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第五話:廃駅のレクイエム、零番線のゴースト


Vibeヴァイブとの激闘を終え、天沢凪あまさわ なぎ雪村陽乃花ゆきむら ほのかは、Terminal Gateターミナル・ゲートの薄暗い通路にしばし佇んでいた。先ほどまでの戦闘の熱気はまだ肌に残っており、二人の間には奇妙な連帯感が芽生え始めていた。


「いやー、まさかポーンくんがあんなに強いとは思わなかったよ! 見た目、大人しそうだしさー」

陽乃花は興奮冷めやらぬ様子で、凪の周りをぴょんぴょんと跳ねるようにしながら話しかける。その明るさと無邪気さが、凪の緊張を少しずつ解きほぐしていく。


「オレかて、陽乃花さんがいきなりあんな無茶するとは思わんかったわ。心臓に悪いわ、ほんま」

凪は苦笑しながらも、陽乃花の勇気と実力を素直に認めていた。彼女がいなければ、Vibeヴァイブに勝てたかどうか分からない。


「えへへ、あたしの“スパークル”な活躍、ちゃんと見といてくれた? ファン第一号のポーンくんのために、ちょーっとだけ頑張っちゃった!」

陽乃花は悪戯っぽく笑い、凪の腕を軽く叩いた。その気さくな態度に、凪も自然と笑みがこぼれる。


『Terminal Gateターミナル・ゲート最深部・旧0番線ホームへのアクセス権限を付与します』

二人のデバイスに表示されたミッションは、依然として有効だ。

「旧0番線ホーム……か。Vibeヴァイブみたいな手練れがおったってことは、この先も一筋縄ではいかんかもしれんな」

凪は気を引き締め直す。


「だよねー。でも、だからこそワクワクするじゃん! きっと、すごい“お宝”とか、ヤバい“何か”が待ってるんだよ!」

陽乃花の瞳は好奇心でキラキラと輝いていた。彼女にとって、このヴァルドギアの世界は、危険と隣り合わせの冒険の舞台なのかもしれない。


「陽乃花さんは、その旧0番線ホームに何か心当たりがあるんやったな?」

凪が尋ねると、陽乃花の表情が少しだけ曇った。

「うん……ちょっとね。あたし、NEO-FUKUOKA CITYネオ・フクオカ・シティには憧れて地方から出てきたんだけど、こっちに来てから色々教えてくれた“師匠”みたいな人がいたんだ。その人が、最後に目撃されたのが、その旧0番線ホームの近くだったって聞いて……」

普段の明るさとは裏腹に、その声には微かな不安と寂しさが滲んでいた。


(師匠……か。この子も、何かを背負って戦っとるんやな)

凪は、陽乃花の抱える影の一端に触れた気がした。表面は明るく振る舞っていても、彼女もまた、このヴァルドギアで何かを探し、何かと向き合っているのだろう。


「……分かった。オレも手伝うわ。その師匠さんのこと、何か手がかりが見つかるかもしれへんしな」

凪の言葉に、陽乃花はハッとしたように顔を上げた。

「え、いいの? ポーンくんのミッションもあるのに……」

「かまへんよ。どうせ同じ場所に行くんやったら、目的は多い方がええやろ。それに、あんたには助けられたしな」

凪は少し照れくさそうに言った。


「ポーンくん……!」陽乃花の目が潤んでいるように見えた。「ありがと! あんた、見た目によらず、めっちゃ優しいじゃん!」

彼女は再び元気を取り戻し、満面の笑みを浮かべた。


「よし、じゃあ早速行こっか! 旧0番線ホーム!」

陽乃花が先導するように駆け出そうとするのを、凪が慌てて制する。

「ちょ、待て待て! 場所は分かっとるんか?」

「え? うーん、なんとなく、こっちの方かなーって?」

陽乃花は首を傾げ、自信なさげに通路の奥を指差した。どうやら、あまり深く考えていなかったようだ。


凪は苦笑しつつ、自分のペンデバイスでマップ情報を確認する。Vibeヴァイブとの戦闘データのおかげか、以前よりも詳細な情報が表示されるようになっていた。

「……どうやら、こっちの通路の突き当りみたいやな。古い貨物用のエレベーターがあるらしい」

「おー! ポーンくん、頼りになるじゃん!」


二人は、薄暗くカビ臭い通路を奥へと進んでいった。Terminal Gateターミナル・ゲートの中でも、この区画は特に古く、打ち捨てられたような雰囲気が漂っている。壁には意味不明な配管が剥き出しになり、床には得体の知れない液体が染みを作っていた。時折、遠くから不気味な機械音や、何かの呻き声のようなものが聞こえてきて、凪の背筋をぞっとさせる。


やがて、通路の突き当たりに、古びた巨大な貨物用エレベーターが現れた。鉄製の扉は錆びつき、操作パネルも埃を被ってほとんど文字が読めない。

「うわぁ……なんか、見るからにヤバそうな雰囲気……」陽乃花が少し不安そうに呟く。

「ここから地下深くに降りるみたいやな。旧0番線ホームは、もう使われてへん廃駅の一部なんやろ」


凪が操作パネルに触れると、ペンデバイスが微かに振動し、パネルのランプがぼんやりと点灯した。どうやら、バトラー《戦う者》のデバイスに反応して起動する仕組みらしい。

重々しい金属音と共に、エレベーターの扉がゆっくりと開いていく。内部は真っ暗で、どこまで続いているのか見当もつかない。


「……行くで、陽乃花さん」

「うん……!」

二人は意を決してエレベーターに乗り込み、下降ボタンを押した。

ゴウン、という鈍い音と共に、エレベーターはゆっくりと下降を始める。暗闇と、不規則な振動。そして、どこからともなく聞こえてくる、微かなレクイエムのような旋律。それは、まるでこの廃駅に眠る何者かの魂が奏でているかのようだった。


どれくらいの時間が経ったのか。不意にエレベーターが停止し、目の前の扉が再び重々しく開いた。

そこに広がっていたのは、息を呑むような光景だった。


そこは、紛れもなく駅のホームだった。しかし、天井は崩れ落ち、壁には蔦が絡まり、線路は錆びついて原型を留めていない。ホームのベンチは朽ち果て、時刻表だったであろう看板も、文字が消えかかって辛うじて「0」という数字だけが読み取れた。空気は淀み、どこか悲しいような、それでいて不気味な静寂が支配している。プラットホームの端には、まるで墓標のように、古びた列車の残骸が横たわっていた。


「ここが……旧0番線ホーム……」

陽乃花が息を詰まらせたように呟く。彼女の明るい表情も、この場所の異様な雰囲気には呑まれてしまったようだ。


凪もまた、この廃墟と化したホームに言い知れぬ圧迫感を覚えていた。ここには、何か強力な「残留思念」のようなものが渦巻いているのを感じる。それは、かつてここを利用した人々の想いなのか、あるいは、このヴァルドギアの世界で散っていったバトラー《戦う者》たちの無念なのか。


「……何か、おるな」

凪が低い声で言った。

「えっ?」

陽乃花が緊張した面持ちで周囲を見回す。


ホームの奥、暗闇の中から、ゆっくりと何かが姿を現した。

それは、半透明の、まるで幽霊のような人影だった。複数いる。彼らは一様に虚ろな目をしており、その身体からは冷たいオーラが放たれていた。手には錆びついた武器のようなものを持ち、ゆらゆらと揺れながら二人の方へ近づいてくる。


「な、なにあれ……ゴースト……?」陽乃花の声が震える。

「いや、あれは……恐らく、この場所に囚われたバトラー《戦う者》の“残滓データゴースト”や」凪はペンデバイスの解析情報を確認しながら言った。「強い未練や執着を残して敗北したバトラー《戦う者》のデータが、この特異な環境で実体化したものかもしれん」


データゴーストたちは、生前の戦闘本能だけを頼りに、新たな侵入者である凪と陽乃花を敵と認識したようだった。その数は徐々に増え、ホームを埋め尽くさんばかりの勢いだ。


「ちょ、ちょ、ポーンくん! めっちゃいっぱいいるんだけど!」陽乃花が凪の腕にしがみつく。

「落ち着け、陽乃花さん。こいつら、一体一体はそれほど強くないかもしれんが、数が多い。囲まれたら厄介や」

凪はペンデバイスを構え、陽乃花はブーツのブースターを起動させる準備をする。


「でもさ、なんか……可哀想じゃない? この人たちも、きっと色々あって……」

陽乃花は、データゴーストたちの虚ろな瞳を見つめながら、どこか悲しそうな表情を浮かべた。彼女の優しさが、こんな時にも顔を出す。


「……今は感傷に浸ってる場合やない。オレたちは、ここにミッションで来たんや」凪は非情に言い放つが、その声には僅かな葛藤も含まれていた。「それに、あんたの師匠さんの手がかりも探さなあかんのやろ?」


「……うん、そうだよね! よーし、あたし、頑張る!」

陽乃花は気合を入れ直し、戦闘態勢に入る。


「行くで!」

凪が叫び、データゴーストの群れに言葉の刃を放つ。

浄化パージ』『霧散ディスペル

凪の言葉は、データゴーストに対しては物理的なダメージよりも、その存在を不安定にさせるような効果があるようだった。数体のゴーストが苦しむように揺らめき、その姿が薄くなる。


「あたしも続くよ! 《スパークル・ストーム》!」

陽乃花はブースターを吹かし、目にも止まらぬ速さでゴーストの群れに突っ込む。華麗な連続蹴りが炸裂し、ゴーストたちを次々となぎ倒していく。その動きは、まるでピンク色の閃光が戦場を駆け巡るかのようだ。


しかし、データゴーストは倒しても倒しても、まるで無限に湧き出てくるかのように数を減らさない。ホームの奥の暗闇から、次々と新たなゴーストが現れる。

「キリがないよ、これじゃ!」陽乃花が悲鳴に近い声を上げる。

「どこかに、こいつらを呼び出しとる“核”があるはずや!」凪は周囲を見回し、ゴーストたちの出現パターンを探る。


その時、ホームの最も奥、横たわる列車の残骸の陰から、ひときわ大きな、そして禍々しいオーラを放つデータゴーストが姿を現した。それは、まるで駅長のような古風な制服を纏っており、その手には巨大なカンテラのようなものを握っていた。カンテラからは、不気味な紫色の光が漏れ出し、周囲のゴーストたちに力を供給しているように見える。


「あれや……! あいつが親玉や!」

凪は直感的に悟った。

「よし、じゃあ、あいつを叩けばいいんだね!」


凪と陽乃花は、無数のデータゴーストを掻き分けながら、駅長風のゴーストへと向かって突き進む。

旧0番線ホームに眠る謎と、陽乃花の師匠の手がかり。それらを見つけ出すための戦いが、今、始まろうとしていた。


(第五話:了)

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