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第八話:TENJIN CORE(テンジン・コア)の支配者、ルーラーの戒律


旧0番線ホームでの誓いを胸に、天沢凪あまさわ なぎ雪村陽乃花ゆきむら ほのかはTerminal Gateターミナル・ゲート内の転送装置を起動させた。師匠のデータチップに記された次なる目的地、NEO-FUKUOKA CITYネオ・フクオカ・シティの情報と商業の中心地、TENJIN COREテンジン・コア。そこは、ヴァルドギアの中でも特にエネルギーの歪みが大きいとされ、「@Yui_Musubi」からのものと思われる警告にも、危険なバトラー《戦う者》、あるいはさらに厄介な“影”による「異常な支配領域」の存在が示唆されていた。そこで待ち受ける脅威とは、一体何を意味するのだろうか。


転送の眩い光が収まると、凪と陽乃花は見慣れたはずの、しかしどこか異様な空気を纏ったTENJIN COREテンジン・コアのNexus Square(ネクサス広場)に立っていた。

現実世界リアルでは多くの人々で賑わうこの広場も、ヴァルドギア内ではその構造こそ似ているものの、行き交うバトラー《戦う者》の数はまばらで、どこか張り詰めたような、息苦しい雰囲気が漂っていた。広場の中心にある巨大なモニターには、意味不明な幾何学模様が明滅し、不協和音のような環境音が微かに響いている。


「うわ……なんか、空気が重いっていうか、ピリピリするね……」

陽乃花は無意識に自分の腕をさすりながら言った。彼女の明るいオーラも、この場所では少しだけ抑制されているように感じられる。


「ああ。それに、見てみい、あそこ」

凪が指差した先には、広場の一角で数人のバトラー《戦う者》が、まるで透明な壁に阻まれたかのように、あるいは何らかのルールに縛られたかのように、不自然な動きを繰り返していた。ある者は同じ場所をぐるぐると回り、ある者は地面に突っ伏したまま動けず、またある者は虚空に向かって意味のない攻撃を繰り返している。そのどれもが、苦悶の表情を浮かべていた。


「え、何あれ……!? みんな、どうかしちゃったの? ちょっと可哀想じゃん、ああいうの」陽乃花が眉をひそめる。

「いや、あれは……何らかの異能で行動を制限されとるんやないか? まるで操り人形みたいや……」

凪がペンデバイスで解析を試みようとした、その時だった。


「――おや、新しいお客様かな? このNexus Square(ネクサス広場)へようこそ。ただし、ここには私が定めた“ルール”が存在しますので、ご留意いただきたい」


落ち着いた、しかしどこか冷たさを感じさせる男性の声が、広場に響き渡った。

声のした方を見ると、広場を見下ろすように設置された仮設ステージのような場所に、一体の“影”が佇んでいた。その姿は人型に近く、まるで仕立ての良い執事服のような、しかしどこか異質な光沢を放つ黒い装束を纏っている。顔立ちは整っているように見えるが、その表情は能面のように硬質で、瞳の奥には人間とは異なる種類の、冷徹な光が宿っていた。


「あんたが……ここのバトラー《戦う者》たちにあんなことしてるの?」

陽乃花は、その異様な存在感を放つ“影”に、強い不快感と警戒感を覚えた。


その黒い装束の“影”は、陽乃花の言葉にも表情一つ変えず、静かに答えた。

「私は犬童イツキ。このNexus Square(ネクサス広場)において、あるべき“秩序”を体現する者。彼らは、私の定めたルールに違反したか、あるいは、そのルールを理解するだけの知性に欠けていただけのことですよ」

その言葉は丁寧だが、有無を言わせぬ絶対的な自信と、他者への関心の薄さが感じられた。


「ルール違反ですって!? あんなの、ただの横暴じゃない!」

「おやおや、感情的なご意見ですね。ルールとは、物事を円滑に進めるために不可欠なもの。そして、そのルールを定める者こそが、この無秩序な場所に安寧をもたらすのです。私は、この場所を私の理想とする形に“整えて”いるに過ぎません」

その男――犬童イツキは、まるで盤面の駒を配置する棋士のように、冷静に、しかし確固たる意志を持って言葉を紡ぐ。


(こいつ……これまでの“影”とは明らかに違う……。人間のような言葉を話し、人間のような感情を持っているように見える……けど、何かが決定的にズレとる……!)

凪は、犬童の放つ異様なプレッシャーと、その思考の異質さに、本能的な危険を感じ取っていた。

「あんたのやってることは、ただの支配や! 自分勝手なルールを押し付けとるだけやないか!」


「支配、ですか。結構なことです。力なき理想は空論であり、ルールなき自由はただの混沌。私は、私の力とルールによって、このNexus Square(ネクサス広場)を完璧な“私の領域”とするのです。それが、ここに存在する私の意義ですから」

犬童の瞳には、他者の感情や状況を一切考慮しない、純粋なまでの自己中心的な「正義」が宿っているように見えた。世界の真実や大きな目的などには興味がなく、ただ、この自分のテリトリーを自分の思い通りにしたい、という強烈な欲望だけが感じられた。


「さて、あなたたちにも、私のルールを体験していただきましょうか。《ディクテーション》」

犬童がその言葉を発した瞬間、凪と陽乃花の周囲の空間がぐにゃりと歪み、彼らの足元や周囲の壁に、まるで直接書き込まれたかのように、発光する文字の羅列が出現した。


『ルール1:この広場から半径10メートル以内にいる者は、3秒間、一切の行動を禁止する』

『ルール2:雪村陽乃花は、次の私の許可があるまで、跳躍及びブースターの使用を禁止する』

『ルール3:天沢凪は、次の私の許可があるまで、三文字以上の言葉による異能の発動を禁止する』


「なっ……身体が……動かへん!」

凪は金縛りにあったかのように、その場から一歩も動けなくなった。陽乃花もまた、得意の脚技を封じられ、悔しそうに唇を噛んでいる。


「これが私の力の一端です。この《ディクテーション》によって、私はこの空間に新たな“ルール”を上書きし、対象者の行動を制限する、あるいは強制することができます。そして、この私の定めたルールが適用される領域――私の《支配領域》においては、私の力はさらに増幅されるのです」

犬童は、まるで自分の作品を眺めるかのように、満足げに動けない二人を見下ろす。


「あんた……こんな、理不尽な力で……!」陽乃花が呻くように言う。

「理不尽? いいえ、これは私の創造した“法則”です。法則の前では、誰もが平等に従うべき。それが、私の世界の美しさなのです」

犬童の瞳には、やはり感情の起伏は見られず、ただただ自分の定めたルールが完璧に機能していることへの、冷たい悦びだけが浮かんでいるように見えた。


「君たちがなぜ、そこまでしてこのヴァルドギアに“存在”しようとするのか、私には理解できませんが……まあ、いいでしょう。私のルールの中で、その無意味な抵抗を続けるがいい」

犬童は、凪と陽乃花に興味を失ったかのように、ゆっくりとステージへと戻っていく。


TENJIN COREテンジン・コアのNexus Square(ネクサス広場)は、今や犬童イツキの絶対的な支配領域と化していた。

凪と陽乃花は、この人間とは異なる思考と、強大な「ルールの力」を持つ“影”の理不尽な戒律を打ち破り、自分たちの「戦う意味」を見つけ出すことができるのだろうか。

初めて遭遇する、圧倒的な力を持つ強敵。そして、この敗北が、凪の力のあり方に大きな転機をもたらすことになろうとは、彼はまだ知る由もなかった。


(第八話:了)

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