暗き道より
遺跡の中を二つの灯火が通っていく。
ガウスが先頭を歩き、その後ろを俺、トリカ、オッカムが続く形になっている。
道の幅は、広くなったり狭くなったりと忙しい。
ガウスの話によると道幅の広い幹線が存在し、それらを複雑に結ぶ狭い通路が支線としてあるようだ。
本来は幹線のみを歩いていけば一番奥にいける構造だったらしい。
しかし、その幹線の多くが崩落や地割れによって通れなくなっている。
そのため、支線を経由しながら奥へと進んでいく。
そもそも俺たちの目的は遺跡の最奥ではない。
この遺跡内のどこかにいる能力者集団を俺たちの組織――刃の解放軍に入らないかと交渉することだ。
今のところ、彼らとはまだ接触していない。
ラヴの話によると軍が最初に遺跡に突入したとき、ホルダー集団はかなり抵抗したようだ。
遺跡の床に残る複数の足跡やところどころで壁に見られる破損や傷といった戦闘の痕跡からも、かなりやり合ったことが読み取れる。
それらの痕跡を辿るに、ホルダー集団は脇道に逸れることなく着実に奥へと向かっているらしい。
幾度か幹線と支線を交互に行き来して、いまは道幅の広い幹線を歩いていた。
しかし、幹線だと思っていた道はさらにほぼ直角に左右の道に分かれている。
足跡を見るにホルダー集団が向かったのは左の道だろう。
ガウスもそれを確認し、左の道に進む。
「ガウス、ここは幹線だよね」
「そうだよ。こっちを歩いて行けば奥の門に着くよ」
屈託のない笑顔で返された。
やはり、ここは道幅どおり幹線で間違いなかったらしい。
「じゃあ、さっきの右の道には何がどこにつながるんだ」
「あっちには壁画があるよ」
ガウスはこちらを振り返り、後ろ歩きしながら話している。
肩に乗っているボヤイが揺れ、落ちそうだ。
「壁画?」
「うん、壁画。おじいちゃんの話だと、いまよりもずっとずっと昔のなんものだって」
「なにが描かれているの」
後ろからトリカも話に加わる。
「人間と巨人が戦ってる絵だね」
「巨人ってまさか……始世の人々の話か」
「うん、お兄ちゃんよく知ってるね」
「しせいの人々?」
トリカが尋ねてくる。
ダモクレスの書物で読んだ創世記のお話だ。
まさかこんなところで出てくるとは。
人間が地上に現れるよりも以前になる。
この大地には地中深くから生まれてくる人々――巨人、書物によっては土人、石人、神人、始世の人々って書かれてることもある――が存在していた。
巨人の大きさについてはどの書物でもほぼ一致している。
人よりも一回り大きい程度のようだ。
彼らは数こそ少ないが自然と調和し、不思議な力を使うことができた。
このため彼らは神によって造られた神の代理人とも書かれているものもある。
巨人たちは火を使うこともなく、木を斬ることもなく、土を掘り返すでもなく、水の流れをせき止めることもない。
それぞれが持つ不思議な力で他の生命を支えながら生活――自然のひとつとして存在していた。
俺が書物で読んだ巨人、始世の人々の話をトリカに聞かせる。
「そんな話、初めて聞いたわ」
トリカは知らないらしい。
彼女の持つ鏡に映るラヴも首を傾げていた。
「僕はおじいちゃんから聞いてたよ」
どうやらここまではガウスの知っている巨人の話と同じようだ。
「でも、巨人が人間と戦うってのは知らないな」
そう、俺の知っている話では巨人は人間と戦わない。
巨人が自然と共に暮らして長い年月が経ったあるとき、大地に俺たちと同じような人間が生まれ始めた。
人間の誕生については諸説――神が新たに創造した、他の大地よりやってきた、他の生物から進化した――あるが、誕生方法はこの後の話に関与しないため特定はしない。
人間は火を使い暖を取り、石を使い他の生物を狩り、木を倒し道を作っていった。
初めは巨人とも生活をしていたらしいが、数を増やし文明をより発展させていくうえで自然を保護し、自分たちにない力をもつ巨人たちが目障りになった。
そのあとは単純だ。
人は数にものを言わせ巨人たちを駆逐していった。
巨人たちは抵抗することなく倒れていった。
巨人を駆逐した人間たちはますます栄えていった。
これが俺の知っている話だ。
巨人は人間に駆逐されたのではなく、自ら消えていったという書物もあったが、人間と戦ったという話は知らない。
「――というのが俺の認識なんだけど……」
そこまで話すと、ガウスが口を開く。
「お兄ちゃんすごいね。おじいちゃんも同じこと話してたよ。今じゃそれが記述してある資料もほとんどないって」
ほとんどない……か。
俺の読んだ書籍はダモクレスの古書庫で読んだものだ。
本が傷むからと基本は立ち入りすら禁止なのだが、第一針のロニオスに頼んだところ「本たちが喜びます」とあっさり入れてくれた。
おっと、今は第二針か……いや、あの狸親父のことだからいつもどおり第一針に戻ってるだろう。
古書庫にあった巨人関連の資料は初代アルバート王のころからあるものだから百年物であることは間違いない。
さらに、内容では人間が無抵抗の巨人を殺すという絶対的な悪として描写されることが多い。
たしかに地上では淘汰されていてもおかしくはないか。
「でもね、さっきの道の先にある壁画は確かに人間と巨人が戦ってるように見えるんだ。そんな壁画が一枚だけならまだしもいくつも並んでるんだよ」
この遺跡がいつできたのかは知らない。
しかし、壁画として描かれている以上、紙ができるよりも昔のものだろう。
そうなると、この遺跡そのものが今まで読んだ書物に対する反証になる。それは――、
「おもしろいな」
そうつぶやくと、ガウスが付け加える。
「その壁画の通路の奥に隠し通路があったんだ。そこに――」
「そこに?」
遺跡に書物の記録を覆す創世の壁画。
そして隠し通路――そしてその奥にあるものとは。
先が気になって仕方がない。鸚鵡返しに聞いてしまった。
「鍵があったんだ」
「鍵!」
声が大きくなってしまっていた。
トリカが隣で呆れた顔をしてこっちを見つめる。
だがそんなことは気にしない。
俺の反応にガウスは満足していたが、すぐにうかない表情に変わる。
「でも……鍵がどんなのだったか僕、よく思い出せないんだ。その鍵が今どこにあるのかもわからない。黒っぽかった気がするんだけど……」
「おじいさんは教えてくれなかったの?」
トリカが尋ね、ガウスは首肯する。
「うん。その話をすると黙っちゃうんだ。でも、問題ないって言ってた」
いやいや、大問題だと思うんだけどな。どうして問題ないんだ。
顔に出てしまっていたようで、ガウスが答えてくれる。
「いま奥の門へ向かってるんだけど、その鍵じゃ反応しなかったんだって。だから、他の鍵か、まだ見つけてないなにかがあるはずだって」
なるほど、それなら確かに今のところ問題ないのか。
しかし、それなら……
「なんでそれが鍵ってわかってたんだ、どこかに書いてあったのか」
鍵がどんなのだったかもわからないし、それで門も開かないっていうなら、それはすでに鍵と言えないだろう。黒っぽいなにかだ。
「そのとおりだよ、鍵のあった部屋に書いてあったんだ」
ガウスは目をつむる。
「此方と彼方 再び違えるとき この鍵を持て 汝に両者の意あるのなら 彼の者ら汝と共に歩まん 此処に『なになに』が綴る 願わくは彼の者ら目覚めぬことを」
歌うようにリズム良く、つまることもなく諳んじてみせた。
「『なになに』ってとこに記述した人の地位と名前が入ってたはずなんだけど崩れちゃってて読み取れなかったんだよね。当時の王かそれに近い位に就いてた人が書いてるはずなんだ」
なるほど、その黒っぽいなにかは確かに鍵のようだ。しかもその文なら――
「門の奥には『彼の者ら』がいるかもしれないのか」
「そうそう、そうなんだよ。おじいちゃんも必死で門を開けようとしてたんだけど、ものすっごく頑丈にできてて開けようがないんだ」
たしかに門が開かないなら、その奥にいるかもしれない『彼の者ら』を起こす鍵は必要がない。
しかし、問題ないと言えるものではないだろう……門が開いたときはどうするつもりだったのだろうか。
「どうやって開けるのかが、ずっとわからなかったんだよね」
『わからなかった』、過去形だ。
「おじいちゃんが死んじゃうほんとにちょっと前なんだけど、門の横にある壁から新しい文字が読み取れたんだ。かなり調べてたはずなんだけどね。まるで文字が浮き出てきたみたいだった。おじいちゃんもほんとに大慌てであっちこっちに手紙を出してたよ」
「それが噂にあった新しい発見なのね」
トリカがしばらくぶりに横から口を出す。
たぶん、とガウスは首肯する。
「でも、あの発見がなかったらおじいちゃんは――」
小さくぼやいた。ガウスの肩の上に座るボヤイも俯いてしまう。
気まずさのため会話が止まったが、流れを変えるために俺がどんな文字が出たのかを興味津々という様子で尋ねる。
演技が半分、好奇心が半分といった具合だ。後者がちょっぴり多い、ちょっぴりな。
トリカも同調して盛り上げてくれた。こっちは前者が多いだろう。
「浮かび上がった文字はね――」
そんな俺たちの様子を見てガウスも元気を出し、答えをもったいぶるようにためる。
俺は彼の口の動きを注視する。そこから出る言葉を逃すつもりはなかった。
つばを飲む音がうるさく聞こえる。
ゆっくりと――けっして壊れてしまわないように優しく包み込むようにガウスの口が動く。
「『手を』」
あまりにも短く、しかし重みを持った言葉が遺跡の通路にぽつりと放たれた。
俺たちの間に短い言葉に残る余韻――静寂が響いている。
突如浮かび上がるように発見された言葉、『手を』。
俺はその短い言葉に、しかし何かを語りかけるような重量を感じる言葉に心が動かされていた。
「えっ、それだけ?」
間の抜けた声で静寂をぶち壊したのは今まで何も喋らず、もはや空気と化していたラヴだ。
……空気読めよ。
ここはガウスがその言葉に対する彼なりの解釈を述べていくとこだろ。
そこに『それだけ』って、あんた。
ほらみろ、ガウスが『よし。ここでひとつ僕の意見を話そうかな』と口を開こうとしたところで出鼻くじかれて、どうしようって戸惑ってるじゃないか。
仕方ない、ここは年上として救いの手を差し伸べよう。
「『手を』。それにいったい――」
「静かに」
しかし、俺が出そうとした手、もとい口は、ラヴよりも沈黙を守っていたオッカムにより遮られた。
俺とトリカが振り返る。
オッカムはこちらを見ず、後ろを見つめている。
彼女の銀色の髪が俺の持っていた松明の灯りをうけてうっすらと赤に染まる。
「誰かがこちらを追ってきている」
俺にはわからない。オッカムにしかわからないだろう。
追っ手となるといよいよ軍が来たのだろうか。
「軍の兵士たちかな」
「軍じゃない、静かすぎる」
ばっさりと否定された。
軍じゃないとすると、
「ホルダー集団の誰かってことか」
「いや――対象の一部でもないだろう。今まで来た道に人の気配はなかった。それに奥から複数の気配を感じている」
さよですか。
しかし、軍の兵士でもホルダー集団の一部でもない。
「じゃあ、いったいなにもの?」
「わからないが敵意は感じない。一般人としか思えない」
村の入り口は兵士が立っているため一般の人は入れない。
村人も同様に兵士がいるため外出を控えているだろう。
そして、兵士でもホルダー集団の一部でもない。
こんな状況で遺跡に入り、俺たちを追ってくる敵意の感じられない一般人らしきもの。 はっきり言えることは、それは間違いなく一般人ではない。
「どうする? ここでその人を待ってみようか」
「いや、脅威には思えない。進んで問題ないだろう」
敵性もなく、オッカムの感じる気配も一般人と判断している。
それなら、薄気味悪さこそあるがそこまで危険な存在でもないだろう……たぶん。
背後の暗闇を引きずりながら俺たちは再び奥へと光をかざした。




