第九話:SPARKLE
> SPARKLEがあなたをフォローしました
白い接続ノイズの中で、その通知だけがやけにはっきり見えた。
ピンク色のアイコン。
跳ねるような通知音。
その向こうで、明るい女の声がした。
「へえ。あれが噂の新人くん?」
凪が振り返るより早く、足裏に硬い床の感触が戻った。
VALDGEAR。
NEO-FUKUOKA CITYの裏側。
そこは、これまでの高架下とはまるで違っていた。
TENJIN CORE。
その中央にある、Nexus Square(ネクサス広場)。
現実なら、大型ビジョンとカフェとイベントスペースが並ぶ中心区画。
VALDGEARでは、ビルの壁そのものが観客席になっている。
コメントが上から下へ流れ、空中のカメラが光の虫みたいに飛び回っていた。
広場の中央には、円形のステージ。
その上で、ピンク色の光が跳ねた。
「はい、そっち見た」
女の声。
ステージ上の男が振り返る。
その瞬間、女の姿が男の視界から外れた。
消えたわけではない。
凪には見えた。
女は振り返らせる直前に、長い髪をわざと揺らした。
視線を髪へ引っ張り、その一瞬の死角へ身体を滑り込ませた。
「こっちだよ」
声は、男の右側から聞こえた。
男がそちらを見る。
その時には、女の足は逆側から振り抜かれていた。
鋭い回し蹴り。
男の脇腹に直撃する。
光が弾け、男の体がステージの外へ転がった。
コメントが爆発した。
『SPARKLEきた』
『足やば』
『今の見えた?』
『ほのかちゃん今日も軽い』
凪は無意識に呟いた。
「見せ方が上手いんや」
隣にいた参加者が、凪を見る。
「え?」
凪はステージから目を離さない。
「速いだけやない。見る場所を先に決めさせとる」
女はステージ中央で、片手を腰に当てて笑っていた。
明るいピンクのロングウェーブ。
毛先にかけてふんわり広がる髪に、左右対称のリボンとピン。
琥珀の混じったヘーゼルの瞳。
少しタレた目尻が、笑うたびに柔らかく細くなる。
黒とピンクを基調にしたアクティブスーツ。
太ももには補助装備。
足元には、細い光をまとったブーツ。
頭上の表示。
> NAME:SPARKLE
>
> RANK:KNIGHT
>
> FOLLOWER:3,214
3,214。
凪の119より、ずっと上。
御門の5,482よりは下。
それでも、凪がまだ届いていないKNIGHTだった。
「はい、次! 見てるだけの人、退屈してない?」
SPARKLEが笑う。
その一言で、観客の視線がまた彼女へ集まった。
ステージに立っているだけで、数字が揺れる。
> FOLLOWER:3,214
>
> FOLLOWER:3,216
凪は少しだけ眉をひそめた。
見られることに慣れている。
いや、慣れているだけではない。
見られることを、武器として使っている。
昨日の凪とは違う。
誰かに届かせようとして、必死に拳を振る必要がない。
彼女は最初から、視線の中にいる。
眩しい。
少し腹立たしい。
「何見とれてんの、新人くん」
声が、すぐ横で聞こえた。
凪はステージを見た。
女はいない。
次の瞬間、凪のすぐ隣に立っていた。
距離が近い。
近すぎる。
凪は半歩下がった。
「近いわ」
女は楽しそうに笑う。
「第一声それ? つれないじゃん」
凪は彼女の頭上を見る。
> SPARKLE
>
> FOLLOWER:3,216
「あんた、さっき通知に出てたやつか」
「そ。フォローしといたよ、噂の新人くん」
「勝手にすんな」
「フォローって、だいたい勝手にするものでしょ?」
正論だった。
凪は顔をしかめる。
女は凪の周りを軽く歩いた。
品定めするように。
けれど、視線は嫌らしくない。
むしろ、こっちの反応を楽しんでいる。
「天沢凪、だっけ?」
「なんで知っとる」
「流れてたから。PAWN狩り止めた黒い新人って」
「またそれか」
名前が流れる。
見られる。
覚えられる。
少し前まで欲しかったはずなのに、いざそうなると落ち着かない。
女はそれを見て、面白そうに目を細めた。
「見られるの、苦手?」
凪は答えない。
女はさらに一歩近づく。
「苦手なのに、見ていてくれって言うんだ」
「……見ろ、やない」
凪は訂正した。
「見ていてくれ、や」
女の笑みが、ほんの少しだけ変わった。
消えたわけではない。
でも、目の奥が一瞬だけ静かになった。
「ふうん」
凪はその変化を見逃さなかった。
軽い。
明るい。
距離が近い。
でも、全部が本音ではない。
この女は、見られ方を知っている。
見せる表情を選んでいる。
さっきの戦いと同じだ。
視線を誘導して、相手が見たいものを先に置く。
その奥を隠す。
「あんた、戦い方が変やな」
女がきょとんとする。
「変?」
「足が速いとか、蹴りが強いとかやない。相手がどこを見るか、先に決めとる」
女の笑顔が、ほんの一瞬だけ固まった。
本当に一瞬だけ。
すぐに、また明るい顔へ戻る。
「へえ。新人くん、顔は眠そうなのに、見るとこ見てんじゃん」
「顔は余計や」
「でもさ」
女は凪の頭上を指差した。
「FOLLOWER119の新人が、3,000超えのあたしに戦い方語るの、ちょっと生意気じゃない?」
「数字はあんたが上や」
凪は素直に言った。
「でも、見えたもんは見えた」
女は黙った。
周囲のコメントが流れる。
『SPARKLEが絡んでる』
『新人くん逃げて』
『ほのかちゃん距離近い』
『凪、塩対応で草』
そのコメントの中に、名前が混じった。
ほのか。
凪は女を見る。
「ほのか、いうんか」
女は少し目を丸くして、それから肩をすくめた。
「朝倉帆乃香。コードネームはSPARKLE。よろしく、新人くん」
「新人くんやめろ」
「じゃあ凪」
「急に呼び捨てすんな」
「細かいなあ」
ほのかは笑った。
明るい。
軽い。
でも、さっき凪が戦い方に触れた瞬間だけ、確かに揺れた。
凪はそれが気になった。
yuiとは違う。
yuiは遠い。
声だけで、触れられない。
ほのかは近い。
近すぎる。
なのに、どこか見えない。
スマホが震えた。
@yui_musubi。
『気をつけて』
凪は画面を見る。
ほのかが横から覗き込もうとした。
凪は即座にスマホを伏せる。
「見るな」
「えー、彼女?」
「ちゃう」
言ってから、少しだけ詰まった。
ほのかはその間を見逃さない。
「へえ」
「なんや」
「べつに?」
ほのかは楽しそうに笑う。
だが、その笑みの奥に、ほんの少しだけ違う色が混じった。
興味。
それとも、警戒。
凪にはまだ分からない。
ステージの方で、新しい通知が鳴った。
> DUO MATCH
>
> ENTRY:SPARKLE / NAGI
凪は表示を見上げた。
「は?」
ほのかも見上げる。
それから、ぱっと笑った。
「あ、組まされた」
「軽いな」
「だって面白そうじゃん」
凪はペンを握った。
「オレ、まだ組む言うてへん」
「でもエントリー出てるよ?」
ほのかはステージへ向かって歩き出す。
その足取りは軽い。
観客の視線を集めることに、何のためらいもない。
凪とは正反対だった。
「あたし、現実だとカフェで笑ってるだけの人なんだよね」
歩きながら、ほのかは軽く言った。
「お客さんは見てくれるけど、見てるのは制服とか愛想とか、そういう分かりやすいとこだけ」
ほのかは振り返る。
「ここなら、見られた分だけ強くなれる。だったら1回くらい、ちゃんと見られる側に立ってみたいじゃん」
凪は一瞬黙った。
ほのかは笑っている。
でも、その言葉だけは少し軽くなかった。
「来なよ、凪」
ピンクの髪が、光を受けて跳ねた。
「あたしの戦い方、もっと見たいんでしょ?」
見たい。
それは確かだった。
外見ではない。
声でもない。
彼女がどう視線を集め、どう相手の意識をずらし、どう数字を力に変えるのか。
それを見たいと思った。
「……しゃあないな」
凪はステージへ足を向ける。
ほのかは満足そうに笑った。
「素直じゃないね」
「うるさい」
コメント欄が一気に流れる。
『新人とSPARKLE!?』
『119と3,216か』
『事故るだろ』
『いや相性よさそう』
凪は顔をしかめる。
見られる側。
まだ慣れない。
けれど、逃げる気はなかった。
ステージの光が強くなる。
ほのかが隣に立つ。
距離が近い。
凪が少し横へずれると、ほのかも同じだけ近づいてきた。
「近い言うてるやろ」
「ペアなんだから近くないと」
「そういうもんか?」
「知らない」
「知らんのかい」
ほのかは笑った。
その笑顔に、観客の視線が集まる。
凪はその横顔を見た。
明るい。
強い。
見られることを恐れていない。
でも、ステージの光が一瞬だけ落ちた時。
ほのかの横顔が、ひどく寂しそうに見えた。
凪は眉をひそめる。
「……あんた」
「ん?」
ほのかが笑顔で振り向く。
さっきの寂しさは、もうどこにもない。
凪は言葉を飲み込んだ。
今はまだ、聞く場面ではない。
ステージの向こう側に、対戦相手の2人が現れる。
> KNIGHT
>
> FOLLOWER:1,382
> KNIGHT
>
> FOLLOWER:1,746
凪より上。
ほのかよりは下。
でも、2対2。
見られる場所。
数字がそのまま熱になるステージ。
ほのかが軽く足首を回す。
「じゃ、いこっか」
凪はペンを構える。
「足引っ張ったら悪いな」
「大丈夫」
ほのかはウインクした。
「見せ方は、あたしが教えてあげる」
ステージの光が弾けた。
凪とほのかの最初の戦いが、始まる。




