門
オッカムはカテーナたちに見切りをつけたあと、「遺跡から出る」とだけ言って来た道を歩き出す。
ちょっと待ってくれよ、と口を出そうとしたところで、
「たしかに俺たちは仲間を見捨てた」
俺ではなくカテーナが彼女の背中に言葉をぶつけた。
オッカムが立ち止まる。顔はこちらを向いていない。
「おそらく、お前は過去にひどい裏切りをされたんだろう」
その言葉にオッカムが振り返り、カテーナを睨む。
それだけで温度が下がり、空気も一気に張り詰めたように感じた。
今まで見た彼女の睨みの中でも一番やばい目だ。
直接、目が合っていない状態でも肌が粟立っているのだから間違いない。
「お前は裏切ったものの気持ちを考えたことはあるか」
カテーナはその目に一切ひるむことなく話を続ける。
「ずっと同じ道を歩んできた仲間があまりにも無謀なことへと走り出し、それを止めようとしても止められなかった人間の気持ちがどんなものか考えたことはあるか」
オッカムが完全に振り返り、足がこちらを向く。
「『せめて彼ら』はと、仲間に――友に頼まれ、背を向けざるを得なかった人間の気持ちがお前にわかるのか。そもそもお前は――」
だめだ、カテーナ……それ以上、言っちゃいけない。
「裏切った者を本当に自分と対等の仲間だと認めていたのか」
オッカムの右手が自然とナイフに伸び、左手に剃刀が顕現する。
間違いない……殺る気だ。殺意を隠そうとすらしていない。
カテーナも対抗するように彼の刃である鎖を右手に出した。じゃらりと金属のこすれる音が響く。
オッカムがこちらへ――カテーナへと一歩踏み出そうとしたときだ。
今にも殺し合わんとしていた二人の首が、同時に来た道へと向いた。
俺はなにがどうなったのかさっぱりわからない。
殺し合いが始まる前に二人の間に入らなければ、と思っていたところで互いに向けられていた両者の殺気が同時に方向を変えた。
俺が一人うろたえている状況だ。とりあえず声をかけてみる。
「どうし――」
「静かに」
「黙ってろ」
二人に仲良く切り捨てられた。こちらに目を向けようともしていない。
ほんとはこの二人仲がいいんじゃないだろうか。
来た道を見つめているということはそちらになにかあるということだ。
先ほど話していた敵意のない一般人らしき人物だろうか……。
どうしようもないので言われたとおり黙って二人を見つめる。
どれだけ経っただろうか。
緊張のため体感では長く感じたが、思ったよりも短い時間だったのかもしれない。
二人から緊張が消えた、というよりも消されたように見えた。
おそるおそるオッカムに「どうしたんでしょうか」と話しかける。
「感じなかったか?」
なにを?
俺はわからないと首を横に振る。
トリカ、ラヴも見たが首を振っている。カテーナの仲間たちも首を振る。
ガウスはこっちを見ていない、壁に手を当ててもたれかかっている。壁を押そうとしているのかもしれない。そっとしておこう。
「先ほど後ろに一般人らしきものがいると話したな。そいつの後ろに誰かもう一人いる。そいつが私たちの殺気に反応して殺気を放ってきた」
何を言っているのか、まったくわからない。
殺気に反応して殺気を放つというのが俺には理解できない。
しかし、オッカムとカテーナの二人にはたしかに感じたらしい。この二人に対してピンポイントでオッカムの言う殺気を放ってきたようだ。
「ただものじゃない。確かに射貫かれた。それに……今はまったく気配を感じない」
オッカムが教えてくれる。
そもそも一般人のほうの気配もまったく感じないんですが……。
「そして、その一般人らしきものがわからない。こちらの殺気とあちらの殺気を軽くいなして消した。危険は感じないが、それが逆に不気味だ」
殺気をいなして消す時点で、俺の理解の範疇を超えている。
なによりも驚いたのは、オッカムの口から『不気味』という抽象的かつ感情的な言葉が出たことだ。
どうやら、相当に不可解な人物のようだ。
カテーナは話をするオッカムを見つめている。
「銀髪に鋭い目つき、そして剃刀の刃。そうか、お前があの――」
カテーナが話そうとしたところで、背後から大きな音がした。
慌てて振り返る。こちらに寄ってこようとしていたトリカも振り返っている。
音のした方向を見ると、ガウスの腕が壁にめり込んでいた。
ガウスがこちらの視線に気づき、ごまかすようにはにかむ。
「なんか……押せちゃった」
肩に座るボヤイもごまかすように手を頭につけ、首を傾けている。
どうやら、先ほどの大きな音は壁が動く音だったようだ。
小さな振動が足下から伝わってくる。
その振動は微弱なものであったがどんどんと大きくなってくる。
音も揺れに比例して大きくなり、天井からは土のかけらが降り注いできた。
揺れがいよいよ大きくなり立っていることすら厳しい状況だ。
オッカムが伏せろと叫ぶ。
その中でガウスの声が響く。
彼の肩に乗っていたボヤイは地面に落ちてもがいている。
「腕が、腕が!」
片方の手を壁につけてわめく。
「抜けないんだ! 助けて!」
顔に焦りを、目に涙を浮かばせてひたすらに叫んでいる。
ガウスの方へと這って近づきながらトリカに声をかける。
「トリカ! ラヴを鏡から出して、ガウスを入れてやってくれ」
トリカはすぐに察して、ラヴを鏡から出す。
そのまま鏡をガウスに向ける。
「ガウスくん、こっちを!」
ガウスがトリカの方を向くと、瞬きをする間にガウスが消えた。
よし、と思っているところでさらに音、振動が大きくなる。
どこからともなく白い光が漏れてきた。
光の方を向くとぴったりと閉じていた白い門が少しずつ横に開いていく。
おそらく、門が開けばこの揺れは収まるのだろうが、それ以前にこちらが問題だ。
門から射す光はこちらの地面を照らし、その地面には亀裂が入っている。
天井からは土だけでなく大きな石も落ちてきていた。
恐れていたことがついに起きた。
揺れの中に悲鳴があがる。しかしその悲鳴はどこか遠くへ行くように消えていった。
声のほうを向くとそこにいたはずのカテーナの仲間が消えていた。
彼がいたはずの足下には地面の割れ目が見えるだけだ。
慌てて逃げようとしていた他の一人も奈落の底へ消えていった。
カテーナが鎖を飛ばして落ちていく仲間を捕らえようとしたものの、鎖は届かず宙をむなしく叩くだけだった。
その間にも彼の仲間はまた一人、叫び声とともに姿を消した。
オッカムはその様子に脇目も振らず、こちらに声をかける。
「トリカを連れて門の中に入れ! ラヴは私が連れて行く」
門を見ると先ほどはわずかしかなかった隙間が、今は人がひとり通れる程度には広がっている。
足を怪我して動けないラヴはオッカムが連れていくようだ。
オッカムは地割れを迂回しながらラヴの方へゆっくりと近づいていく。
俺はと言うとボヤイを拾い上げ、もう片方の手でトリカの手を引き門へと進む。
トリカとボヤイを門の内側まで入れ、外側を見るとオッカムとラヴの他にひとり目に付いた。
もっと言うなら、もう一人だけしか目に付かなかった。カテーナだ。
地割れから離れてはいるものの、呆然と座り込んで地割れを見つめている。
気づくと俺は門の内側から飛び出て彼の方へ走ってしまっていた。
声をかけるものの反応はない。仕方ないので頬を一発ぶってやった。
目は覚めたようだが、反応は薄い。
彼を引っ張って門の中へと連れ込む。幸い道に地割れはなかった。
門の内側にカテーナを入れたときガウスはすでに鏡から出されていた。だが、オッカムとラヴの姿がない。
外を見る。オッカム・ラヴと俺たちのいる門の間には地割れが出来ていた。
どうしようといった表情をしているラヴだったが、オッカムに迷いはない。
オッカムはラヴを両手で抱えて地割れを飛んだ。オッカムの足は無事にこちら側の地面を踏んだ。
ほっと息を吐いたとき、彼女の足場が崩れた。
崩れた足場に落ちていた松明とともに、不気味なくらいゆっくりとオッカムが下へと吸い込まれていく。
その中でオッカムは抱えていたラヴをこちら側へと投げた。
俺から――門の入り口からまだ距離はあるもののラヴが地面を転がる。
しかし、地面に転がるラヴを確認したとき、オッカムは俺の目に映らなかった。
助けにいかなければ!
そう思ったとき後ろから腕を引かれた。
トリカだ。何か叫んでいるがよくわからない。
上をむいているようだったが、そんなところを見ている場合じゃないんだ。
止めないでくれ! 早くオッカムを! ラヴを助けないと!
トリカがさらに腕を引っ張るためその手を無理矢理ふりほどく。
門の外側に出ようとしたところで、顔の横から手が出され視界を塞いだ。
その手には鏡があった。
口を開け、焦りの張り付いた俺の顔が映る。
そして、伝わる殺気。
気づくと俺の目先に鏡はなくなり、丸枠とその丸枠に口を結び真剣みを帯びたトリカの顔が映っている。
なぜだ! どうして! これじゃあ、助けにいけないじゃないか! 早くオッカムたちを助けないと!
そんな俺の叫びは届かない。
彼女は上を見て慌てて振り返り、門の内側へと走っていくようだった。
そっちじゃない! なぜ……どうして邪魔をするんだ、トリカ!
少し走ったところでトリカは転んだようだ。
丸枠に映る景色が乱れ、鏡が地面にぶつかる雑音が耳に響く。
鏡がトリカの手からかなり離れてしまったのだろう。
閉じ込める力がなくなり俺が鏡から出る。
俺を見てほっとした様子でトリカが起きて駆け寄ってきた。
どうして助ける邪魔をしたんだ!
トリカに文句を言おうとしたところで、彼女にそのまま抱きつかれた。
そして俺の胸に顔を埋めて「よかった、よかった――」と、狂ったように何度も口にする。
よくない!
オッカムたちを早く助けに行かなければ、と門を見るが、そこには石や土、岩が溜まり隙間がなくなっていた。
完全に門の入り口が土砂と落石で塞がれている。
これでは……助けにいけない。
しかも、あそこにいたなら俺は潰れていたかもしれない。
そうか……。
俺がオッカムやラヴを助けようとしたように、トリカも俺を助けようとしてくれたんだ。
そう考えて息を大きく吸い、ゆっくり吐き出すと気持ちが少し落ち着いた。
揺れもすでに収まっている。
門は完全に開かず、途中で止まってしまっていた。
「ありがとう、トリカ」
ありがとう、大丈夫だよ、と何度かささやきながら背中をさすっていると彼女も落ち着いたようで俺の背中に回していた腕を離してくれた。
目を赤く腫らしてはいるものの、それ以外はいつも通りに見える。
落ち着いたところで周囲の確認をする。
ずいぶんと不思議な空間だ。
広さは先ほどの幹線より幾分か狭いものの壁や床、天井がずいぶんと違っている。
初めて見るものだ。いったい何でできているのだろうか。
感触は硬いが表面はつるつるとしている。
そして、なによりも驚くのは薄白い光を発している点だ。
そのため、ここでは松明を持たなくても周りが見える。
門とは逆方向に道が続いているようだ。
ガウスは地面に座り込み、カテーナは門に近いところで倒れている。
彼の周りに石がたくさん落ちているのを見るに、どうやら落石に巻き込まれたのだろう。
頭から血を流しているもののたいした怪我ではない。
しかし、下手に動かさない方がいいだろう。
息も正常にしているから放っておこう。
続いてガウスに近づく。
俺がカテーナを見ている間にトリカがガウスを見ていたはずだが、今見ると彼の後ろで立ち尽くしていた。
ガウスは座っている。
座るというよりも力が抜けて立てないというのが正しいのだろう。
その彼の手には、ばらばらになった金属の人形が乗せられている。
手足のひしゃげた人形は当然のように動かない。
落石に巻き込まれたのだろう、ガウスの膝元に石と人形の破片が落ちていた。
彼は手に置いた人形を見てぶつぶつと呟いている。
俺もその姿を見て何も言えなくなってしまった。
彼の手に乗せられているばらばらの人形は彼の刃であり親友であったボヤイだ。
「ねえ、トリカおねえちゃん。これは罰なのかな」
トリカはいきなり声をかけられてハッとした様子だ。
「僕が勝手に門を開けて、みんなを巻き込んじゃったから――殺しちゃったからボヤイはその罰としてこうなっちゃったのかな……」
ガウスの目から涙がこぼれていく。
トリカが膝をつき、ガウスを後ろから何も言わずにそっと抱く。
「そんなのってないよ。罰を受けるのは僕のほうなのに。どうして……どうして僕じゃなくてボヤイが死んじゃうんだよ。死ぬのは、死ななきゃいけないのは僕のほうでしょ」
ガウスが嗚咽を漏らしながらとつとつとこぼしていく。
トリカはただ黙ってガウスを抱きしめている。
……なにかがおかしい。ボヤイが死ぬ?
そうだ、彼の言葉通り死ななきゃいけないのはガウスだ。
ボヤイが本当に死んでいるのなら、刃として壊れてしまったのならその保持者たるガウスは意識をなくし、何も喋らない――死んでいなければならない。
しかし、ガウスはまだ生きている。口を動かし、目から涙も流してさえいる。それなら、
「ボヤイはまだ死んでないかもしれない」
ガウスが幽鬼のようにこちらを振り返る。
トリカはただのなぐさめだと思っているのかこちらを振り返らない。
「ガウスの親友で、刃でもあるボヤイが本当に死んだのなら、ガウスも死ぬはずだ」
トリカも気づいたのかこちらを振り返る。
「……たしかにそうね。ボヤイがガウス君の刃ならこの手に伝わる鼓動はないはず」
俺は頷く。
「どういうことなの」
ガウスが俺とトリカの顔を交互に見比べながら聞く。
「ガウス君が生きてるんだから、ボヤイも生きてるかもしれない」
トリカが伝える。
「そういうことだ」
俺はガウスの前に腰を下ろして、彼の持つ人形を調べていく。
ボヤイの胴体部分に隙間を見つけた。
爪をその隙間に引っかけて力を入れると簡単に開いた。
「どうやら正解らしい」
胴体には小さな黒い箱が入っていた。
大きさは俺の手のひらよりも若干小さい。
形は正六面体、要するに立方体。その各辺と頂点は継ぎ目が見えない。
色はとにかく黒い。光を完全に吸収してしまっている。
見たことのない物質だ。いったい何でどのように作ったのかがさっぱりわからない。
「僕、これ……見たことある」
俺もこれがなにかは見当がつく。
ガウスに黒箱を手渡す。
彼の手には、黒箱はまだ少し大きい。
「鍵だ。隠し通路の先にあった鍵だよ、これ」
やはりそうだったか。
おじいさんが鍵がなくても問題ないと話していたのは、ボヤイの中身が鍵だと知っていたからだろう。
「触ったら黒い光が出て、僕の中のボヤイが消えちゃったんだ」
光が出たのなら間違いない。この黒箱がガウスの刃だ。
僕の中のボヤイが消えたってのはよくわからないな。
まだ少し記憶が飛んでいるのかもしれない。
「その黒箱がボヤイの心臓だと俺は思う。体はばらばらになったけど、修理してそれをはめ込めばボヤイは復活するかもしれない」
ガウスも生気を取り戻してきた。
「ボヤイ、また動けるようになるのかな」
ガウスは自信なさげにたずねてくる。
「ボヤイはガウスの親友なんだろ。ガウスが最後まで信じてやらなくてどうする」
ガウスが黒箱と人形の部品を見つめる。
「うん。僕、諦めないよ。友達のためだもん」
目をしっかり開き俺の目を見つめてくる。
「そうだな、そう思ってるんならきっと――できるさ」
彼の黒い瞳から目を逸らさず俺がそう言うとガウスはしっかりと頷いた。
そして、ガウスは何かに気づいたようにトリカの顔を見る。
俺にはよくわからなかったが、トリカには伝わっていたようでガウスに頷いてみせていた。
とりあえず、問題が一つ片付いた。
カテーナが目を覚ましたあとどうするか。
ここからどうやって出るか。
この薄白く光る道の先に何があるのか。
そして、なによりもオッカムとラヴの安否。
問題は……まだまだ山積みだった。




