ベッドの下からこんにちは
作戦会議が終わったあと、スターヴは俺たちを大きな姿見のある家に案内してくれた。拠点の一つらしい。
トリカは彼女の刃である鏡を持って、部屋に備え付けられた姿見の前に立つと真剣な表情になった。だいたい笑っているか、呆れているか、ぼんやりしているかなので、こんな真面目な顔は珍しい。そんな彼女の目がきょろきょろと動いている。
なにをしているのか尋ねたところ、移動先に設定する鏡が映している景色を見ているらしい。トゥリスにある無数の姿見の中から、レィト王女の部屋あるいは塔の上層にある姿見を探しているようだ。
かなり時間がかかるんじゃないかと心配したが、だいたいの距離でわかると話していた。
「ここ、かな……」
ぼんやりとトリカの様子を見ていると、動き回っていた彼女の目が落ち着いた。
「一人ずつしか行けないから、最初は――」
「私が行こう」
すぐにオッカムが名乗り出て、トリカの鏡へと消える。そして、トリカが姿見と向き合うと彼女自身も消えてしまった。
ちなみにここは狭い部屋で、ほとんど物置同然だ。スターヴは案内が終わるとさっさと作業小屋に帰ってしまったし、今は外からわずかに喧噪が入ってくるだけだ。
少し待つと姿見の前にトリカが現れた。
彼女の持つ鏡の中にオッカムはいない。どうやら当たりだったようで、向こうに置いてきたらしい。
俺も彼女の鏡に入れてもらい、そのまま移動する。
鏡から出ると、そこは広々とした部屋だった。
窓から射す光は頼りなく部屋を照らしている。
よくよく見るとそこまで広くはない。調度品が少ないからそう見えるのだろう。
目につくほど大きな物は五つだけだ。
移動に使った姿見。
椅子が一つしか置かれていない飾り気のないテーブル。
壁一面を覆っている本棚。
衣装が入っていると考えられるクローゼット。
そして、背の高いベッドが部屋の奥に鎮座している。ベッドの四隅から伸びる細い柱が伸び天蓋を支える。その天蓋からはひらひらとした薄衣が主の姿をおぼろげに隠す。
はっきりとは見えないが、誰かが横になっている。
こちらに気付いていないところを見るに、眠っているのだろう。
ベッドを見れば確かにここは王女の部屋だと思える。しかし、鏡からベッドの位置は映らない。見えるのはテーブルと本棚くらいだ。
どうしてトリカはこの部屋が王女の部屋だと思ったんだ?
……ああ、窓か。調度品ばかりに目がいっていたが、俺たちのいる位置の向い側には窓がある。
トゥリスでは塔以外の建物はほぼ同じ高さだった。なんでも街の景観をよくするためらしい。それなら、建物の高さが同じなら窓からなんらかの建物が覗き見ることができるはずになる。
しかし、向い側にある窓から見えるのは清々しいほどの青空だけだ。
そのため、この部屋は他の建物よりも高い位置にあると考えられる。さらにトリカは、だいたいの距離もわかると話していたのだから、条件に当てはまるこの部屋が王女の部屋と考えたのだろう。
足音なくベッドに近づくオッカムを、俺も追いかける。トリカはいつでも帰れるように姿見の前に立っている。
ベッドの前にたどり着き、天蓋から垂れ下がる薄衣をオッカムがつまんだが、そのまま止まってしまった。
「どうしたんだ?」
不審に思い小声で聞いてみるものの答えは返ってこない。
「人が来る」
彼女が扉に目を向けた。
耳を澄ませると微かだが足音が聞こえる……気がする。
俺が慌ててトリカに合図を送る。
先に決めておいた「誰かが来た場合の段取り」では、最初に帰るのは俺ということになっている。オッカムが残った方が安全だと彼女が判断したためだ。
さっそくトリカの鏡を見ると、鏡の中に銀色の髪をした女性が映っていた。
……あれ?
隣を見るとオッカムの姿がない。トリカを見ると彼女も予定外だったのか相当に狼狽している。
こうしていても仕方ないので手を払って先に帰れと合図を送る。きちんと伝わったようで、彼女はあたふたと姿見を向いて消え去った。
トリカが消え去る直前に、彼女の持つ鏡に映ったオッカムの口が動いていた気がする。あれはおそらく「気をつけて」だった。今までに何度か彼女から「気をつけて」とか「注意して」といった言葉を聞いたが、聞いた後は往々にしてよろしくないことが起きている。
トリカが戻ってくるのを待っている間にも、足音はよりはっきりと聞こえるようになってきていた。
だめだ、トリカは間に合わない。姿見から見える位置に移動して、腕を斜めに交差させ、来ちゃ行けないと姿見に向かって合図する。伝わったかどうかはわからない。
俺も隠れる必要がある。
クローゼットは隠れられるだろうが、距離があるため間に合うとは思えないし、音も出そうだ。
他に隠れられる場所は、と近くを見渡すが隠れることのできる場所はありそうにない。
いや――。
「妖精さん?」
ぼんやりとした声が聞こえる。女性のものだ。どうやら起こしてしまったらしい。
上からごそごそと動く音が聞こえる。
……妖精さん?
ちなみに俺はベッドの下に潜り込んでいる。背の高いベッドで本当に助かった。いや、助かったかどうかはまだわからないか。
ベッドの横には布が垂れているため外から見えるとは思えない。もちろん息は潜めておく。
なにやら金属のこすれる高い音が響いた。それに足音もより近くから聞こえてくる。
どうやら、先ほどの足音の主が部屋に入ったようだ。
「どなたですか?」
先ほどの女性の声が少しこわばっている。
足音の主は何も言わず、さらにベッドへと歩を進めているようだ。
この部屋の主はベッドの上にいるまだ見ぬ王女様のはずだ。足音の主はそんな彼女の質問を無視している。
なにやらきな臭い展開になってきた。
足音の主はベッドの横で足を止めた。目の前に靴が見えているから、これは間違いない。大きさから判断するに男性だと思われる。
軽く絹のこすれる音がした。ベッドを覆っていた薄衣をどかす音だろうか。
「だ、だれですかあなたは? 人を呼びますよ!」
どうやら面識のない人物のようだ。
とりあえず人は呼ばないで欲しい。俺も困る。
「呼んでも誰もきませんよ。あなたの髪飾りを探すために兵は出払っています。ここには最低限の兵しかいませんからね。それと下女の方は眠ってもらいました」
下卑た男の声だ。声だけで顔がわかるようだ。痩せていて、口元が歪んでる。目は細い。たぶん、大きく外れてないだろう。
「来ないでください!」
上できしむ音がする。王女が男から距離をとっているんだろう。
「レィト様、勘違いしないで頂きたい。私はあなたを助けに来たんです。あなたを刃の呪いから解き放つために伺ったのです。大丈夫、痛みは一瞬です」
……なにいってんだ、こいつ。
「いや。いやですっ! 私はもう一度、妖精さんに会わなければならないのです!」
…………なにいってんの、こいつら。
「ああ、嘆かわしい! 錯乱なされている。もはや人ではなくなってしまった。早く穢れを浄化して差し上げないと」
男の足が床から離れる。ベッドに乗るつもりらしい。
「お願いです。助けてください、ようせっ――」
きゃっ! という悲鳴とともに俺の背中に振動が響く。王女はベッドから落ちてしまったようだ。俺が潜り込んだのと反対側に彼女の体が、垂れ下がる布と床の隙間から見えている。
さすがにそろそろ出ないとまずいだろう。どちらも言動が吹き飛んでいたため、出るのを躊躇ってしまっていた。王女の落ちた振動で我にかえることができた。
できる限り腕を伸ばして、ちらりと見えていた王女の手首をつかむ。
いきなり何かに手首をつかまれ驚いたのか、声には出ていないものの体を硬直させた。
細く滑らかな手だったため心配ではあるが、無理矢理こちら側――ベッドの下へと引き込んだ。
えっ! きゃっ! と悲鳴を上げるが今は無視する。
首元をつかんで頭をこちらに寄せる。わずかだが、女性特有のあまったるいにおいが鼻についた。
「静かに。すぐ終わるからここにいて」
耳元でささやくと、俺は王女を引き込んだ反対側の下から飛び出した。
青服を着た男がベッドに立って背を向けていたが、慌てて首を振り向かせた。
「なっ! えっ!」
予想通りだ。細身で歪んだ口元。でも、目は細くないな。驚きで見開いているからだろうか。
そりゃあ、驚くよな。王女しかいないはずの部屋に誰かいたら。しかもベッドの下だし。
「だ、誰だお前は!」
男が体を完全に振り向かせる前に俺は床を力一杯に蹴る。
「俺か? 俺は――」
俺が誰かって?
愚問だな。そんなことを聞いちゃいけない。
あまりにも愚かすぎる。救いようがない。
――だが、聞かれたからには答えよう。
乙女の部屋に断りなく入り込み、さらにその寝床の下へと忍び込んで息を潜め、か細い手をつかんで下へと無理矢理に引きずり込む。そして、耳元でそっと囁く。
そんな存在を人はこう呼ぶ。
「変態さ」
俺は拳を固く握りしめ、青服男の顎をそのまま天へと持って行くつもりで撃ち抜いた。




