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第58話 フレバー長が語る真相

 そしておれたちはふたたびさっきの部屋へ戻り、たいそう良質な応接用ソファに腰を下ろした。

 

 出されたティーをひとくち飲み、これまた脳がぶるんと揺れた。

 その深みのある風味に、このままソファに吸い込まれてしまうんじゃないかと思ったくらいだよ。

 すでに一体化して、目鼻のあるソファみたいになってません?


「食事はたのしんでいただけましたでしょうか」とフレバー長。


「ええ、おいしくいただきました」とヘルツさんはわりと冷静な様子だ。


 むちゃんこ、うまかったっす! とおれはガンマイクで声を張りたいくらいだけどね。


「さて我が娘、三女のレノンのことですが――」


 ヘルツさんが穏やかな調子で口を開いた。


「望むらくは、娘の消息を知りとう存じ、突然ながらこうしてお邪魔したのであります。何かご存知のことがあればお聞かせ願えませんか」


 フレバー長の顔がきゅっと締まった。


「ご心痛のほどはお察しいたしますが――」


 そう言ったあとに、こう続けた。


「たしかに彼女はここタンニシにいました」


 部屋の空気が張りつめる。


「あれはいつ頃でしたかね。ある日とつぜん彼女はこの城にやって来まして、しばらくここで過ごさせてほしいと言いました。すぐに彼女が何者なのかわかりました。もちろんヘルツさんのご息女となれば、お断りする理由はありません。我々はレノンさんを受け入れました」


 イメージしていたものと話がちがったので、少し意外に聞こえた。


 さらわれたのではなく、自ら来たってこと?


 フレバー長は続ける。

「当然、ヘルツさんもご承知のことかと思っていました。じっさいに尋ねたことがあるのですが、自由に見聞を広めてくるよう背中を押してもらったと言ってましたからね。だからこそ我々は彼女を歓迎し、生活するための部屋をご用意しました。彼女はすぐにここでの生活に慣れてましたよ。率先して庭の植物の世話をしたり、町で民とたのしげに交流する姿もよく見かけたものです。とても明るく過ごしておりました」


 それでそれで? 

 おれはすでに前のめりになっている。


「ただ、あるときから、彼女の様子が変わりはじめました。最初はその変化に気づかなかったのですが、いつしか我々が知るようなレノンさんとは様子がちがっていたのです」 


 そこで部屋の奥から声が届いた。


「男よね」


 見ると、フレバー長に引けを取らないほど派手な身なりをした初老の女性が近づいている。


「わたくしのワイフです」


 そうか、お妃様でしたか。

 その登場におれはドギマギしたが、ヘルツさんは冷静に尋ねた。


「その相手とは、だれなのでしょう?」


 お妃様はよくぞ聞いてくれたとばかりに、じゅうぶんな間をあけてから言った。


「ガワヤナがらみでしょう。きっと味も素っ気もない男かしらね」


 そのあとを引き継いでフレバー長が語る。


「これはあとからわかったことなのですが、娘さんは力をつけてきたようでした。どうやら聴覚能力を駆使して、民を惹きつけていたみたいです。もともとがあのすばらしい美貌。そんな力を用いられては、ほれ込まないはずがありません。今でも受け入れがたいことではありますが、交易とは無関係に物資をタンニシの外へ流していた形跡も見つかっております。彼女が水面下で影響力を持ちはじめたことで、タンニシの力が少しずつ弱まることになりました」


「まったく味なことをしてくれたものね」とお妃様。


 それは娘さんに対する皮肉なんだろう。

 やたら味がらみの言葉を口にするのも、タンニシならではなのかな。


 フレバー長は続ける。

「ありていに申し上げますと、そのときの名残りは今もあり、我々は厳しい状況に立たされていると言えます。こういった内情は表向きにはわかりませんが」


 たしかにこれほど荘厳な城の中でご馳走を食べてたら、すっかりタンニシは安泰のように感じるよね。


 見た目とは裏腹にいろいろあるんだな。

 厳しい局面もあるのなら、お妃様が皮肉を言いたくなるのも納得かもしれない。


「そしてレノンさんは、いつしかこの場所から立ち去ってました。毎日、みんなで顔を会わせていたわけではないので、それがいつだったのか、詳しくはわかっていません。わたくしはそのことを遺憾に思っております。以前は明るいレノンさんと親しく対話をしていたものですから」


 ほんとうに残念そうな顔をテーブルに落とすフレバー長。


 これまでの様子からも白を切ったような空々しさは感じないし、たぶんおおよそ本当のことを語っているのだと思われる。

 きっと個人的にもそれなりに好感をいだいていたのだろう。 


 おれたちは黙り込む。

 というより、この部屋に来てまだ一度もしゃべってないけどね。

 まあ、口をはさめるような状況でもないもんな。

 冷蔵庫の卵ケースの端っこに収まるみたいに、ちょこんと座っとくがよし。


 ヘルツさんが水を打ったような沈黙を破った。


「つまり娘は駆け落ちしてタンニシを去り、行方知らずに相成ったのだと」


「そういう言い方もできます」


「そして行き先はおそらくガワヤナ」

 

 お妃様は、そうでしょうね、みたいな顔をしている。


「そのようなわけで、消息はもちろんのこと、今どのような姿になっているのかも、我々は存じ上げておりません。さらにメキメキと力をつけているかもしれませんし、新たな地で想像もできないような暮らしをしているのかもしれません。我々には知るべくもないことです。言うのも愚かですが、何ひとつ隠し立てをするようなものもなく、これがすべてであります。わざわざ労を執ってお越しいただいたのに、お力になれずに申し訳ないのですが」


 ふう、とヘルツさんは静かなため息を吐いた。


「娘は如何いかばかりの思惑を抱えておったのやら······」


 それだけ言ってすっかり黙ってしまった。


 ヘルツさんがひどく落ち込んでいるのが気配でわかる。

 せっかく娘さん探しに乗りだし、ここまで骨身を惜しまず辿り着いたのに結果がこれでは、たしかに気分は落ちちゃうよなあ。


 そこでフレバー長が家臣を呼び、まもなくすると五家人の一人(ワッペンに「酸味」と書かれてある)が近づいてきて何かを渡した。


 フレバー長はそれを差し出す。

「レノンさんが残していったものです。どうぞご笑納ください」


 それは髪飾りだった。


 どこにでもありそうな花模様のものだ。


 ヘルツさんは大事そうにその髪飾りを受け取り、しばらく感慨深げに見つめていた。


 やわらかく声をかけるフレバー長。


「部屋をご用意しますので、しばらくご滞在されてはいかがでしょうか」


 たしかにそうしたほうがいいですよ、ヘルツさん。

 まずはゆっくり休んで、少しずつ気持ちをととのえていきましょうよ。


 そして我々は部屋を出ることに。

 廊下を歩いていると、フレバー長から声をかけられた。 


「あなた方もゆっくりしていってください」


 顔を見合わせるおれたち。


「じゃあ、お言葉に甘えて」とチャウ丸。


 まさにおれの言葉を代弁してくれたね。

 

 そこでワッペンに「塩味」と書かれた家臣が近づいてきた。

 ピンク色の髪型と相反するほどの色白肌に、なんとなく薄くさっぱりした顔立ちはまさに塩顔。

 よっ、二枚目! って感じだ。

 獣っぽさを取り除いたら、人気の塩顔若手俳優を思わせるものがあるかもしれない。

 もしここにネットがあれば、どんな俳優が出てくるか検索にかけたいところだろう。 


 そういえば、味のワッペンをつけていた五家人はどれもハンサムな顔のつくりをしてたもんな。

 

 とチラリとシャムりんを見たら、女の顔になっているではないか。

 

 さすがシャム様······。

 

 すでに目星はつけていらっしゃったんですね。

 

 ともあれ、お城でゆっくりできるみたいなので、甘えさせてもらいましょう。

 おれたちは塩顔家臣のあとをついていった。


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