幕間「老人と青年」
燦々と燃ゆる日輪が東の空より南の空へ移る時間帯のことだ。
空には日輪の他にわずかばかりの雲とその雲底付近に二つの影が浮かんでいた。
二つの影は鳥である。
ただ、鳥とはいっても地上付近を飛び回っている一般的な鳥――翼を広げてもせいぜいが大人の片腕程度のもの――と比べてその大きさは明らかに異なっていた。
その体躯は馬や牛の胴体よりも明らかに太く、羽を広げた大きさは馬車すらも小さくみえるほどだ。
爪の一つ一つは鉄から鍛えた剣のように硬く鋭い。
また、嘴も鋭くとがり、磨き抜かれた槍の穂先と比べても遜色はない。
そして、嘴の上部にある目は遙か上空から地上を険しく睨みつける。
この二匹による睥睨が、餌を探し求めて飛んでいた一般的な鳥たちを木や草の影に追いやってしまっていた。
現在、大鳥が飛んでいるのは大陸中央からやや西にいったところである。
通常、このような大鳥は大陸北部に位置する山脈の奥地にしか生息しない。
この大鳥がこのような平地を――しかも二匹並んで飛ぶことは明らかな異常と言える。
しかし、この異常を上回る異常、異変が大鳥の背にあった。
そこには人が乗っていたのである。
大鳥の爪でもなく嘴でもなく、その背で手綱を握り彼らは腰掛けていた。
さらに、彼らはそこで世間話をしている。
「おぉい、爺さん! ほんとのほんとにこっちであってんだろうな」
進路方向から見て左の大鳥に乗っていた男が片方に向け、風切り音に負けないように大声で問いかける。その声はしわがれており、独特の魅力があった。
青年の体格は少しやせているように見える。
顔は彫りが深く、特に目は彼を乗せる大鳥のようにまなじりが尖り、眼に力を感じるほどだ。
頭はあまり手入れをしていないのか煖炉に頭をつっこんだように灰色がかった髪がぼさぼさと風に揺られている。
「違いない。もうじきのはずじゃよ」
爺さんと呼ばれた男は蕩々と答える。
青年のしわがれた声に対して、こちらはその風貌に対して高い声であった。
声だけで判断するなら老人の声のほうが青年の声よりも若さを感じることができるだろう。
その声は確かに青年の耳に届いていた。
「『もうじき』って……これで五回目だぜぇ」
小さく、だが聞こえるように青年は愚痴をこぼす。
爺さんと呼ばれた男の風貌はまさに爺と呼ばれるにふさわしいものだった。
頭はすでにもじゃもじゃした白髪のみとなり、白髪の隙間からはところどころ頭皮が見えている。
眼はぱっちりとしているものの、少し垂れているためか眠そうな印象だ。
顔にはしわが無数に走り、生きてきた年月を悟らせる。
口元には白い髭がもふもふと生い茂っている。
体格は縦に短く、横にやや広めでずんぐりだ。
一言でまとめると、ちんちくりんなおじいちゃんいう言葉がぴったりな老人だ。
「それよりも先ほどの話の続き――」
老人が話し切り替えようとしたが、青年の乗っていた大鳥が嘴を開き鳴いたため老人はしぶしぶといった様子で話を中断する。
青年はよくやったというように大鳥をなでる。
「爺さん、遺跡の近くに住んでるガウスってのは子供だったよな! 見つけたみたいだ」
人の眼にはどこまでも木が続いているようにしか見えないが、大鳥には別の風景が見えていたようだ。
そして、青年はそんな大鳥の声を理解していた。
「そうじゃろ。儂の言ったとおりこっちであってたじゃろ」
ったく……調子のいい爺さんだぜぇ、と青年がぼやいたところで再び大鳥が空に声を鳴らす。
「その小僧は他にいた三人に追われるように遺跡に入っていったらしい。その小僧がガウスかどうかはわからねぇがもうじき着く。降りる準備しとけ」
「もうじきってどれくらいじゃ?」
青年は短く舌打ちし、
「爺さんがくたばっちまうよりははえぇだろうよ」
苦い顔でそう答えた。
「それは上々。死を知る前に旧友の頼みを叶えられそうじゃ」
一方、老人は満面の笑みで返す。
まったく……調子の狂う爺だぜぇ、と青年はため息を漏らした。
「で、先ほどの話の続きなんじゃがな……」
老人が再び話を切り出す。
「あとにしようや。着いちまうぜ」
青年はうんざりといった様子だ。
出発してから六時間ほど経つが、ずっと老人に話を聞き出されていたのだ。
老人は青年の顔色を無視して話を始める。
「お主が祖父の名を継いだときな、儂は本当に嬉しかったんじゃよ。奴とは今みたく共に空を飛び、技術を競い、酒を飲み語り明かした。されど語れども語れども語り尽くせず。語り尽くす前に奴が前々王ディオメドンによって殺されたときはもう涙が出ないほど泣いたものじゃ」
青年は黙っているが先ほどのように聞き流すということはしていない。
老人はまだまだと口を動かす。
「いま、六十五年という年月を超え奴の名を、刃を――意志を継ぐものと語り合うことができた。まだまだ語り尽くすにはとうてい足りえるものではないが、儂はかつてのゼノンだけではなく、今のゼノンもわずかではあるが知ることができた。儂は……幸せ者じゃ」
ゼノンと呼ばれた青年も堪えかねて口を開く。
「おいおい爺さん。いまわの際にいる人間みたく語ってんじゃねぇよ」
「もうじき着くんじゃろ、少なくともそれまでは死なんよ。それに可能性もまだ見つけとらん、法には従わねばな」
「そうだぜ爺さん。まだだ、まだ死ぬんじゃねぇ。帰りもあるんだからな。それにだ……俺の『もうじき』はまだあと四回も残ってるんだぜ」
そこまで言うと二人は声を出して笑い合う。
大鳥はガウスの入った遺跡の近くにまでたどり着いた。
老人と青年、彼らは同じ白色の外套を身にまとっている。
外套のサイズに差はあるもののどちらも胸付近に時計を模した章がつけられていた。
大鳥はガウスと思われる子供が入っていった遺跡のすぐそばに降り立った。
青年――ゼノンも大鳥の背から地上に降り立つ。
老人は一人で降りられなかったため、彼が手を貸して地上に足をつけた。
「すぐ中に入るか爺さん」
遺跡を向いてゼノンが問うと、老人は少し俯き、
「先にバーテルスの家を見てみようと思っとる」
そう言って視界を小屋のほうに移す。
「わかった。俺は外で様子を見とくぜ」
老人が小屋へ入ると、ゼノンの側にいた大鳥が小屋の方を向いて鳴きだした。
「……人がいる?」
ゼノンが老人の入った小屋の裏へと目を向けると、木々の下に青服を着た人間が縛られ倒れていたのを見つけた。
近づいて軽く揺さぶると青服の男が目を覚ます。
「おいあんた、大丈夫か」
「ん、ああ……あ――」
男は途中まで意識が鈍っていたが、途中で目を見開きかたまった。彼の呼吸は確かに数秒止まっていた。
男を起こしたゼノンの両脇にはそのゼノン自身よりも大きな生き物が二匹、男のほうに首を伸ばしていたのだ。
大鳥の一匹が嘴で男の頬を軽くつつき、小さく鳴く。
男は心臓が張り裂けそうなほど大きく鼓動していることを感じ、同時にこの二匹が幻覚ではないと悟り、これが夢でなく現実であることに気づいてしまった。
「縄を切るからな、動くんじゃねぇぞ」
ゼノンはそう言って自身の腰に下げていた短刀を用いて男の手足を縛っていた縄を断ち切っていく。
男は縄が切られると手足を必死に動かし尻を地面にこすらせながらゼノンと大鳥から距離を開けようとする。
しかし、すぐ後ろにあった木にぶつかりさがれなくなった。
二匹の大鳥は軽く飛び、開いた距離を詰めて男の両脇に位置取る。
大鳥はじゃれているだけであったのだが、男には追い詰められ襲われたようにしか感じなかっただろう。
その証拠に男の口からは悲鳴が漏れている。
ゼノンも男のそばに近寄り二匹の大鳥をなでる。
「大丈夫だ、怖がるんじゃねぇ。見た目通りおとなしいからな。それより話を聞かせてもらえねぇか」
男はなんども小さく首を縦に振る。
「そうか、感謝するぜ」
ゼノンはそれを了承とうけとった。しかし、男はただ震えていただけなのだ。
ゼノンが男から話を聞き出したところで小屋から老人が出てきた。
「爺さん、なんか見つかったか?」
「入り口付近ですこし争ったようなあとがあったが、他は何もないようじゃ。……彼は?」
ゼノンの傍らで羽を休めていた大鳥に男が体重を預けて目をつむっていた。
「小屋の裏で縛られててな。ちょうど話を聞き終えたところで倒れちまった。それで寝かせてやってんだ」
「ふむ。それで彼はなんと?」
「こいつと村のほうにいる他の兵士たちは遺跡に立てこもった能力者を捕まえるためにこの村へやってきたらしい。こいつらも小屋からいなくなったガウスを探してたようだ。それで今日の朝に男一人、女二人の三人組が『おもしろい発見を見に来た』と遺跡を訪ねてきた。男が隊長に挨拶に行って、彼が残った女二人を監視していたところで片方の女に襲われたんだってよ。縛られて意識があやふやな状態で子供の声を聞いた気がするって話してたぜ」
老人は少し考え、
「争った痕跡は彼が襲われたときについたものかのう。どう思う」
「そうかもしれねぇなぁ。三人組も遺跡にいる奴らの仲間なんじゃねぇか。その中に姿を隠す能力者がいて子供を隠してた。その子供がガウスかはしらねぇがな」
「バーテルスは遺跡でおもしろい発見をしたと手紙に書いておった。奴と共に暮らしていたガウスがそれを知っていてもおかしくはないの」
「三人組は『おもしろい発見を見に来た』って話してたんだぜ。そいつらが遺跡にいる奴らの仲間で、ガウスをここまで連れてきて遺跡を案内させてるんじゃねぇかな」
そこまで言うと二人は共に黙り込む。
「……憶測の域を出んな。とにかく遺跡に入ってみるしかあるまいて」
そうだなぁ、とゼノンがしわがれた声で呟いたところで遺跡とは逆の方向――村のほうから赤服と青服に身を包み、手に剣をもった兵士たちが砂煙を上げて走ってきた。
彼らはゼノンと老人から大股で十歩以上の距離を開け立ち止まる。
二人の後ろにいた大鳥を恐れ、これ以上近寄ることができなかった。
「貴様らは何者だ。奴らの仲間か!」
兵士達の中心に立っていた赤服の男が二人に問いかける.
彼の赤い髪は無残に乱れ、鼻が痛々しく窪み、なぜか手足には枷をつけてそこから伸びる鎖を地面にこすらせている。
「俺たちの素性については話すことができねぇ。『奴ら』ってのが遺跡に立てこもってる奴らのことだってんなら俺たちは仲間じゃねぇよ」
ゼノンが律儀に返答する。
「その鼻はいったいどうしたのかね」
老人が赤服に尋ねる。
「そちらに質問する権利などない」
「まあ、そう言うんじゃない。もっと話をしようじゃないか。お主が手足に枷をつけているのはどうしてなのかね」
「うるさい! これはなんでもない」
「なんでもないのに枷をつけているのかね。何か深い意味があるんじゃないのかね」
老人はしつこく聞いていく。
ゼノンは「まぁた始まった」と小さく漏らす。
赤服の後ろにいた兵士たちは必死で笑いをかみ殺していた。
「その枷はもしかしてお主の刃じゃったのかな」
そこまで言うと、赤服はついに怒りを爆発させた。
「私が能力者のわけがないだろうが、私を――この私をあんな人でなしどもと一緒にするな! 家畜の豚女は逃げるし、私を殴った黒髪の若造はいなくなる! あいつらは遺跡にいる奴らの仲間に違いない! お前らもどうせ奴らの仲間なんだろう、武器を捨てて投降しろ!」
「仲間じゃないぞ。それよりも家畜の豚女とお主を殴った黒髪の若造についてもっと話を聞かせてくれんかな。そもそもどうして殴られることになったのじゃ、その経緯を教えてもらいたいのう」
「私は! 私はあの気味の悪い力を持った人でなしどもに然るべき罰を与えようとしていただけだ! あの若造はあの家畜を殴らず、この私を殴りつけた! そうだ。奴は間違いなくあの人でなしどもの仲間だ! 見つけて自分の立場をしっかりとその身に刻みこんでから殺してやる。もう一匹の家畜のようにな!」
「『その身に刻み込む』とはどういうことかのう。話し合うこともできたのではないかの」
「あいつらの話など聞けたものか! 我々――人間と同じ言葉をしゃべるというだけで汚らわしい」
「しかし、それではお主――」
「爺さんよぉ」
老人が再び口を開こうとしていたところでゼノンがそれをさえぎった。
「早くガウスを追いかけないといけねぇだろ。このままじゃ日が暮れちまうぜ。俺が奴らと話をつけておくから先に遺跡に行っといてくれや」
「儂がここに残っておいたほうがいいではないかの。彼らとはまだ話がしたいんじゃがな」
「旧友にガウスをよろしくって頼まれたんだろ。爺さん自身が行くのが道理ってもんだ」
「――ふむ、それもそうじゃのう。最後まで話せないのは名残惜しいの」
「そう言わず先に行っといてくれや。帰りに備えて、鳥たちに水を飲ませておきたいからな」
老人はそう言って遺跡の方へとぼとぼと歩いて行く。
赤服が兵士達に追えと声をあげるが、老人の進んだ道をふさぐように二匹の鳥が翼を広げたためたたらを踏み、近づくことができなかった。
老人が遺跡へ消えたとき、ゼノンの手には弓が現れていた。
弓は灰色で大きさは青年の身長の半分ほどと弓としてはそれほど大きなものではない。
彼はその弓の弦を爪で弾く。一定のリズムで弦は音を鳴らしていく。
それを聞くと彼の後ろに控えていた二匹の大鳥は同時に翼を広げて地面を蹴り、空へ舞い上がる。
大鳥によりかかって寝ていた男が地面に頭をぶつける。
兵士たちはその様子を見て足を下げたが、大鳥らは兵士たちへとは向かわず別の方向へと飛び去っていった。
「久々に地上に降りたんだが、相変わらず胸くそわりぃな。そりゃ姐さんがきれちまうはずだぜ」
ゼノンがそう口にし、手に四本の矢を現出させる。
矢尻はどれも尖矢――大型で先端が尖っており、くさび状になっているが、その色はそれぞれ赤、青、緑、黒と違う光沢を帯びている。
「その弓をどこから出した! やはり貴様も奴らと同じ人でなしか! おい、何をやっている、かかれ! もうあの大きな化け物もいない、能力者だとしても奴の刃は弓だ。一斉にかかればなんとでもなる!」
赤服がそう言うと、兵士達は互いに顔を見て頷き合う。
ようやく兵士たちの足がゼノンの方へ進み出した。
しかし、ゼノンが指に挟んでいた矢が光を発し始めたため警戒し、その歩はまたしても止まった。
「ところで、この中にもう能力者はいねぇんだよな。たしか緑の服だったか」
ゼノンが軽く見渡すが、青と赤の服を着ているものしかいない。
「『能力者以外の目撃者は生かすな』との仰せだからな。それに、爺さんにも『話をつけておく』と言っちまったからには何か話そうや。そうだな……俺の刃についてでも語ろうか」
ゼノンは黒の矢を弓につがえる。
「まず、始めに一つ訂正させてもらうぜ。俺の刃は弓じゃねぇ――矢だ」
そう言って彼が狙いを定めたのは兵士達の足下。
「万物は空虚なく温・冷・乾・湿の四要素で成り、それらの変化によって物はその姿形を留める。この手に在る四矢はそれぞれが各要素を示す。すなわち、この矢は世界の均衡を崩すものとなる」
ゼノンの持っていた黒の矢以外――赤・青・緑の矢が手元から消え、光を失った黒の矢だけが手に残った。
矢筈を挟んでいた人差し指と中指が離れ、黒き矢は弦の弾力によって兵士たちの足下へ放たれた。
「黒の矢は湿」
黒き矢は勢いを失うことなく直線的に地面へ突き刺さる。
彼らは外したと思い、ようやくゼノンへと向かおうとする。
しかし、変化はすぐに訪れた。
矢の刺さった地点から低く唸るような音が響き地面が水面のように波打つ。
着地点から起きた波紋は兵士たちの足元へと伝わり、それと同時に彼らの足が地面へずぶりと沈み込む。
彼ら全員の足が膝小僧あたりまで飲み込まれると地面に突き刺さっていた矢は消えた。
兵士たちはそれぞれ何か叫びながら足を必死で動かし地面から抜こうとするが、体がぐねぐねとよじれただけでまったく抜ける気配はない。
「人の魂は先の四要素で構成され、それぞれが同量に存在する。一方、魂の器たる肉体は大地より形成される。てめぇらがてめぇら自身を人間だってんならな……人間らしく――土に還れや」
ゼノンの弓にはまたしても黒の矢がつがえられている。
「ま、まて! 話をしよう!」
「俺たちの話なんて聞けねぇんだろ……じゃあな――」
先ほどよりも強く弾かれた弦から黒の光を帯びた矢が地面へと突き刺さる。
低く唸る音が木霊する。まるで兵士たちを食わんとする怪物が腹をすかせて地面の底から鳴いているようであった。
兵士たちの体が太もも、腹、胸と徐々に沈み込んでいく。
涙を流して命乞いをするものもいれば、目尻を上げて呪詛を口にするものもいた。
それを受ける青年はそんな彼らの首が、口が、頭が、天へと伸ばしたその腕がすべて沈み込むまで静かに見届ける。
ゼノンが手から弓を消し、踵を返して遺跡を向くと先ほど眠っていた男がちょうど目を覚ますところであった。
男はゼノンよりも後ろで倒れていたため矢の効果を受けずに済んだのだ。
「大丈夫か」
ゼノンが声をかける。
先ほどと同じような状況のため、男は既視感を覚え体を硬直させていた。
しかし、今は二匹の巨大生物がいない。
彼はそれに安堵し、やはりあれは夢だったと思い込むことにした。
それもそうだ。あんな生物がこんな辺境の地にいるはずがないのだ。
「ああ。どうやら悪い夢を見ていたようだ」
「そういや、あんたの仲間たちがこっちに来たんだがな、すぐに還っていったぜ」
ゼノンは兵士たちのいた方向を見る。
正確には土を見ているのだが、男には村の方を向いているように見えた。
「いったん戻った方がいいんじゃねぇかな。あんた、疲れがたまってるぜ」
「う、うむ。そ、そうだな、誰かに交代してもらおう」
「それがいいぜ」
明らかに会話が異常ではあるが、男はそれに気づかない。
いや、頭が気づくことを拒否しているのだろう。
一刻も早くこの青年の側から離れたかった。
男が立ち上がりおぼつかない足取りで村の方へ行こうとする途中で、ゼノンが後ろから問いを投げかける。
「なあ、あんた。赤・青・緑・黒の四色だったらどれが好きだ。別にこれ以外の色でもいいぜ」
兵士は顔だけ振り返る。
赤は力もないくせに偉そうにしているエリートどもが浮かび、緑は人でなしの能力者を示すため、すぐに候補から消した。
黒色と青色でわずかに迷ったが、自分の着ている制服と同じ青色を選んだ。
「そうか、わかった。呼び止めて悪かったな」
特に意味のある質問ではなかったようだと判断し、男はもう仲間なんていない村の方へと歩を進める。
彼の背後でゼノンは弓を出し、青の矢をつがえた。
「青の矢は冷。情報の礼だ――せめて苦しまず散っていけや」
弓から離れた青の矢は小さく風切り音を鳴らし、青き光を纏ったまま男の心の臓へと突き刺さる。
男は自分が死んでしまったことにさえ気づかなかっただろう。
矢の刺さった位置から徐々に白みがかかり、まるで極寒の猛吹雪を歩きまわったかのように服まで白に染まっていく。
「さて――」
ゼノンが男に背を向け、弓の弦を弾くと心臓に刺さっていた矢は消えた。
矢の刺さっていた部分から小さな音と共に細かいひびが男の全身をあますところなく駆け巡る。
もうひびが入りきらないというところまでくると男の体はまるで砂でできていたかのようにさらさらと崩れてしまった。
風が吹きその細かな結晶も巻き上がり霧散する。
「追いかけるとするかな……」
さほど急ぐ様子もなく遺跡へと歩いてゆく青年の言葉はどこか空虚であった。




