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「再生数2の底辺フリーター、SNSが武器になる異能都市で成り上がる」 ―― ヴァルドギア:FUKUOKA LOSTLINK ――  作者: DD22


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第五話:そして明けて



『フォロワー1は草』


『泣くまでやれ』


『素材きた』


 笑い声で、目が覚めた。


 いや。


 部屋に誰かがいるわけではない。


 六畳一間。


 冷めたコンビニ弁当。


 壁にもたれた配達バッグ。


 机の上に転がる安物のボールペン。


 いつもの部屋だった。


 なのに、耳の奥だけがまだVALDGEARヴァルドギアにいた。


 コメントの音。


 カメラの光。


 自分を素材と呼んだCLIPクリップの笑い声。


 凪は布団の上で、しばらく天井を見つめていた。


「……戻っとる」


 声に出して、ようやく少しだけ現実に戻った気がした。


 腹に手を当てる。


 痛くない。


 肩も動く。


 拳にも傷はない。


 昨日、あれだけ殴られたはずなのに。


 あれだけ笑われて、踏まれて、吹き飛ばされたはずなのに。


 現実の身体には、何も残っていない。


 そのことが、逆に気持ち悪かった。


「夢、やったんか」


 そう言いかけて、スマホが震えた。


 画面に、見慣れない通知が残っている。


> VALDGEARヴァルドギア

>

> FOLLOWERフォロワー:75

>

> RANKランクPAWNポーン


 夢ではない。


 でも、現実の怪我でもない。


 凪はゆっくり起き上がった。


 身体は無事だ。


 なのに、頭だけが重い。


 眠ったはずなのに、精神だけが徹夜明けみたいに削れている。


 洗面所で顔を洗う。


 鏡の中の自分を見た。


 傷はない。


 痣もない。


 ただ、目がひどかった。


 昨日より、自分が少し薄くなったような目。


 誰かのコメント欄に置き去りにされたみたいな顔。


 凪は鏡から目を逸らした。


 スマホが震える。


 @yui_musubi。


『起きた?』


 凪はすぐに打った。


『身体は何ともない』


『でも頭が変や』


 送信。


 数秒。


『身体じゃない』


 次。


『認知に残る』


 さらに。


『見られ方』


『笑われ方』


『自分の輪郭』


 凪は眉を寄せた。


「輪郭て」


 返信を打つ。


『もっと分かるように言えや』


 沈黙。


 やがて、短く返る。


『無理しすぎると』


『戻れなくなる』


 凪の指が止まった。


 戻れなくなる。


 身体が死ぬ、ではない。


 怪我をする、でもない。


 自分が、自分として戻れなくなる。


 あの世界で笑われた自分。


 数字で見られた自分。


 フォロワー1の素材として扱われた自分。


 その認知が、現実の自分を削る。


「……そっちの方が嫌やな」


 凪はスマホを握ったまま、ベッドに戻った。


 通知欄に、昨日投稿した曲が見えた。


 タイトルは「誰にも届かへんこだま」。


 昨日までの数字は、再生数2。


 いいね0。


 コメント0。


 凪はアプリを開いた。


 数字が変わっていた。


 再生数、5。


 いいね、1。


 コメント、1。


「……は?」


 画面を閉じる。


 三秒後、また開く。


 再生数、5。


 いいね、1。


 コメント、1。


 変わっていない。


 間違いではない。


「増えとる」


 たった3再生。


 たった1いいね。


 たった1コメント。


 人気者なら、通知にも気づかない数字だ。


 でも凪にとっては違った。


 2から5。


 0から1。


 0から1。


 それは、部屋の壁に小さな穴が空いたみたいな数字だった。


 外の光が、ほんの少しだけ入ってくる。


 コメントを開く。


 知らないアカウント。


『変な夢見たあとに聴いたら刺さった。声、嫌いじゃない』


 凪は読み返した。


 一回。


 二回。


 三回。


「変な夢……」


 VALDGEARヴァルドギアで凪を見た誰かが、現実側でも曲を見つけたのか。


 それとも、ただの偶然か。


 分からない。


 でも、コメントはそこにある。


 声、嫌いじゃない。


 褒め言葉と呼ぶには雑だ。


 感想と呼ぶには短い。


 それでも、凪は画面から目を離せなかった。


 スマホが震える。


 @yui_musubi。


『少しだけ』


 次。


『現実にも』


 さらに。


『返る』


 凪は息を止めた。


 現実にも、返る。


 VALDGEARヴァルドギアで見られたことが、現実SNSのおすすめや通知に少しだけ返ってくる。


 現実で誰かに聴かれた音も、あの世界へ少しだけ戻っていく。


 つまり。


 あの世界でフォロワーを得れば、現実の生活も少しずつ変わる。


 見られない側だった自分が、現実でも少しずつ見られる側へ移っていく。


 だから、あいつらは潜る。


 だから、CLIPクリップは凪を素材にした。


 誰かを笑わせて、自分の配信へ流すため。


 VALDGEARヴァルドギアで取った注目を、現実の数字へ変えるため。


「……デスゲームちゃう」


 凪は呟いた。


 あれは殺し合いではない。


 注目の奪い合い。


 居場所の奪い合い。


 現実を変えるための、もう一つのSNS。


 その方が、よほどたちが悪い。


 死なないから、みんな戻ってくる。


 身体が傷つかないから、何度でも笑える。


 誰かを素材にしても、現実ではただの再生数になる。


 凪はスマホを握りしめた。


> FOLLOWERフォロワー:75

>

> RANKランクPAWNポーン


 yuiが言っていた数字。


 1000人。


 そこまで行けば、少しだけ会える。


 今は75。


 あと925人。


「遠すぎやろ」


 笑いかけて、やめた。


 笑うと、またあのコメントの音が戻ってきそうだった。


 凪は机の上のボールペンを取った。


 VALDGEARヴァルドギアでは、武器みたいに変わったペン。


 今はただの安物だ。


 ノートを開く。


 白いページに、昨日の曲名を書く。


「誰にも届かへんこだま」


 その下に、別の言葉を書く。


「誰かに届いたこだま」


 書いた瞬間、恥ずかしくなった。


「ダサ」


 自分で言って、ペンを止める。


 いつもの凪なら、ここで消していた。


 誰にも見せないくせに、自分で自分を笑って、なかったことにしていた。


 でも、今日は消さなかった。


 昨日、凪はCLIPクリップの配信に文字を焼きつけた。


 最後まで聴け。


 あれは敵に向けた言葉だった。


 でも、本当は自分に向けた言葉でもあった。


 自分の音を、自分が最後まで聴いていなかった。


 凪はペンを走らせる。


 一行書く。


 消したくなる。


 我慢する。


 もう一行書く。


 声に出して読む。


「……普通にキモいな」


 それでも、消さない。


 昼前、配達アプリが鳴った。


 凪は顔をしかめ、パーカーを羽織る。


 VALDGEARヴァルドギアで75人に見られても、現実の家賃は減らない。


 フォロワーが増えても、冷蔵庫の中身は増えない。


 現実は、急に優しくなったりしない。


 凪は配達バッグを背負い、部屋を出た。


 昼のNEO-FUKUOKA CITYネオ・フクオカシティは、夜より騒がしかった。


 高層ビルの間を広告ドローンが飛び、歩道の端では配信者が新作ドリンクを片手に踊っている。


 誰かがカメラへ笑う。


 誰かがコメントを読み上げる。


 誰かが誰かに見られている。


 凪は自転車を漕ぎながら、ふと周囲を見た。


 全員の頭上に数字が浮かんでいるような気がした。


 もちろん、現実には見えない。


 でも、昨日までとは違う。


 誰が見られているのか。


 誰が見られていないのか。


 誰が数字の中にいて、誰が数字の外にいるのか。


 そんなことばかり考えてしまう。


「……これが認知に残るってやつか」


 信号待ちで、凪はスマホを見た。


 昨日の曲。


 再生数、6。


「増えとる」


 たった1。


 でも、増えている。


 青信号。


 凪は自転車を走らせた。


 配達先のタワーマンションで、玄関前に紙袋を置く。


 インターホン越しの声。


『そこ置いといてください』


「はい」


 それだけ。


 ドアは開かない。


 顔も見えない。


 いつもと同じ。


 でも、エレベーターを待つ間に、またスマホが震えた。


 コメント通知。


 yuiではない。


『深夜に聴いた。なんか残った』


 凪は画面を見つめた。


 なんか残った。


 それだけ。


 それだけなのに、胸の奥が変な音を立てる。


 自分の音が、誰かの中に残った。


 現実で。


 VALDGEARヴァルドギアの外で。


「……ほんまに返ってきとるんやな」


 配達アプリが鳴った。


 次の注文。


 現実は、感動している暇をくれない。


 凪はスマホをしまい、自転車へ戻った。


 夕方。


 部屋へ戻った凪は、配達バッグを床に下ろした。


 身体はただ疲れている。


 普通に働いた疲れだ。


 その普通さが、少しだけ救いだった。


 凪は中古のギターを膝に乗せる。


 ノートを開く。


 録音アプリを立ち上げる。


 タイトルは、朝書いたまま。


「誰かに届いたこだま」


 下手なコード。


 かすれた声。


 雨の残響。


 一発録り。


 完璧とは程遠い。


 けれど、昨日の曲より嘘が少なかった。


 投稿ボタンの前で、指が止まる。


 怖い。


 また2で止まるかもしれない。


 笑われるかもしれない。


 今度は、現実のコメント欄で素材にされるかもしれない。


 スマホが震えた。


 @yui_musubi。


『聴きたい』


 凪は画面を見た。


 たった四文字。


 ずるいと思った。


 そんなことを言われたら、押すしかない。


「……ほんま、何者やねん」


 凪は投稿ボタンを押した。


 処理中。


 公開完了。


 再生数、0。


 いいね、0。


 コメント、0。


 凪は小さく笑った。


「振り出しやん」


 でも、昨日とは違う。


 0は終わりではない。


 0の先に、1がある。


 1の先に、2がある。


 2の先に、75がある。


 75の先に、1000がある。


 夜。


 VALDGEARヴァルドギアの通知が光った。


> NEXT CONNECTネクスト・コネクト

>

> 00:03:00


 その下に、新しい表示が出ている。


> SYNCシンク:微弱

>

> 現実投稿からの反応を検知


 凪は画面を見つめた。


 VALDGEARヴァルドギアでフォロワーを得る。


 現実の投稿が少し伸びる。


 現実で増えた反応が、またVALDGEARへ返る。


 その循環が、凪の生活を少しずつ変えていく。


 スマホが震えた。


 @yui_musubi。


『準備して』


 凪はボールペンを握った。


 FOLLOWERフォロワー:75。


 1000人まで、あと925人。


 遠い。


 笑えるくらい遠い。


 けれど、もう見えない数字ではない。


「オレの生活、ほんまに変えられるんやな」


 接続開始まで、十秒。


 九。


 八。


 七。


 あの笑い声は、まだ頭の奥に残っている。


 フォロワー1と呼ばれた自分も、まだ消えていない。


 でも。


 凪はスマホの画面を見た。


 yuiが見ている。


 誰かが聴いた。


 誰かの中に、音が残った。


 三。


 二。


 一。


> VALDGEAR SYSTEMヴァルドギア・システム

>

> CONNECTコネクト

>

> STARTスタート


 世界が、再び白くほどけた。


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