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第57話 タンニシ王国の「味の宮殿」へ

 城に入ると、すぐに家臣と思われる者が近づいてきて案内してくれた。


 タンニシ王国の城の中のつくりは荘厳なもんだ。

 ヤメーメの城ほど不自然な派手さはなく、ほどよく装飾され、大理石の床は歩いているだけで背筋が伸びる。

 入ってすぐのホールは、テニスコートくらいならつくれそうなほど広々している。


 キングが家臣に声をかけ、真っ先に通されたのは医務室。

 どうやらシャムりんのケガを伝えたらしい。

 腕にはまだ痛みがあると言ってたから、やっぱり心配だもんね。


 そこは保健室のようなつくりで、装飾より機能性を重視しているのがわかる。

 メガネをかけた白衣のシカ顔の女性から手当てを受けるシャムりん。


 青色の錠剤を飲んだあと、シャムりんの目が一瞬、広がった。

 おおっ、腕に浮かんでいた赤みの傷が、みるみるうちに治まっていくではないか!

 あれはポーション的なものか?


「ねえ、薬まで美味しすぎるんだけど」

「まじ?」


 じゃあ、おれもひとくち――とはさすがにお薬なのでなれないけど、薬にまで味覚信仰が反映されているとは徹底したもんだ。


 すっかり状態が戻ったシャムりんは満足顔。

 なんにせよ、回復したのであればなによりだ。  


「では長のところへご案内させていただきます」


 ふたたび家臣を先頭にして、おれたちは城内を進んでいった。


 階段をのぼった先のフロアで、「音楽室」や「家庭科室」といったプレートが見えた。

 やはり校舎の面影がうかがえるのは、ヤメーメの城と同じだな。


 そして一行は「校長室」のプレートが掛かった扉の前へ。


「こちらです」


 なんかドキドキで(えり)を正したくなるな。

 交戦の歴史があるタンニシ王国なんだし、今も不協和音の名残りがあったりして。

 そんな相手と膝を交えることなんてできるのかな。

 まさかキング同士が、会ったそばから殴り合いとか始めないよね?


 家臣によって、扉がオープン。


 奥に広いその部屋ではヒツジ顔の老人が立っていて、ゆるりと歩み寄ってきた。


「ようこそ、おいでくださいました」

「フレバー長、しばらくでしたの」


 キング同士がにこやかに挨拶をかわしている。


 どうやら顔見知りのようで、しかも友好的。

 ふう、とりあえずはよかった、よかった。


 白髪頭のフレバー長は、これでもかってほど豪華な格好をしている。

 まさに西洋風の王様って雰囲気だな。

 きっとタンニシ王国はよほど潤ったところなんだろう。 


 とはいえ、その態度はお高くとまっているといった感じはしない。

 ヘルツさんとのやりとりからも、たぶん長くトップに君臨しているのだろう。

 (おご)る者久しからずって言うもんね。

 

 奥へ通されると、姿勢を正した男たちが待ち構えていた。


「こちらは、タンニシの五家人です」


 ブルーの王室風の服の胸についた紋章にはそれぞれ、「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「旨味」とある。


 ん? 冗談とかではないよね?


 いちおう触れておいたほうがいいのかな。

 いや、失礼になったらよくないから、うかつに尋ねないほうがいいだろう。


 そこでタンニシの長は、おれたちに視線を向ける。


「彼らは、人間のようにも見えますが」

「いかにもそうです。ヤメーメで暮らしております」


 順番にペコリ。

 おれは挙動不審な動きになってしまった。

 うーん、慣れない場所って、やっぱり緊張しません?

 もともとジーコも緊張しいの性格みたいだし。


 しかも目の前にはお偉いさんでしょ?

 自分の顔の筋肉がひきつって、しゃちほこばってるのがわかるもん。

 イヌのときにお偉いさんと会ったことはないから、どんな表情がふさわしいのかも、イマイチよくわからんよ。


「長旅でお疲れのことでしょう。お食事はいかがですか」とタンニシのフレバー長。


「ぜひともお呼ばれされましょう」


 おおっ、待ってました! 

 ようやく待望のメシですな?


 そしておれたちは校長室のさらに奥の部屋へ。


 まったく、どんだけ広いんだよ。

 ふつうの学校だったら、職員室を六個並べたくらいの広さはあるんじゃないか。

 通された部屋も、これまた優雅。

 大理石の長テーブルがリムジンみたいに横たわり、天井からは大きなシャンデリアが下がっている。

 窓の先に広いテラスがあり、遠くには見事に整えられた花壇の花々が見える。

 

 おれたちは背もたれの高い立派な椅子へ案内され、まもなくして使用人たちがどんどん料理を運んできた。

  

 おお、来るわ来るわ、タンニシ王国の食べ物が。

 赤や黄色やエメラルドグリーンの見たこともない肉や果実や野菜が並び、パープルカラーの液体がグラスに注がれた。

 どれもこれもきらびやかで、見ているだけで幸福になれる感じさえする。


「どうぞお召し上がりください」


 そして五家人の方々も含めて、みんなで食事。


 ああ、よだれが大洪水ですぞ。

 そういえば、久しぶりにおなかがすいている感覚がある。

 まああれだけ地底で動き回ったから、だいぶエネルギーも消費しただろうからね。


 フォークやナイフの使い方がよくわからんのはしかたがない。

 なんせ脳がフュージョンしたのは、コース料理とは無縁の村山家の一人息子なんだもん。

 当然だけど、イヌの頃はフォークなんて口にくわえることしかなかったよ。


 見よう見まねで、おれたちはさっそく料理を皿に盛りつけて食事にとりかかる。


 オオオオッ!

 ワンワン、バキューン!


 心の声が口から飛び出てくるのを必死で我慢。

 

 それは感動の波、波、波――。


 な、なんだ、この味は――。 


 このような味は一度も食べた事がない。


 食べ物が舌にのった瞬間、じーんと心地よいしびれが顔を包み、足元に浮遊感をもたらした。

 さらには下腹部がほんのり熱を持ち、からだに広がった鳥肌がいっせいに踊りだしたような感覚だ。


 い、いかん、いけません、うまく頭が働かんぞ!


 頭の中に浮かぶすべての言葉さえも味によって浸食され、コーティングされていっている。

 それくらい頭がぼわんとして、でも手は感動のままに勝手に動き、料理が口へと運ばれていく。


 至福――。


 それ以上の言葉はない。

 尻尾をブンブン振り回してるような気分だけど、もちろん今は尻尾はない。

 チャウ丸もシャムりんも、とり憑かれたようにもくもくと食べてるね。

 その様子からも、強烈な感動を受けているのが容易に読み取れる。

 一度だけチャウ丸と目が合ったが、その目がうっすら涙目だったもんな。

 わかるよ、ほんと涙があふれるくらいうまいんだ。


「いかがですか?」とフレバー長。


 おれは丁寧にうなずくことしかできない。

 たぶん表情だけで、味に感動していることもしっかり伝わっているだろう。


「我が国では食と味へのこだわりが信条となっております。味覚に篤信した腕利きの料理人が扱う品は、どれも真の味わいがこもっているものです。どうぞお好きなだけご堪能ください」


 返す言葉がありません。

 ジーコよ、あんたの家の残り飯もそりゃ、わるくないよ。

 むしろ好きかも。

 でもね、比較しちゃいけないとは思うけど、一度ここのメシ食ってみ?

 世界観変わるよ?

 どれもこれも美味すぎて、箱推しって感じだよ。

 て、こっちの世界に来てヒトの姿となった時点で、世界観も見え方も変わったわけだけど。


 はぁ、今日まで生きててよかった。

 がんばって魔物をやっつけてよかったよ。

 きっとヒトは深く感動したとき、同じように「生きててよかった」って思うんだろうね。 


 そんな衝撃的とも言える食事が、小一時間ほど続いただろうか。

 すっかり満足しきったおれは、もうどこにも行きたくないという気分になっていた。


 ダラッとひなたで寝そべっておきたい感じだね。

 満腹のあとはゴロンとお昼寝。

 これこそ定番の幸福方程式でしょ?


 空になったお皿が運ばれていったあとも、おれは正面に見えるカラフルな街の屋根をぼんやり見ていた。

 外の世界がキラキラと輝いて見えるのも、味の感動によるものかもしれない。


 あーあ、のんべんだらりと、このままここにとどまりたいもんだよね。

 でもそういうわけにもいかないだろう。

 なんせおれは、よそ者の中のよそ者なんだし。


「それでは別室でゆっくり歓談でもいたしましょうか」


 タンニシのフレバー長の言葉にも、おれは立ち上がる気力がないほどダラリ。

 ただ永遠にここに居座ることはできないので、仕方なくみんなのあとをついていきましたよ。


 どうやら美味しい食事ってのは、ヒトの気力を吸い取っちゃうみたいですね。


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