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「再生数2の底辺フリーター、SNSが武器になる異能都市で成り上がる」 ―― ヴァルドギア:FUKUOKA LOSTLINK ――  作者: DD22


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第四話:yuiの声



「覚えんでええ。どうせ、今から嫌でも流れる」


凪はそう言った。


言った瞬間、自分でも少しだけ驚いた。


強がりだった。


膝は震えている。


腹も肩も痛い。


息を吸うたびに、体の奥が軋む。


それでも、もう下は向いていなかった。


FOLLOWERフォロワー:27。


二十七人。


さっきまで再生数2だった自分を、今は二十七人が見ている。


それだけで、凪の足はぎりぎり地面を踏めていた。


倒れた男が、ゆっくり立ち上がる。


派手なジャケットは破れ、背後に浮いていた配信カメラの光も半分以上消えていた。


それでも男の頭上の数字は、まだ凪よりずっと大きい。


PAWNポーン


FOLLOWERフォロワー:98。


男は口元の血を拭い、凪を睨んだ。


「天沢凪、やったな」


初めて、男が凪の名前を呼んだ。


さっきまで「フォロワー1」としか呼ばなかった男が。


その変化が、凪の胸に小さく刺さる。


怖さではない。


痛みでもない。


存在を見られた感覚だった。


「俺の配信で、俺より目立つとか」


男の声が低くなる。


「調子乗っとるにも程があるばい」


男の足元に、赤い光が広がった。


砕けかけていたカメラの光が、無理やり男の背後へ集まっていく。


コメント欄が再び流れ始める。


『まだやる?』


『CLIPキレてる』


『凪って名前なのか』


『フォローしとくわ』


その中に、男の名前らしきものが混じっていた。


CLIPクリップ


切り抜き動画ばかりで伸びた、PAWN上位の配信者。


誰かの失敗を拾い、誰かの泣き顔を拡散し、誰かの恥を自分の数字に変えてきた男。


凪はその名前を、コメントで知った。


CLIPクリップ……」


凪が呟くと、男は舌打ちした。


「気安く呼ぶな」


「そっちが先に、オレの名前呼んだんやろ」


「黙れ」


CLIPクリップの拳に、赤い光が凝縮されていく。


さっきまでとは違う。


視聴者の笑いではなく、怒りを吸っている。


コメント欄も荒れ始めた。


『潰せ』


『さすがに新人が調子乗りすぎ』


『CLIP負けたら笑う』


『凪がんばれ』


最後の一つだけ、流れが違った。


凪の目がそこに止まる。


がんばれ。


たった四文字。


それだけで、体の奥にまた音が鳴った。


FOLLOWERフォロワー:28。


数字が一つ増えた。


CLIPクリップがそれを見て、顔を歪める。


「また増えた……」


「あんたが見せてくれとるからな」


凪はペンデバイスを握った。


「オレのこと」


「俺は晒しとるだけたい!」


CLIPクリップが踏み込む。


赤い光が、刃のように伸びた。


凪は避ける。


完全には避けきれない。


頬をかすめ、熱い痛みが走る。


だが、見えている。


最初の一撃は、何も見えなかった。


今は、赤い光の軌道が分かる。


「見える……」


凪は息を吐く。


「二十七人分、見えとる」


空中に文字を書く。


『見ろ』


黒い文字が、凪の拳ではなく、周囲に広がる。


CLIPクリップのカメラが、その文字へ吸い寄せられるように向いた。


配信画面の中央に、凪の書いた文字が映る。


『見ろ』


コメントがざわつく。


『また画面に出た』


『こいつ配信乗っ取ってる?』


『いやCLIPのカメラが勝手に追ってる』


CLIPクリップが吠える。


「俺のカメラば使うな!」


「勝手に見世物にしたんは、あんたや」


凪は一歩踏み込む。


「やったら最後まで見せろ」


黒い文字が、拳に集まる。


『見ろ』


その一語は、命令ではなかった。


逃げ続けてきた凪自身への言葉でもあった。


見ろ。


自分がどれだけ惨めでも。


どれだけ弱くても。


誰かの数字にされそうでも。


目を逸らすな。


凪はCLIPクリップの赤い拳へ、自分から突っ込んだ。


「アホか!」


CLIPクリップが笑う。


赤い拳が、凪の胸を狙う。


凪は直前でペンデバイスを走らせた。


『ずらせ』


黒い文字が、赤い光の軌道に触れる。


ほんの少し。


拳一つ分だけ、CLIPクリップの攻撃がずれた。


凪の肩を削るように通り過ぎる。


痛みが走る。


だが、致命傷ではない。


凪は踏み込んだまま、右拳を握る。


『響け』


黒い文字が弾ける。


拳が、CLIPクリップの腹に入った。


今度は浅くない。


衝撃が、音になって広がった。


六畳一間で録った下手な弾き語り。


雨の音。


安いマイクのノイズ。


震えた声。


その全部が、黒い波紋になってCLIPクリップの体を貫いた。


「がっ……!」


CLIPクリップがくの字に折れる。


コメント欄が爆ぜた。


『入った!』


『今の音やば』


『フォローした』


『凪、もう一発』


FOLLOWERフォロワー:35。


42。


51。


数字が跳ねる。


凪の腕に、今までにない熱が宿った。


怖い。


けれど、気持ち悪くはなかった。


見られている。


笑われるためではなく。


自分が何をするのかを、誰かが見ている。


「やめろ……」


CLIPクリップが膝をつきかける。


それでも倒れない。


赤い光が、最後の力を振り絞るように拳へ集まった。


「俺が……俺が映す側たい。おまえみたいな底辺に、画面ば奪われてたまるか!」


凪は答えなかった。


スマホが震えた。


yuiからのメッセージ。


『最後』


たった二文字。


それだけで、凪は分かった。


長く戦えば負ける。


体力はもうない。


フォロワーもまだ98には届かない。


勝つなら、ここしかない。


CLIPクリップが立ち上がる。


男の背後に、残ったカメラの光がすべて集まった。


赤い光が巨大な拳の形になる。


「終わりたい、天沢凪!」


凪はペンデバイスを構えた。


空中に、一文を書く。


『誰かの数字で終わらない』


文字が震えた。


凪の胸の奥で、自分の曲が鳴る。


誰にも聴かれなかった音。


でも今は違う。


五十人を超える誰かが、この音を待っている。


凪は息を吸った。


歌うほどの声ではない。


それでも、言葉に音が乗った。


「オレは、誰かの数字になるために歌ったんやない」


黒い文字が、拳に集まる。


「誰か一人に届けば、それでゼロやない」


FOLLOWERフォロワー:60。


67。


72。


コメントが流れる。


『届いてる』


『見てる』


『いけ』


CLIPクリップの赤い拳が迫る。


凪は前に出た。


逃げない。


逸らさない。


黒い拳と赤い拳がぶつかる。


一瞬、世界が白く弾けた。


音が消える。


コメントも、笑い声も、痛みも消える。


その無音の中で、凪は聞いた。


『届いたよ』


yuiの声だった。


メッセージではない。


画面の文字でもない。


ほんの一瞬だけ、耳元で聞こえた声。


凪は歯を食いしばる。


「――響け!」


黒い文字が、赤い光を砕いた。


CLIPクリップの巨大な拳が割れ、配信カメラが一斉に破裂する。


男の体が後ろへ吹き飛び、路面を転がった。


頭上の表示が揺れる。


PAWNポーン


FOLLOWERフォロワー:98。


その数字の横に、赤い警告が浮かんだ。


STREAM DOWNストリーム・ダウン


配信終了。


CLIPクリップは起き上がれなかった。


ヴァルドギアの夜に、静けさが戻る。


凪は立っていた。


立っているだけで精一杯だった。


だが、倒れてはいなかった。


頭上の数字が、ゆっくり変わる。


FOLLOWERフォロワー:73。


74。


75。


そこで止まった。


百には届かない。


それでも、凪は笑った。


「七十五……」


再生数2だった男が。


誰にも聴かれないと思っていた男が。


七十五人に見られている。


膝から力が抜けた。


凪はその場に崩れ落ちる。


意識が遠のく。


最後に見えたのは、スマホの画面だった。


『戻すね』


yuiのメッセージ。


次の瞬間、世界が白くほどけた。


---


目を開けると、六畳一間の天井があった。


雨の音。


冷めたコンビニ弁当の匂い。


倒れた配達バッグ。


NEO-FUKUOKA CITYネオ・フクオカシティの下層住宅区にある、自分の部屋。


凪はベッドの上に倒れていた。


「……戻ったんか」


体を起こそうとして、腹と肩に痛みが走る。


夢ではない。


スマホを見る。


そこには、見慣れないアプリの通知が残っていた。


VALDGEARヴァルドギア


FOLLOWERフォロワー:75。


RANKランクPAWNポーン


「ほんまに……」


凪の指が震えた。


その時、通知が一つ届く。


@yui_musubi。


『ごめんね』


凪はすぐに返信を打った。


『何者なん?』


送信。


数秒。


返事は来ない。


凪はもう一度打つ。


『あの世界は何なん?』


また沈黙。


スマホを握る手に力が入る。


『なんでオレを選んだん?』


長い沈黙。


やがて、短いメッセージが届いた。


『長く話せない』


次のメッセージ。


『でも』


さらに一つ。


『君の音は、本物』


凪は画面を見つめた。


胸の奥が、さっきとは違う痛み方をした。


嬉しい。


怖い。


もっと聞きたい。


もっと知りたい。


「yui……」


名前を呼ぶと、画面がかすかに揺れた。


最後のメッセージが届く。


『1000人集めて』


続けて。


『そうしたら』


また少し間が空いて。


『少しだけ、会える』


凪は息を止めた。


会える。


あの声に。


あの一人に。


凪はスマホを握りしめる。


FOLLOWERフォロワー:75。


あと925人。


昨日までなら、絶対に届かない数字だった。


でも今は違う。


凪は立ち上がった。


痛みに顔をしかめながら、窓の外を見る。


NEO-FUKUOKA CITYネオ・フクオカシティの夜は、相変わらず誰かに見られるための光で溢れている。


その光のどこかに、yuiがいる。


凪は、さっきまで武器みたいに変わっていたはずのボールペンを見た。


今は、ただの安物のペンに戻っている。


けれど、手放す気にはならなかった。


「1000人、か」


凪は小さく笑った。


「ええやん。やったるわ」


スマホの画面に、VALDGEARヴァルドギアの通知が静かに光っていた。


次の接続まで、あと二十三時間五十九分。


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