第49話 味の都、タンニシ王国
噴水?
命からがらで辿り着いた見知らぬ場所で、おれたちはびしょ濡れになったからだを見合わせる。
振り返ると、ベロの形をした大きな噴水がしぶきを噴きだしている。
「なんとか無事だったわね」
「スリル満点だったな」
ふたりはおれほどビビってはなかったみたいだね。
「ここどこ?」
「タンニシ王国に着いたようじゃの」
えっ、いつの間に······?
「おれ失神してなかった?」
「そうね、あたしも二度ほど死んできた気分よ」
シャムりんはそう言ってモゴモゴと立ち上がる。
少しずつ思い出してきたな。
たしかキングが術で生み出した音板に乗って飛び回り、最後は光の輪を通過したんだっけ。
そこでおれは重要なことに思い当たり、キングに尋ねた。
「スメル元帥はどうなったのでしょうか?」
「あのときわしが抜け穴を瞬時にふさいだから、スメル元帥はここには来ておらんだろう。たしかに危ういところじゃったが、おそらく相手にダメージを与えることはできたはず。最後のほうはずいぶん弱っておったでの」
そうか、キングが聴魔術か何かで、あのとき通過した光の輪が閉ざされたんだな。
「にしてもスメル元帥、ヤバかったな。あんなヤツとはもう二度とかかわりたくねえな」
チャウ丸がそう言うのも納得だ。
おれも長年イヌをやってきたが、あれほど本格的に死にそうになったのははじめてだったからね。
なんだか分解されたリコーダーみたいに、からだがバラバラになった感じさえするもん。
そしてあのときに聴いたスメル元帥の忌まわしい声。
今でもしっかり頭に焼き付いてるぜ。
思い出されるのが、スメル元帥がもらした言葉。
(((――『うっ、あれは燃ゆ夏の味雀か······味炎······』――)))
これについてキングに尋ねたところ、どうやらあの声を聴いたのはおれだけだったらしい。
そしてキングはこう述べた。
「ということは、あのときタンニシの季節神が何かしらの形で姿を現したのかもしれん。あるいは、スメル元帥だけが感知できる何かがあったのか。いずれによ、あの場を切り抜けることができたのは、タンニシの季節神の影響が及んでいたからじゃろう。スメル元帥の力はあんなもんじゃないからの」
そ、そうなんですか······
スメル元帥の底力はほんとアカンみたいだね。
タンニシの季節神かぁ······
たぶんほんとにスメル元帥はあのとき何かを目撃したんだろうな。
そして力が一時的に失速したことで、からくもおれたちが逃げ切るチャンスができた。
なんにせよ、こうして無事に生きてるわけだから、どこかの偉大な神様には感謝感謝だな。
「あのとき、崖の先で光っていたものって······」
「たしかに噴出口みたいなのがあったな」
チャウ丸も続いたところで、キングが言った。
「おそらくじゃが、あれは地底のはざ間にある手つかずの巨大ルート。簡単に行ける場所ではないから、タンニシも把握しておらんかもしれんのう」
たしかにもう一度あの場所に行こうとしても、むずかしそうだな。
まだまだいろんなところに、地球と通じるルートが隠されているってことか。
「戦闘機があったよな」とチャウ丸。
「あれは前の世界大戦のときに墜落したものかの」
それって独ソ戦とかその頃のこと?
うーん、いまいちピンとこないが、すごいところを通過してきたことだけはわかりました。
マガハラ大陸は地上も地下も謎だらけってことですね。
おれは気持ちを切り替えるつもりで、あたりに目を向けた。
すると、まわりにぞろぞろ集まっていた。
おそらくはタンニシの民か。
ヤメーメや嗅商王国と同じでケモノっぽい顔だな。
そして《出禁の書》にあったとおり、だれもがピンク色の髪の毛をしているが、とくに野蛮そうな感じはしない。
地底でタンニシのパラシュート部隊に襲われたが、街の者から敵対の目で向けられているわけではなさそうだ。
あのときの兵士は、領地に入ってきたから攻撃してきたのかもしれない。
「びしょ濡れでは、ご迷惑がかかるでの」
そこでキングはおれたちに向けて、ヤギっぽい手を広げた。
すると一瞬だけ歯磨き粉の中に飛び込んだかのような清涼感を全身に感じ、その二秒後にはすでに服は完璧に乾いていたから驚きだ。
えっ、えっ、なにが起こったの?
「聴力を扱っておるんじゃよ」
やはりそういうことか。
きっとあのときの半透明の橋も、聴力によって生み出されたものなんだろう。
あれはまぎれもなく奇跡だったよなあ。
ほんとこのおじいさん、ただ者じゃないっすわ。
「では行きましょうか」
おれたちの様子に驚き顔を向ける民たちのあいだを抜けて出発。
そうか、ここが噂のタンニシ王国か。
シックな石畳が敷かれた先では馬車が走り、遠くに見える赤レンガの建物は風情があって異国情緒って感じだ。
レンガは見るからにしっかり焼いて丁寧に乾燥させた感じがする。
通りには瀟洒なカフェや年季のある仕立屋、ほかにも古道具や骨董品も見える。
さらに行くと、小さな庭園を囲むように、色とりどりの野菜や果物が並んだ市場。
まさに城や大聖堂が似合う町並といったところか。
そんなタンニシの民の服装は洗練されていて、ヤメーメ王国のコスプレみたいなエキセントリックな格好はいない。
チャウ丸のような袖なし革ジャンも、おれが着ているヘンチクリンなティーシャツ姿もゼロ。
いいかげんおれのこの格好もなんとかしないとな。
ケモノっぽいとはいえ、だれもが凛とした顔立ちに見えるのは、そんな清潔感のある格好によるものかもな。
それでも彼らに人間への憧れはあるのだろう。
おれたちに向けるまなざしからも、なんとなくわかるからね。
早くも物色しているのか、シャムりんの目はいつもよりキラリとしている。
シャムさん、さすがです。
感じのよい屋台に近づくキングと、そこに立つオオカミ顔の店員。
ハンサムなオオカミ顔なんて、はじめて見たぞ。
優秀なウェブデザイナーが画像加工したかのように整っている。
「食べてみましょうかね」
そして出されたのが、マ○クの細めのフライドポテトのようなもの。
おれもおっかなびっくり、キングにならってパクリ――。
そこで電気が脳天を突き抜けた。
うっ、うめえぇぇ······。
「なにこれ、美味しすぎるんだけど」
「こんな食いもん、はじめてだ······」
チャウ丸も目をかっぴらいてる。
とにかく味がすごいんだ。
からだ全体に伸び広がる風味が、そのまま細胞の奥深くまで染み込んでくる感じがする。
「タンニシは通称、グルメ国と呼ばれておっての」
満足げなキングは、水飲み場で水をすくって飲んでいる。
おれも長時間の悪戦苦闘に喉が乾いていることに気づいて、水をゴクリ。
ううぅ〜、カラダにしみいるぅ〜。
こんなにおいしい水ははじめてだ。
あまりのうまさにワンッてうなりそうになったぞ。
得も言われぬ美味しさとは、まさにこのこと。
こりゃ味覚信仰のタンニシ王国は、想像以上かもしれないな。
「ずいぶんにぎやかな町ですね」
「文明の質の高さを感じますなあ」
車は走ってないが、乗合馬車ふうの乗り物が活発に行き来している。
ただ馬はいないので、その動力はスパイスアントが生物から生気を吸い取って転換したエネルギーだろうか。
だとしたら、なんだかおぞましいな。
強烈な味に感動したおれたちは、おのぼりさん気分で、キョロキョロしながら町を練り歩く。
そこでキングが言った。
「わしはちょいと寄るところがあるから、まずは観光を楽しみなさい」
マガハラ大陸の地底で粉骨砕身に動き回り散々な思いをしたわけだし、ここは気持ちを切り替えるためにもリフレッシュしたいわ。
はて、タンニシ王国とはどんなところなのやら。
探検してみましょかね。




