った。


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