第六話:廃駅のゴースト・キング、共鳴の一閃
旧0番線ホームの最深部、横たわる列車の残骸の陰から姿を現した駅長風のデータゴーストは、他のゴーストとは比較にならないほどの禍々しいオーラを放っていた。その手にした巨大なカンテラからは不気味な紫色の光が漏れ出し、周囲の無数のデータゴーストたちに力を供給しているかのように、彼らの動きをより凶暴にさせている。
「あれや……! あいつが親玉や!」
天沢凪は直感的に悟った。あれを倒さない限り、このゴーストの無限湧きは止まらないだろう。
「よし、じゃあ、あいつを叩けばいいんだね!」
雪村陽乃花も、駅長ゴーストの危険性を即座に理解し、戦闘態勢を整える。
「行くで、Sparkle!」
「もっちろん、ポーンくん!」
凪と陽乃花は、無数のデータゴーストを掻き分けながら、駅長ゴーストへと向かって突き進む。
凪はペンデバイスを振るい、言葉の刃で道を切り開く。
『裂開』『排除』
凪の言葉は、ゴーストたちの非実体的な身体を切り裂き、あるいは弾き飛ばしていく。しかし、ゴーストたちは怯むことなく、次々と二人を取り囲もうと襲いかかってくる。
「数が多すぎだよー! ポーンくん、援護お願い!」
陽乃花は背中のブースターを吹かし、目にも止まらぬ速さでゴーストの群れの中を駆け抜ける。彼女の華麗な足技が、まるでピンク色の閃光のように乱舞し、ゴーストたちを蹴散らしていく。
「《サイクロン・エッジ》!」
高速回転しながら放たれる連続回し蹴りが、周囲のゴーストを一掃する。しかし、すぐに新たなゴーストがその空間を埋め尽くす。
「キリがないな! あの駅長を直接叩かんと!」
凪は陽乃花に叫び、二人は連携して駅長ゴーストへの突撃ルートを確保しようと試みる。
駅長ゴーストは、まるで二人を嘲笑うかのように、その場から一歩も動かず、ただカンテラを静かに揺らめかせている。そのカンテラの光が強まるたびに、周囲のゴーストたちの動きが俊敏になり、攻撃も激しさを増していく。
「あのカンテラ……あれが力の源かもしれへんな!」
凪は駅長ゴーストの持つカンテラに注目した。
「じゃあ、あれを壊せばいいってこと!?」
「かもしれん! やってみる価値はある!」
しかし、駅長ゴーストはそう簡単には近づかせてくれない。彼が右手を上げると、周囲のゴーストたちが一斉に二人に向かって突撃してきた。それはまるで、紫色の津波のようだ。
「うわっ! まとめて来すぎだって!」陽乃花が悲鳴を上げる。
「Sparkle、オレが道を作る! あんたは駅長の懐に飛び込んで、カンテラを狙え!」
「わ、わかった! やってみる!」
凪は深呼吸一つし、ペンデバイスに全神経を集中させる。
(こいつらまとめて、一時的にでも動きを止められれば……!)
脳裏に浮かんだのは、この廃駅の重苦しい空気、そして囚われた魂たちの無念。その感情を、一つの言葉に集約させる。
『鎮魂』
凪がその言葉を紡ぎ出すと、ペンデバイスから淡く、しかし力強い光の波紋が広がり、周囲のゴーストたちの動きが一瞬だけ鈍った。それはまるで、悲しい旋律が彼らの荒ぶる魂を鎮めるかのようだった。
「今や、Sparkle!!」
凪が作り出したほんのわずかな隙を、陽乃花は見逃さなかった。
「いっくよー!!」
陽乃花はブースターを全開にし、駅長ゴーストに向かって一直線に突っ込む。彼女の脚には、ピンク色のオーラが螺旋状に纏わりつき、その先端が鋭く尖っていく。
「あたしの最強の蹴り、喰らいな! 《ドリルビット・ヒール》!!」
陽乃花の放った蹴りは、回転しながら駅長ゴーストが持つカンテラへと突き刺さった。
パリンッ!という甲高い音と共に、カンテラは粉々に砕け散り、中から紫色の負のエネルギーが霧散していく。
「グオオオオオオオッ!!」
駅長ゴーストは、これまでとは比較にならないほどの苦悶の叫び声を上げた。カンテラを破壊されたことで、彼の力の源が断たれたようだ。周囲のゴーストたちの動きも、明らかに精彩を欠き始めている。
「やった! さすがポーンくんのナイス判断!」陽乃花が着地し、得意げにピースサインを作る。
「いや、あんたの突貫力がなきゃ無理やったわ」凪も安堵の息を吐く。
しかし、駅長ゴーストはまだ倒れてはいなかった。
カンテラを失った怒りか、あるいは最後の抵抗か、彼の身体からさらに濃密な闇のオーラが噴き出し始めた。その姿はより巨大化し、両目からは憎悪に満ちた赤い光が放たれる。
「こ、こいつ……まだやる気!?」陽乃花が顔を引きつらせる。
「どうやら、本体を直接叩かんと終わりそうにないな!」
凪はペンデバイスを構え直し、陽乃花もブーツのエネルギーを再チャージする。
駅長ゴーストは、残った力を振り絞るかのように、両腕を振り上げ、二人に向かって巨大な闇の爪を振り下ろしてきた。
「危ない!」
凪と陽乃花は左右に分かれてそれを回避する。闇の爪が叩きつけられた地面は大きく陥没し、その破壊力の高さを物語っていた。
「ポーンくん、あいつ、動きは遅いけど一撃がヤバいよ!」
「ああ、まともに食らったらタダじゃすまんな。けど、攻撃が大振りな分、隙も大きいはずや!」
二人は再び連携し、駅長ゴーストの猛攻を掻い潜りながら反撃の機会を窺う。
凪は言葉でゴーストの動きを牽制し、陽乃花はその隙を突いて的確にダメージを与えていく。
『束縛』で動きを鈍らせ、『硬直』で一瞬の隙を作り出す。
陽乃花は、その僅かな隙に『スパイラル・キック』や『ソニック・ヒール』を叩き込み、着実に駅長ゴーストの体力を削っていく。
「なかなかやるじゃねえか、小娘どもが……! だが、この0番線の怨念からは逃れられんぞ!」
駅長ゴーストが初めて言葉を発した。それは、多くの魂が混ざり合ったような、不気味で重々しい声だった。
「怨念だろうが何だろうが、あたしたちは前に進むって決めたんだから!」陽乃花は怯むことなく言い返す。
「そうや。あんたたちの無念は分からんでもない。けど、オレたちはオレたちの“存在証明”をせなあかんのや!」凪もまた、強い意志を込めて叫んだ。
その時、凪の脳裏に、Clip戦やVibe戦で感じた、フォロワーとの繋がり、仲間との共闘の感覚が蘇った。そして、陽乃花の師匠が遺した言葉――「君の輝き(スパークル)が、この世界の闇を照らす光となることを願って」。
(光……そうか、こいつの闇を払うんは、オレたちの“魂の輝き”なんや!)
凪の中で、新たな力が覚醒しようとしていた。それは、これまでとは質の違う、より根源的で、温かい力。
「Sparkle! オレに力を貸してくれ! 二人の力を合わせれば、きっとあいつを浄化できるはずや!」
「うん! ポーンくんなら、きっとできるって信じてる!」陽乃花は力強く頷いた。
凪はペンデバイスを天に掲げ、陽乃花は両手を凪の背中に当てる。
凪の身体から、これまでとは比較にならないほどの眩い光が溢れ出し、陽乃花のピンク色のオーラと混ざり合い、それはまるで夜明けの空のような、美しいグラデーションを描き始めた。
『システム介入……ユーザー:ポーン、ユーザー:Sparkleの共鳴レベルが臨界点に到達』
『複合スキル:「共鳴一閃・ドーンブレイカー」が一時的に使用可能になります』
「これが……オレたちの……!」
凪のペンデバイスの先端に、夜明けの光を凝縮したかのような、強大なエネルギーが集束していく。
「いっけええええええっ!!!」
凪と陽乃花は同時に叫び、その光の奔流を駅長ゴーストへと解き放った。
「共鳴一閃・ドーンブレイカー!!!!」
光の奔流は、駅長ゴーストの闇のオーラを打ち破り、その巨体を貫いた。
「グオオオオ……アアアアアア……」
駅長ゴーストの身体が、内側から浄化されるように白く輝き始める。その苦悶の表情は、次第に安らかなものへと変わっていった。
「……ありがとう……これで……ようやく……」
駅長ゴーストは、最後にそう呟いたように聞こえた。そして、その姿は完全に光の粒子となって霧散し、後には静寂だけが残された。
ホームを覆っていた不気味な雰囲気は消え去り、どこからか優しい光が差し込んできたような、清浄な空気に満たされていた。
「……終わった、んやな」
凪は、全身の力が抜けるのを感じながら、その場に座り込んだ。
「うん……終わったね……なんだか、最後、あの駅長さん、笑ってた気がする……」
陽乃花も、凪の隣にそっと座り込み、穏やかな表情で呟いた。
旧0番線ホームのゴーストたちは、ついに解放されたのだ。
そして、二人のバトラー《戦う者》の絆は、この戦いを通して、より一層強く結ばれた。
(第六話:了)