第118話 意気消沈
ほぼ何も得られる事もなくホテルへ帰還した一同だが、それと同時に、全員が沈痛な表情で倒れ込んだ。かなり疲れている様子だったが、それ以上に精神的なプレッシャーがあった。
「・・・はぁ・・・」
誰かが、ため息を吐いた。素直に、泣きたかった。泣きたかったが、泣いた所で状況が変わらない事は遠の昔に理解していた。
「どうしてこんな事に・・・」
なったのかな、と誰にも聞こえない程小さな声で鳴海が呟く。一つ片付いたと思えば、次は祢々からの標的宣言だ。呟いたのが彼女、というだけで考えている事は全員一緒だった。その一方、カイト達は大慌てだった。
「あぁ・・・今すぐ、なんとかしないと駄目だろう」
連絡を取っていたのは、彼が保有する全世界的な神様達のネットワークだ。それを使って、全世界の神様達と連絡を取り合っていた。そうして、ほぼ同時に事情の説明を受けた御門が、ため息を吐いた。
「はぁ・・・外宇宙の神、か・・・厄介事がひっきりなしだな」
「ちっ・・・」
ランスロットが舌打ちする。まさかここまで自分の教え子達が標的にされるとは思いもよらなかったのだ。相当に怒っている様子だった。と、侑子がふと、御門へと問いかける。
「あの・・・先生。先生も神様、なんですよね?」
「ああ、インドラ、もしくは帝釈天、天帝でも良い。神様の王様だ」
「あの・・・それなら一言言って、なんとか出来ないんですか?」
「・・・いや、無理だ」
御門は少し悩んで、しかしはぐらかすのは駄目か、と考えた様だ。はっきりと無理と断言した。そうして、彼は続ける。
「俺は何処まで行っても、地球の神様だ。ニャルラトホテプは所謂、外宇宙の神・・・この地球の神様じゃあない。俺達神様でも、あいつの行動だけはどうしようもない・・・それに、天道。お前なら、分かるだろう?」
「・・・はい」
話を振られた煌士が、沈痛な顔で頷いた。なまじ知っている事が、現状の手のうちようの無さを彼に理解させていた。
「ニャルラトホテプ。『千の貌』とも言われる神。出身はこの地球ではなく、何処か遠くの別惑星と言われている神。無数の姿を持ち合わせているとも、千個あるとも言われる。性格も存在も出自も全てが矛盾している。そもそもこの名さえ古代エジプトで呼ばれただけの名の一つにしか過ぎない。獣の様な存在である時もあれば、地球の科学を飛躍的に発展させる程の知性を持つ程の科学者である時もある。唯一無二の存在だが、同時に無数の存在である、などの矛盾した存在・・・ですね」
「そういうこった。そもそも俺の影響が出せるのは、せいぜいこの地球限定。それもインド神話と仏教系が大半だ。欧州はほぼ無理だ。天使になると、まず不可能だ」
インドラは煌士の解説に頷いて、どうしようもない相手だ、ということを語る。そしてその上で、逃げられない理由を説明した。
「その上で厄介なのは、奴が本当に無数の個体である、ということだ。ニャルラトホテプはな、あいつのパパとやら以外にも無数にいる。その一体が、ニャルラトホテプというだけだ。所謂、ニャルラトホテプはニャルラトホテプという群体だと思えば良い」
「なっ・・・尚更最悪ではないですか!?」
煌士が一気に悪化した事態を受けて、一人叫び声にも近い声を上げる。そんな彼に、空也が問いかけた。
「どうしてだい?」
「わからないのか? ニャルラトホテプは世界を混乱に貶める存在だ。もし我輩達が誰か一人でも死んでみろ。無数のニャルラトホテプが一斉に動き始める可能性さえある。それこそ、即座に考えついた最悪ではテロリストに核兵器の技術を与える可能性だってある」
「開発技術なら、まだ良いがな。ニャルラトホテプの場合は現物を与える可能性もある」
「っ・・・」
インドラの言葉に一気に、全員が今回のヤバさを悟る。本当になんら遜色なく、敵は全人類を標的にしてくる奴らなのだ。そして隠れる事に特化しているが故に、カイト達でも見付けられない。とは言え、この時点ではまだ、誰もどこまで本当か理解出来なかった。
「・・・あの、一体だけでも呼び出せば良いのではないですか?」
「うん?」
「確か・・・煌士様、以前ニャルラトホテプを召喚しようとなさっていましたよね?」
「おぉ、そう言えば・・・そうか、そこから交渉してみるのもありか。出来ないのですか?」
詩乃の提言を受けて、煌士もそれは確かに、と思ったようだ。御門へと問いかける。
「どういうことだ?」
「いえ・・・物語にも一分の真実があるとするのなら、ニャルラトホテプの事。彼を召喚する術が本物である可能性は高いのではないか、と・・・」
首を傾げた御門に対して、煌士が己の思う所を語る。ニャルラトホテプは何を考えているかわからない神様だ。それ故、語られるクトゥルフ神話の彼を召喚する文言は本物なのでは、と思ったのだ。
誰も物語の中に本当に邪神を召喚する術が記されているとは思わない。思わないからこそ、安易に唱えた場合にどういう反応をするか面白くなる。それはあながちニャルラトホテプの性質を考えれば、間違いではない様に思えたのだ。
「魔力を使い、詠唱の要領で訴えかけてみれば・・・出来ないのでしょうか?」
実は密かにやってみた事のある煌士だが、その当時は魔力の事は何も知らなかった。であれば、思う事は一つだ。魔力がなかったから成功しなかったのでは無いか、と。
「はぁ・・・試してみると良い。まぁ、結果は失望にしかならんけどな」
煌士に対して、御門が肩を竦める。どうやら無理らしい。が、物は試しと煌士は試みる事にした。何事も実験だ。万が一でも聞き届けられれば御の字だ。
「んん・・・流石に我輩も少し恥ずかしいが・・・暗黒のファラオ万歳! ニャルラトホテプ万歳! くとぅるふ・ふぐたん・・・」
煌士は大声でニャルラトホテプを称える文言を謳い上げる。一同全員揃ってかなり引いた目で見ていたが、物は試し、と何事も自分でやってみる姿勢だけは誰にでも高評価だ。ということで、誰も止めなかった。
そうして、煌士はニャルラトホテプを称えるとされる文言を一気に迷うことも淀む事も無く、言い切った。ある意味、これを何も見ること無く言い切れるのは中二病羅患患者の面目躍如だろう。途中から楽しくなったのは、やはりもしかしたら、という考えがあったからだ。
「・・・うむ、無駄だな」
「わかってんならやるな! こっち落ち込んでるってのに・・・」
結局何も起きなかったので、侑子が一人大声を上げるだけ上げて頷いていた煌士の頭を叩く。はた迷惑な事この上ない。
「いつっ! わからんではないか! もし万が一聞き届けられればめっけもん! 人類が救われるかもしれんのだぞ! 試して損は無いではないか!」
「そうそう。試して損はないよ」
「そういう事では・・・あれ?」
詩乃はいつも通りの煌士だった事に少し安堵しつつ、お仕置きしようとしたわけだが、そこで誰のものでもない声が割って入った事に気付いた。
「はーい、皆さん。いつもニコニコ這い寄る」
「やめろ!・・・って、え?」
「這い寄る混沌、ここに召喚!」
「「「・・・」」」
堂々と胸を張った褐色の美少女に、全員が沈黙する。思わず突っ込んだカイトさえ、唖然となっていた。が、そんな何の反応も無い一同に、褐色の美少女は再度、胸を張って言い切った。
「這い寄る混沌、ここに召喚! 私のマスターはあなた?」
「「「・・・えぇええええ!」」」
ホテルの一室に、絶叫が響き渡る。そうして、暫くの間這い寄る混沌によって生み出された混沌が、ホテルの一室を支配するのだった。
それから、暫く。ようやく全員が一呼吸置いて正気を取り戻した。呼び出されただけで場を混沌へと叩き落とすとは、まさに這い寄る混沌の面目躍如だろう。
「はい、皆さん! はじめまして、こんにちは! 這い寄る混沌ことニャルラトホテプ、もしくはナイアルラトホテップでっす! 気軽にナイアと呼んでくれると嬉しいですよ?」
褐色の美少女が、正気に戻った一同に対して元気に挨拶する。それに対して一同はどういう反応をして良いか理解出来ず、『あ、そう・・・』程度の反応しかできなかった。
「元気ないなー・・・はい、もう一度! 今度は元気よく挨拶してください! みんなー、こんにち」
「もう良いわ! ここは国営放送の子供向け番組じゃねぇよ!」
「えー」
カイトから入った制止に、ニャルラトホテプが不満げに口を尖らせる。そうしてそんなニャルラトホテプに、カイトがヒートアップして問いかける。
「つーか、なんだ、その格好! まさか中学生ばっかだから張り合ったわけでもあるまいし!」
「いいい、いやですね。そそそそんな事あるわけ」
「無いよな」
「はい」
ニャルラトホテプの言葉を先取りした半眼のカイトの答えに、先程までのまるで図星を刺されたかの様などもる口調を元通りにして平然と頷く。
さて、どういうわけか召喚されたニャルラトホテプであるが、その姿は一般的には中学生高学年から高校生程度の美少女だった。と言っても褐色の肌は自前なので、日本人っぽくはない。
胸は大きく背はそれなりに高く。顔立ちは太陽の様な明るい系統の超絶の美少女だ。明るい笑顔が似合うとはこの事、と言える様な太陽の化身の様な美少女だった。
が、これでもニャルラトホテプである。放置したら最悪という類の神様である。そして、浬達の敵である祢々を蘇らせた『パパ』の一人である。
だが、浬達にはこの姿のニャルラトホテプは警戒できなかった。残念な事に、単に残念な美少女としてしか見れなかった。
「なんで出た」
「あぁ、あれ、きちんと私達に繋がる文言ですし」
「「「え?」」」
カイト以下、御門を含めた全員が目を瞬かせる。今まで無数の魔術師達が行い、ただの一度も成功した事のないニャルラトホテプを讃え上げる事での召喚。誰もが同じ文言を謳い上げ、しかし成功しなかった儀式。それ故、これは単なる創作として思っていた文言が正解、とニャルラトホテプはのたまったのだ。と、そんな混乱するカイト達に、ニャルラトホテプが呆れた様に肩を竦めた。
「はぁ・・・これだから嫌なんですよ、どこかの星に属する神様は・・・あ、神は雑魚神一人だけですか」
「こいつ・・・」
「そんなんだから軍神の癖に雑魚と言われるは半神にまで負けるわって・・・あ、待った待った! 言うから! 言いますから! ネックツイスト止めて!」
後から逃げられない様に羽交い締めした上にネックツイストを仕掛けに行ったカイトに、ニャルラトホテプはタップして降伏を申し出る。それにカイトは今度は裸締めに変えて、何時でも首を締められる様にしておいた。
「さっさと言え。話ズレまくってんだろうが」
「はーい。えーっと・・・ぶっちゃけ、全無視してただけです」
「はい?」
ニャルラトホテプのあっけらかんとした暴露に、カイトが目を瞬かせる。そんなカイトを背中に感じつつ、更に続けた。
「だってわざわざ行くって・・・馬鹿じゃないですか? 呼ばれたら行くって・・・私、そんな安い女じゃないですよ?」
「ま、まぁ、神様だし・・・そりゃ、しょうがない・・・な・・・うん・・・」
ニャルラトホテプの文言は普通に何処かの尻軽の女の子の様な発言に聞こえるが、実際には彼女は神様だ。それも規模としては御門ことインドラよりも遥かに大きな神様だ。確かに、可怪しくはない。
ということで、カイトもその道理を見て思わず納得してしまった。そもそも神様とは簡単に呼び出せる相手ではないのだ。気楽に関われるのはそもそもカイトだからであって、普通はここまで深入りしてくれることはない。ニャルラトホテプの言葉が全面的に正しかった。
「じゃあ、なんで?」
「・・・」
「気まぐれか、気まぐれなんだな! その姿も気まぐれか!」
「あ、ちょっ! ホントに入ってる! 入れるならその股間のおっきな」
「もう喋るな・・・」
「ぐっ・・・あ・・・お、おち・・・」
完全に意識を落とすつもりで裸締めを仕掛けに入ったカイトに対して、ニャルラトホテプはかなり必死に腕をタップする。と、そんなカイトの後に、もう一人、今度は褐色の美女が顕現した。
「はーい、そこまでそこまで」
「・・・へ? え、あ、えぇ!?」
現れた褐色の美女に、カイトが困惑する。というのも、彼の知るニャルラトホテプは彼女だったからだ。こちらのニャルラトホテプは肌こそ褐色だが顔立ちは妖艶そのもので、ただでさえ豊満だった胸を大きくはだけさせていた。
服装もカイトが裸締めするニャルラトホテプとは違い腰まで深いスリットの入った黒のドレスで、どう考えてもスリットから見える位置には紐がなかった。どう考えても、穿いていない。と、そこに更に、今度は褐色の童女が姿を現して、カイトに天使の様な微笑みで笑いかけた。
「おにーちゃん」
「・・・きゅう」
どうやら、理解が追いつかなかったらしい。カイトが混乱の局地に達してぱたん、と倒れる。そうして、騒動は一時、カイトが復帰するまで中断する事になるのだった。
ちなみに、カイトが裸締めしていたニャルラトホテプはまた別のニャルラトホテプが現れた時点で裸締めから脱出していたのだが、カイトも誰もそれを指摘している余裕はなかったのだった。
お読み頂きありがとうございました。ニャルラトホテプ、三人召喚完了。




