めんどうな姫君(後編)
地上に降りてから戦った兵士はどいつこいつも弱かった。
強いなと感じたのはオッカム、次点でカテーナ、大穴でボヤイとどれも兵士ではない。
さらに、彼らの強さは刃の力があってこそだ。
いや、単眼鏡のおっさんだけは測りきれなかったな。
例によって、この街にいた兵士たちもまったく強く見えなかった。
クストスという男は金章といっても偽りの英雄。刃もないと聞いている。
そのため、強くはないと推測していたが、とんでもない誤算だった。
こちらに睨みを利かして歩み寄るこの男は本物だ。
ケファ兄や師匠に似た隙のなさと威圧感がある。
それに、なんだか怒ってる。
いっそのこと逃げてしまおうかと後ろを向くと、そちらからも夕日を背にして、一人の兵士が歩いてきた。
身長は低く小柄。髪は夕日を浴びて赤く見えるが元から赤っぽい――カリガだ。
悪縁とはいえ、つくづく縁があるな。
金章と銀章に挟まれてしまった。しかも、こちらに応援はなし。
カリガ相手なら逃げられる気がしないでもない。
しかし、この不自然な状況を作ったのはおそらく能力者だ。そうなると、姿が見えないだけで、とっくに包囲されているだろう。
おとなしく捕まっておくべきか。
「クストス、剣を納めなさい。後ろの者は私の刃を拾い、届けてくれた――いわば私の命の恩人です。その者に対し、剣を抜くことなど私が許しません」
思案していた俺と歩み寄るクストスの間にレェトが割って入った。
おおぉ、彼女の台詞は出会ってから今まででもっとも王女らしいものだった。
……でも、無駄だろうな。この男は頭が硬そうだ。
「おどきください、姫様。姫様はだまされているのです。そこの男は姫様をたぶらかし、利用しようとしているだけです」
言いがかりもいいところだ。しかし、否定できない。
「そんなことはありません! 彼は、ルイーゼは――」
「カリガ」
レェトの言葉を遮り、クストスがカリガの名を呼ぶと俺の目の前に突如、赤っぽい髪をした少女が現れた。目はつり上がり、はっきりと怒りを顕わにしている。
その少女は現れると同時に、足を上げて俺の方に突きだす。
俺は軽く足をさげて、カリガの蹴りをかわした。
自慢の金的正面蹴りが避けられたことに驚いていたようだが、すぐに気を取り直してレェトの腕をつかんで俺から距離を取る。
「カリガ、なにをするのですか!」
「姫様、この男は危険です。あたしもだまされました。姫様もだまされているに違いありません」
カリガがレェトを引っ張って俺から離れるのと入れ替わりにクストスが俺の前に立つ。
「ルイーゼと言ったな。何か申し開くことがあるか」
どうやら俺はすでに犯人確定らしい。
「まあ、だいたい合ってたよ。ただレェトをだますってところだけは違うかな」
レェトを利用しているのも確かだし、カリガをだましたのも事実だ。そこは否定しない。
ただレェトをだますつもりは毛頭なかった。
ただ彼女の話を――夢を聞いて、それを実現する案を出しただけだ。レェトもそれに賛成してくれたので、城から出て街を一緒に歩いた。それだけだ。
「そうか」
「ああ、そうだ。俺はレェトの話を聞いただけだ。誰も私の話を聞いてくれないって泣いてたよ。あんたらももうちょっとレェトの話をきいてあげるべきだと思うね」
隻腕の剣士は剣を俺に向けた。
どうやらまともに俺の話を聞く気はないらしい。頭の中が筋肉でできてるんじゃなかろうか。
「安心しろ姫様の御前だ。殺しはしない」
そう言って、クストスは一気に俺との距離を詰め、剣を振るう。
はっや……!
ぎりぎり目で追える速さだ。
ほぼ反射で体をかがめて、避けることができた。というか今のは、避けなかったら首飛んでましたよね。
続く剣も迷いなく左胸を目指して伸びてきた。
慌てて距離を取り、なんとかかわす。ほんとうにぎりぎりだ。
「ちょ……ちょっと待て! 殺しはしないって――」
「貴様ごときがっ! 姫様の名を呼んでいいとぉ! どぉして思ったかぁぁぁ!」
いかん、なにやらご乱心だ。
すぐにクストスは間合いを詰めてきた。
避けることはなんとかできるが、反撃ができない。
「なんなんだ、貴様らはぁ! どいつも、こいつも! わかったような口をきくっ!」
初対面ですよね! なんで私怨が多分に入ってるんだよ!
顔と声は怒り狂ってはいるが、間合いは寸分の狂いなく調整してきている。こちらの拳は届かず、あちらの剣線は俺を斬りつける距離だ。
近づこうにも切り返しが恐ろしく速い。
クストスが持っているのは両手剣だ。本来、片手で扱うものではない。それを自在に扱っている。
もしも隻腕じゃなかったら、とっくに俺は死んでいるだろう。
何度か避けたところで、足がもつれ転んでしまった。
必死で転がり距離を取ったつもりだったが、やはりこの隙を見逃してくれるほど甘い相手ではなかった。
目の前にはすでにクストスが立っており、獰猛な顔つきで剣を振り下ろそうとしていた。
ここに来てようやく活路が開けた。
目の前のクストスは俺を殺した気でいるんだろうが、それは油断だ。
振り上げた剣の太刀筋も予測できるし、その立ち位置なら俺の拳も届かせることができる。俺だって伊達に師匠にいじめられているわけではない。
反撃だ! と足に力を入れようとしたところで――、
「いけません!」
叫び声とともにレェトが俺たちの間に――クストスの剣が通ると考えられる軌跡に入ってきた。
クストスの顔が明らかに戸惑った。
それもそうだ。俺ですらレェトがどうしてここにいるのかわからない。いくら走り込んでも俺たちに届く距離ではなかった。
さらに、クストスの剣はすでに動き始めている。その動作はもう彼ですら止められないだろう。
俺もレェトの背の衣服をつかんで引っ張るが、間に合いそうもない。
レェトの肩から胸を通り逆の脇腹にかけてが切り裂かれ、血の噴き出る光景が俺には、そしておそらくクストスにも見えていたはずだ。
――だが、そうはならなかった。
クストスの剣はレェトに届かなかった。
俺に届くように振り下ろした剣だ。俺とクストスの間に入ったレェトに届かないはずがない。
しかし、実際に剣はレェトに触れていない。
それどころかレェトとクストスの距離が、手を伸ばしても届かないほどに開いていた。
剣を振り下ろしたクストスの顔が唖然としている。何が起きたのかわかっていない様子だ。
クストスの剣がレェトに触れようとした瞬間、わずかな気配を感じた。
生気なくひんやりと冷たさを感じさせるほどの無機質な気配。
それだけなら気のせいだったかもしれないが、レェトとクストスの間にできた不自然な距離が、これは能力によるものだと示している。
そして、俺はこの力を知っている。
「そうか。いるんだな――」
ようやく繋がった。
レェトにしか姿を見せないという、本を読み、地図を描く妖精。
妄想だと思っていたため外見的特徴を聞いていなかったが、緑の髪で眼鏡をかけていたはずだ。
その薄い眼鏡こそが彼女の刃。
他人の視界を強制的に書き換える視界編纂。
そして、二つの物体の水平距離を操る距離調整。
刃吏、唯一の二つ持ちにして、ダモクレスの事務・区画整備を司るは刃吏十二軍が第四針――、
「テネス!」
周囲を見渡すものの、その姿はどこにも見えない。
レェトの背中、それにカリガとクストスの呆けた顔が映るだけだ。
「クストス。あなたは私の恩人に剣を振るうだけでは飽き足らず、この私にまで剣を向けましたね」
「し、しかし、姫様いまのは――」
「黙りなさい! 彼が罪人ならばあなたもまた罪人。そうです。カリガにも罪を背負った頂きます。それなら皆、平等です!」
俺がテネスの姿を探している間にも、レェトは話を進めていた。
めんどくせぇ……まぁた、なんか意味不明なことを言い出したぞ、この姫様。
レェトが両手を前に突き出す。
突き出したと言っても、彼女は背を向けているため俺からはよく見えない。
レェトから気配を感じた。哀しい気配だ。
この気配は三度目か。よく見えないがレェトの手に持っているティアラからだろう。
塔の下から感じたときとは桁が違う。
目をレェトから逸らせない。無理矢理、目線をねじ曲げられているようだ。
「見ましたね。クストス、カリガ。これが私の刃です。当然、知っていますよね。私の刃を見た者がどのような刑に処されるのかを。これを見てしまったからにはあなた方も彼と同じ罪人です」
「ひ、姫様。わかりました。わかりましたから、どうか刃をお納めください」
「まだです。もう一人、この刃を見ていただきたい方がいます」
そう言ってレェトは俺に向き直る。
俺も見てしまった。
塔の下で拾ってしまったティアラがレェトの手に載っている。
美しいとは思っていたが、今はそれに刃の力が上乗せされ、もう目が離せない。それどころか、目を閉じることすらできない。
「ルイーゼ。これが私の刃です。これをあなたに見せられなかったのは、私がこの刃の力を制御できないからです。このティアラに目覚めてから十年、自分の刃すら満足に使いこなせない不甲斐ない姿をあなたに見せたくなかったのです。そんな私を――」
どうかお許しください、とレェトは付け加えた。
不甲斐ない姿って。おいおい、ふざけてるのか。
鼻水垂らしてそれを拭わせる方が不甲斐ない姿だと思うんだが、そこんところ彼女の中ではいったいどうなっているんだろうか。
とりあえずだ。
どうやら、この視線を惹きつける力は無意識に発現するらしい。
たしかに刃を制御できない事例は多々ある。実際に見てきた。
ただ、制御ができないのは刃の使い方を誤っているからということが多い。
刃の力が強すぎるからなんてことは滅多にない。
第八針――アグニのとっつぁんは「刃は人を選ぶ」と語っていた。
刃は自ら意志を持ち、自身をきちんと使ってくれる人間を選定する。刃は人を絶対に間違えない。過つのは常に人間だ――と。
レェトはそれを知っているだろうか……知らないんだろうな。
きっと誰も教えてあげなかったんだろう。使い方を誰にも教わることなく、気持ち悪いからと刃の発現を押さえ込まれていたんじゃないだろうか。
周囲の無知が、レェト――能力者に対する偏見を生み、芽吹いた偏見が差別をすくすくと育てた。
それなら、俺は彼女に道を示すことができるかもしれない。
「レェト、それは違う。刃は人を間違えない。こんな美しいティアラが使用者を間違えるはずはない」
「どういう、こと、ですか?」
「間違えてるのはレェトってことさ。このティアラの使い方、あるいは用法をレェトは知らないんじゃないかな?」
「用法、ですか? 持っているだけじゃ駄目なんですか?」
えっ。ちょっと意表をつかれた。もしかして――、
「レェト。ティアラってどういうときにどうやって身につけるか知ってる、よな?」
「えっ、それくらいは知っていますよ。街を歩くとき、腕に嵌めるのでしょう。あまり馬鹿にしないでください」
レェトは珍しく自信満々に言い切った。
……………………。
――絶句。
そう、思わず絶句してしまった。息も止まっていた気がする。
そっかぁ、そこからかぁ。だから、ずっと両手で持ってたのかぁ。
まさかなぁ……まさかここまでとは思ってなかったよ。
そりゃ、力の制御ができるはずもない。
目がティアラに釘付けされてしまって確認できないが、おそらく後ろにいるクストスとカリガも呆れているんじゃないかと思う。
「お前、ばっかじゃないの……」
「貴様ぁ! 誰にものを言っている! 不敬であるぞ!」
「姫様に向かってお前って、しかも馬鹿って! なに言ってるかわかってるの、ルイーゼ!」
クストスとカリガが何か吼えているが、無視することにした。
お前らも吼える暇があるならこの姫様にティアラの用法くらい教えてやれよ。
さすがの俺もいらいらしてきたぞ。
「あのさぁ、レェト。自分の刃がどんなものかくらいは知っとけよ」
「そ、そんなことを言われましても」
レェトはもう涙声になっている。
見なくても顔がわかってしまう。たぶん、まだ鼻水は出ていない。
「やれやれだ。なんで俺がここまで面倒みなきゃいけないんだか」
俺はレェトに近寄る。
そうは言いつつも、ちゃんと面倒を見ようとする自分はやっぱり優しいなぁと自画自賛しておく。そうでもしないとやってられない。
「誰も教えようとしないみたいだから、特別に俺が教えてやる」
借りるぞと言ってレェトの手からティアラを取る。
ティアラが手から離れたことで、力が失われ、ようやく視線を逸らすことができた。
レェトの顔を見るとやはり涙が溜まっていた。
もう……ほっとこう。
「レェト。ティアラっていうのは髪飾り、正確には頭飾りだ……ちょいちょい、こっちを見上げるな。顎を引いて――そうそう」
説明しながら手に取ったティアラをレェトの頭に載せようとするが、彼女が俺を見上げてくるためうまく載せられない。
ああくそ、鼻水まで出てきやがった。
「貴人や王族といった人が正装で身につける冠なんだ。わかるか、このティアラを飾るだけで自身の位を表すんだぞ」
レェトの頭にティアラを無事に載せた。
少し頭をのけぞらせ、ずれていないか入念に確認する。
よし、よきかなよきかな。
次に、服のポケットからハンカチを取り出してレェトの顔の涙と鼻水を拭う。
ティアラから目をそらし、レェトの顔を見て行えるということは、すなわちティアラの能力は制御されていることになる。
「ほら、泣かない。鼻もかむ。俯かない――そうだ、しっかりまっすぐ前を向いて。地位を、力を――レェト自身の意志を示してみせろ」
そこまで言うと、レェトから気配を感じた。
先ほどまでの哀しい気配ではない。凛、と、これが私だという自信を感じさせてくる気配だ……まだまだ弱々しいがな。
視線がレェトから離れない。それでもさっきみたく無理矢理に視線が縛られている感覚ではなく、いつまでも見ていたいと思える感覚だ。
「そうそう、初めてにしては上手なもんだ。レェト、この感覚を忘れるなよ」
はい、としっかり返事をするレェトの目には、しかし、また涙が溢れてきている。
仕方がないので、そっと拭ってやる。
俺も、刃に目覚めることができていたら、こうやって誰かにほめられていたんだろうか。
「あのぅ、その……」
「うん?」
「どうでしょう。似合って、ますか? ずれたりしてませんか」
ずれるわけないだろ! ずれる要素がない!
ティアラを歪みなく飾ったのはこの俺で、レェトはほとんど動いてない。
ほんとは俺をおちょくってるだけじゃないのか、こいつは。
だが、まぁ、こういうところは女の子だな。
「似合ってるよ。まるでお姫様だ」
冗談めかし、おまけに皮肉も含ませて言っておく。
ちょっと服が安っぽく残念だが、ティアラはそこにあって然るべき様態を醸している。
そんな俺の言葉に、ふふっふひっとレェトはだらしなく表情をゆるめた……なんてこった、顔まで残念になっちまった。
「ありがとう。我が――」
あっ、そうでしたと何かを思い出したらしく、レェトは俺の手を取ってクストスとカリガを向く。
二人はいつの間にか地面に膝を立て顔を伏せていた。
素晴らしい忠誠心だな。感服するよ、ほんと。
「二人とも面を上げなさい。そして、私の声に耳をそばだてるのです。簡易ではありますが、私、シニストラ王国、ストゥルトゥス王が第三子女レィトはここに我が騎士の指名を行います」
クストスとカリガの二人は同時にキッと顔を上げ、カッと目を見開いた……仲良いね、あんたら。
俺は、またなんか言い始めたぞこいつとか思っていた。
もういっそ、ハンカチを口に詰めて喋れなくしてしまったほうがいいんじゃないかと考えたが、時すでに遅し。
「彼こそが我が剣、我が盾。其れ即ち我が騎士――ルイーゼです!」
任命は塔に戻ってから行いましょう、レェトがそう口にしたのち俺を見て、幸せが頭の中で飽和して外にまで漏れ出ていそうな微笑みを浮かべる。
ほんとに、大丈夫……なのか、こいつは?
冗談抜きでまじめに心配になってきた。
妖精さんとやらがテネスだったことを考慮すれば、言動も刃がないときのほうが安定していたんじゃないだろうか。そんなことってあるのか。
カリガと同じく黙っていれば、いや、黙ってじっとしていてもいろいろと残念だったな。
…………おや?
そして、遅れて気づいた。
――レェトをラーミナにスカウトするつもりが、逆に、俺が騎士に強制スカウトされてしまっている。
もはや何がなんだかよくわからないが、これだけは断言できる。
こいつは、本当にどうしようもなくめんどうな姫君だ。




