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刃なき剣の旅路  作者: 雪夜小路
遺跡
29/53

ともに歩む

 三つの足音が薄白く光る道に響く。

 俺とトリカ、ガウスはいったん門の入り口から離れて道の奥へと向かうことにした。




 門の外側に声をかけてみたが、返事はなかった。

 天井の崩落による岩や土砂を俺たちだけで取り除くことは困難であると判断し、さらに崩れが起きることも考え門から離れ、奥に何があるのかを確認することにした。


 門の外で俺が最後に見た光景――オッカムが地割れに消え、ラヴが門の近くで倒れていたこと――は話していない。

 むやみにトリカとガウスを不安にさせたくなかったためだ。


 気を失っているカテーナは目を覚まさなかったため、門から少し距離を開けたところに放置しておいた。

 さすがに床に頭を直接あてるのはまずいと感じ、俺の上着を枕の代わりに置いておいた。


 正直なところ、目を覚まさないでくれてありがたかった。

 彼が仲間を失った原因は間違いなくガウスだ。目が覚めたら一悶着あるだろう。

 先延ばしではあるものの他の問題を考えられる時間ができたことに感謝していた。




 薄白く光る道は少し歩いたところから緩やかな下り坂になっていた。

 下で傾斜が再び水平になっているようで奥がどうなっているのかは今のところわからない。

 こちらの道もひび割れや崩落が一部で生じていた。


 途中でトリカが壁に挟まれていたガウスの腕を心配して声をかけたが、ガウスはちょっと痛いと元気なく答えていた。


 誰も門の外がどうなったかについては話そうとせず、そこで会話が止まってしまった。

 生きていて欲しいとは願っているものの、生きているとは考えづらい。

 カテーナの仲間たちの悲鳴が消えることなくどこまでも落ちていったことを考えると、落ちても問題のない深さだったとは思えない。


 ラヴが落ちたところは見ていないが、門の外側に声をかけても返事がなかったのは単に声が土砂に阻まれ届かなかっただけなのか、もしくはすでに……。


 彼女らの安否を思えば思うほどこの下り坂のように気が沈んでいくため、きっと生きている――それだけを思うことにしておいた。


 坂を下ったあと、再び水平な道が奥へと延びていた。

 どこまでも伸びているわけではなく途中で開けた空間になっているようだ。




 開けた空間まで足を運び、そこに広がる光景を目に入れた俺たちの感想は、


「なに……これ?」


 トリカが発したこの言葉に集約されているといっていいだろう。


 いや、これらがなんなのかは想像がつく。しかし、これは……。


 このだだっ広い空間では先ほどの道と同様に、奥へと放射状に緩やかな下り坂となっていた。

 しかし、その下り坂は俺の身長二つ分くらいの高さを下ったところで打ち止めとなり、再び水平な場ができている。

 すなわち、今の俺たちはこのやたらに広い場を上から見下ろしている状態だ。


 そして、その場にあったものが問題だった。




 静謐の中に右から左、手前から奥へと見渡す限りの人形群があった。

 人形というには大きい、石像といったほうがいいだろう。

 しかし、その材質は石ではないように見える。

 大男が頭の上から足下まで完全に武装しているかのような石像が俺たちを見つめている。

 もちろん実際には見つめているわけではなく、こちらを向いているだけなのだが、今にも動き出しそうだ。


 さらに石像ごとにその容姿が異なっている。

 背の高いもの・低いもの、燃えさかる炎のような赤色・一面の草原を思わせる緑色といった色の違い、頭・胴体・足・腕の形状と一体一体がそれぞれ異なっている。


 そう、まるで人間のように……。


 そんな光景に圧倒され俺とトリカが坂の上で足踏みしている中、ガウスが坂を走って下る。

 ガウスが石像の横に立つとその大きさはさらに際だった。

 ガウスの頭が石像の腰に届いていない。

 おそらく石像の全長は俺が手を伸ばしたくらいの大きさになるだろう。


「――だ……」


 ガウスが小さく呟く。

 そして、首を一気に回転させ俺たちの方を見て、


「巨人だ。巨人だよこれ! 壁画で見たのと同じだ! あの言葉は本当だったんだ!」


 先ほどの沈黙が嘘のように目を輝かせ、腕の痛みなど忘れたように大きく振りまわし、足取り軽く巨人の周りをぴょこぴょこと跳ねながら叫ぶ。


 悲しみや苦痛が人から人へと移るように、喜びや興奮も人から人へと伝達するのだろう。

 ガウスの様子を見ていたら俺も好奇心が沸いてきた。

 顔に出ていたようで、トリカが呆れ半分な顔つきで俺を見ている。

 しかし、彼女も俺のことは言えないだろう、表情のもう半分はたしかに喜びや安堵といったものだったのだから。




 ガウスの叫んだ「あの言葉」とは彼の刃である黒箱――鍵が置かれていた部屋に刻まれていた言葉だろう。

 「此方と彼方 再び違えるとき この鍵を持て 汝に両者の意あるのなら 彼の者ら汝と共に歩まん 此処に『誰々』が綴る 願わくは彼の者ら目覚めぬことを」だったかな。


 その言葉には巨人とは明言されていないが、壁画に描かれていた巨人と今ここにある石像がガウスの言うとおり一致しているなら、この石像群は巨人なんだろう。


 そして、この巨人たちを目覚めさせうる鍵をガウスは持っている。

 先ほどからガウスが巨人たちに鍵である黒箱をくっつけてみているが、反応はない。

 ちなみにボヤイの破片は俺の持っていた革袋に入れてガウスの腰にぶら下げている。


 なんで動かないんだろう、とガウスが首を傾げている。


「例の言葉にあった『両者の意』ってのがないからじゃないか」


 俺が口に出してみる。


 困ったときは一人で悩まず、自分の意見を喋り、他の人の意見をどんどん聞いていったほうがいい。

 自分の考えをまとめられる上に、他の人の意見を聞くことで新しい発見や自分の考えの狭さを実感できる。

 それに困っていると思っていたことが案外どうでもいいことだと気づかされることもある。


「やっぱりそうなのかな。でも、『両者の意』ってなんだろう。それに『此方と彼方』が『再び違えるとき』ってのもよくわからないよね」


 たしかにその通りだ。

 無視してもいい条件だと考えていたが、よく考えるとおかしい。


「そうだな。そもそも巨人がもういないんだから『違える』ことがないもんな」


 俺たちがどうやって巨人を動かすか真剣に悩んでいるとトリカが寄って来て、


「『彼の者ら目覚めぬことを』って書かれてたんだから、動かない方がいいんじゃない」


 そうぬかしおった。


 ……いやぁ、まぁそうなんだけどね。確かに動いたらどうなるかはわからないよ。

 でも、それでも、そうだとしても、


「動いた方が――」

「おもしろいよ!」


 俺の言葉をガウスが引き継いで言ってくれた。

 俺たちは顔を見合わせてお互いがわかりあってることを確認し、深く頷き合う。

 トリカは混じりけなしの呆れを顔に満たしてこちらを見ていた。




 とりあえず散開してそれぞれが情報を集めることにした……というよりもガウスがあちこちに走りまわって落ち着かないため自然にそうなった。トリカは俺についてきている。


 ゆっくりと歩き回って巨人たちとそれ以外に何かないかを見ていく。


 よくよく見ていくと、どうやら彼らはどれも体の一部が欠けていることに気づいた。

 どの個体も腕、指、胴体の一部がない。長い年月が経ったことで落ちたのではないかと考えていたが、その欠片が床に落ちているわけでもなかった。

 すなわち、彼らの一部はこの空間に入る前からなかったと推測される。


 一人で納得していると、横にいたトリカから「ねぇ、ルー」と声をかけられた。


「私たち……こんなことをしていてもいいのかな」


 ずっと聞きたかったのだろう。

 俺と同様にガウスが近くにいては不安がらせると思って話せなかった。

 あまり話したくない、と断りを入れたもののトリカがどうしてもというので口を開く。

 なにか話をしていると落ち着くのかもしれないな。


「トリカが俺を助ける直前、俺が門から顔を出したときだね。オッカムが地割れに落ちたのを俺は見た。ラヴは地面に転がっていたけど、そのあとの落盤でどうなったかはわからない」


 トリカはそれを聞いて頬をこわばらせた。


「さっきも話したように、門を塞いだあの落石と土砂を俺の力だけで取り除くのは厳しい。さらにまた崩壊が起きるかもしれない」

「じゃあ、もう彼女たちは……」


 トリカは泣きそうな顔をする。

 その顔が見たくなかったから話したくなかったんだ。


「彼女たちだけじゃない。俺たちもだよ、トリカ。このままだと、ここに閉じ込められて死んでしまう。当然、オッカムやラヴ、それにカテーナの仲間たちも心配だ。ここからどうやって抜け出すかもわからない。でも、ずっと心配してるだけじゃ進展はしない。だからこそ、いまできることをやるべきだ」

「じゃあ、そのいまできることが――」


 そうだ、と俺は頷く。


「巨人の調査だよ。巨人がこうして実際に存在して、それを動かすための鍵とやらをガウスが持ってる。もし巨人を動かすことができれば、あの土砂をどうにかできるかもしれない。それと――」


 そう言って、彼女の両手を取る。その手は冷たく、震えていた。


「トリカの不安を抑えるのも、いまの俺にできることかもしれないけど、どうだろうか」


 彼女の手を重ね、熱を伝えるように、震えを抑えるように両手で包みこむ。

 そうすると、彼女はこわばらせていた顔を柔らかくし、微笑む。


「自意識過剰よ、ルー」


 でも――、と続け、


「もうすこしだけ。もうすこしだけこのままで……」


 安心した顔つきでそう言って、目をつむり俯いた。




 その後、巨人の調査に戻ったところで、何かを見つけたのかガウスが大きな声で俺たちを呼んできたのでそちらへ向かった。


 ガウスがいたのは入り口正面からまっすぐ向かった最奥だった。

 ガウスとその横に巨人、そしてその足下は明らかに他の巨人たちとは違う土台となっていた。

 土台は他の床と変わらず薄白く発光しているが、少しだけ高くなっており、なにより巨人を囲むように不思議な紋様が描かれている。


「この模様はなんだろう?」

「昔の文字だね。『鍵を彼が胸に 意を汝が胸に さすれば我ら共に歩まん』だね」


 俺の問いにガウスが返してくる。

 正直、答が返ってくるとは思っていなかったので驚きを隠しきれない。


「『鍵を彼が胸に』か」


 驚きをそう言ってごまかし、巨人を見る。


 全長は俺が腕を伸ばしたよりも少し高いといったくらいだ。

 外装の色はガウスが持つ黒箱と同じように真っ黒。それが全体を覆っている。

 顔には目と口を思わせる溝があり、腕や足の関節や指の節目までも存在する。

 本当に大きな人間がまとうための鎧なのではないかと考えてしまう。




 ここまでは他の巨人と同じ誤差の範囲だが明らかに違う点が二つある。


 一つは角だ。

 巨人の頭の(人間でいうところの)こめかみ部分だろうか、そこから二本の角が上向きに、天を衝くように生えている。

 その大きさも相当なもので剣が兜から出ていると言ってもいいだろう。


 しかし、そのうち一本はきちんと先細りになっているが、もう一本は根元近くで折れてしまっている。

 他の巨人と比較して考えると、この巨人の欠けている部分がこの角なのかもしれない。



 もう一つの違いは土台に書かれた文字からわかるように巨人の胸だ。

 左胸になにやら指のかかる窪みがある。その位置は俺の顔とほぼ同じ高さだ。

 ガウスでは届かないので代わりに俺がそこに指をかける。

 非常に抵抗があるもののゆっくりと手前に開いていく。


 胸の中にはちょうど四角形のものが嵌まりそうな窪みがあった。

 ガウスが「ずるい、ずるい、僕も見たい」と地団駄を踏むので、俺が抱きかかえて見せてやる。

 彼もその窪みを見て、手に持った黒箱と見比べる。


「はめるね」


 俺たちの返事も待たずに巨人の胸へと手を伸ばす。

 少しずつ窪みに埋まっていき、ついに完全に黒箱が窪みに嵌まった。


 これ、どうやって取るんだろう。

 そんなことを思いつつ、一歩離れて様子を見る。




 ……何も変化はない。


「胸を閉めなきゃいけないとか」


 再び俺が一歩近寄って、ガウスが巨人の開いた胸を閉める。




 …………やはり変化はない。

 音がするわけでもなく、光るわけでもなく、もちろん動くわけでもない。


 腕が疲れたのでいったんガウスを床に下ろす。


「『鍵を彼が胸に』ってのは僕の黒箱を嵌めることでいいと思うんだけど、やっぱり問題は『意を汝が胸に』ってところだよね」


 ここで言われている『意』というのがなんなのかがわからない。

 意とは心のことだろうが、どんな心なのかがまったく示されていない。

 黒箱のあった部屋に書かれていた『両者の意あるなら』でも同じだ。


 けっきょく『意』がなんなのかがわからない。


「ルー」


 後ろから声がかかる。振り向かず声だけで、んーと返事をする。

 意がいったい何を示すのだろうか?


「ルー。カテーナさんが……」


 意がルーでカテーナさんをどうすれば……えっ。


 慌てて振り向くと、頭から血が垂れ流しているカテーナがこちらに向かって巨人の中を歩いてきていた。左手に俺の上着を持っている。


 問題は、右手に刃である鎖を出して、目は文字通り血走っていることだ。

 どう見ても臨戦態勢だった。




 とりあえずガウスとトリカを下がらせて、カテーナに対峙する。


「おはよう、カテーナ。怪我は大丈夫か」


 俺の質問など聞こえぬようでカテーナは歩みを止めることなく俺の横を素通りし、ガウスの方へ向かおうとする。

 すぐに振り返って、彼の進路方向へと体を運び、


「待ってくれ。何をするつもりだ」

 

 問いを投げる。

 ようやくカテーナは足を止め、口を開いた。


「邪魔をするな」


 静かな声ではあるが、はっきりとわかるくらいに怒りが充ち満ちていた。


「何の邪魔になるのか教えてもらいたいんだけど」


 カテーナは返答の代わりに左手に持っていた俺の上着を軽く投げてきた。

 まるめてあった俺の衣服は空中で広がり俺の視界を塞ぐ。

 飛んできた服を手で払いのけたところで、鎖がその下から伸びてきて俺の右足に巻き付いた。

 引き寄せられる前に、逆にこちらから一気に近づいて動きを止めようとしたときだ。


 右足に巻き付いた鎖から殺気を感じた。

 殺気を感じると同時に踏み込もうとした右足は動かなくなっていた。

 右足だけではない体全体が鎖で縛り止められたように動かない。


 カテーナはそんな俺には手を出さず、再び俺の横を通り過ぎていく。


「やめるんだ、カテーナ」


 首から上は動くので、首だけ振り向く。

 トリカがガウスとカテーナの間に立った。


「そこをどけ、娘」


 間違いない、彼の狙いはガウスだ。


 トリカが手をゆっくりとあげる。その手には鏡が握られていた。

 しかし、その鏡がカテーナに向けられるよりも先にカテーナがトリカとの距離をつめ彼女の腕を持って横へと引っ張り倒した。

 体重も軽く、戦闘経験もまともにないトリカでは刃があっても足止めにはならない。

 トリカは倒されても鏡をカテーナの方へ向けていたが、彼は倒れたトリカに見向きもしない。

 すなわち、トリカの刃による鏡世界への閉じ込めは機能しない。


 カテーナはそのままガウスの方へと近づく。


「逃げろガウス!」


 そう叫んだもののガウスは先ほどの巨人に退路を塞がれさがれなくなっていた。

 カテーナがガウスの首に左手をかける。そして、ガウスの足が地から離れていく。


 カテーナの左腕は怪我をしていたはずだが、ガウスが軽いことと巨人という壁にガウスを押しつけることで、怪我をした片腕でも持ち上げることができているようだ。


「あいつらは――地面に落ちていったやつらはな。友の最後の願いだったんだ。あいつらを守ることが友と俺の約束だったんだ」


 カテーナが語り始めた。背を向けているため顔は見えない。


「ご、ごめんな……い」


 ガウスが閉められた首から声をしぼり出していく。


「あいつらはもう帰ってこない。友との約束は守れなかった」

「ごめん……」


 カテーナが手に力を入れたのかガウスの声はもう出なくなっていた。


「悪いのはあいつらを助ける力がなかった自分だ」

「ご……」


 カテーナの声色は手に加えられる力とは逆に、優しくなってきている。


「それはわかっている。わかってはいるが、せめてあいつらの手向けにお前の命を捧げたい。お前を見送ったあとで自分も続こう。だからもう――」


 カテーナの声はいよいよ優しくなった。

 とても人の首に手をかけて殺そうとしている人間の声色とは思えない。


「謝らなくてもいい。あいつらのために、せめて笑って逝ってくれ」




 そんな台詞を吐くカテーナにトリカが横から体をぶつける。

 カテーナはわずかに体勢を崩したものの、鎖を巻いていた右腕でトリカを再び払いつけた。

 トリカがまたしても床に転がる。鏡も手から離れ滑っていった。


 俺を縛り付けていた力もわずかに弱まりはしたものの動けるほどではなかった。


 しかし、ガウスを支えていた力は弱まったようでガウスの足が地面に着いていた。

 ガウスは息を吸おうと咳き込んでいる。


「カテーナ。あんたはガウスを殺したら、自分も死ぬつもりらしいな」


 カテーナはようやく俺を向いた。先ほどまでの殺気は感じられない。


「そうだ。こいつを殺して自分も死ぬ」


 彼は微笑みを浮かべ短く答える。


「そうか。それでどうやって死ぬつもりなんだ。先に言っておくけど、俺はガウスを殺されたからと言って、カテーナを殺すつもりはない。自殺しようっていうならこの縛る力が弱まったところで全力で止めさせてもらう」


 カテーナが眉をひそめる。


「カテーナは俺たちと一緒に世界を変えるため、走り回ってもらう。オッカム――サリーは認めないかもしれないが、俺がなんとかして説得する。俺はカテーナを絶対に死なせない、死なせてやるものか」


 カテーナがわかっていないなというように首を横に振る。


「自分はもう生きていられないんだ」

「そんなことはない! 生きる意味なんて……また見つければいいじゃないか」


 カテーナは一瞬だけ眉をつり上げたが、諦めたように息を吐き出す。


「お前は若い、若すぎる。自分はもう生きる意味なんて考える年じゃないんだ」

「そうだよ、俺は若い。でも、カテーナがいま首に手をかけてるガウスはもっと若い、ガキだ」


 カテーナはガウスの首を掴んでいた首をぴくりと動かした。


「カテーナが気を失ってたときさ。ガウスは俺たちを、オッカムを、ラヴを、ボヤイを、カテーナを、そしてもちろんカテーナの仲間たちも巻き込んでしまったって泣いてたんだよ……死ぬべきなのは自分だって」


 すこし捏造しているが、だいたいあってるから問題ないだろう。


「でも、それでもガウスは生きるって決めたんだ。死んだかもしれない人たちの気持ちを背負ってでも生きていくって、彼らが生きているって諦めないよってね」


 正確には彼らじゃなくてボヤイだけなのだが……。


「だからさ、そんなガウスには生きていて欲しいんだ。そして、カテーナにも生きていて欲しい。カテーナの仲間たちを死なせたガウスがこのあと世界を変えていく様子をその目で見届けてやって欲しい。できることならカテーナも俺たちと一緒に世界を見ていって欲しい。……これが若すぎる俺の青臭い願いだよ」


 カテーナは悩みを断ち切るようにかみしめたあと、ゆっくりと俺に背を向けた。


「すまないな、若人。年寄りは……もう、後戻りができないんだ」


 そう言ってガウスを再び巨人に押しつけるように持ち上げる。


「カテーナ!」


 俺の悲痛な叫びはもう彼に届かない。

 ガウスとカテーナの目線がほぼ同じ高さになった。


「僕が謝ってもどうしようもないんだよね。それでも言っておきたいんだ――」


 ガウスが目をまっすぐカテーナに向ける。


「ごめんなさいカテーナさん」


 カテーナが手に力を入れたようで、ガウスが口を開き小さくもがく。


「ボヤイ……ぼくの、ともだ…………またいっしょ……あそぼ……」


 と、こぼしたところで腕が力なく垂れ下がり、首もかくんと俯いた。


 トリカが「ガウス君!」と叫び、俺は「やめろカテーナ!」と吠える。


 そんな中でカテーナはただ静かにガウスの首を絞め続ける。

 時間がただただ長く感じた。

 時計の針が狂い、動きを止めてしまったのではないかと錯覚した。


 まさにそのときだ。

 ガウスの頭が暗黒に呑まれた。




 ガウスの頭を飲み込んだ暗闇はまるで黒き光だ。


 この黒き光が床から発している薄白い光を切り裂いている。

 ゼノンの矢の共鳴と似ているが、これは大きさが比べものにならないほど大きい。


 さらにその黒き光はガウスではなく、彼の後ろに直立していた巨人から出ている。


 カテーナも慌ててガウスを下ろして、巨人から離れる。

 巨人の左胸――黒箱を嵌めたところから漏れ出す黒光は心臓の鼓動のように明滅する。

 黒光は徐々に強くなり、血流のごとく巨人の体を駆け抜けていく。

 巨人のくぼんだ目にも瞳のごとく闇より黒き光がともる。


 変化は巨人だけに留まらなかった。

 黒光が巨人の足から漏れ、土台の上を走っていく。

 そして土台から出て床へ、さらには壁にも黒い光が線となって駆け巡る。

 振り返ると、この空間だけではなく来た道の廊下にも黒光が走っていっている。

 再び巨人へと目を戻すとその後ろの壁に絵が浮かんでいることに気づいた。




 二人の人間が手を結んでいる。

 一人はおそらくこの巨人だろう。頭に角を生やし、片方が折れている。

 もう一人は巨人よりも背が低い。おそらく人間だ。その腰には黒い剣が下げられていた。


 横の壁にも絵が広がっている。

 目を移そうとしたところで小さな地響きを感じた。


 角の生えた巨人がカテーナの方へ一歩踏み出した。

 カテーナは驚いて一歩下がり、ガウスを地面に落とした。


 巨人はさらにカテーナへと一歩近寄り、ガウスの直前で足を止めた。

 ゆっくりと足を曲げ、首を傾け、その黒光りする瞳をガウスに向ける。

 ガウスの胴体ほどの太さをもつ腕を伸ばし、ガウスを包み込むように両手で抱える。


 わずかな間、手のひらに抱えるガウスを見たあとで、巨人の目の部分から黒い光が涙のように漏れ出した。

 そのままトリカの方にゆっくりと地面を震わせながら歩き、ガウスをトリカの方に差し出す。


 トリカは少しおびえていたものの、ゆっくりと巨人の手からガウスを引いて赤ん坊のように大切に抱きかかえた。

 巨人はガウスがトリカに抱えられたことを見届けるとカテーナのほうへ向き直る。


 そして、口の部分がわずかに開き、顎を上げた。




 次の瞬間、空気が大きく振動した。

 体全体に振動の波が伝わる。

 俺の体と同じように周囲にあった巨人も震えている。俺たちだけではない、床も壁も全てが共鳴するように振動している。


 巨人が吼えた。

 慟哭だ。目から漏れる黒光は巨人の頬を流れ落ちている。


 わかっている。あの巨人はボヤイだ。

 ガウスの状態を見て、自分の怒りを音という形でこの世界に出したのだ。


 振動が収まると、巨人はカテーナへと歩を進めた。

 彼がボヤイならその怒りが向かう矛先は間違いなくカテーナだ。

 俺を縛っていたカテーナの力はすでに失われていたものの、ボヤイの声に圧倒され動けなかった。カテーナも同じだろう。


 ボヤイが腕を振りかぶったところでカテーナも我に返り、その打撃を避けた。

 ボヤイはただ腕を振り下ろしただけに見えたが、どうやら違うようだ。

 避けたはずのカテーナは吹き飛び床を転がった。


 さらにボヤイはカテーナを追う。一歩踏み込むと床が大きくめり込んだ。

 先ほどの歩みとは比べるまでもなく加速し、距離を詰める。

 ボヤイが腕を振り上げたところで、カテーナが鎖をボヤイの足に巻き付けた。ボヤイの振り上げられた腕は縛り止められたように制止した。


 カテーナがほっと息を吐いたところで、ボヤイの口が開く。

 先ほどと同様に振動が発生し、カテーナが叫び声をあげた。

 縛り止める力が失われたようで、ボヤイは片方の手でカテーナをはたいた。

 それだけでカテーナが小石のように床を何度か跳ねて飛び、俺たちのほうへ戻ってきた。

 仰向けに転がるカテーナにボヤイは近寄り、腕を振り上げた。


 それはだめだ!


 俺は飛び出していた。

 ボヤイの拳とカテーナの間に割り込み、両手を使ってボヤイの打撃をふせぐ。

 その衝撃にはたしかな殺意がこめられていた。

 腕を曲げ、膝を折ることで衝撃を減らしたつもりだったが、そううまくはいかない。


 左腕から砕ける鈍い音が響く。

 他人の音なら平気だが、自分の音は何度聞いても好きになれない。


 骨が折れるのは、最後に師匠に殴られたときだから一ヶ月ぶりか。

 あのときと比べればまだましだ。

 片腕しか折れてないし、血へども吐いてない。意識もしっかり残ってる。


 しかし、これはただの打撃じゃないな。

 打撃の衝撃以外の振動が体全体に響いて残ってる。


「やりすぎだ、ボヤイ」


 そう呟いたものの果たしてボヤイに届いただろうか。


「どうして助けた……自分はあの子供を――」


 後ろからカテーナが声をかけてくる。


「言ったはずだ。たとえカテーナがガウスを殺したとしても死なせるつもりはないって……」


 そこまで言ったところで、体の中から気持ち悪さがこみ上げ、そのまま嘔吐した。

 胃の中には特になにも入ってなかったので胃液の酸っぱさだけが口に充満する。

 くそったれ、やっぱりただの打撃じゃなかったか……。


「カテーナ。あんたは俺たちと世界を走り回って……」


 だめだ……気持ち悪い。体と頭の中で小さな振動が起き続けている。


「一緒に手を差し出してさ……」


 しかもボヤイは腕を回してこっちを叩こうとしてるな。


「ルー!」


 呼び声に反応してそちらを横目で見るとトリカが俺に鏡を向けていた。

 ボヤイの手が俺を横に弾こうと目の前に迫ったところ、まさに間一髪で俺はトリカの鏡の中に移された。

 ただ、鏡に移されたときの殺気と体に残る振動と痛みでまた吐き出してしまった。




 丸枠から外の様子を見ると、ボヤイが腕をすかしていたのが見えた。

 一瞬、動きが止まっていたがすぐに理解して腕を再び振り上げる。

 今度こそカテーナにとどめを刺すつもりだ。


 せめて声で止めようとするが、うまく舌がまわらない。


「ボヤイ!」


 俺じゃない、トリカの声だ。

 なんだろう、めずらしく声に怒りが含まれている気がする。

 久しぶりに聞いたな。なんで彼女の怒りを聞くのは鏡の中なんだろう。

 というか俺は最近ちょっと閉じ込められすぎじゃないか。


 いかんな……思考がおかしくなってきてる気がするぞ。


 とりあえず、ボヤイの腕は振り上げられたままで止まっている。

 丸枠に映るボヤイの姿がどんどんと大きくなる。

 トリカが近寄っているようだ。


「ボヤイ、もうやめなさい」


 トリカがそう言うと、ボヤイの口が開かれ振動が生じる。怒りが伝わってくる。


「わかっているわ、ガウスのことで怒っているんでしょう。でも、あなたは一つ勘違いしてる」


 トリカの声に怯えはない。堂々とボヤイに対峙している。


「ガウスは死んでない。まだ生きてるのよ」


 ボヤイは口を開き、唖然としている。ちなみに俺もだ。

 なるほど、どうやら巨人でも人間と同じ表情をすることができるようだ。


「信じられないなら確かめてみなさい。今は眠っているだけよ」


 そう言うと、ボヤイが顎を上げ黒光する目を動かす。

 しばらく目線をそちらに向けていると、黒い光が頬を流れ始めた。先ほどの怒り狂った振動とは違い、咽ぶような振動をボヤイは発した。


 どうやらガウスが動いたことを、生きていたことを確認したらしい。


「わかったようね。あなたがここでカテーナを殺したら、目を覚ましたガウスはどう思うのか考えなさい」


 ボヤイの咽び泣く振動が伝わる。


「きっと悲しむはずよ。友達を悲しませるようなことはしたくないでしょう」


 首を縦に振っている。


「いい子ね。それともう一つ――」


 トリカが優しい声でボヤイを諭していく。

 ボヤイの瞳がトリカを見る。


 くそ……気が抜けたら意識が……。


「今度ルーに手を出したら許さないから」


 ――体中の汗腺から汗が噴き出してくる。


 なんだ……今のは本当にトリカの声か。

 まるで師匠の声だった。

 耳を介さず直接頭の中に響いてくる、そんな錯覚。

 逃げたくても逃げられないどうしようもない大きさと重量を感じさせられた。

 俺だけじゃなくボヤイにも伝わったようで、たしかに身を引いていた。


 しかし、だめだ……まぶたが重い……まだやらなくちゃいけないことがあるってのに。


「わかった?」


 ボヤイが震えるように小さく頷く。

 それを見たのを最後に俺の意識は深く深くどこまでも沈んでいく。


 トリカがいったいどんな表情をしていたのか――それが一番の心残りだった。

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