第48話 迫るスメル元帥の影、そして······
目の前にあるのは、どこまでもそっけない薄闇だけだ。
「橋の端っこまで来ちまったってわけか」とチャウ丸。
そうだね。
言葉あそびでもしてないと、神経がささくれちゃうよね。
そのへんに天から蜘蛛の糸でも垂れてないかぎり、もはや万事休すなんじゃないか。
そこでふたたびキングがなにやらブツブツと唱えた。
すると、スケボーみたいな板が空中にボワンと四つ出現。
「音板じゃよ。これに乗って行こうぞよ」
おおおっ、なんたること!
あなたは一流マジシャンですね。
いえ、天才的な魔術師様でしょうか。
ただ自分は横乗り系、苦手なんすけど。
たぶんこれも、ジーコが修学旅行でスノボをした記憶なんだろう。
果敢にもシャムりんが浮かぶ板に飛び乗る。
腕を負傷しているものの、さすが猫だけあって平衡感覚バツグン。
おお、チャウ丸もいきますか。
ここは遅れをとってはならないと、微妙に震える足をおれも乗せる。
すると一気に音板が発進。
ひやぁぁぁぁぁぁぁ。
すごい風圧だ、ヤバいっ、ふっ飛びそう!
でも不思議と足はピッタリ板にくっついてる。
ナンマイダー、ナンマイダー······何か唱えてないと怖すぎるぜ。
でもちょびっと気持ちいい。
おおおっ、人間様の髪がなびく、なびく。
「超音波に耳を澄ませて、方向を定めなさい」と耳に届く声。
もちろんキングの指示だろう。
超音波?
ふだん意識したことないけど、おれはイヌの耳を信じてそばだてる。
風の音しかわからないが、たしかになんとなく前方から聴こえるぞ。
ビリビリ、ドドーンッ!
闇を走るまばゆい稲妻。
そっちの音かーい。
そして音板は迷いなく、ギザギザの稲妻の方向へ突き進んでいく。
ピュンピュンッ!
おっ、今度こそたしかに超音波が聴こえたぞ――
と思いきや、どこからともなく飛んでくる矢の音かよ!
たぶん崖の先からタンニシの兵が放ってるやつだな。
でも音板がすごい!
すべてヒラヒラとかわしてるからね。
顔ギリギリを矢が通過する。
もちろん当たったら顔面を一気につらぬき、後頭部から矢の先が出てくるでしょうね。
ただそこで思わぬことが起こった。
乗っていた音板が一気に反転したのだ。
オオオオッッ!
「空気が乱れてきよった。気をつけるのじゃ」
キングがそう言ったが早いか、熱風が吹き寄せ、どこからともなく空気を震わせる咆哮が轟いた。
グゥォォォォォォォォン
この猛々しい声はもちろんスメル元帥によるものだとすぐにわかる。
さらに空気がぶわりと揺れ、音板のバランスが崩れた。
そこでふたたび咆哮。
グゥォォォォォォォォン
すさまじい声による震動は腸をえぐってくるかのようだ。
どんどん迫るスメル元帥の恐ろしげな気配。
おれはとっさに顔を向けた。
そのとき光の先に見たのは、二つの頭を持つ竜の姿だ。
巨体がいかにも硬そうな鱗に覆われ、赤黒い口内から突き出る牙。
やはりスメル元帥による幻影なのだろう。
長く強靭な尾が豪快に振り下ろされた。
ブォォォォォン――
そのひと振りで大気に巨大な波が起こり、熱をはらんだ横風が音板を数メートル軌道の外へ運んだ。
耳の奥まで激しく震えている感じがする。
さらには、この世のものとは思えない形容しがたい臭い。
その臭いは続々と押し寄せ、いちだんと強度を増していく。
クッ、や、やべえ――
このままあの黒々しい口の中に飲み込まれるんじゃないか?
みんなはだいじょうぶか?
見るとチャウ丸とシャムりんは、なんとか音板を操っているようだ。
ふう、よかった。
もっと自分のことも心配しろよな、おれ!
そこでまた、ひときわ大きな空気の揺れが来た。
ここは陸ではないのに、強烈な地面の震動が起こっているかのようだ。
おれはまばたきさえ忘れて、ガンガン飛ばす音板に意識を集中した。
もっと飛ばせ、飛ばしてくれぇっ!
耳のそばで、びゅぅぅぅぅんと鳴る風の音。
そこでおれは薄闇の先に白い雲のようなものを見た。
それは天女の衣もかくのごとしと思われるほどの光景だ。
白い墨をつけた巨大な筆で大胆に闇をなぞったかのようでもある。
その光景は、迫りくる危うい気配さえも薄めてくれるほどだった。
すると正面に崖が見えてきた。
同時に音板はそれに沿って急上昇。
グゥゥゥゥゥン――
闇がどろんと動き、そこで何かが見えた。
ん? なんだアレ?
それは飛び出た岸壁にのったもの――
おおっ、戦闘機だ!
しかも明らかに墜落したって様子だ。
なんでこんなところに残骸が?
それも一瞬で通りすぎると、ふたたび強烈な横風。
そしてシュンッと空を切る鋭い音。
おれは歯が欠けそうなほど食いしばってる。
今では人間様の歯さえも愛おしく感じるぜ。
全員の音板がぐらりと揺れ、風に押されて大幅に進路が変わった。
そのまま崖のはざまへ向かい、なんとか壁との衝突はまぬがれた。
うー、だいじょうぶか? やばくないか?
岸壁スレスレを高速で進むなか、離れた先に淡く光る巨大な何かが見えた。
それはどんどん姿を鮮明にしていく。
もしやあれって――噴出口?
それは薄闇の中でひときわ目立ち、神秘なオーロラを彷彿させるような七色の光を放っている······美しい······
出来立ての巨大でシュールなサボテンみたいだ。
イヌの頃を含めても、あんな美しいものは見たことがないぞ。
ジーコだって、ネットの加工画像でしか見たことないだろうよ。
そんな息を呑む光景も一気に通過したとき、視界がバッとひらかれた。
そして上空に見える光の輪のようなもの。
ん? 天使の輪っか?
それはどんどん近づき、音板はさらに加速していく。
うっ、まぶしい!
背後で強力な爆発音が轟いた。
そして――
バッシャーーーッン!
壁のように硬い何かを突き抜け、とたんに世界が明るくなった。
同時にからだが宙を舞い、大きく投げ出された。
すでにおれたちは音板に乗ってなかった。
ドスンッ!
うげっ!
尾てい骨がぶっ壊れたかもしれん!
倒れた状態で激痛を感じながら目を開けると、そこには町の風景が広がっていたのだった。
次の章から新たな展開です。




