湖底の国
小さい頃に読んだ御伽噺で「湖底の国」というものがあった。
空は青空ではなく水面が覆い、国の境界線はぶよぶよした水の壁。
そこに住む人たちは外界と関わり合わないように生きている。
彼らの手の甲には生まれつき水晶が嵌まっており、それが国民としての証となる。
ダモクレスの刃みたいなものだろう。
そんな国の女王様と外の世界から偶然に迷い込んだ旅人が身分違いの恋をしてしまう。
まあ、どこにでもあるようなお話だ。
物語の焦点はあくまで身分違いの恋愛譚。
では、どうして舞台を湖の国にする必要があったのか?
それは物語の最後のシーンを作るためだろうと考える。
最後のシーンが故に、この話はただの恋物語ではなくなっている。
そのため、終わり方が奇妙なお話と印象に残っている。
物語の最後に、女王様は旅人と外に出るため自らの国を滅ぼす。
国を守る力を解き、タイトルの通り国を暗く冷たい水の底に沈める。
それしか国の外に出る方法がないからだ。
『国は水没してなくなりましたが、女王様と旅人は外に出て幸せになりましたとさ』
そんな終わり方。
嫌でも印象に残ってしまう。
――違うな。
嫌だったから印象に残った。
筆者はいったい何を考えてこの物語を書いたのか疑問を抱いた。
本に著者の名前は記されていない。
しかし、ダモクレスにある本にしては相当に新しいものだった。
そのため筆者はまだダモクレスで暮らしているんじゃないかと考えたが、ロニオスに尋ねたところ、筆者はすでに死んでいるという。
ロニオスも俺と同じように思い、没前の著者に尋ねたらしい。
ロニオス曰く、
「著者が言うには、『この話は一種のハッピーエンド』らしいです」
だそうだ。
著者はちょっと頭がおかしいんじゃないか。
俺がそう言うと、ロニオスは顔の脂肪をぶるぶると揺らしながら「あぁ、そうかもしれませんねぇ」と楽しげに笑っていた。
その顔があまりにもうさんくさかったので、本当はもっと知ってるんじゃないかと踏み込んでみたものの、柔らかな態度で否定された。
こうなったときの奴には何を言っても無駄だ。軽くいなされる。
もう少し詳しく知りたかったが、著者も死んでいるなら仕方ない。
別段、どうしても知りたいわけでもなかった。
後味の悪い結末を忘れるため、さっさと他の本に移ってしまったように記憶している。
さて、どうして今そんな話を思い出したのかなんだが……。
――来てしまったのだ。
空に浮かぶのは雲ではなく、酔ってしまいそうなほど揺らめき煌めく水面。
遠くを見ると白味を帯びた薄青色の壁が全方位を円形、よく見ると六角形に覆っている。
そして、俺の両脇には兵士が二人。
どちらも不気味なほど色白で、手の甲には透き通る円形の水晶が埋まっている。
抵抗することもできるだろうが、よくわからない土地で無闇に暴れる必要もない。
彼らも最初は俺を見て驚いていたが、すぐに公務の顔へと戻った。
彼らの態度はひどく事務的だが、圧力はまったく感じない。
敵対というより、どこか歓迎されているようにも受け取れる。
そこが好印象だった。
「女王様がお待ちです」
彼らはそう言って俺に同行を求めた。
二十日ほど前にやっかいな姫様に目を付けられたせいで、女王という言葉に抵抗を感じたが、土地が変われば人間性も変わるだろう……たぶん。
そうして建物の立ち並ぶ中を歩いていると、開けっ放しの窓のあちらこちらから好奇の目が突き刺さってくる。
気持ち悪さは感じるものの、敵対や忌諱といった意識は感じられない。
隣を歩く兵士と同じように、歓迎されているように受け取れる。錯覚だろうか。
たどり着いたのは、水の壁のすぐ側にある白く横に長い建物。
高くはない。見たとおりだと二階建てだろう。
ただ他の建物よりは造りが良さそうだ。
俺を引き連れる兵士が入り口に近寄ると、門に立っていた兵士たちは何も言わずに道を開ける。彼らの手の甲にも水晶が埋まっていた。
建物の中は質素なものだ。
ホールには絵も壺も何もない。絨毯だって敷かれていない。白い壁に白い床。
子供が遊び回れるほどの広さがありながら、なにも置かれていない。
あえて悪く言うなら立っている兵士が置物だ。
寒々しさを感じる。
入り口の両側に取り付けられた階段の右側を上がっていくと、その奥にある扉の前で兵士が立っていた。
「お連れしました」
兵士の片方が口にすると、入り口に立っていた兵士は頷き扉を開ける。
部屋の中も建物の廊下と同様に質素そのものだった。
置物はベッドとその側に立つ生真面目そうな男のみ。
「近くにお越しください」
生真面目そうな男が口を開く。
両脇の兵士は一歩下がり、それとは逆に俺は前に出る。
ベッドの前に出る。
入ってすぐに気づいてはいたが、ベッドに横になっている人間がいた。
女王だろう。
某物語を思い出し、お互いが一目惚れでもするんじゃないかという不安があったが、それはなさそうだ。皆無といっていい。
ベッドに横たわっているのは老婆だった。
顔は蒼白で、目も半開き、口もわずかに開いている。
こちらを見てはいるようだが、焦点が定まっていない。
「ようこそ我々の国へ。我々はあなたを歓迎します」
女王が餌をねだる魚のように口を小さくぱくぱくさせると、ベッドの脇に立っていた男が口を開く。
そちらを見ると、男は先ほどと同じ真面目な顔をしていた。
ただし、目は俺ではなくベッドの老婆に向けられている。
「申し訳ありませんが、私は声を出すことが難しいため、代わりのものに私の意志を伝えてもらいます」
男はそう言って、俺に軽く会釈をする。
「我々にとって五年ぶりの国賓となります。地上ではさぞかしつらい思いをされたでしょう。我々はあなたを決して害しません。どうぞ、我々の国で安らかな時間をお過ごしください」
「……えっ?」
ちょっと待て。この男……いや、この老婆はいったい何を言っている。
「お待ちください。どういう、こと、ですか?」
何から聞いて良いのかわからず、何を聞きたいのかわからない質問になってしまった。
「ここは私が能力者を保護するために作り上げた国です」
すごいことをさらりと述べられた。
しかし、能力者を保護するということは、だ。
「もしかして女王様は刃の解放軍の一員ですか?」
この老婆はラーミナの一員で俺を保護したのかもしれない。
「ラーミナ? 私はラーミナというものを知りません。私は、能力者が助けを求めて湖底に触れたとき、ここにたどり着くようにしています」
どうやらラーミナの人間ではないらしい。
俺が助けを求めた?
……求めたかもしれない。ちょっとそこを否定する自信はない。
しかしだ。
「あの……私は助けを求めたかもしれませんが、能力者ではありませんよ」
老婆が目をうっすらと開く。横に立つ男もこちらを凝視する。後ろにいる兵士たちも俺を見ているのかなにやら視線を感じた。
しばらく凝視されたあと、男が老婆にかかっていた布団をめくり老婆の手を見せた。
「私の手に触れてもらえますか」
俺は頷き、老婆のそばに近寄る。
老婆の手はしわだらけで、ところどころに黒い斑点が浮き上がっていた。
よく見ると手だけでなく、腕や顔にも黒い斑点が見える。病気だろうか。
老婆の手に触れようと指を伸ばし、ようやくその手に指が触れようとした瞬間。
「触るなっ!」
俺の横に立っていた男が叫び、その声に驚き硬直していた俺の手首を掴みあげる。
男が触れた手首からうっすらとした気配が伝わる。
すぐに男は手を離した。
な、なにかまずいことをしただろうか。
触れてくれと言われたから触れようとしただけだ。
危害を加えるつもりもなかったため、ことさらゆっくり手を近づけた。
悪い点は思い浮かばない。
俺は無実だ。無罪放免を主張しよう。
「失礼しました」
こちらの弁明を待たずして、男が目を伏せ陳謝の意を示す。
「えっと、何かお気に障るようなことをしてしまったでしょうか」
「いえ。そうではありません」
老婆は何かを考えているようにぼんやりとしている。
その後、なにか納得するようにこくりこくり頷いている。
大丈夫ですか? そのままぽっくり死んだりしませんか?
「本当に申し訳ありません。どうやらこちらの手違いだったようです」
よくわからないが、よくわからないままでもいいだろう。
詳しく知って殺されるようなことになっても嫌だしな。
「いえ、ミスは誰にでもありますからね。私はまったく――ええ。全然、気にしていませんので上に戻して頂けますか」
「それは――」
「もちろん。この国についてのことは誰にも口外しません。それを条件として帰してもらえませんかね。上に仲間がいるんですよ」
「いえ、それが――」
「私の仲間も能力者なんです。同胞である貴方たちを売るようなことはしません。約束は守ります」
「帰れないんです」
…………今なんと?
「申し訳ありません。この国は上から下への一方通行なんです」
俺の表情を読み取ったのか、男はさらに言葉を続ける。
「我々も貴方にはすぐにでもこの国からお帰り願いたいのですが、残念ながらその手段が我々にはありません」
「ほ、本当に? 俺は一生ここで?」
思わず素が出てしまった。
「そうなるかもしれません」
「仲間とは?」
「仲間の方たちから来られるなら会えますが、来られないなら会えません」
「明朝には皇都に向けて出発だったんですが……」
「申し訳ありません」
男は顔を渋らせながらも淡々と話していく。
おそらく事実なのだろう。
「で、でも。本当は非常手段があるんじゃないですか?」
男は表情を変えない。
読み取らせないようにしているのか、その有無は俺にわからない。
「あるんですね」
――だから、これはかまかけだ。
男は老婆をちらりと見て、ゆっくりと口を開く。
「貴方のご想像通り一つだけ手段があります」
なぁんだ、やっぱりあるんじゃないですか。
「それで、その手段はなんですか?」
「この国を形成する能力者。すなわち、この私が――」
男が老婆を見る。
俺もつられて老婆を見つめる。
「死ぬことです」
ほんの一瞬だけ焦点のぼやけた老婆の瞳が俺の瞳を捉えた気がした。
この老婆が死ぬことで俺は地上に帰れるらしい。
そりゃ死ねば、能力が解けるからそうでしょうよ。
「仮に俺があんたを――」
「もちろんそれでも帰れます」
最後まで言い切る前に返答がきた。
帰してもらえないとわかった以上、取り繕うこともない。口調は素に戻す。
「ただしその場合、能力がすぐに解けてしまういます。その結果、この国は下以外の全方位から水に飲まれる。……果たして生きて帰ることができるでしょうか。それに――」
おそらく、おどしではない。
ここが湖の底だということは理解した。納得はしてないがな。
それに、老婆を殺したら出られるとしてもだ。
「あなたに私が殺せますか」
どうして、年をとると人の考えを見抜けるようになるんだろうね。
だが、その通りだ。俺には殺せないだろう。
実力的にも精神的にもできそうにない。
それなら別の手段を考えるべきだ。
「外に出るための能力者はいないのか」
町は狭いものの、それなりに人はいたように感じた。
あれだけいるなら、それくらいできる能力者はいるんじゃないだろうか。
「今はいません。さきほども言いましたが、この国に外から人が来るのは五年ぶりです。そして現在、国にいる能力者は私と五年前に来られた方だけです」
昔はそこそこいたんですが……、男はそう付け加える。
五年より前に来た人間は全て死んでしまったようだ。
あるいは、殺されたのかもしれないな。
それにもう一つおかしいことがある。
通訳をしている目の前の男。この男から先ほど能力の気配を感じた。
「あんたは能力者じゃないのか」
男が目を瞠る。
「なぜそう思われたのですか?」
「さっきあんたに手首を掴まれたとき、なんとなくだけど能力の気配を感じた」
男は老婆を見る。
「どうして能力者じゃない貴方にそれが?」
それは俺だって知りたいよ。
もう慣れてしまったけど、地上に降りてきてからずっとだからな。
「一ヶ月くらい前からかな。能力を使われると気づくようになったんだ。でも、能力者じゃない……と思う。自分自身の刃をまったく感じないし」
ダモクレスから来たとは言わない。
話したところでどうこうなるものでもないだろう。
男は観察するように俺を見る。
「なるほど。まあ、いいです。貴方が能力を感じたのは彼が――自分がつけている水晶のせいでしょう」
なにが「なるほど」なのかよくわからないが、納得してもらえたようなら深くは聞くまい。
男が手の甲を見せる。
ずっと気になってはいた。
ここで会った兵士は、全員がこの水晶を手の甲につけていた。
「この水晶はここで生まれた人間が身につけるものです。後ろに立つ兵士に触っても同じように感じられるはずですよ」
男は「身につける」と軽い表現をしているが、水晶は手の甲に深々とめり込んでいる。
「どうしてつけてるんだ?」
「この国は非常に脆い環境の下に成り立っています。実際に、過去には環境の異変により多くのものが死に至りました。そのため、私――女王様の力が込められたこの水晶を体にはめ込むことで悪環境にも対応できるように耐性をつけているのです」
へぇ、嘘くさ。
「そうですか。俺もつけなければいけませんかね」
「いえ、小さい頃から徐々にならしていくものですから。ある程度育ってからつけてしまうと、体が異常な反応を示して逆に危ないです。そのため、外がどうしても危険な環境になった場合は、この宮廷内で過ごしてもらうことになります」
さよですか。
つけろと強制されたら流石に抵抗していただろうからちょうどよかった。
「それとこれは吉報ですが、見てわかるように私の体はもうほとんどもちません。地上に出られる日は遠くないと言っておきましょう」
「それなんだけどさ。いきなりあんたが死んで俺たちが水に飲まれることはないのか?」
それが心配だった。
たしかにこの老婆は老い先短そうだが、死んだ場合は能力が解けるのではないだろうか。
「大丈夫です。本当に死にかけたときは、刃に力を込めてから逝きますので。確かに危険は残りますが、貴方たちには絶対に生きて帰ってもらいます」
「おい、待てよ。それは……」
刃に力を込めてから死ぬ。
それは、能力の残留効果だ。
ダモクレスでも常時発動が必要なものにのみ使われている。
城を浮かばせる、城の環境を整えるといった城の運営に必要不可欠なものだ。
刃に力を込めることで、刃から手を離しても込めた力に相当する時間だけ効果を発生させ続けることができる。
非常に便利だが、問題が二つ。
その問題のせいでダモクレスでは残留効果が厳禁となっている。
一つ目は、使用者の力が強くないとそもそもできない。
使用者の意識がない間でも力を行使させるということは、相当な力量が必要となる……らしい。
最低限でも共鳴ができないと厳しいようだ。
どこかの口が悪い赤髪も手こずっていた。
彼女も共鳴ができてからようやくできた。
できるまでは補佐の人たちが交代で彼女の力を強制的に発動させ維持をしていた。
そのときの彼女の様子は、いつもの気丈さが嘘のようにつらく苦しそうなものだった。
それでも文句一つ言わなかった彼女はやっぱりすごいと思う。
これで口と行動、性格がまともなら完璧なんだがなぁ。
二つ目は、能力者が死んだとき。
共鳴以上の残留効果を発動させたまま能力者が死ぬと非常にまずい。
刃の能力を発動させながら、次の持ち主を見つけることができるという利点はある。しかし、その利点以上の問題がある。
次の能力者が見つかればいいんだ。次の能力者がその力を制御……は難しくとも暴走させれば、力尽くで押さえ込めるのだから。
そう。問題は次の能力者が見つからなかった場合だ。
いわゆる呪いといわれるものになる。
込められた力を使い切った刃は、親とはぐれた子供のようにその持ち主を探す。
しかし、当然死んでいるので見つからない。使用者が生きてさえいれば、刃から離れていても問題ない。
さて、そのあと呪われた刃がどうなるかだ。
刃は触れた人間に取り付く。
取り付かれた人間はその刃に強制的に目覚めさせられる。
その人間がその刃に対する適合性があれば上で述べたように何も問題はない。残留効果は切れているから暴走もなく、その人は刃に目覚めて、めでたしめでたしで終わる。
だが、通常は適合性なんてない。その家族にある確率が高いといったくらいだ。
適合性がない場合は――即死だ。
触った瞬間、呪われた刃は光を発してその人間の中に入り込み。
刃に目覚めたように見せ、悲鳴を上げる間も与えずその人間を殺す。
そして、刃は食い破って出てきたようにぽつりと死体の上に現れる。
依然として呪われたままの状態で、だ。
自分の使い手が現れるまで、人間を食らい尽くす。
さらにまずいのが、触ったものがすでに刃に目覚めていた場合だ。
目覚めていない場合と同様に触ったものは即死して、刃が二つ出てくる。
呪われていたものと能力者個人のもの。
そして、能力者個人の刃も呪われる。
刃は二つ同時に目覚めることができない。例外としてダモクレスの初代王位についたアルバートがいるが、彼は例外中の例外だ。百年経っても彼しか前例がない。
すなわち、能力者が呪い持ちの刃に触れると確実に死亡し、さらに呪いの刃が増える。
呪いは感染する。
しかも刃が呪われているかは見た目でまったくわからない。
ダモクレスは能力者の国。
どうなるかは想像に難くない。
そのため残留効果は王の許可がない限り絶対禁止となる。
話を戻すと、この老婆は危険きわまりない残留効果を発生させるという。
「能力者が刃に力を込めて死んだ後さ。残った刃はどうなるか知ってるか?」
「もちろんです。遠い昔に教わりました。たいへん危険なものです。しかし、残った刃に触れなければ無害。そうですよね」
それは、そうなんだがな。
俺も曖昧に頷く。
呪われた刃の対策は単純にして明快。
触らないこと。これに尽きる。
触れなければ確かに害はない。
……まさか。
「気づかれましたか。そうです。湖の底に国を建てたのはそのためでもあります」
「……どうしてそこまでする?」
老婆の答を待つが男は口を開かない。
「や、くそく、だから、ですよ。ルイ、ゼットくん」
掠れ、途切れ途切れな声が横から聞こえた。
ベッドに横たわった老婆が俺を見つめていた。
しっかりとした目つきが俺を捉える。
それも一瞬ですぐに目を瞑る。
首がかくりと横たわる。
死んでしまったのではないかと思った。
「申し訳ありません。女王様は限界のようです。話はまた日を改めてお願いします」
老婆の様子に飲まれてしまっていた俺は、言われるがままに部屋を出る。
そうして兵士に宮廷の一室に案内された。
部屋の中は建物と同じように質素だが、隅まできれいに掃除されており文句のつけどころがない。
ひとまずベッドに横たわる。
能力なしでの脱出方法は老婆の言っていたとおり、老婆の死亡以外ないのだろう。
ここで今、俺にできそうなことは二つだけだ。
一つは鏡を探して、外からトリカに救助してもらう。
これは助かる確率が高い。
鏡を探して待つだけだ。
もう一つはこの国が五年前に保護したという能力者を探す。
これは助かる確率が低い。
そもそもここにいることが嫌ならとっくに出ているだろう。
さらに能力が外に出ることに向いてないものだということも十分にある。
――よし。
ひとまず鏡を探そう。
そう意気込んで部屋の中を探すものの、元々質素な部屋だ。
鏡が置いてないということはすぐにわかった。
部屋を出て、一階の他の部屋も見てみるがやはり鏡は見当たらない。
先ほどまで廊下に立っていた兵士の姿も見えなくなっていた。
廊下の奥に扉があるものの、ガタがきているのか、鍵がかかっているのかわからないが、うまく開かない。
手を見ると白く埃まみれになっている。
開いたところで他の部屋と同じでたいしたものは置いてないだろう。
仕方ないので二階に上がってみる。
老婆の部屋の前に兵士がいるので、鏡はないかと尋ねると顎に手を当て思案した後、宮廷内には置いてないと言われた。
鏡が、ない……だと。
信じられない。手鏡すらないなんて。
町に出てみようかと思ったが、入り口の扉は閉まっていた。
外も暗くなったので、閉じてしまったのかもしれない。
しかし内側から開けられない。
鍵穴すらない。
外側から鍵をかけられているようだ。
閉じ込め、られた……?
冷たい汗が頬を伝う。
一階にはすでに誰も居ないとわかっている。
二階だ。二階には誰か居ないのか。
「どうかされましたか?」
慌てて階段を駆け上がったところで、兵士に声をかけられた。
人がいたことにひとまず安堵する。
「外に出たいんですけど、鍵がかかっていて出られないんです」
「ああ、もう遅いので施錠されたんでしょうね」
「……外側からですか?」
訝しんで聞いてみる。
「ここの鍵は特殊なんですよ」
兵士は困ったように笑う。
「ちょっと怖いでしょう」
兵士は声を小さくして俺の耳の近くで呟く。
ちょっとどころじゃねぇよ……。
「自分も苦手なんです。なんだか閉じ込められてるみたいだと思いませんか」
まったくもってその通りだ。
それになにより人の気配がまるでしない。不気味だ。
「あの。一階には誰もいなかったんですが、もう一人の能力者は二階に住んでいるんですか?」
「いえ、もう一人の方は町に住まれていますよ。どうにもここの空気が苦手なようで」
わかりますけどね、と小さく兵士は付け加える。
どうやらこの兵士とは話が合いそうだ。
「それで、二階は誰が住まれているんでしょうか」
「二階は兵士の部屋や使用人の部屋になります。あまりいませんがね」
そうだったのか。
それなら一階の奥にある部屋はいったい何だったんだろう。
物置だろうか。
「一階の正面に向かって左奥に開かない扉があったんですが、あの部屋にはいったい何があるんでしょうか」
兵士は首を傾げたあと、おもむろに口を開く。
「そんな部屋……ありましたか?」
まあ、たしかに埃を被ってたからな。
知らないかもしれない。
「ありましたよ。今から――」
俺の声を遮るようにリンリンと耳やかましい音が鳴る。
ベルの音だろうか。
「夜食の時間ですね。食事はルイゼット様のお部屋に運ばせますがよろしいでしょうか」
話を無理矢理に切られた気がしないでもないが、とりあえず頷いておく。
「ここの料理は絶品ですよ。それがこの仕事の最高の楽しみなんです」
女房には怖くて言えませんがね、と兵士は顔をほころばせて話してくれた。
一階に下りて、廊下の奥に部屋があることをもう一度確認する。
確かにあるよな。
扉の前で頷いていると視線を感じた。
振り返って見てみるものの、長い廊下がホールへと延びているだけ。
人の姿など影も形もない。
もちろん見張りの兵士すらいない。
そもそも一階には俺しかいない。
それでも視線は感じた。
ええい、こんな不気味なところにいられるか。俺は部屋に戻らせてもらうぞ。
部屋に戻ると、窓の存在に気づいた。
そうだ。別に正面の扉から出なくても、ここから出れば良い。
木戸を開けると外はすでに真っ暗だった。
この中を出歩くのは得策じゃなかろう。
悩んでいると料理が運ばれてきた。
魚メインの食事だった。
まあ、そうだよな。魚以外は獲れそうにないしな。
毒でも入れられているんじゃないかと、つついてみたがわかる訳もない。
ままよっ、と口にしてみた。
まあ、なんだ。
とてもおいしい。
白身は柔らかく、ソースも丁寧に仕上げられている。
地上のものとは比べものにならない。
食後もお腹が痛くなったり、頭がふらついたり、急激に眠くなったりすることもなかった。
再び二階に上がると、見張りの兵士は別の人間に変わっていた。
一階の奥にある部屋のことを聞くと、またしても首を傾げられた。
どうも兵士は一階に降りることはあまりないらしい。
今日はもう寝ることにした。
もちろん眠りは浅くして襲われても大丈夫なように備える。
明日は町に出て、鏡ともう一人の能力者について探るとしよう。
女王様とも話をする必要がありそうだ。
そういえばこの国に降り立ってから女王様の名前はおろか、誰の名前も聞いた記憶がない。
しかし、俺の名前は確かに呼ばれた記憶がある。
今の偽名であるルインではなく、本名のルイゼットで呼ばれたはずだ。
はて……?
俺は名前を教えただろうか。




