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「再生数2の底辺フリーター、SNSが武器になる異能都市で成り上がる」 ―― ヴァルドギア:FUKUOKA LOSTLINK ――  作者: DD22


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第七話:見ていてくれ

# 第7話:見ていてくれ


> まだ終わってへん


 黒い文字が、高架下の夜に燃えた。


 凪はペンを構える。


 目の前には三人。


> PAWNポーン

>

> FOLLOWERフォロワー:126


> PAWNポーン

>

> FOLLOWERフォロワー:148


> PAWNポーン

>

> FOLLOWERフォロワー:203


 全員、昨日のCLIPクリップより上。


 今の凪より上。


 それでも、凪は退かなかった。


 高架下の端では、FOLLOWERフォロワー2の少年がこちらを見ている。


 その周りにも、数字の低いPAWNポーンたちがいた。


 逃げたいのに、逃げられない。


 見たいのに、見たら次は自分が狩られる。


 そんな顔で、息を殺している。


 126の男が舌打ちした。


「目立ちたいなら、もっと上手くやりなよ」


 148の男が笑う。


「守るとか、見ててくれとか、そういうの寒いって」


 203の男だけは、少し目つきが変わっていた。


 さっきまで遊びだった顔から、余裕が減っている。


「さっさと潰すぞ。変に流れを作られると面倒だ」


 三人が同時に動いた。


 右から126。


 左から148。


 正面から203。


 凪は空中にペンを走らせる。


> 守れ


 黒い文字が足元で弾け、少年の前へ薄い壁を作った。


 直後、126の蹴りが凪の脇腹に入る。


「ぐっ……!」


 痛い。


 VALDGEARヴァルドギアの中の身体が、確かに軋む。


 続いて148の拳。


 凪は腕で受ける。


 黒いグローブの上から衝撃が抜け、肘が痺れた。


 203が正面から踏み込む。


「守りながら勝てると思ってる?」


 凪の胸ぐらを掴み、配信用のカメラへ顔を向けさせる。


「こういうのが一番伸びるんだよ。昨日ちょっと回った新人が、正義感出して空回りするやつ」


「勝手にタイトルつけんな」


 凪は203の手首を掴んだ。


「オレは配信のネタちゃう」


「じゃあ何?」


 203が笑う。


「主人公?」


 横から126の拳が飛ぶ。


 凪は避けきれない。


 肩に直撃し、膝が落ちかける。


 コメントが降ってきた。


『無理だろ』


『75で三人相手はきつい』


『守る余裕なくね』


 数字の差が、重さになる。


 コメントの流れが、場の空気になる。


 押されれば押されるほど、凪は「負ける側」として見られていく。


 その見られ方が、さらに身体を重くする。


 背後で少年が叫んだ。


「もういいです! 俺、逃げますから!」


 凪は振り返らずに言った。


「逃げるな」


 少年が息を呑む。


「でも、俺がいるから」


「ちゃう」


 凪は口の中の血の味を飲み込んだ。


「逃げるなって言うたんは、ここから消えろって意味ちゃう」


 203が眉をひそめる。


 凪は少年へ言った。


「見てろ」


 高架下の空気が、一瞬だけ止まった。


 少年だけではない。


 端にいたPAWNポーンたちも、凪を見た。


> FOLLOWERフォロワー:4

>

> FOLLOWERフォロワー:8

>

> FOLLOWERフォロワー:11


 さっきまで自分が狩られないように、視線を逸らしていた連中だ。


 凪はその全員へ向けて、もう一度言った。


「逃げたいやつは逃げてもええ。でも、逃げる前に見ていけ」


 ペンが鳴る。


 凪は空中に一文を書く。


> 見ていてくれ


 黒い文字が、赤い配信円の中でゆっくり広がった。


 攻撃ではない。


 防御でもない。


 ただ、そこにいる誰かへ向けた言葉だった。


 コメントが揺れる。


『見ていてくれ?』


『助けてじゃないのか』


『こいつまた変なこと言ってる』


 少年が震える声で言った。


「見てるだけで、いいんですか」


 凪は203から目を逸らさない。


「ええ」


「でも、俺、何もできない」


「できる」


 凪は笑った。


「見てるだけで、オレはゼロやなくなる」


 少年の目が大きくなる。


 その瞬間、凪の表示が揺れた。


> FOLLOWERフォロワー:75

>

> FOLLOWERフォロワー:78


 少年と、もう二人。


 誰かがフォローした。


 203が舌打ちする。


「またその流れか」


「その流れ?」


「弱いやつが共感で伸びるやつ。見飽きてるんだよ」


 203は凪を突き飛ばし、仲間へ顎をしゃくった。


「周りを潰せ。見てるやつが消えれば、こいつは止まる」


 126と148が赤い円の外へ向かう。


 低フォロワーのPAWNたちが後ずさる。


 凪は反射的にペンを走らせた。


> 止まれ


 黒い文字が地面を走る。


 だが遅い。


 126の手が、FOLLOWERフォロワー8の女性へ伸びる。


「きゃっ」


 凪は届かない。


 その時、少年が動いた。


> FOLLOWERフォロワー:2


 数字は小さい。


 力もない。


 それでも少年は、女性の前に飛び出した。


「やめろ!」


 126の腕が少年の肩を弾く。


 少年は簡単に吹き飛んだ。


 だが、その一瞬で凪の文字が届いた。


> 止まれ


 黒い線が126の足に絡みつき、動きを止める。


 凪は目を見開いた。


 少年が稼いだ一秒。


 たった一秒。


 でも、その一秒で届いた。


「……見てるだけやないやんけ」


 少年は地面に倒れたまま、痛みに顔を歪めている。


 それでも、小さく笑った。


「見てたら、動きたくなりました」


 コメント欄が静かになる。


 そして、別の流れが生まれた。


『今の2の子?』


『低フォロワーが止めた』


『名前知らんけどフォローした』


 少年の表示が揺れる。


> FOLLOWERフォロワー:2

>

> FOLLOWERフォロワー:5


 少年は呆然とした。


「増え……」


 凪は短く言った。


「立てるか」


「はい」


 少年は震えながら立ち上がる。


 赤い円の外で、他のPAWNポーンたちも顔を上げ始めていた。


 203が表情を消す。


「くだらない」


 声が冷たくなる。


「群れたところで、数字が低いやつは低い。見てるだけのやつが何人増えても、戦力にはならない」


「そうかもな」


 凪は認めた。


 実際、数字はまだ足りない。


> FOLLOWERフォロワー:78


 相手の203には遠い。


「でも」


 凪は空中に文字を書く。


> ひとりじゃない


 その言葉は、凪自身に一番深く刺さった。


 昨日まで、ずっと一人だと思っていた。


 再生数2の画面を見つめながら、誰にも届かないと決めつけていた。


 けれど今、赤い円の外で誰かが凪を見ている。


 誰かが少年を見ている。


 誰かが、狩られる側のまま終わらない姿を見ようとしている。


 それだけで、世界の重さが変わる。


 凪は203へ踏み込んだ。


 203が拳を構える。


「来いよ、フォロワー78」


「78ちゃう」


 凪は背後の気配を感じる。


 少年。


 女性。


 壁際にいたPAWNたち。


 みんなが息を呑んで見ている。


「今、増えとる」


> FOLLOWERフォロワー:83

>

> FOLLOWERフォロワー:91


 203の目が細くなる。


「まだ足りない」


「知っとる」


 凪はペンを走らせる。


> 届かせろ


 黒い文字が、凪の拳ではなく、赤い円全体に広がった。


 見ている者たちの足元に、細い黒い線が灯る。


 攻撃力が増えたわけではない。


 誰かの数字を奪ったわけでもない。


 ただ、凪が殴る瞬間を、全員が見失わないようにした。


 203が突っ込んでくる。


 赤い拳。


 速い。


 凪は避けない。


 一歩、前へ。


「見ていてくれ」


 凪は呟く。


「オレが、逃げへんとこ」


 黒い文字が拳に宿る。


 203の拳とぶつかった。


 衝撃が高架下に響く。


 凪の足が滑る。


 押される。


 数字が足りない。


 力が足りない。


 203が笑う。


「ほら、無理だ」


 凪の膝が曲がる。


 その時、背後から声が飛んだ。


「見てます!」


 少年の声。


 続いて、女性の声。


「私も!」


 別の誰か。


「逃げないで!」


 コメント欄ではない。


 同じ場所にいる声だった。


 凪の胸の奥で、音が重なる。


> FOLLOWERフォロワー:96

>

> FOLLOWERフォロワー:108

>

> FOLLOWERフォロワー:119


 203の顔が変わる。


「なんで、まだ」


「言うたやろ」


 凪は歯を食いしばる。


「見てるだけで、ゼロやなくなる」


 ペンが震える。


 黒い文字が太くなる。


 凪は一歩踏み込んだ。


「響け!」


 黒い文字が弾ける。


 203の赤い光が砕けた。


 男の体が赤い円の外へ吹き飛び、壁に叩きつけられる。


 残り二人が動きを止めた。


 配信カメラの光が乱れる。


 コメント欄が白く弾けた。


『119』


『203押した』


『PAWN狩り止まった?』


『見ててくれ、効いてる』


 凪は荒い息のまま、頭上を見た。


> FOLLOWERフォロワー:119

>

> RANKランクPAWNポーン


 PAWNのまま。


 けれど、昨日とは違う。


 フォロワー1だった男は、もう一人で立っていなかった。


 203の男が壁にもたれながら、唇を噛む。


「……なんだよ、それ」


 その声に、さっきまでの余裕はなかった。


 凪は答えようとして、できなかった。


 高架下の奥から、拍手が聞こえた。


 ぱち。


 ぱち。


 ゆっくりとした、乾いた音。


 全員がそちらを見る。


 赤い円の外。


 高架の柱にもたれるように、一人の男が立っていた。


 黒いロングコート。


 細い銀縁の眼鏡。


 整いすぎた姿勢。


 その男の周囲だけ、コメントが流れていなかった。


 騒がしい高架下に、そこだけ静かな穴が空いている。


 頭上の表示が、凪の視線を奪った。


> RANKランクKNIGHTナイト

>

> FOLLOWERフォロワー:5,482


 桁が違う。


 さっきまで三桁の数字で息が詰まっていた。


 なのに、その男は五千を超えている。


 凪は喉を鳴らした。


 KNIGHTナイト


 最初にこの街へ落ちた時、誰かの頭上に流れていた知らない階級の一つ。


 それが、今は目の前に立っている。


 203の男が顔を引きつらせた。


御門みかど……なんで、あんたがここに」


 男は203を見なかった。


 凪を見て、薄く笑う。


「御門 澄也みかど・すみや。ただの観客だよ」


「観客?」


 凪はペンを握り直す。


 体は限界に近い。


 それでも、目を逸らせなかった。


 御門の数字は、攻撃してこないのに重い。


 立っているだけで、場の空気を持っていく。


 さっきまで凪を見ていた視線の一部が、自然と御門へ流れていく。


 それが、分かった。


 御門は高架下を見回す。


「PAWN狩りにしては、少し面白かった」


 203が口を開く。


「俺らの配信に口出す気かよ」


「口出しはしない」


 御門は静かに言った。


「もう終わった配信に、口を出す必要はないからね」


 その一言で、203が黙った。


 凪は背筋に冷たいものを感じた。


 強い言葉ではない。


 怒鳴ってもいない。


 なのに、場が従う。


 御門は凪へ視線を戻す。


「天沢凪」


「……なんで名前知っとんねん」


「今、この場にいる全員が知った」


 御門は凪の頭上を見た。


 「119。昨日の1からなら、悪くない」


 凪は奥歯を噛む。


「褒めとるんか、見下しとるんか、どっちや」


「観察してる」


 御門は笑った。


 「君の言葉は、数字の低い人間を振り向かせる。そこは面白い」


「そこは?」


 「でも、まだ狭い」


 御門の頭上で、5,482という数字が静かに光る。


 「PAWNポーンは、見られたい人間が一番多く集まる場所だ。声を上げても、ほとんどは同じ層の中で回って消える」


 御門は自分の表示を指で軽く叩いた。


> RANKランクKNIGHTナイト

>

> FOLLOWERフォロワー:5,482


 「千を超えると、流れが変わる。動画サイトやショート動画で、急におすすめへ乗り始める瞬間があるだろう」


 御門の声は静かだった。


 「見に来た人間だけじゃない。見に来るつもりのなかった人間の画面にも、名前が混ざり始める」


 凪は息を止めた。


 千。


 yuiが言っていた数字。


 1000人集めて。


 そうしたら、少しだけ会える。


 あの言葉の重さが、今になって少しだけ形を持った。


 御門は続ける。


 「それがKNIGHTナイト。ただ多いだけじゃない。場の外へ届き始めたアカウントだ」


 凪は何も言えなかった。


 悔しい。


 だが、否定できない。


 御門の存在そのものが、言葉より先にそれを証明している。


 5,482。


 KNIGHT。


 今の凪が届いていない場所。


 御門は赤い円の外へ歩き出す。


 すれ違いざま、凪にだけ聞こえる声で言った。


「次に会う時までに、もう少し遠くへ届かせておいで」


 凪は振り返る。


「待てや」


 御門は止まらない。


「今のままだと、君の声は優しい人間にしか届かない」


 その言葉だけを残して、御門の姿はコメントの流れの向こうへ消えた。


 高架下に、静けさが戻る。


 凪はペンを握ったまま、しばらく動けなかった。


 勝った。


 PAWN狩りは止まった。


 少年も、周りの連中も、もう笑われていない。


 それなのに、胸の奥は晴れなかった。


 上がいる。


 ただ数字が多いだけではない。


 立っているだけで場を変えるやつがいる。


 凪は自分の表示を見上げた。


> FOLLOWERフォロワー:119

>

> RANKランクPAWNポーン


「……遠いな」


 誰に言うでもなく、凪は呟いた。


 けれど、その声は前より少しだけ低く、前より少しだけ燃えていた。


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