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第七話:遺された導き、ヴァルドギアの法則

リライトしすぎて3日かかり申し訳無いです。


旧0番線ホームに響いていた駅長風の“影”の断末魔は、まるで長い間堰き止められていた嘆きの解放のようにも聞こえた。浄化の光が収ると、ホームを覆っていた重苦しく淀んだ空気は嘘のように消え去り、代わりにどこか清浄で、微かに温かいものへと変わっていた。天井の崩れた隙間から差し込むヴァルドギアの歪んだ光さえ、今はまるで夜明けの最初の陽光のように、凪と陽乃花の疲弊した身体を優しく照らしている。その光は、この場所に満ちていた言い知れぬ哀しみや絶望のようなものが、ほんの少しだけ浄化されたかのように感じられた。


「……終わった、んやな」

天沢凪あまさわ なぎは、全身の細胞が弛緩していくような、深い疲労感と共にその場に座り込んだ。「共鳴一閃きょうめいいっせん・ドーンブレイカー」。雪村陽乃花ゆきむら ほのかとの魂の共鳴が生み出した奇跡のような技。その代償は、彼の精神力をほぼ空っぽにするほど大きかった。だが、それ以上に、何か途方もないものを成し遂げたという確かな達成感が、虚脱した心を満たしていた。そして、微かにだが、ヴァルドギアの世界そのものが少しだけ息を吹き返したような、不思議な感覚があった。

Vibeヴァイブに「深みがねえ」と一蹴された自分の言葉。だが、今のこの達成感は、あの時とは違う、確かな手応えを伴っていた。自分の言葉が、誰かの心を動かし、何かを変えることができるかもしれない。それが、凪にとっての「存在証明」の一つの形なのかもしれない、とぼんやりと思った。まだ漠然としているが、確かな一歩を踏み出した感覚があった。


「うん……終わったね……」雪村陽乃花も、凪の隣にゆっくりと腰を下ろした。彼女のアクティブスーツ風バトルウェアはあちこちが裂け、白い肌が痛々しく覗いている。額には玉のような汗が光り、ピンク色の髪も今は少し乱れていたが、その琥珀混じりのヘーゼル色の瞳は、戦いを終えたバトラー《戦う者》だけが浮かべることのできる、穏やかな光を湛えていた。「なんだかさ、最後の駅長さん、ちょっとだけ笑ってた気がするんだよね……」


「……かもしれへんな」凪は小さく頷いた。あの“影”もまた、かつては誰かの強い負の感情が生み出した歪な存在だったのだろう。その魂のようなものが、ようやく長い苦しみから解放されたのかもしれない。


二人はしばらくの間、言葉もなく、この奇妙な静寂と、微かに感じるヴァルドギア世界の「変化」に身を委ねていた。


やがて、凪がふらつきながらも立ち上がろうとした。

「陽乃花さん、大丈夫か? 怪我は……」

「うん、なんとかね! ちょっと擦りむいたくらいだし、ポーンくんこそ、顔真っ青だよ?」

陽乃花は「ポーンくん」と呼び、立ち上がり、まだ力の入らない凪の腕を自然に支えた。その温かい感触が、凪の張り詰めていた心を少しだけ解きほぐす。


「ありがとうな、陽乃花さん。あんたがおらんと、ここまで来れんかったし、勝てんかったわ」

凪の素直な言葉に、陽乃花は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの太陽のような笑顔を咲かせた。

「こっちこそだよ、ポーンくん! あの最後の『ドーンブレイカー』、マジで鳥肌立った! あたし、ポーンくんのこと、ちょっと見直しちゃったかも!」

彼女は悪戯っぽく笑い、凪の肩を軽く叩いた。その屈託のない明るさが、凪にとっては何よりも心強い。


ふと、駅長風の“影”が消滅した場所――ホームの最も奥、横たわる列車の残骸の傍らに、ポツンと古びた金属製のトランクが残されているのに凪は気づいた。これまで、禍々しいオーラと瓦礫の山に隠れていて気づかなかったのだ。


「あれは……なんや?」

凪が指差すと、陽乃花もそちらに視線を向け、息を呑んだ。

「もしかして……師匠が言ってた、何か手がかりって……これのことなのかな?」

彼女の声が、期待と不安で微かに震える。師匠の行方と、彼が追い求めていた謎。その答えが、あのトランクに眠っているのかもしれない。師匠が最後に残した通信には、「もしもの時は、信頼できる仲間を見つけ、この旧0番線ホームを探せ。そこに次への道標があるはずだ」と、途切れ途切れの音声で記録されていたのを、陽乃花は今でも鮮明に覚えていた。


二人は、まるで何かに引き寄せられるように、そのトランクへと歩み寄った。

長年この廃墟に打ち捨てられていたかのように埃を被り、所々が錆び付いているが、それでもなお、何か重要なものを秘めているかのような厳かな雰囲気を放っている。表面には、かすかに何かの紋章のようなものが刻まれていたが、摩耗していて判読は難しい。


「開けても……大丈夫そ?」陽乃花が少し緊張した面持ちで凪を見る。

「ペンデバイスでスキャンしてみるわ。罠とかあったら厄介やしな」

凪はペンデバイスをトランクにかざす。ピ、ピ、という電子音の後、デバイスのスクリーンに解析結果が表示された。

『……古い記録媒体レコーダーを内蔵した特殊ケース……内部に高密度情報ログを検知』

『開封には特殊な認証プロトコル、あるいは登録ユーザーの生体情報によるアクセス許可が必要』

『……生体情報パターン照合中……候補スキャン……雪村陽乃花……適合の可能性を検出』


「えっ!? あたし!?」陽乃花が驚きの声を上げる。

「どうやら、陽乃花さんの師匠さんが、あんたにしか開けられへんようにして残してくれたみたいやな。開けてみてくれ」

凪の言葉に、陽乃花はゴクリと唾を飲み込んだ。彼女は震える手で、ゆっくりとトランクの古びた留め金に触れる。

その瞬間、トランクが淡い青白い光を放ち始めた。そして、陽乃花の手の甲に、彼女自身もこれまでほとんど意識していなかった、まるで小さな星のような、微かなアザのような紋様が浮かび上がり、トランクの光と共鳴するように淡く輝きだした。それは、師匠から陽乃花へと無意識のうちに託されていた「鍵」だったのかもしれない。


カチリ、という乾いた小さな音と共に、長年閉ざされていたであろうトランクのロックが、静かに解除された。

「開いた……」

陽乃花は息を飲み、震える指先でゆっくりとトランクの蓋を開けた。


中には、丁寧に緩衝材で包まれた一枚のデータチップと、数枚の色褪せた写真、そして封蝋で閉じられた一通の手紙が収められていた。

写真は、陽乃花がNEO-FUKUOKA CITYネオ・フクオカ・シティに出てきて間もない頃、師匠と思われる優しそうな目をした男性と、少し緊張しながらも嬉しそうに写っているものだった。師匠の手には、陽乃花が今使っているバトルブーツの原型とも思えるような、しかしより洗練されたデザインのデバイスが装着されている。


陽乃花は、その写真を見つめながら、こらえきれずにぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「師匠……やっぱり、ここに……何か手がかりを残してくれてたんやね……」

彼女は嗚咽を漏らしながら、震える手で手紙を手に取った。その手紙には、ただ一言、「陽乃花へ」とだけ書かれていた。


凪は、かける言葉も見つからず、ただ黙って陽乃花のそばに立ち、彼女が落ち着くのを待った。彼女にとって、この瞬間がどれほど重く、そして大切なものか、痛いほど伝わってきたからだ。


しばらくして、陽乃花はしゃくりあげながらも涙を拭い、意を決したように手紙の封を切った。凪も、彼女の無言の許可を得て、その内容を一緒に読ませてもらうことにした。


手紙には、師匠の温かく、そして力強い筆跡で、陽乃花への愛情のこもったメッセージと、彼女に託す想いが綴られていた。


『親愛なる陽乃花へ。

君がこの手紙を読んでいるということは、私はもう君のそばにはいられないということだろう。私の力不足で、君に多くの謎と重荷を残してしまうことを、どうか許してほしい。だが、決して悲観することはない。君のその太陽のような笑顔と、誰にも負けない輝き(スパークル)があれば、どんな困難も乗り越えられると、私は信じている。


君がこの旧0番線ホームに辿り着いたのは、決して偶然ではない。ここは、ヴァルドギアという世界の歪みが凝縮され、そして多くの「失われた想い」が眠る場所だ。そして、ここには私が君に伝えたかった「世界の真実」の一端が眠っている。


陽乃花、ヴァルドギアは、お前も薄々感じている通り、単なるゲームや仮想空間ではない。それは、我々現実世界の人々の「心」…特に、満たされない想いや誰にも届かない叫び、すなわち「虚無感」が流れ込み、形作られた、もう一つの現実なのだ。この世界は常に不安定で、そのバランスが崩れれば、我々の現実世界にも多大な、そして取り返しのつかない影響を及ぼす。


私は、かつてこの世界の成り立ちと、その危険なバランスについて研究していた一人の聡明な研究者と共に活動していた時期がある。その人物は、この世界のシステムが抱える根本的な問題にいち早く気づき、その解決のために尽力していたが、志半ばで研究の表舞台から姿を消してしまった。 その研究者が残した研究成果や警告は、今もどこかに眠っているはずだ。その想いを無駄にしてはならない。


しかし、今、ヴァルドギアの力を私利私欲のために利用し、世界のバランスをさらに大きく崩壊させようと暗躍する、非常に危険なバトラー《戦う者》たちの存在が確認されている。彼らは、この世界の深淵に眠る「何か」を狙い、そのために手段を選ばないだろう。


陽乃花、このデータチップに、私が知り得たヴァルドギア世界の基本的な法則、**跋扈する虚無感の奔流が生み出した歪な存在(“影”とも呼ばれる)**の特性とその対処法、そしてバトラー《戦う者》としてこの歪んだ世界で生き抜き、戦うための知識と、私が掴んだ「危険な動き」に関する断片的な情報を記録しておいた。

これを役立て、信頼できる仲間と共に、この世界の歪みに立ち向かってほしい。それが、君の師匠としての私の最後の願いだ。

君の未来に、幸多かれ。君の輝きが、多くの人々を照らすことを信じている。』


手紙を読み終えた陽乃花の瞳からは、再び大粒の涙が止めどなく溢れていた。しかし、それは先ほどまでの悲しみの涙だけではなかった。師匠の深い愛情、自分への信頼、そして託された使命の重さを感じ、彼女の心は、これまでにないほどの決意と、そして微かな勇気で満たされ始めていた。

「師匠……あたし、やるよ……絶対に、師匠が守ろうとしたもの、そして師匠の想いを……無駄にしない!」

彼女はデータチップを強く握りしめ、まるで夜明けの光が差し込んでいるかのようなホームの天井を、真っ直ぐに見上げた。


凪は、陽乃花のその力強い言葉と姿に、静かに頷いた。

師匠の手紙にあった「聡明な研究者」という存在。その人物が、このヴァルドギアの成り立ちや危機に深く関わっていたらしいこと、そして志半ばで姿を消したという事実に、凪は漠然とした興味を覚えた。この世界の謎を追う上で、重要な手がかりになるのかもしれない。


それとは別に、凪の頭の中には、常に「@Yui_Musubi」という謎の存在があった。 自分をこのヴァルドギアに導き、最初のコメントで心を揺さぶった、あのアカウントの主。そのアイコンは三日月で、名前から推測するに、もしかしたら女性なのかもしれないが、それ以上のことは何も分からない。確かなことは、その存在が自分に何かを期待し、何らかの目的のために自分をここに導いたのだろうということだけだ。 凪の心には、まず「@Yui_Musubi」の正体を知りたいという純粋な好奇心と、その存在が自分に何をさせようとしているのか、その意図を理解したいという想いが、より一層強く渦巻いていた。師匠の手紙にあった「聡明な研究者」のことは、今の凪にとっては、まだ陽乃花さんの師匠が関わっていた過去の人物であり、自分の追うべき「@Yui_Musubi」とは別の糸だと感じていた。ただ、どちらもこのヴァルドギアの「真実」に繋がっているのかもしれない、という予感だけはあった。


『新たな情報ログを解析。ヴァルドギア世界の構造に関する基本情報を取得しました』

『ミッションターゲットを更新:世界の歪みの調査。危険なバトラー《戦う者》の動向監視』

『警告:TENJIN COREテンジン・コアにて、高レベルのバトラー《戦う者》による異常な支配領域の形成を確認。推奨行動エリアとしてマークします』

二人のデバイスに、データチップの情報を反映したかのように、新たなミッションと警告が表示された。この「警告」や「推奨行動エリア」の提示は、まるで「@Yui_Musubi」が自分を導いているかのようだと、凪は感じた。「新たな接続コネクトの兆候」とは、やはりこの危険な状況への介入を促すものだったのかもしれない。だが、なぜ自分なのか? 自分に一体何ができるというのだろうか? その問いの答えは、まだ見つかりそうになかった。


「TENJIN COREテンジン・コア……師匠のデータにも、あそこはヴァルドギアの中でも特にエネルギーの歪みが大きい場所だって書いてあった。それに、何かヤバい**“影”がいるって……」陽乃花がデータチップを自分のデバイスに挿入し、表示される情報を確認しながら言う。

「異常な支配領域……か。もしかしたら、師匠が言ってた『危険なバトラー《戦う者》』かもしれへんな。あるいは、もっと厄介な“影”**か……。いずれにせよ、放っておくわけにはいかんな」


「よし、決まりやな。次の目的地は、TENJIN COREテンジン・コアや」

凪と陽乃花は顔を見合わせ、力強く頷き合った。

旧0番線ホームに漂っていた悲しいレクイエムは、今、二人の胸に灯った希望の光と共に、新たな冒険の始まりを告げるファンファーレへと変わろうとしていた。夜明けの誓いを胸に、二人は次なる戦いの舞台へと歩き出す。ヴァルドギアの法則を学び、世界の歪みと向き合うための、そして「@Yui_Musubi」の意図を探るための、本当の戦いがこれから始まるのだ。


(第七話:了)

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