第四話:残響のステーション、閃光のスパークル
Terminal Gateの薄暗い通路で、天沢凪はVibeと名乗るDJバトラー《戦う者》の奇襲を受けていた。Vibeの放つ《サウンドブレイク》は、凪の背後の壁を粉砕し、その圧倒的な威力を示している。凪はペンデバイスを握りしめ、全身に緊張をみなぎらせていた。
「へえ、今のを避けるか。少しはやるみてえだな、ポーン」
Vibeは挑戦的な笑みを浮かべ、追撃の構えを見せる。
(こいつ、本気でやる気や……! Clipとは比べモンにならん!)
凪は即座にペンデバイスで包帯に文字を刻む。
『防壁』
凪の前面に半透明の言葉の盾が展開される。しかし、Vibeの攻撃はそれだけでは終わらなかった。
「いいね、その反応! だが、俺のリズムはそんなもんじゃ止まらねえぜ!」
Vibeは軽快なステップを踏みながら、ターンテーブル型のデバイスを巧みに操作する。まるでDJがフロアを熱狂させるように、彼の動きに合わせて周囲の空気が震え、音のエネルギーが凝縮されていく。
「《リズムリロード》! 連射!」
特定のテンポに合わせてVibe自身の動きが加速し、凝縮された音波の弾丸が連続して凪を襲う。それはまるで、見えない機関銃の掃射だった。
バチバチバチッ!
凪が展開した『防壁』に音波弾が次々と命中し、激しい火花を散らす。シールドには亀裂が入り、持ちこたえるのがやっとだった。
「どうした、ポーン! それだけかよ! お前の“音”はそんなもんか!」
Vibeの煽りが、凪の集中を削いでいく。彼の攻撃は的確で、一切の無駄がない。これがフォロワー数約800人、中堅バトラー《戦う者》の実力。
(クソッ……こいつ、強い……! 攻撃のパターンが読めへん!)
凪の即席の技は、徐々にVibeに見切られ始めていた。シールドが砕け散る寸前、凪は咄嗟に横へ跳んで回避する。
「お前のその“言葉”、確かに面白い。けどな、深みがねえんだよ! 付け焼き刃じゃ、俺のヴァイブスには届かねえ!」
Vibeの音波が、凪の肩を掠める。バトルジャケットが僅かに焦げ、鋭い痛みが走った。
(このままじゃ……負ける……!)
敗北の二文字が、凪の脳裏をよぎる。せっかく掴みかけた「存在証明」への道が、ここで途絶えてしまうのか。いや、そんなことはあってはならない。あの虚無な日常には、絶対に戻りたくない。
「まだや……まだ、終わられへん!」
凪は叫び、ペンデバイスを強く握りしめた。
(もっと……もっと強い言葉を……! オレの感情を、もっと乗せんと!)
その時だった。
「ちょ、ちょ、ちょーっと待ったぁ! 何やってんのさ、Vibe! 新入りいじめは趣味悪すぎじゃない!?」
弾けるような、明るくテンポの速い声が通路に響き渡った。
凪とVibeが同時に声のした方を見ると、そこには一人の少女バトラー《戦う者》が仁王立ちしていた。
歳は19歳くらいだろうか。身長は160cmほどで、スラリとした美しい脚がまず目に飛び込んでくる。明るいピンクのロングウェーブの髪は毛先にかけてふんわりと広がり、サイドにはリボンとピンが左右対称に飾られ、彼女の個性を際立たせていた。琥珀混じりの明るいヘーゼル色の瞳はややタレ目気味で、Vibeを咎めるように見つめているが、どこか楽しんでいるような、いたずらっぽい光も宿っている。
彼女が纏っていたのは、白とピンクを基調としたアクティブスーツ風のバトルウェア。動きやすさを重視したデザインで、太もも周りには補助装備が集中し、体術を強化するためのリミッターのようなパーツが見える。そして背中には、小型ながらも高性能そうな「加速ブースター」が装着されていた。足元は、蹴り技に特化した特殊なブーツを履いている。まさに「スピードとパワーで突っ込む猪突娘」といった雰囲気を醸し出していた。
「あ? また邪魔かよ。今度は誰だ、Sparkleか」
Vibeがうんざりしたように少女――Sparkleこと雪村陽乃花に視線を向ける。
「そーだよ、あたしがSparkleこと雪村陽乃花! Vibeみたいな強者が、ポーンくんみたいなルーキーちゃん相手に本気出すとか、マジないわー」
陽乃花はVibeの威圧にも臆することなく、軽快な口調でまくし立てる。その言葉の端々には「〜じゃん」「〜っしょ?」といった若者らしいノリが混じっていた。
「ポーン……くん?」凪は、自分に向けられたその呼び方に少し戸惑った。
「そ! キミがポーンくんでしょ? Clipって奴を倒したって噂、もうこっちまで届いてるよん。なかなかやるじゃん!」陽乃花は凪に向かって人懐っこい笑顔を向けた。笑うと目尻に優しいシワが浮かび、照れたような、それでいてどこか誘うような、無自覚な色気が滲み出ていた。
「Sparkle……お前、また首突っ込んできたのか。こいつの“実力”を試してるだけだ」Vibeは不機嫌そうに言う。
「試すってか、ただのストレス発散じゃん、それ! まー、ポーンくんのその困った顔も可愛いから、あたし的にはアリっちゃアリだけどさ!」陽乃花は悪びれもせずに言い放ち、凪にウィンクする。
「ちょ、見すぎじゃない!? まーいっか、サービスってことで!」と、バトルウェアの太もも部分の装備を軽く叩きつつ、Vibeを挑発した。
凪は、陽乃花の奔放な言動と、そのバトルウェアから覗く引き締まった脚のラインに、再び目が吸い寄せられそうになるのを自覚した。彼女の雰囲気は明るく元気だが、ふとした瞬間に見せるしっとりとした可愛らしさや、無意識に滲み出る色気が、凪の心を妙にかき乱した。
(なんや、この子……強烈やな……)
「ポーンくん?」陽乃花が改めて凪に向き直る。「キミ、なんで戦ってんの? その力、誰かに見せたいとか、そういう感じ?」
その問いかけは、先ほどのVibeとはまた違う角度から、凪の心を探るようだった。
(見せたい……誰かに……)
「@Yui_Musubi」の存在が再び凪の脳裏をよぎる。自分の音楽を、言葉を、誰かに届けたい。認めてもらいたい。その根源的な欲求。そして、この目の前の少女――雪村陽乃花もまた、「見られること」を意識しているように凪には感じられた。
「……まだ、はっきりとは分からへん」凪は正直に答えた。「でも……自分の言葉が、誰かに届くかもしれへんのなら……そのために戦いたい。ここで終わるわけにはいかへんのや」
「ふーん、そっかそっか! 熱いじゃん、ポーンくん!」陽乃花は嬉しそうに目を輝かせた。「じゃあさ、あたしがキミの最初の“ファン”になってあげよっか? もちろん、あたしの“スパークル”な戦いっぷりもちゃんと見といてよね!」
そう言うと、陽乃花は軽くステップを踏んだ。足元のブーツがカシャリと音を立て、淡い光を放ち始める。
「Sparkle! テメェ、本気でコイツに加勢するつもりか!」Vibeが怒りの声を上げる。
「あったりまえじゃん! 面白そうだし、それにVibeの独壇場ってのも気に食わないしさ!」陽乃花はVibeに向かって挑発的な笑みを浮かべた。「それに、ポーンくんのその真面目そうな顔が、ちょっとあたしの好みかも!」
凪は、陽乃花の言葉に顔が熱くなるのを感じた。
(な、何を言うとんねん、この子は……!)
しかし、彼女の言葉には不思議な力があり、凪の心に燻っていた闘志を再び燃え上がらせた。
「Vibe……もう一度、勝負や」凪はVibeを真っ直ぐに見据えた。その瞳には、先ほどまでの劣勢を覆すかのような、強い決意が宿っていた。
「へえ、Sparkleにおだてられてやる気になったか、ポーン」Vibeは鼻で笑う。「だがな、二人がかりだろうが、俺のヴァイブスは止められねえぜ!」
Vibeが再び強烈な音波攻撃を仕掛けてくる。だが、今の凪には、その攻撃の軌道が以前よりもはっきりと見えた。そして、隣には頼もしい(?)仲間がいる。
「ポーンくん、いくよ! あたしのスピードについてきてね!」
陽乃花が叫ぶと同時に、背中のブースターが噴射し、彼女の身体が目にも止まらぬ速さでVibeに肉薄する。
「速っ!?」凪もVibeもそのスピードに驚く。
陽乃花はVibeの音波攻撃を軽やかなステップで回避しながら、バレエ経験者ならではの美しい回し蹴りを叩き込んだ。バトルウェアは彼女の動きを全く妨げず、むしろその身体能力を最大限に引き出しているようだった。
「《スパイラル・キック》!」
ドゴッ!という鈍い音と共に、Vibeが体勢を崩す。
「やるじゃん、Sparkle!」凪はペンデバイスを構え、追撃の言葉を紡ぐ。
『追撃』『連撃』
凪の言葉の弾丸が、体勢を崩したVibeに的確に命中する。
「ちぃっ! 小賢しい真似を!」Vibeは体勢を立て直しながら、広範囲に音の衝撃波を放つ。
「きゃっ!」陽乃花がバランスを崩しかけるが、凪が咄嗟に『守護』の言葉で彼女を庇った。
「サンキュ、ポーンくん! 見直したかも!」陽乃花はすぐに体勢を立て直し、再びVibeに仕掛ける。
陽乃花の戦い方は、まさに「魅せる」型だった。華麗な足技で相手を翻弄し、時折、相手の視線をわざと自分の脚に向けさせるようなフェイントを織り交ぜる。これが彼女の特殊能力「意識誘導」なのだろう。Vibeも、そのトリッキーな動きに戸惑いを見せ始めていた。
「Vibe、あんたの音、単調すぎなんだよねー! もっとこう、ドキドキさせてくんないと!」
陽乃花は挑発しながら、連続で蹴りを繰り出す。その度にバトルウェアの裾がひるがえり、鍛えられた太ももがチラリと見える。凪はどこを見ていいのか分からなくなる。
「見せようとしてないよ?……でも見えちゃったなら、見とけば〜?」と、陽乃花は悪戯っぽく笑った。
(この子……ほんまに自由やな……でも、強い!)
凪は、陽乃花の戦いぶりに圧倒されながらも、彼女の言葉に勇気づけられ、的確なサポートを続ける。
「お前ら……ふざけやがって!」
Vibeは完全に頭に血が上っていた。彼の周囲に音のエネルギーが渦を巻き、それは巨大な音響の竜巻となって二人を飲み込もうとした。
「これでまとめて終わりだ! 《デッドエンド・ノイズ》!!」
絶体絶命のピンチ。
「ポーンくん、あれヤバそう! でも、あたしにいい考えある!」陽乃花が叫ぶ。
「どうするんや!?」
「あたしがVibeの注意を全力で引き付ける! その隙に、ポーンくんが最大の一撃を叩き込んで!」
「無茶や! 危ない!」
「大丈夫だって! あたしの“スパークル”は、伊達じゃないんだから!」
陽乃花はニッと笑うと、Vibeの巨大な音響竜巻に向かって、あえて真正面から突っ込んでいった。
「ちょ、何考えてんの、Sparkle!?」Vibeもその無謀な行動に驚く。
陽乃花は竜巻に巻き込まれそうになりながらも、華麗なステップとブースターを駆使して回避し、Vibeのすぐ近くまで迫る。そして、彼の視線を自分に釘付けにした。
「ねえ、Vibe! あんたの音より、あたしのこの脚の方が魅力的じゃない?」
その言葉と同時に、陽乃花は一瞬だけVibeの意識を完全に自分に向けさせた。
「今だよ、ポーンくん!!」
凪は、その一瞬の隙を見逃さなかった。
(あの子が作ってくれたチャンス……無駄にはできへん!)
ペンデバイスに全身全霊の力を込める。腕の包帯に、新たな文字が刻まれていく。それは、凪の今の全ての感情を込めた、たった一言。
『――閃光!!!!』
その言葉が完成した瞬間、凪のペンデバイスから強烈な白い光が迸った。それは、Vibeの注意が陽乃花に向いている隙を突き、音響竜巻の中心核へと正確に叩き込まれた。
光は竜巻内部で爆発的に拡散し、音のエネルギーを霧散させる。
「なっ……馬鹿な……俺のノイズが……!?」
Vibeは竜巻が消滅していく光景を信じられないといった表情で見つめる。そして、力の抜けたようにその場に膝をついた。
「……負け、かよ……」
Vibeの身体が徐々にデジタルノイズに包まれ、やがて完全に掻き消えた。後には、彼のターンテーブル型デバイスが砕け散ったようなデジタルの残滓だけが残されていた。
「やったぁ! さすがポーンくんじゃん!」
陽乃花はVibeの拘束から逃れ、嬉しそうに凪の元へ駆け寄ってきた。その勢いのまま凪に抱きつこうとする。
「ちょっ、陽乃花さん!?」凪は慌てて彼女を支えた。
その時、凪のペンデバイスと陽乃花のデバイスが同時に輝き始めた。凪の視界には、半透明のウィンドウが次々と表示される。
『バトル終了。勝者:ポーン、Sparkle』
『経験値獲得。ポーン:レベルアップ! Sparkle:レベルアップ!』
『ポーン:新たなスキル候補を検出しました。「共鳴撃」の特性に目覚めつつあります』
『ポーン:称号「連携の初陣」を獲得しました』
『Sparkle:スキル「アテンション・フェイント」の練度が上昇しました』
『Sparkle:称号「切り込み隊長」を獲得しました』
「おっ、レベルアップしたじゃん! ポーンくんも強くなったねー!」陽乃花は自分のデバイスを見ながら嬉しそうに言う。
「共鳴撃……連携の初陣……」凪は表示されたスキルや称号を反芻する。陽乃花との連携が、新たな力の覚醒に繋がったのかもしれない。確かな手応えと、仲間と勝利を分かち合う喜びが、凪の胸を満たしていた。
『ミッションアップデート:HAKATA BASEの有力バトラー《戦う者》“Vibe”との戦闘データを取得』
『Terminal Gate最深部・旧0番線ホームへのアクセス権限を付与します』
二人のデバイスに、同時にミッションの更新情報が表示された。
「旧0番線ホーム……」凪が呟く。
「うん! そこにあたしが探してる“何か”があるかもしれないんだよね! ポーンくんも、その“新たな接続の兆候”ってやつ、そこでしょ?」陽乃花は期待に満ちた目で凪を見る。
凪に断る理由はなかった。こんなに頼もしくて、そして目が離せない仲間ができたのだから。
「ああ、そうみたいや。一緒に行こうや、Sparkle」
「もっちろん! あたしに任せといて! ポーンくんのこと、あたしがちゃーんとエスコートしてあげるからさ!」陽乃花は得意げに胸を張った。
こうして、凪は新たな仲間、雪村陽乃花(Sparkle)と共に、HAKATA BASEのさらに奥深く、謎に包まれた旧0番線ホームへと足を踏み入れることになった。
彼の「戦う理由」探しの旅は、賑やかで刺激的な閃光と共に、新たなステージへと進み始めた。
(第四話:了)