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「再生数2の底辺フリーター、SNSが武器になる異能都市で成り上がる」 ―― ヴァルドギア:FUKUOKA LOSTLINK ――  作者: DD22


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20/24

第二十話:数字だけを見ていた



 凪が一歩出るより先に、黒い窓が落ちてきた。


> SUMIYA MIKADO

>

> 先に見られるものを決める


 文字は、凪の頭上ではない。


 御門澄也みかど・すみやの足元から広がった黒い床に、白く刻まれていた。


 Nexus Square(ネクサス広場)のざわめきが、一段低くなる。


 観客は凪を見ていない。


 御門の文字を読んでから、凪を見る。


 その順番だけで、空気が変わった。


「……何や、これ」


 凪は首元のボールペンを握った。


 広場の外周に、薄い画面が何枚も浮かぶ。


 映っているのは、凪ではない。


 ほのかだった。


 SPARKLEスパークルのピンクの髪。


 補助装備のついた脚。


 動けないまま立っている横顔。


 その隣に、凪が小さく映っている。


『SPARKLEだ』


『動かないの?』


『隣の男、前に見た』


『何か始まる?』


 外野のコメントは、特別なことを言っていない。


 見えているものを、ただ並べている。


 それでも、凪の位置は勝手に決まる。


 主役ではない。


 SPARKLEの横。


 御門が用意した画面の、端。


「お前はまだ、見られる前に負けている」


 御門が言った。


 声は大きくない。


 なのに、広場のどこにいても聞こえる。


「殴る必要はない。歌わせる必要もない。人は最初に見た順番で、だいたいの意味を決める」


「それが場の扱いってやつか」


「初歩だ」


 御門の返事は短かった。


 凪は奥歯を噛む。


 その言い方に腹が立った。


 けれど、腹が立った瞬間、黒い窓が凪の横に出る。


> AMASAWA NAGI

>

> 怒っている


 観客の視線がそちらへ流れた。


 凪が怒るより先に、怒っていると読まれる。


 まだ何もしていないのに。


「勝手に書くな」


 凪はペンを抜いた。


 安物のボールペンの先に、黒い光が灯る。


 凪は空中へ書いた。


『勝手に決めんな』


 文字はまっすぐ走った。


 だが、広場に届く前に、御門の黒い窓がその前へ滑り込む。


> SUMIYA MIKADO

>

> 勝手に決められるのが怖い


 凪の文字が、その下に小さく貼られた。


 順番が入れ替わった。


 凪の言葉が、御門の説明の証拠にされた。


『怖いんだ』


『怒ってる』


『御門の言った通り?』


 凪の喉が詰まる。


 違う、と言いたかった。


 だが、言えば言うほど、その言葉もまた御門の見出しに乗る。


 ほのかが一歩出かけた。


 床のラインが赤く光る。


> SUPPORT:VISIBLE

>

> INTERFERENCE LIMITED

>

> WARNING


 ほのかの足が止まる。


「……ほんっと、感じ悪」


 声だけは明るくしようとしている。


 でも、目が笑っていなかった。


 御門はほのかを見ない。


「動けば天沢凪の負けだ」


「分かってるよ」


「なら黙って見ていろ」


 ほのかの肩が小さく跳ねた。


 凪は、その反応だけで腹の底が熱くなる。


「ほのかに命令すんな」


 言った瞬間、また黒い窓。


> SUMIYA MIKADO

>

> SPARKLEを守ることで、自分を保とうとしている


 凪の言葉が、すぐ下に貼られる。


『ほのかに命令すんな』


 観客が笑ったわけではない。


 大きな嘲笑もない。


 ただ、納得したみたいに空気が沈む。


 それが一番きつかった。


 凪の怒りも、反発も、全部「そういう反応」として片づけられていく。


 自分の言葉なのに、自分のものではなくなる。


「……凪」


 ほのかの声がした。


 凪は振り返らない。


 振り返れば、その一瞬も使われる。


 分かっているのに、背中でほのかの呼吸を探してしまう。


 御門が一歩だけ前に出た。


 それだけで、広場の画面が全部切り替わる。


 凪の投稿画面。


 再生数の低い曲。


 短いコメント。


 昨日の小さな伸び。


 画面の端に、数字が流れる。


> PLAY:2

>

> PLAY:2

>

> PLAY:2

>

> SHARE:1


 凪の息が止まった。


 見せられている。


 作っても、投稿しても、誰にも聴かれなかった日々。


 VALDGEARヴァルドギアに入った夜に上げた曲も、再生数は2だった。


 昨日、ようやく1つ渡った。


 それは凪にとって、軽い数字ではなかった。


 でも、御門の場に置かれると違う。


 小さい。


 あまりにも小さい。


『2ばっかり』


『同じ数字?』


『誰も聴いてないの?』


『昨日ちょっと増えた?』


 外野は、ただ画面を見ているだけだ。


 だから責められない。


 責められない言葉ほど、逃げ道がない。


 凪はペンを握り直した。


「それでも、聴いたやつはおる」


 書こうとする。


『聴いたやつは――』


 最後まで書けなかった。


 御門の窓が、先に完成する。


> SUMIYA MIKADO

>

> 一人に縋るな


 凪の手が止まる。


 まだ書いていない言葉を、先に潰された。


「何で」


 声が漏れた。


「何でそこまで分かんねん」


「分かっているんじゃない」


 御門は凪を見る。


 初めて、真正面から。


「お前がそこへ逃げるように、場を作った」


 凪の背中が冷えた。


 読まれたのではない。


 誘導された。


 怒るように置かれた。


 守るように置かれた。


 昨日の一人へ縋るように置かれた。


 凪は自分で選んだつもりだった。


 でも、選ばされた。


 御門の場の中で。


「これが、KNIGHTの差だ」


 御門が言った。


 FOLLOWERフォロワー数が空に浮く。


> AMASAWA NAGI

>

> RANK:KNIGHT

>

> FOLLOWER:1,008


 その横に、御門の表示。


> SUMIYA MIKADO

>

> RANK:KNIGHT

>

> FOLLOWER:6,014


 同じKNIGHT。


 同じ階級。


 けれど、同じ場所に立っている気がしなかった。


 数字の差だけではない。


 見られる順番。


 意味を決める速さ。


 相手の反応を先に置く力。


 凪の立っている床が、急に遠くなる。


 ほのかが歯を食いしばっているのが分かった。


 動けない。


 凪を助けられない。


 それもまた、御門の見せたい絵だった。


> SUMIYA MIKADO

>

> SPARKLEは見ているだけ


 黒い窓が、ほのかの前に浮かぶ。


 ほのかの顔から、色が引いた。


 凪の中で、何かが切れた。


「消せ」


 凪は走った。


 ペンを握ったまま、御門へ。


 書くのではない。


 殴る距離へ。


 ほのかが叫ぶ。


「凪、だめ!」


 遅かった。


 御門は避けない。


 ただ、指を二本立てた。


 凪の足元に、黒い窓が開く。


> AMASAWA NAGI

>

> 言葉を失った


 その瞬間、凪の体が重くなった。


 膝が落ちる。


 拳が御門に届く前に、床へついた。


 痛みより先に、屈辱が来た。


 何も届いていない。


 言葉も。


 拳も。


 怒りすら。


 全部、御門の見出しの中に入れられた。


「違う」


 凪は床に手をついたまま言った。


 声が、かすれる。


「オレは、まだ――」


> SUMIYA MIKADO

>

> まだ、という言葉で負けを先送りにする


 御門の窓が、凪の声を上から押さえる。


 凪は顔を上げた。


 御門が、すぐ前に立っている。


 黒いコートの裾が、視界に入る。


「天沢凪」


 御門の声だけが、やけにはっきり聞こえた。


「お前は、一番最初からそうだった」


 凪の指が止まる。


「一番最初……?」


「VALDGEARに落ちてきた夜だ」


 御門は淡々と言った。


「あの時、俺もあの場にいた」


 広場の空気が止まった。


 凪の脳裏に、あの夜の光景が戻る。


 VALDGEARに初めて入った夜。


 意味も分からないまま、視界の端で光っていた数字。


 3,902。


 ただ、それだけを見て足が止まった。


 顔は認識できてない。


 人ではなく、数字を見た。


 御門は、凪を見下ろしている。


「お前は俺を見ていない。俺の数字だけを見ていた」


「お前は見られたいと言いながら、相手を見ていない」


 黒い窓が、凪の上に落ちる。


> RESULT

>

> FIELD CONTROL:SUMIYA MIKADO

>

> NAGI SOLO CONTROL:FAILED


 赤いラインが、広場の床を走った。


 ほのかが駆け出そうとして、また止まる。


 FIELDの制限はまだ生きている。


 助けに来られない。


 凪は起き上がろうとした。


 腕に力が入らない。


 御門の声が降ってくる。


「今日はここまでだ」


「……勝手に、終わらすな」


「終わらせるのも、場を取った者の権利だ」


 御門は背を向けた。


 その背中が遠ざかるたび、黒い窓がひとつずつ消えていく。


 最後に残ったのは、凪の頭上の表示だけだった。


> AMASAWA NAGI

>

> KNIGHT

>

> FIELD CONTROL:0


 凪は床に手をついたまま、何も言えなかった。


 白い通知は来ない。


 ほのかの声も、すぐそばにあるのに遠い。


 御門澄也は、凪を殴らなかった。


 歌わせもしなかった。


 ただ、凪が見られる前に、凪の意味を決めた。


 それだけで、凪は負けた。


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