始まりの幕間「王女記念日」
ルイゼットたちがトゥリスを発って二十日が過ぎた。
出発の夜に墓地で起きた出来事には箝口令が敷かれた。
それでも人の口には戸が立てられず、どこからか死人が出たという情報も漏れ、事実無根の様々な噂が飛びかった。
募る不安感に再び反乱が起きることを危惧したトゥリス政務は対応を追われた。
噂も落ち着いた頃、一人の優男が塔を訪れていた。
緑色の軍服を身に纏っていることから彼が能力者だとわかる。
その優男は一人の少女の前に膝をつき、頭を伏せている。
「行かれるのですか?」
黒いドレスを身に纏う少女――レィトは優男に問いを投げる。
問いと言っても、答はすでにわかっている。確認のようなものだ。
「はい。自分にはどうしても探さないといけないものがありますゆえ」
そうですかと少女は口にする。
優男はかつて英雄と呼ばれた男――ジャネである。
「墓地の整備は終わり、引き継ぎも済ませました。ロドス能力者管理長官殿にも話は通してあります」
ジャネは、墓地で風守と名乗る女と出会ったあと八年前に出会った『あれ』を再び探しに行くことを決意した。
翌日にもロドス能管長と話をして了承を得た。
ロドスの顔には、青あざが目立っていた。殴られたものだろう。
能管長にこんなことをできる心当たりが一人しかなかったため尋ねてみたが、どうやらクストスではなかったようだ。
知り合いに殴られたと口にしていた。
さらに手加減してもらえて助かったと漏らしていたくらいだ。
殴った人物とは相当に親密な仲だと考えられる。
ロドスはジャネの話を聞いても驚いた様子はなかった。
それどころか先読みしていたように、各種手続きを済ませていた。
相変わらず何を考えているのかよくわからない人間だ。
そうなるとジャネに残るのは自分の仕事。墓守の引き継ぎだけだった。
なかなか人が見つからず、時間がかかってしまったが何とか頼むことができた。
一つだけ心残りはあるが、あれは仕方ないことと諦めている。
いよいよ出立というときになって、レィトから呼び出しをうけた。
そうして今に至る。
「八年前の出来事はクストスから聞きました」
「そうでしたか。それならば話が早い自分は――」
「『あれ』を探しに行かれるのでしょう」
「……はい」
どうやらレィトはクストスかカリガから話を聞いて、ジャネの探す人物についても聞いているらしい。
「どうやら『あれ』はルイゼット君の師匠らしいので、まずは彼を探すつもりです」
「ルイ、ゼット?」
レィト王女の口ぶりは疑問だった。
ジャネも疑問に思う。
彼女はルイゼットを騎士に誘っていたため知っていると思っていたが違っていたのだろうか。
「姫様は彼を騎士にすると仰っていたようですが」
「……ああ! その名前は本人から聞いたのですか」
「いえ。聞いてはいません。自分の能力で掘り返しました。姫様にはなんと名乗っていたのかは知りませんが、本名はルイゼットで間違いありません」
「そうですか。それは幸先が良いです。ルイゼット……。ああ、ルイゼット」
レィトは何が楽しいのか、口の中でころころとルイゼットの名前を転がして遊んでいる。
ジャネはレィトに一抹の不安を感じた。
「ひ、姫様。それで、本日はいったいどのようなご用件でしょうか」
話を戻そうとジャネは口を開く。
「そうでした。あなたに聞きたいことがあったのですが、今の話を聞いて一つ増えました。そちらからにしましょう」
レィトはこほんと咳払いをする。
「あなたにとって朗報です。ルイゼットは東国のラクスという都市にいるそうですよ」
ジャネは慌てて顔をあげる。すぐに顔を伏せようとするがレィトはそのままでいいと言ったのでレィト王女の顔を見る。
なにやら彼女は得意げな顔をしている。
「どうしてわかるのですか」
彼女はその質問を待ってましたと顔をほころばせる。
「実はルーと文通をすることにしまして、その記念すべき第一通目が昨日届いたのです」
話したくて話したくて仕方なかったという様子だ。
ルーとはルイゼットのことだろう。金髪の娘も彼をそう呼んでいた。
まず二人が文通をするほどの仲になっていたことにジャネは驚き、遅れてルイゼットが東国に行っている事実を咀嚼した。
墓の下の通路がケントルム河に通じていたことからもしかするととは考えていたが、どうやら当たりだったようだ。
東国のラクス。そこはたしか……、
「湖に浮かぶ都市でしたね」
「そうなんです。なんでも見渡す限り湖で、その上に住居を建てているそうです。ルーもしばらくはそこにいるそうですよ。行くのなら船と馬、それに食料もすぐ用意させましょう」
「それは助かりますが、どうしてそこまでして頂けるのでしょうか」
どうやらレィトはジャネを手伝ってくれるようだが、その理由が彼にはいまいち掴めない。
それと物資は船だけで十分だろう。
土さえあれば共鳴で『あれ』を作り出せば、馬よりもはるかに速く移動できる。
食料も実地で捕れるので問題ない。
「あなたが無事にルーと会って『あれ』の情報を聞き出します。そうすれば、彼がどこの生まれかと『あれ』の名前はわかるでしょう」
「……そうですね」
「そうして、あなたはその国を目指す。しかし、その国がどうしても行くことのできないところにあったら、あなたはどうしますか」
どうしても行くことのできない国というのがジャネにはよくわからない。
レィトはおそらく本に書かれているような世界が実際にあるのだと勘違いしているのではないかと彼は考える。
「姫様。お言葉ですが、たいていの国は事前にしっかりと準備をしておけばたどり着くことができます。本に描かれているような湖の底に沈む国や洞窟の奥にある小人の国などは実際にありません。それにルイゼット君は言葉が通じていた。間違いなく西国か東国のどこか一部にあるはずです」
「そうだといいですね。しかし、もし無理だった場合は彼をトゥリスに連れて戻って頂けませんか」
まるでたどり着けないとわかっているような口ぶりだ。
「姫様は彼の出身について、何かご存じなのでは?」
「いえ。彼の言葉を借りるなら、遙けき国としか伺っていませんよ」
どうやら少し疑りすぎていたようだ。
「失礼。口が過ぎました」
「構いません。それで連れて帰って頂けますか?」
「わかりました。仮に、たどり着けないと判断した場合はルイゼット君を連れて帰ってきます」
「急いで連れて帰る必要はありません。私も王女としての器を磨かなければいけませんからね。それに、あなたも彼と一緒にいたほうが、情報が入るかも知れませんよ。聞くところによると、彼もやんごとなき身分だとか」
たしかに墓地で会った赤髪はルイゼットを殿下と呼んでいた。
どうしてその殿下がラーミナに入って、あちこちを巡っているのかはわからない。
それも彼に会って聞くべきことだろう。
「それで、もう一つの用件はなんでしょうか」
レィトは思い出したように頷く。
「そうでした。王女としての私にできることは何かないかと、ルーに相談したのです。そのとき一つ、案が出たのです」
「それが自分に関係することなのでしょうか?」
ええ、とレィトは頷く。
ジャネには思い当たる節がない。
そもそも王女としてできることで、自分の名前が口に出された時点で嫌な予感しかしない。
「あなたは東の墓地に勝手にお墓を建てている。間違いないですね」
「……違いありません」
あの列からはみ出した墓こそがジャネにとって唯一の心残りだった。
レィトが言うように、あれは彼が許可なく立てた墓標だ。
あそこには何も埋まっていない。彼らは遺体どころか、刃すらも残っていなかった。
それでもあそこに刻まれた名前が消えることは、ジャネにとって堪えがたいことではある。されど『あれ』を探す以上、他のことには目を瞑らなければならないだろう。
新しい担当にも問題があれば、ただちに崩してくれて構わないとは告げている。
「私はあの墓に刻まれた者たちをトゥリスの慰霊碑に移そうと考えています」
ジャネはぼんやりとレィトを見つめる。
彼の頭は理解が追いついていなかった。
「彼らもまた八年前にトゥリスを守るため、命を賭して戦った英雄。そこに能力者だからという理由をつけるのはおかしい。そろそろ街に帰してあげるべきじゃないだろうか――とルーは話していました。私もそれに賛成しています。あとは墓標を立てたあなたの許可を待つだけです」
ジャネは自分の目頭が熱くなるのを感じた。
「それは、是非ともよろしく、お願い……します」
ただただ声を震わせ頭を下げる。
「任せてください。王女レィトとして初めての行動です。やってみせますよ。あなたも全力でルーを追いかけてください」
張り切るレィトはジャネの肩に手を置く。
「かしこまりました――王女殿下」
ジャネは静かに頭を伏せ、言葉に敬意を含ませる。
この日――レィトは初めて身分上の姫ではなく、敬われる王女として認められた。
三章終了




