表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「再生数2の底辺フリーター、SNSが武器になる異能都市で成り上がる」 ―― ヴァルドギア:FUKUOKA LOSTLINK ――  作者: DD22


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/24

第八話:千の壁



 白いノイズがほどけた。


 凪は、自分の部屋の床に座り込んでいた。


 六畳一間。


 冷めた空気。


 壁にもたれた配達バッグ。


 机の上には、中古のギターと、開きっぱなしのノート。


 現実に戻っている。


 けれど、頭の奥に御門みかどの声が残っていた。


『今のままだと、君の声は優しい人間にしか届かない』


「……腹立つ言い方しよる」


 凪は床に座ったまま、スマホを見た。


 通知が残っている。


> VALDGEARヴァルドギア

>

> RANKランクPAWNポーン

>

> FOLLOWERフォロワー:119


 119。


 昨日は75だった。


 その前は1だった。


 数字だけ見れば、増えている。


 PAWN狩りを止めた。


 少年も、周りの低フォロワーたちも、最後には凪を見ていた。


 それでも。


「5,482、か」


 御門 澄也みかど・すみや


 FOLLOWERフォロワー:5,482。


 あれが、KNIGHT。


 1000を超えた者。


 おすすめに乗り始め、見に来るつもりのなかった誰かの画面にも名前が混ざる存在。


 凪はスマホを握る。


 119。


 遠い。


 1000まで、あと881人。


 目の前に立たされた壁は、むしろ高くなっていた。


 スマホが震えた。


 @yui_musubi。


『大丈夫?』


 凪はすぐに打った。


『大丈夫ちゃう』


 送信。


 少し間が空く。


『御門くんに』


『会ったんだね』


 凪の指が止まった。


『知っとるんか』


 送る。


 返事はすぐには来ない。


 数秒。


 十秒。


『KNIGHT』


『PAWNの外へ』


『声が出始めた人』


 また少し間。


『気をつけて』


 凪は眉を寄せた。


『敵なん?』


 短い返事。


『まだ』


 まだ。


 それは、敵ではないという意味ではなかった。


 これから敵になるかもしれない、という意味にも読めた。


 凪はため息をつく。


「ほんま、説明少ないな」


 画面に、次のメッセージが浮かんだ。


『でも』


『近づいた』


 その一言で、凪は黙った。


 近づいた。


 yuiに。


 1000に。


 自分の生活を変える何かに。


 凪は現実SNSを開いた。


 昨日投稿した曲。


「誰かに届いたこだま」


 再生数、0。


 だったはずの数字が、変わっていた。


 再生数、28。


 いいね、4。


 コメント、3。


「……増えとる」


 大した数字ではない。


 人気者なら、誤差にもならない。


 けれど凪には、違った。


 VALDGEARヴァルドギアで119人に見られたことが、現実側にも小さく返ってきている。


 コメントを開く。


『前の曲よりこっちの方がいい』


『声に疲れてる感じあるのに、最後だけ前向いてて好き』


『おすすめに出てきた。誰?』


 凪は三つ目で指を止めた。


 おすすめに出てきた。


 御門の言葉が蘇る。


『1000を超えると、流れが変わる』


 今の凪は、まだ1000どころか119だ。


 それでも、小さな波は起きている。


 なら、1000を超えたら。


 もし、御門の言う通りなら。


 自分の曲は、見に来るつもりのなかった誰かにも届き始める。


 凪はスマホを置いた。


 胸の奥が熱い。


 嬉しい。


 でも、同じくらい怖い。


 見られるということは、笑われるということでもある。


 PAWN狩りのコメントが、頭の奥でまた鳴る。


『75がイキった』


『CLIPが弱かっただけ』


 凪は目を閉じた。


 VALDGEARの傷は、現実の身体には残らない。


 でも、見られ方は残る。


 自分がどう笑われたか。


 どう立ったか。


 誰に見られたか。


 それが、現実に戻っても消えない。


 凪はノートを開いた。


 白いページに、御門の言葉を書く。


「優しい人間にしか届かない」


 書いた瞬間、腹が立った。


「なんでオレが、あいつの言葉メモらなあかんねん」


 そう言いながら、消さなかった。


 悔しいが、刺さっている。


 PAWN狩りで凪を見たのは、狩られる側の人間だった。


 少年。


 怯えていた女性。


 壁際で目を逸らしていたPAWNたち。


 凪の言葉は、そういう人間には届いた。


 でも、届かなかった相手もいる。


 狩る側。


 見下す側。


 ただ面白がって流れてきた視聴者。


 そして、御門。


 あの男は、凪を見ていた。


 でも、届いたわけではない。


 観察されただけだ。


「……次を見せろ、か」


 凪はペンを握る。


 ノートの端に、新しい言葉を書く。


「優しいやつだけやなくて」


 そこで止まる。


 続きが出ない。


 誰に届かせたいのか。


 何を届けたいのか。


 yuiに会いたい。


 御門を見返したい。


 自分の音を聴かせたい。


 どれも本当で、どれもまだ薄い。


 凪はペンを置いた。


 配達アプリが鳴る。


 現実は、考えがまとまるまで待ってくれない。


「はいはい、行きますよ」


 凪は黒いパーカーを羽織った。


 鏡の前を通る。


 自分の黒髪。


 眠たげな灰色の目。


 くたびれたデニム。


 首元の安物のボールペン。


 VALDGEARでは黒いレザージャケットを着ていた。


 白い文字が内側に光り、拳には黒いグローブがあった。


 でも現実の凪は、相変わらず誰にも覚えられない配達員だ。


 そのはずだった。


 昼のNEO-FUKUOKA CITYネオ・フクオカシティ


 凪は配達バッグを背負い、自転車を走らせた。


 信号待ちで、スマホが震える。


 新しいコメント。


『この人、昨日どっかの配信で見た気がする』


 凪は画面を見つめた。


 現実側に、名前がにじみ始めている。


 まだ小さい。


 たぶん、すぐ消える。


 でも、ゼロではない。


 配達先のカフェに着く。


 ガラス張りの店内では、若い客が何人もスマホを見ていた。


 凪はカウンターで商品を受け取る。


 商品を受け取り、店を出る。


 店員も客も、誰も凪を知らない。


 現実はまだ、その程度だ。


 それでも、SNSの中だけは違う。


 再生数が1つ増え、コメントが1つ増え、知らない誰かの画面に曲が混ざり始めている。


「……ほんまに返ってくるんやな」


 自転車にまたがる。


 その瞬間、スマホが震えた。


 @yui_musubi。


『現実が』


『少し変わった?』


 凪は苦笑した。


『少しな』


 送る。


 返事。


『それが』


『最初の報酬』


 凪は画面を見たまま、しばらく動けなかった。


 報酬。


 VALDGEARで得たフォロワーが、現実の生活を少し変える。


 金が降ってくるわけでも家賃が消えるわけでもない。


 でも、自分の曲が、見に来るつもりのなかった誰かに届く。


 それは確かに、報酬だった。


 夕方。


 配達を終えて部屋に戻る頃には、凪の曲の再生数は41になっていた。


 いいね、6。


 コメント、5。


 そのうち一つは、こうだった。


『次も聴く』


 凪はそのコメントを、何度も読んだ。


 次も。


 御門が言っていた。


 フォローは拍手ではない。


 次も見るという予約。


 凪はノートを開く。


 朝書いた言葉の下に、続きを書いた。


「優しいやつだけやなくて」


 少し考える。


 それから、ゆっくり書く。


「見てへんやつの画面にも、届かせる」


 書いてから、凪は笑った。


「でかく出たな」


 でも、消さなかった。


 夜。


 VALDGEARの通知が光る。


> NEXT CONNECTネクスト・コネクト

>

> 00:02:00


 その下に、新しい表示。


> CURRENT GOALカレント・ゴール

>

> FOLLOWERフォロワー 1,000

>

> KNIGHTナイト到達条件


 凪は息を止めた。


 ついに、数字が明文化された。


 1000。


 yuiに会うための数字。


 御門が立っている場所へ入るための数字。


 現実のおすすめに、本格的に乗り始めるための数字。


 凪はボールペンを握った。


「やったるわ」


 スマホが震える。


 @yui_musubi。


『凪くん』


『次』


『誰かが見てる』


 凪は眉をひそめた。


『誰か?』


 返事はない。


 代わりに、接続カウントが進む。


 三。


 二。


 一。


> VALDGEAR SYSTEMヴァルドギア・システム

>

> CONNECTコネクト

>

> STARTスタート


 世界が白くほどける。


 現実が消える直前。


 スマホの通知欄に、知らないアカウント名が一瞬だけ映った。


> SPARKLEスパークルがあなたをフォローしました


 ピンク色のアイコン。


 跳ねるような通知音。


 そして、明るい女の声が、ノイズの向こうから聞こえた。


「へえ。あれが噂の新人くん?」


 凪が振り返るより早く、視界はVALDGEARの白へ飲み込まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ