赤っぽい髪をした小柄な子
丘を下り、東から日の光を背に浴びつつ馬車を走らせると、ほどなくしてトゥリスに着いた。
元は都ということだけあって、とてつもなく広く大きかった。入り口の時点でその大きさに呆れたが、中もふざけているほど広い。大通りは馬車が五台は並んで進めるだろう。
大通りの先には遠くからでも十分に見えていた塔があった。
どうやら塔はトゥリスの中心に建っており、その中心から放射状に大通りが東西南北とその中間の八方位に伸びているらしい。大通り同士を繋ぐように同心円状に道が出来ており、その周囲に店や住居が建てられている。
都に塔を建てたのではなく、塔の周りに都ができたといった様子だ。
俺たちはトゥリスの中に入ってすぐの横長な建物で、馬車を預けることになった。
建物の扉をオッカムが叩くと、「はいよぉ!」というでかく太い声とともに、もじゃもじゃの髭が特徴的なごついおっさんが出てきた。
オッカムを見るや否や、
「おぉ、おぉぉう! オッ……サリーじゃねぇか! ひっさしぶりだな!」
黒い髭の中から声が聞こえた。
どうやらオッカムの知り合いらしい。
一瞬、オッカムと呼びそうになって俺たちを見て呼び名を変えたところを見るに、ラーミナ・リベラティオの人だろうか。
「馬を預かってもらいたい」
オッカムはそんな彼の挨拶に表情を変えることなく答える。
「あいっかわらずの無愛想だな、おい!」
男は笑いながら外に出てきた。
「まあいい、まあいい! 馬は入れておく、ちっとばかし中で待ってろ!」
大きな声を響かせながらとともに男はどすどすと地面をめり込ませ馬車へ歩いていった。
遠慮なく中に入ったオッカムに続き、俺とトリカも中に入る。
椅子にかけて待っていると、男が戻ってきた。
でかい体を小さな椅子にどっかりと下ろす。小さな椅子と言っても俺とトリカにはちょうどいい。男がでかいのだ。
「俺はスターヴってもんだ! 馬の世話を生業にしている!」
男が一息いれたと思ったところで、いきなり顔を上げ自己紹介を始めた。
声が無駄にでかく、トリカが横でびくりと震えた。
待っているときにオッカムが彼の名前とラーミナの一員であることは聞いていた。
「俺はルイ……」
こちらも名乗ろうと思ったが本名か偽名どちらを名乗るべきだろうか。
「部下のルイーゼとレフスだ。それで覚えてくれ」
オッカムが助け船を出してくれた。どうやら偽名でよかったようだ。
俺とトリカも改めて自己紹介した。
スターヴは第一部隊に所属していて、普段は馬を預かり世話をしているようだ。
自己紹介も終わったところで、
「反乱は収まっているようだな」
オッカムが淡々と確認する。
「おぉ! オイラー隊長の尽力もあって五日ほど前にはほっとんど収まったぞ。門の出入りも検問がなかっただろう! まだ、くすぶっている一団もあるが直に消えるだろう。昨日も捕り物があった! お前もちょうどいいときに来たもんだ!」
どうやら、反乱はすでに収まっているらしい。
あれ?……じゃあ、俺たちが来る必要はあるんだろうか。
とりあえず観光がしたいな。
「しっかし、お前に部下か! 似合わん! 似合わんなぁ!」
スターヴが豪快に笑い飛ばしていたが、そんなことにオッカムはかまいもしなかった。
「ルイーゼは私の下に置かれたが、レフスは第一部隊からの預かりだ。その件でオイラー隊長と話したい。隊長はどこでなにをしている?」
そうだった。レフスことトリカはもともと第一部隊に入る予定だったのだ。
オイラー第一部隊隊長に会って、トリカの今後をどうするか話す必要があった。
そうなると、オイラー隊長の裁量によっては、トリカとの旅はここで終わるかもしれないのか……。
近い未来に訪れるかもしれない寂しさを胸に抱きながら、トリカの横顔を見ると彼女も同じ思いのようだ。複雑な顔持ちで俯いていた。
「そうだ! まさにそれなのだ! いやしかし、お前はほんっとうにいいタイミングで来たな、オッカム!」
そんな寂しい空気もなんのその、スターヴの馬鹿げた大声が吹き飛ばした。
もうちょっと静かに叫べないのか、この髭だるまは。
「隊長がな! くすぶっていた連中に接触したのが、昨日だったのだ!」
…………いやーな予感がしてきたぞ。
「オイラー隊長がどこにいて、なにをしているか?! 質問の答えはこうだ!」
そして嫌な予感というのは、得てして、
「隊長はいま捕らえられて塔にいる! 我々の助けを待っているぞ!」
当たってしまうんだ。
スターヴの話をまとめるとこうだ。
昨日、オイラー隊長は身分を偽って反乱を起こしていた組織に接触した。
とりあえずその組織の様子を見て、能力者がいれば保護する予定だったが、接触したところで運悪く軍の捕り物に巻き込まれた。
どうやら水面下で動いていた作戦らしく、第二部隊からの情報もなかったため、突然の出来事になすすべなくオイラー隊長は捕らえられた。
隊長だから強いと思っていたが、オイラー隊長に戦闘能力はほとんどないらしい。
それに相手が金章のクストスと銀章のカリガだったためどうしようもなかったようだ。
今のところ、軍は捕らえた者がオイラー隊長とは気づいていない。
ラーミナとしても下手に騒ぐと、捕らえた者がオイラー隊長だと軍に気づかれるため、むやみに動けない。さらに動こうにも指示をしていた隊長が捕まってしまい困っていたようだ。
「情報はそれだけか?」
スターヴの話を聞いたオッカムが口に出す。
「なんせ昨日の今日だからな! 詳しい位置情報は第二の連中が調査中だ! 夜には情報が来るだろう!」
オッカムはしばし黙って考え込んだ。
「オイラー隊長がその組織と接触すると、隊長から直接聞いていたのは誰だ?」
スターヴが一人の名前を口にする。
「会ってくる」
彼女はそう言って、静かに席を立った。
俺もついていこうと行こうと腰を上げたが、
「一人のほうがいい。人を増やせば波が立つ」
すぐに制されてしまった。
たしかにそうだが、なにもせずじっとしているのは気が滅入る。
俺になにかできることはないかと尋ねると、オッカムはスターヴに地図があるかと聞いた。
スターヴが机の中から黄ばんだ紙片を取り出し、オッカムに渡す。
オッカムは紙片を軽く眺め、「八年前……ずいぶんと古いな」と呟く。
それを聞いたスターヴが「そろそろ新しいのが出るって噂が七年前からあるんだかな!」と返していた。
まあいい、とぼやきオッカムはその地図を俺に手渡した。
ところどころ薄れて見えないが、トゥリスの地図らしい。
紙片には大きな円が描かれ、その円の中に台形や黒丸といった多くの記号、道の名前が細々と記されていた。
「見てこい」
なにをさ?
「地図で見るのと実際に目で見るのでは全然違う。それにこの地図はかなり古い。大きく変わっている部分もある。実際に歩いてみて距離感や建物の高さ、現在との差異を確かめてこい――」
レフスと一緒にな、オッカムは最後にそう付け加えて部屋から立ち去った。
そんな訳で今はトリカと一緒に、トゥリスの地理把握という建前で観光をしている。
ちなみにトリカは軍の裏切り者という正体がばれないよう、その特徴的な金髪の長い髪をまとめて帽子にしまっている。
髪を帽子に隠す。たったそれだけで雰囲気が大きく変わった。
出会って二週間、起きてから寝るまでほぼずっと彼女の金髪ロングを目にしていたため、もはや別人に見えてしまう。
それはきっと俺だけでないはずだ。以前の彼女を知っている人なら今の彼女を見てトリカだと思うものはいないだろう。
金髪ロングといえばトリカ、トリカといえば金髪ロングという意識があった。
金髪はそこそこ見かけるが腰近くまで伸ばしている人はそう見かけない。しかも、ただ長いだけではなく、変な癖のないストレートだ。素晴らしい素質といえる。
それほどまでに彼女の金髪ロングストレートは強烈な個性なのだ。
金髪ではないが、師匠もロングでストレートだった。しかも、地面すれすれまで髪を伸ばしている。さらに髪に触れると怒り出す。
自分で髪を振り乱し、触れると勝手にキレる。最悪だ。
師匠と模擬戦をするときは師匠の攻撃以上に、その髪を避ける必要があった。
通常の攻撃は手加減してぎりぎり避けられるかどうかの速さで出してきてくれるが、髪に触れると容赦がなくなる。
容赦がなくなるといっても、殺されてはいないからきちんと手加減はしてくれている……はずなのだが、相手にしている最中は割と本気で死を意識できる。
気がつけば白いシーツの敷かれたベッドの上だったことも両手の指では足りない。
最後にぶん殴られたときは生きているのがまじめに不思議だった……目覚めたら一週間たってたがな。
地上でも通用する俺の回避能力は、特訓という名の暴力による賜物と言えるだろう。
本当にありがとう師匠、くたばっちまえ。
閑話休題。
トリカの金髪ロングストレートはもはや切り離せぬ彼女自身なのだ。
それを帽子というくすんだ布きれに隠してしまった今このとき、はたして誰が彼女をトリカということができようか?
いや、誰も――、
「どうしたのルー、そんな真剣な顔して?」
帽子を被った少女が俺に声をかけてきた。
どうやら考えこんでいたようだ。頭を振って気を散らす。
「ちょっと同一性について考えてたんだ」
俺の答えに少女がころころと笑う。
その楽しげな顔を見て、俺は彼女がトリカだと認識した。
そうだ、そうなんだ。
金髪ロングストレートを隠し、誰も彼女をトリカと認めなくなっても俺が――俺だけは彼女がトリカだと言える。
トリカはトリカなんだ。
「――じゃあ、俺はいったいなんなんだ?」
うん? と彼女が首を傾げる。どうやら声が出てしまったようだ。
「ルーはルーだよ」
トリカはすぐに俺の自分自身への問いに答えてくれた。
今はただ、それが嬉しかった。
馬を預けた東門近辺から、反時計回りにぐるりとトゥリスの町並みを地図と見比べながら歩き始め、途中で食べたり、買い物をしたりと寄り道しながらもようやく反対側の西門に着いた。
時間配分を完全に間違えたと言わざるを得ない。
日はすでに西の空低きに傾き、建物がなす影も長くなり始めている。
どうやら一日で、トゥリス全域を回りきることは無理そうだ。
とりあえず、スターヴからお使いを頼まれていたのでそれを片付けることにした。なんでも馬用の干し草が西門に届いているので取ってきて欲しいとのことだ。
彼から聞いていた場所には多くの荷車が置かれ、その前で数人のおっさんが作業をしていた。その中の一人に声をかけて事情を話すと、干し草が大量に積まれた荷車の一つに案内された。
他のものは車輪が二つなのに対して、目の前の荷車は車輪が四つだ。当然、長さも横幅も他のものの倍近くある。
案内してくれたおっちゃんも「スターヴさんは何度も来るのが面倒だからって、荷車も特製なんだよねぇ~」とほがらかに話してくれた。
いやいやいや、これはちょっと笑えないんですけど……二人で持っていけるのか? というか人間が牽くものじゃないよね、これ。積載量だけならトゥリスまで乗ってきた馬車よりもでかいぞ。
とりあえず、ためしに牽いてみると想像していたよりも軽く動かすことができた。
積んでいるのが、しょせんは乾いた草だということだろう。
荷車を牽き、西の大通りを通って、中心の塔を近くで眺めてから東の大通りに移り、スターヴの作業場まで戻ることにした。
荷車を牽いているのは俺ひとりだ。ちょうどいい重さだったため、特訓にもなるだろう。
トリカは横を歩いて着いてきている。
彼女の影は進路方向に長く伸びているが、俺の影は荷車に積まれた盛りだくさんの干し草が作る山形の影で塗りつぶされている。
少し時間がかかったもののついにトゥリスの中心にたどり着いた。
塔の近辺は広場になっていた。
遠くからでも大きいことはわかっていたが、近くで見るとやはり圧巻だ。
首を限界まで上げてようやく塔のてっぺんが見える。
行政や軍の施設は全て塔に入っているらしく、塔の周囲には青服を身に纏った兵士が直立している。
残念なことに、中に入るのは特別な許可が必要らしい。
オイラー隊長はここに捕まっているのか。
中に鏡があればトリカの能力を使って飛べそうだが、入ったとして兵士の目を避けて動き回るのは厳しそうだ。
しばらく塔の大きさを堪能したところで、トリカに「そろそろ帰ろうか」と声をかけ、荷車を牽こうとその木製の太い取っ手をつかもうとしたときだ。
突如、上から気配を感じた。
反射的に見上げる。急に首を動かしたことで、くきんと小さな音が鳴った。
上空には天高くそびえる塔とわずかに赤みを帯びた空が広がっている。
まだ消えていないその気配は、空からではなく、塔の頂上付近から感じている。
「どうしたの、ルー?」
トリカが声をかけてくる。
「能力の気配を感じる」
彼女のほうを向こうかと思ったが、どうしてだろうか気配のするほうから目を背けることが憚られた。
しかし、この気配はなんだろう……微弱だがトリカの鏡による閉塞感、オッカムの剃刀からの緊迫感といった嫌な気配ではない。
「たぶん塔のてっぺんかな……能力者がいる」
この気配からは気持ち悪さよりも哀しさを覚える。
どうか私に気づいて欲しい、そう願っているような気配だ。
「塔の頂上にはレィト様がおられるわ。能力者って噂もあるけど……」
トリカがそう話したところで気配が消えた。
ようやく、首を下ろすことができた。
「そのレェト様ってのは、たしか王女様なんだっけ」
「レェトじゃなくてレィトね。正確には第三王女――」
トリカがそこまで言うと、荷台のほうからぼすっと音が聞こえた。
慌てて見るが、そこには山のように積まれた物言わぬ干し草が風に揺れている。
なにかが落ちてきたのだろうか? だが、確かめようにも、大量の干し草のどこに落ちたのかもわからないため、どうにもならない。
音から判断するに人ではないだろう、あとで見てみることにしよう。
なにやら話の腰も折れてしまったので、上から感じた気配はひとまず置いておいてスターヴの作業場に帰ることにした。
塔の影に入り薄暗くなった東の大通りで、「明日も時間があれば南側を回りたいな」とかなんとか甘いことを考えつつ、荷車をせっせと牽いているときのことだ。
前方に見えていた横の通りから集団が走って出てきた。
……ひふみよい、六人組だ。焦っている様子を見るに、何かから逃げているのだろうか。
六人組は大通りに出ると、それぞれ二人組になって三方向に散っていく。
散ったあとで、六人組が出てきた通りから、さらに三人が走って出てきた。
そのうち二人は青の服をきており、もう一人は緑の服を着ていた。
軍の人間だ。
おそらく先の六人組は軍から逃げていたのだろう。
緑色の服を着た小柄な人物が何か軽く指示を出すと、残る青服の二人も軽く頷いたあと、それぞれ散って逃げた六人組を追いかけていく。
少し違和感を覚えたが、それがなんなのかすぐに気づくことができた。
ここ西国で、緑服は能力者――人でなしの証だ。差別される側にある人間であることを示している。
俺も、この二週間でその意味するところを見てきた。
いま見た景色では、差別される側にある能力者が、差別する側である青服の人間に当然のごとく指示を出し、青服たちもそれに抵抗することなくすんなりと従っていた。
そこがおかしかったのだ。
まあ、別にそれだけなら、そんなこともあるんだな、という程度だ。
問題は……なんでこっちにくる。
こちらに逃げてきた男二人組が、広い大通りの中でまっすぐこちらに走ってきていることだ。
さらにその後ろでは、指示を出していた小柄な緑服がこちらに顔を向けていた。
こちらもきな臭い身分だ。できることなら関わり合いたくないんだが、
「無理だよなぁ」
それならせめて……。
俺は荷車から離れ、すばやくトリカの前に移動した。
男たちは構わず俺の方へ走ってくる。
俺が彼女の前に立つことで、進む方向をずらしてくれると淡い望みを抱いていたが、だめだった。
仕方ない、迎え撃つか。
そう決意して拳を上げた瞬間、目の前に人が現れた。
背を向けていて顔はわからないが、赤っぽい髪で、背が低く緑色の服を着ていた。
驚いてこちらに走ってきていた男二人組――彼らもまぬけな顔で驚いている――の後ろを見ると、そこに小柄な緑服の姿がなかった。
これがこの子の力か!
小柄な能力者が前傾姿勢になり一歩踏み出すと同時に、その姿が俺の目の前から消え、驚いていた男の目前に移動していた。
そして、小柄な能力者は軽く膝を上げ男の股間に勢いよく足を突き出した。
うぅっわぁぁ…………まさに撃沈だ。
俺も思わず股をしめてしまった。
そのときの男の顔といったらもうね……驚いてた顔がよりいっそう張り詰めて、そのあと徐々に歪んでいったんだよ。
彼がたとえ無神論者だったとしても、きっとこのときだけは神に祈ったと思うね。なんせ彼は目に涙を溜め、助けて欲しいと言わんばかりの面で膝を折ったんだ。ただ、両手は胸の前じゃなくて、股間に添えられてたがね。
その有様を見たら俺のも縮み上がってしまったよ。
小柄な能力者は、そんな彼の一物なんか知ったものかと、もう一人の男もあっという間に組み敷いた。
「こいつ、押さえといて!」
彼女――そうなんだ、この赤っぽい髪をした小柄な能力者は女の子だった――は俺に向かって叫ぶと、またしても一歩踏み出して姿を消した。
理解が追いつくのに少し時間がかかったが、俺は倒された男に駆け寄って腕を背に回して押さえつけた。
えっ、もう一人はどうしたかって?
言わせるなよ、彼はもう再起不能だろうさ。
すぐに小柄な彼女は他の青服を連れて戻ってきた。
どうやら他の逃走者も倒してきたようだ。
俺の押さえつけていた男が口汚く罵っていたが、もう一人の男の姿を見るとそんな言葉も許すことができた。
「協力ありがとね」
あどけない口調を残した小柄な少女はそうお礼を述べた。
「どういたしまして」
それだけ言って、俺は押さえつけた男を立たせ、青服に渡そうとすると、
「この人でなしどもがっ!」
押さえていた男がそう叫んだ。
他の言葉は許せたが、この言葉は受け入れることができなかった。
後ろに回していた彼の腕をさらに捻ってやった。ごきん、という音が響く。関節が外れたはずだ。
男はその汚い口からさらに汚い絶叫を排出した。
やりすぎたかな、と小柄な少女を見たが彼女は満足そうな顔をしていた。隣にいた青服の兵士も特になにも言うことなく、男を引き取ってくれた。
「ありがとね」
赤っぽい髪の彼女は再びお礼を述べた。
俺はどういたしましてとは言わず、なんのことだ、とはぐらかしておいた。
おかしい……。
お礼を言われて、いえいえお構いなくさようならとするはずが、なぜか赤っぽい髪をした小柄な彼女も俺たちについてきている。
しかもやたらと質問攻めだ。
初めは名前を聞かれただけだった。偽名を答えたのを口切りに次から次へと質問が飛んできた。
どこからきたんだ、なにをしているんだ、どこに泊まるのか、いつまでトゥリスにいるんだ、二人はどういう仲なのかなどとキリがない。
正体はばれていないと思うのだが、どうにも不安だ。彼女と並んで歩くトリカも先ほどからあまり話をしていない。ちなみに俺はせっせと荷車を牽いている。
矢継ぎ早の質問で俺たちはこの子の名前すら聞いてない。
どうもこの子は苦手だ。
基本的に俺は質問をするほうなので、この子のように次々に質問を並べてくる人間は相手にしづらい。
それに、こちらの聞かれたくない領域までまでずかずかと踏み込んでくる。最初はわざとかと思ったがどうも彼女に自覚はないようだ。それが余計に苦手意識に拍車をかけていた。
ダモクレスでもそうだったが、赤っぽい髪をした人間はどうも相性がよくない。
ちなみに目の前の小柄な子は一般的に言うと赤毛と呼んでいいんだろうが、ダモクレスに真っ赤な髪をした俺の苦手なやつがいるため、そいつと比べるとどうしてもこの子の髪は「赤毛」ではなく「赤っぽい髪」と表現してしまう。
少女の質問を軽く流しながらそんなことを考えていると、大きな音が響いた。
頭の奥深くまでじんわりと響く低い音だ。鐘の音……だろうか?
小柄な少女はハッとした様子だった。
「いっけない! もうこんな時間。もどんなきゃ! じゃあね。ルイーゼ、レフス」
ばいばーい、と残し俺たちの返事を待つことなく、一歩踏み込み姿を消した。
ほっとしたね。これ以上あの質問攻めを受け続けていたら俺の精神がもたなかった。
ふぅ、と軽く息を吐くと、いきなり目の前に小柄な子が出現した。
「忘れてた。レオンハルトって知ってる?」
突然の出来事にどきっとしていた俺にいっさい構わず、小柄な少女はまたもや質問をしてきた。
レオンハルト? 人の名前だと思うんだが、心当たりはない。トリカを見たが、首を振っている。
素直に知らないと答えた。
「そっかー、やっぱりもういないのかな……そうそう、そういえばあたしはカリガ。よろしくね」
それだけいうと、俺の口が開く前に再び姿を消した。
少し待ったが今度こそ彼女は戻ってこなかった。
「えっ……あれ? カリガってあのカリガ?」
俺の遅れた声にトリカが淡々と返してきた。
「そうよ、ルー。彼女の襟にあった銀章を見てなかったの?」
そういえば、なんか銀色っぽいのがついてた気がする。あれが銀章だったのか……聞いてはいたけど見たことはなかったから気づかなかった。
「彼女こそが八年前のトゥリス防衛戦で生き残った三人の英雄が一人――踏み込みのカリガよ」
なにその枕詞、他の二人にもついてるの。ちょっと興味がわいた。
しかし、それ以上に奇妙な部分がある。
「ちょっと待ってくれ。彼女はいったい今いくつなんだ?」
俺の見た感じでは、彼女は十歳を越えたところのように見えた。それだと、八年前の戦争ではまだ二歳ということになる。まさか、やっと言葉を覚え始めた子供を戦地に送るということはないだろう。
トリカはわずかに考えたあと、
「十六ね」
そう答えた。
今日一日だけで――墓守との出会い、スターヴの馬鹿でかい声、オイラー第一部隊隊長の捕縛、塔の大きさ、少女の能力――といろいろあったが、こいつは間違いなく今日一番の驚きだ。驚愕といってもいいだろう。
十六っていえば俺と同い年だぞ。
せいぜい十二、十三くらいかと思っていた。女の子だから年齢よりも若く見えることはあるだろうが、あそこまで若く……というか小さく見えたのは初めてだ。
きっとまだ成長期に入ってないだけなんだ。これからぐんと伸びるんだろう。そう思っておいた……いや、あるいは刃によって成長が阻害されている可能性もあるか。
さすがにこれ以上の出来事は起きず、無事にスターヴの作業場に戻ることができた。
スターヴから指示を受け荷車を建物の横に置いて、中に入るとオッカムもすでに戻っていた。
お互いに情報を交換したが、特にめぼしい話はなかった。
そもそも俺とトリカは観光していただけなので話すようなことはない。せいぜい銀章のカリガに会ったということくらいだ。
オッカムにカリガと会ったことを話したが、彼女は特に反応を示さなかった。まあ、いつも通りだ。
ルイーナでゼノンは、あちらから俺たちに会いに来るとトリカに話したようだが、今日のところは姿を現さなかった。正直に言うと来ないんじゃないかと思ってる。
また、スターヴによると、どうやらオイラー隊長についてもまだ情報が回ってきていないようだ。
その後、スターヴの作業場を出てから黄昏の中を歩き宿屋に向かった。
サービスは可もなく不可もなくといったところだが、久々に柔らかいベッドで横になれた。それだけで大満足だ。
はて……何か忘れているような気がするが、忘れる程度のことだからたいしたことじゃないだろう。
目をつむって、明日の観光プランを練っているといつの間にか意識が俺から離れていった。




