探し物はなんですか?
トゥリスに着いて二日目。
今日も昨日に引き続き、トリカと一緒にトゥリスの観光にいそしんでいる。いちおうオッカムに言われたとおり、もらった地図と実地の差異を見比べもやっている。当のオッカムは、またもや一人でどこかに行ってしまった。
街の雰囲気が昨日と変わっていた。
青い服を着た兵士が目につく。もちろん昨日もあちらこちらに立ってはいたが、ただ突っ立っているだけだった。そんな彼らが今日は目を光らせている。数も目につく程度には増えている。
そんな兵士たちの様子に合わせて、街を歩く人たちもどこか緊張している。
俺たちもよろしくない身分のため少し緊張していた。
スターヴの話によると、軍は昨夜から急遽何かを探し始めたらしい。街の出入り口でも検問が再開され、塔の周りの広場も立ち入りが制限されたようだ。
問題は何を探しているかなのだが、その情報がほんのわずかしかでてこない。どうやら軍の上層部にしか詳しい情報が回ってないようだ。
兵士は増えているものの、彼らですらそのわずかな情報でしか探せない。探せないというよりも該当するものが多すぎて探しようがない。
なにせ探す条件が「髪飾り」、それだけなのだから。
色や形状、材質の情報がまったくわからない。
そして、ここは旧都。髪飾りをつけて闊歩している人なんてそこらかしこにいる。髪飾りといっても髪に飾っていない場合もあるだろう。
とりあえず、兵士たちは髪飾りを付けた人に名前と住所を聞いた後、片っ端から没収しているようだ。あほらしい。
そんな様子を横目に街を回っていくと、日が高く昇っていた。
お腹も減ったしどこかそのあたりで食べようか、そんな他愛ない話を南の大通り近くでトリカとしていたときのことだ。
道の先から緑の服を着た小柄な子が出てきた。
カリガだ。走り回っていたようで赤っぽい髪と肩を揺らしている。
げ……彼女もこちらに気付いたようだ。こちらに一歩踏み出すと、離れて見えていた彼女の姿が消えて、目の前に現れた。
さすがに何度か見て慣れたので、もう驚きはしない。
カリガが溌剌と口を開く。
「知ってますか?」
開口一番にこれだよ。
何をですか、とは言い返さずにこんにちはと挨拶をしておいた。
「それでいったいどうしたんですか?」
「そうなんです。たいへん、たいへん、たいへんなんですよ。知りませんか?」
だから何をだよ?
カリガは腕をぶんぶんと振りながら大変な度合いを示してくる。
だめだな、この子はどうも苦手だ。話してるといらいらしてくる。
やっぱり赤っぽい髪の人間とは相性がよくない。
「えっと、知っているとは何をでしょうか? 昨日、話していたレオンハルトのことでしたら、やっぱり心当たりがありませんよ。それよりも兵士の方が髪飾りを没収しているようなんですが、何があったんです?」
「それです! それなんです! あたしたち探してるんです。知りませんか?」
いらいらして小さく舌打ちをしてしまった。
しかし、これはチャンスか?
見た目は小さいが、カリガは銀章持ちで八年前のトゥリス防衛戦における英雄――軍の上層部とも言える。それなら、どうして軍が「髪飾り」を探しているのか知っているかもしれない。
「探しているのは髪飾りですよね。どんなものなんですか?」
「わかりません」
即答だった。一切の迷いなく元気な声でカリガは答えた。
「……色や形とかなんでもいいんですが、わかりませんか?」
「ここだけの話なんですが――」
おっ、なんだなんだ。どうやらなにか知っているらしい。聞いてみるもんだ。
「黒っぽいという話を聞きました」
だめだこりゃ。どうしようもない。
黒っぽい髪飾りなんてそこら中にある。それに確かな情報ではなく、誰かからの伝聞らしい……誰か?
「その『髪飾りが黒っぽい』という話は誰から聞いたんですか?」
「……クストスさんです」
ここで初めてカリガにためらいが浮かんだ。
「クストスって、隻腕のクストスですか?」
トリカが横から驚きの声をあげる。
カリガも黙って頷く。その動作がトゥリスへの道中で見かけたリスみたいでかわいかった。
ダモクレスにいる赤髪もなぁ。黙って微笑んでいるだけなら、とてつもない美人なんだ。どうして、どっちも口を開いたり、動いたりすると残念な感じになるんだろう。
それに大切なこともぺらぺら話してしまうという口の軽さもダモクレスの赤髪とそっくりだ。嫌になってくる。
どうやら黒っぽいというのは噂ではなく、きちんと聞いた話のようだ。それにクストスはこのトゥリスの軍司令とオッカムから聞いている。それなら黒っぽいという話は信憑性が増す。
しかし、それでも黒っぽいというだけではどうしようもない。そんな髪飾りは無数にある。
……というかクストスの枕詞は「隻腕」なのか。案外、単純でちょっと肩透かしを食らった。
残るジャネはなんなんだろう。
「クストスさんは髪飾りを知ってるんですよね。他に何か聞けませんでしたか」
カリガがすぐさま首を横に振る。
「クストスさんもほとんど見ることができなかったらしくて、黒だったとしか話してくれないんですよー」
ほう。
一瞬、使えないなぁとか思ってしまったが、考えてみるとなかなか有益な情報だ。
「なるほど、なるほど、そうなんですか、他に誰か首飾りについて知っている人はいないんですか?」
カリガの口が一瞬だけ開いたもののすぐに閉じる。
「いますよね」
この質問は意地悪だったと思う。
間違いないなくどんな髪飾りなのかを知っている人がいるはずなんだ。
髪飾りという以上、それをつける人、あるいは所有者がいる。
それにたかが髪飾りで街の出入り口と塔の周りで移動の制限というのが異常だ。それほど重要なものだと考えられる。
検問も昨日の夜から急遽行われたということは、その少し前に髪飾りがなくなったと気付く人物が必要だ。どうしてなくなったのかは知らない。盗まれたか、手違いで場所がわからなくなった、置き忘れ……まさか落としたなんてことはないだろう。
さらに、なくなった大切な髪飾りはこのトゥリスで軍の総指揮をとっているクストスですらほとんど見ることができなかったものだとという。
となるとだ。その持ち主はかなり限定される。
そして、そんな重要人物、俺には一人しか思い浮かばない。
「その黒っぽい髪飾りはレェト王女のものではないですか?」
俺はカリガとトリカにだけぎりぎり聞こえる声でそう呟いた。
「ルー。レェトじゃなくてレィ……えっ? えっ?!」
トリカは律儀に俺の発音の違いに突っ込もうとした途中で、話の重大さに気付いたらしい。
その一方で、目の前のカリガは顔から血の気が消え失せている。
どうやら正解のようだ。
青白い顔をしたカリガがいきなり俺とトリカに近づき、手を伸ばす。
「ちょっと」
腕をつかまれたトリカと胸ぐらをつかまれた俺は小柄な少女によって、人気のない路地裏へと連れ込まれた。
路地裏の空気は張り詰めていた。
「さっきの話、絶対に誰にも話さないでね」
カリガの目は真剣だった。さっきまではキラキラとしていた目が、今ではギラギラとなっている。
「大丈夫、話しませんよ」
まぁ、嘘だ。すぐにでもオッカムとスターヴに伝える腹づもりだ。
「ほんと?」
「当然じゃあないですか。この目が嘘をついているように見えますか?」
そう言って、真剣にカリガの目をみつめる。
よく覚えておくんだな。これが真剣に嘘をつく人間の目だ。
カリガと俺がにらめっこのような形になった。
先に吹き出したのは横で見ていたトリカだ。
それでお互いの緊張が緩む。
「まあ話したら二人とも牢屋行きだからね」
「『その情報をどこで知った』と聞かれたら、カリガさんが教えてくれましたと答えますけど、大丈夫ですか?」
カリガに睨まれる。というかさっきから近い、踏み込みすぎだ。ほぼ真下から見上げるように俺を睨みあげている。
「交換条件にしましょう。あと二つほど教えてくれれば、さっきの話は口外しません」
カリガは少し悩んだあとで、しぶしぶといった表情で俺に続きを促した。
「それじゃあ一つ目です。探している髪飾りはレェト王女の刃ですか?」
カリガは固まった。おもしろいくらいに固まった。どう答えようと必死に考えているようだが、それだけで十二分にわかってしまった。
トリカもカリガの表情がおもしろかったのか、俺の発音ミスに指摘しなかった。いや、ちゃんと発音できていたのかもしれない。
そうか、昨日の夕方に塔のてっぺん付近で感じた気配が王女のものだったのか。
まあ、王女の刃がわかったところで俺が関係することなんてないだろう。せいぜい、髪飾りが王女の刃とオッカムとスターヴに伝えるくらいだ。『さっきの話』はしないとの約束だから髪飾りが黒っぽいことはオッカムに黙っておこう。
これ以上、カリガを固まらせておくと、さすがにちょっと可哀想だったので、次の質問に移ることにした。
「あっ、もう答えなくていいです。次の質問にいきましょう。こっちだけ答えてくれれば『さっきの話』はしません」
次の質問を前に、カリガはすでに身構えている。
「実はですね……」
カリガの喉がごくりと鳴る。
やはり黙っていれば、この子は非常におもしろい。
「さっきからお腹が減ってましてね。このあたりでおいしいお昼ご飯を食べられる店があれば教えてください」
カリガから紹介されたお店で昼ご飯を食べた後で、俺たちはスターヴの作業場に戻った。
たいへんおいしゅうございました。
スターヴは馬の首やら足、口を見ていた。どうやら仕事中らしい。
オッカムはまだ戻っていなかった。
特にすることないため、ぼんやりと馬を眺めていたらスターヴに作業を押しつけられた。
昨日、西門から運んできた大量の干し草を、荷車から作業場の中に移せとの仰せだ。
断る理由もなかったため、山のように積まれた干し草を必死に作業場へ持って行く。
スターヴは彼の仕事が終わったらしく途中で小屋に戻った。トリカも俺の作業を見ているのに飽きたらしく小屋に戻った。オッカムもいきなり後ろから戻ったと話しかけてきた。
誰も手伝おうとは言ってくれない。薄情なやつらだ。
トリカに、オッカムとスターヴへと今日カリガから聞いたことを話しておいてくれと頼み、俺は干し草を運ぶ作業に戻った。もう少しだったので全部やっておきたかったのだ。
あとちょっとというところで、持ち上げた干し草からなにか黒いものが転げ落ちた。
この時点で何か嫌な予感はしていた。
進路方向に転げ落ちたため取り除かないといけない。でも、俺はその黒っぽい環状の何かに触りたくなかった。
とりあえず大きく迂回して干し草を作業場に持って行ったあとで、ことさらゆっくり歩み寄り、深く呼吸をしたのち片膝をついた。
この冗長な行動の間に俺はいろいろなことを思い出していた。
昨日の夜、何かを忘れていると思ったが、それが何だったのかも思い出すことができた。できることなら思い出したくなかった。いま思えば無意識のうちに頭が思い出すことを拒否していたのかも知れない。
昨日、塔の上から能力者の気配に気付いたあと、干し草の中に何かが落ちたような音がしていた。それが何だったのかを確認していなかったんだ。そして、干し草に何かが落ちたのとほぼ同時に能力の気配は消えた。時刻は夕暮れ、夜の帳が落ちる直前だ。
トリカの話を思い出すに王女は塔の最上階付近で生活している。能力者の気配もてっぺん付近だった。そんな王女の刃が昨日の夜くらいになくなった。
あらゆる事柄が、今まさに触れようとしている黒い何かの正体を指し示している。
いやいや、ここは現実だ。本に書かれているようなおもしろおかしい物語ではない。
まさか、王女が塔のてっぺんから自分の刃をうっかり落として、たまたま通りかかった俺たちが干し草を大量に積んだ荷車を偶然にも牽いていて、その荷車が奇跡的に刃が落ちる位置に置いてあった。
――そんな偶然の重なりを俺は信じたくない。
そこまでくるとそれは偶然でも奇跡でもない、もはや運命だ。
トリカが話していたな。運命は地上で別の言い方があるんだとかって。はて、なんだったかな。ファータ、ファトゥム、フォルトゥナ……違うな、どれもダモクレスの本で読んだものだ。だめだ、思い出せない。
まさか、こんな運命があるはずはない。
そうだ、そうだよ。きっとこの黒いものは馬糞だ。干し草の中にでも紛れていたんだろうさ……それはそれで触りたくなかったが、目を逸らしつつも覚悟して触ってみる。
柔らかくなんてなかった。むしろ硬い。まあ、時間が経てば馬糞だって硬くなる。
重かった。馬糞だって水を吸えば重くなるな。
なにか小さなつぶつぶがたくさんついている。これはなんだろうか。よくわからないけど、きっとハエの卵だろうね。ああ、気持ち悪くなってきた。
真ん中よりちょっと外れたところになにか複雑な断面をした硬いものがつけられている。わずかに温かみを感じる。これは何か大きな丸っこい石が混じっているんだろうね。
そこまでは馬糞に含まれた何かで説明できた。
しかし、馬糞では絶対に感じられないものが一つあった。触っていくうちに寂しさを感じてきたのだ。
『私を見て欲しい、どうか私に気付いて欲しい』
そんな願いが伝わってきた。
この思いだけは馬糞で説明できなかった。だって、その思いは――その哀しい思いは、昨日の夕暮れに、塔のてっぺん付近から感じた思いと同じだったんだから。
俺は目を逸らすことをやめて、現実と向き合うことにした。
形状はまさしくティアラだった。環状になっており頭に載せる冠だ。
硬かったのはフレームが銀でできているから。
重いのは、ふんだんに石がちりばめられていたからだ。
そして、そのちりばめられた石がつぶつぶに感じていたんだ。その石は一つ一つが宝石と呼べるもの、オパール……いや、若干くすみがあるな。ブラックダイヤだろうか。それが緻密な模様を描いている。
この大きな石はダイヤなのか? ティアラの中心から横へと外れたところに見たことがないほどに大きい透明な石が取り付けられている。ガラスかと疑ったが、おそらく本物だ。この視線以上に心を惹きつける妖艶な輝きは偽物なんかでは出せない。
なにが馬糞だ!
そんなことを言っていた先ほどまでの自分を絞め殺してやりたくなってきた。
この美の結晶に対して馬糞などとは愚者の極みだ。俺こそが糞野郎だ!
しばらく自分の愚かさにうちひしがれていたが、気を取り直してオッカムたちの待つ小屋へと向かった。
小屋に着いた俺はスターヴの馬鹿でかい声に迎えられた。
「おう、ルー坊! よくやった! まっさか、カリガから情報を取ってくるとはな! しっかし、捜し物が姫様の刃とは!」
ガハハと豪快にスターヴが笑い、体を揺らして椅子をいじめる。
いつの間にか俺の呼び方が変わっていたが、今はほっとこう。
「私たちはこれからその髪飾りを探しに行く。軍よりも先に見つけたい。何か情報を知っているだろう」
オッカムが聞いてくる。どうやらトリカはカリガとの約束を守り、髪飾りの色については話していないらしい。
それなら、俺も色を話すことはやめて、他の情報を話すことにしよう。
「レェト王女の刃――髪飾りはティアラだ。ブラックダイヤがちりばめられていて緻密な紋様を描いている。中心から外れたところに眩しいほどの光を輝かせるダイヤが飾ってある。まさしく美そのものだ。あれに刃として目覚めたんならまさしく王女だろうね」
俺の説明にオッカム他二人も怪訝な顔で俺を見てくる。
「まあ、口で言えることなんてたかがしれてる。実際に見ればいいよ」
俺はそう言って、後ろ手に持っていたティアラを前に出す。
そう、見ればわかる。俺が口上でどれだけ語っても、このティアラの美しさを語ることはできない。そもそも美を語ることなどできはしない。美は感じるものだ。
荷車の干し草にあったと話すが、三人は聞いているのかわからない。
しばらくしてトリカがぼそりと言葉を発した。
「フェアリーのいたずら……」
――ああ、それだ。
ようやく俺は思い出せなかった最後の一つ。運命の別名を思い出すことができた。




