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刃なき剣の旅路  作者: 雪夜小路
遺跡
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遺跡へ

 背負った彼女が落ち着いたことを確認し、少し遅めの自己紹介をすることにした。


 まず自分の名前を名乗る。

 当然、教えたのは偽名の「ルイーゼ」ではなく「ルイゼット」のほうだ。


 それを聞いて彼女も名前を教えてくれた。

 彼女には失礼だが名前が非常に呼びづらかったので、短くして「ラヴ」と呼んでもいいか聞いたところ快く了承してもらえた。

 代わりに自分も「ルー」と呼んでくれてかまわない、むしろそう呼んでくださいと言っておいた。


 ここからが重要だ。


「ラヴ、君の能力を教えてもらえるかな」


 この拠点から出て遺跡付近のオッカムたちと合流したいが、そこそこの距離がある。

 見回りの兵士もいくらか目に付いた。

 一人ならまだしも、背中にラヴを背負ったまま兵士に見つからずあそこまでたどりつくのは今の俺では難しい。


 これができるかどうかは彼女の能力にかかっていると言える。


「ルゥルー、大きな声を出さないでね」


 ……ルゥルーって俺のことなのか?

 俺のことなんだろうな。

 呼ぶのは構わないんだが、発音しづらくないのだろうか。

 まあ、本人がいいならいいか。


 そんな俺の思案など気にもとめず、俺の首に巻かれていた彼女の右腕が上がり俺の顔の右横から伸びて顔の少し前に出される。

 手のひらを進路方向に捧げる。

 手の甲がこちらに向けられ、その中指には彼女の刃である銀の指輪がはめられている。

 手首には縛られていた縄のあとがまだ残るが、それを除けばきれいな手だ。

 細い色白の指に銀の指輪が良く映える。


 そんなことを考えていたら、突如その指輪が消えた。


 指輪を起点として指、腕、そして緑の服も消えていく。

 右腕が消えた直後に顔の左横に出された左腕は、先ほどとは逆に緑服、腕と消えていき、すぐに指先まで消えていった。

 首をひねり後ろを振り返るが、そこにはラヴの姿は見えない。


 姿は消えたものの、彼女の脚を固定していた俺の腕にはまだしっかりと重みが残っている。

 背中にある彼女の柔らかな感触も消えてはいない。


 これに似た能力は前にダモクレスで見たことがあったため、そこまで驚きはしない。

 しかし、明らかに違う点が一つある。


「これを目の前で見せて、ここまで驚かれなかったのは初めて」


 耳元から声が聞こえる。息が耳に吹きかかりこそばゆい。


「前に似たようなものを見たことがあったからね。……でも、何で服が消えるんだ」


 そう、異なっている点は服が消えるということ。

 ダモクレスで見たものは体は消えるが、身にまとったものは消えなかった。

 服と靴がひとりでに浮いて動くため、見ていておもしろかった。


 手を泳がせて彼女の袖付近に触ってみる。

 見えないもののごわごわとした感触は残っている。その一方で彼女の服に触れる俺の指は見えている。

 見えるものと見えないものの境界をどうやって区別しているのだろうか。


「最初からこうだった。使ってくうちにこんなこともできるようになった」


 抑揚のない声と息が俺の耳にかかる。


 顔の右横で腕が動く。

 見えているわけではないが、音や触覚は確かに感じる。

 ラヴの左腕、服を触っていた俺の手に温かく柔らかい感触が伝わる。


 体がびくりとこわばる。

 見えてはいないが手を握られたはずだ。

 手の甲の一部に冷たく、硬いものがあたっている。きっと彼女の指輪だろう。


 指輪が触れていると思われる部分から嫌な気配を感じる。

 オッカムの剃刀による減速、トリカの鏡による閉塞を受けるときと同じような感覚だ。

 その二つよりは気配が薄い、体の表面に小さな波が発生し、それが全身へと伝わっていく。

 波が全身の表面を覆ったあとは内部へと浸食していく。

 内部で波同士がぶつかり合いそれを打ち消しあっている。

 体が内部から消されていくような感覚だ。


 そして、指輪から熱を奪われ冷たさを感じている手の甲が消えた。

 彼女の手の感触は残っているため、見えなくなったというのが正確だろう。

 先ほどの彼女と同様に俺の腕が空気に溶けていくように見えなくなった。


「これは……すごいね。他のものにも干渉できるのか。珍しい、おもしろい力だ」

「これを見せたことはあんまりないんだけど、まったく気持ち悪がられなかったのは初めて」


 先ほどの体がかき消されていく感覚のことだろう。


「いや、失礼だけど俺も確かに気持ち悪さを感じたよ。体の中が消されていく感覚とでもいうのかな。でも、慣れてしまえばそうでもないね」

「そうなの? それは初めて聞いた。今まで見た人は体感じゃなくて、この能力自体を気持ち悪がってた」


 そういうことか。どうも彼女との話は意味の取り違いが多い。


 ダモクレスでは珍しい能力はその稀少さから称賛されることが多い。あくまで「多い」だ。

 地上では珍しい能力ほど気持ち悪がられるのか。

 それもそうか、そもそも能力者(ホルダー)自体が少なく、忌み嫌われている。

 他人に干渉してしまう力は、能力を持たないものからすると気味が悪いのだろう。


「おもしろい能力だと思うよ。誇っていいんじゃないかな。たくさんの能力を見てきたけど、これは初めて見た」


 正確には、これ「も」だ。

 地上に降りてから見たオッカムの減速、トリカの鏡間での移動はダモクレスでは見たことがない。

 減速ではなく加速や鏡ではないが箱の中に閉じ込めるといったものは見たことがある。


 場所が変われば物も変わり目覚める力も変わっていくのだろう。


「そう」


 ラヴの返事はそっけないものだったが、俺の手を握る力が少し強まっていた。

 照れているんじゃなかろうか。


「とりあえず、この力があればここから出ることはできそうだね。この力はどれくらいもつの」

「一人だとかなり保たせることができるんだけど、二人だと少しきつい。連続で使うと一分半も保たないと思う。でも、ところどころで少し休憩できれば大丈夫」


 約九十秒か。思ったよりも保つようだ。

 物陰で身を隠して休憩を挟んでいけば大丈夫そうだ。


「よし、いったん力を解除してくれ。少し休憩をしてからここを出よう」


 彼女が手を離し、俺の姿が目に映るようになる。

 すぐに彼女も能力を解いて腕が見えるようになった。


 さて、この部屋にいた赤服の三人は両手、両足を縛り、口に布を巻いている。

 なかでも鶏野郎は特別に縄ではなく、彼が持っていた鉄枷をはめておいてあげた。

 鍵はなくさないように俺がしっかりと保管している。

 まだ目を覚ましていないが、きっと喜んでくれるだろう。


 人払いしていたため何事もなければ部屋に他の兵は来ないはずだ。

 時間にはだいぶ余裕がある。見回りの兵にさえ見つからなければ、無事にオッカムたちの元へたどり着けるだろう。


「いこうか、ラヴ」


 彼女は静かに俺の手を握る。

 緊張しているのだろうか、手に彼女の汗の冷たさを感じた。


 そして、俺たちの体は再び空気へと消えていく。

 見えない手でおそるおそる扉をゆっくりと開けて外を確認して部屋から出る。

 誰の姿も見えない廊下を踏み進む俺の足音だけが小さく耳に響いてきた。




 何度か物陰・草陰で休憩を挟み、無事にオッカムたちのいる小屋の近くにたどり着いた。


 後ろから兵が追ってくる気配もない。

 まだ俺たちが逃げたことには気づいていないのだろう。


 さて、小屋の前に来たのはいいもののどうしようか。

 俺たちをここまで連れてきた兵士がまだ一人小屋の中に残っているはずだ。

 どうせすぐに俺が問題を起こしたことがばれる。眠っていてもらうとしようか。


 ……いかんな、オッカムの行動規範が俺にもうつってきている。

 ラヴを近くに下ろしておく。

 念のために能力で姿を消しておいてもらう。


「気をつけてね、ルゥルー」


 姿の見えない声に俺は頷いて小屋へと静かに近寄る。

 音がしないようにゆっくりと扉を押す。

 隙間から中の様子をのぞき見るが、中には誰も見えない。奥の方にいっているのだろう。

 扉をもう少し大きく開き中へと体を滑り込ませる。

 部屋の奥へと一歩踏み出したとき、背後からものの動く気配を察した。


 しまった……ドアの影に潜んでいたのか。

 まったく人の気配を感じなかった。


 慌ててドアから離れて部屋の中に飛び距離をあける。

 しかし、振り向こうとしたときにはすでに距離を詰められナイフが首もとに迫っていた。

 ナイフから後ろにいる相手の方へ目を向けると、そこには鋭い目つきをした女性がこちらをにらんでいた。


「えと、オッカム……さん」


 ナイフはまだ俺の首筋に触れるかどうかの位置で固定されている。


「ルー」


 奥の扉が開きトリカがこちらにとてとてと近寄ってくる。


「なにがあった」


 有無を言わせない口調でオッカムが詰問してくる。


 それはこっちの台詞ですよ、オッカムさん。

 兵士はどこにいったんですか。

 あと、そろそろナイフを下げてもらえませんかね。

 首筋に触れるナイフの冷たさで生きてる心地がしないんですが……。


 とりあえず説明しないと状況が変わりそうにない。


「赤服の隊長を殴って拠点から能力者(ホルダー)と一緒に逃げてきた」


 すごい投げやりな説明になってしまった。

 オッカムが扉の外へと目を向ける。


「一人、外にいるな」


 わかるのか、というか今の説明で納得してもらえるのか。


 トリカが扉の方へ歩いていき、顔をそっと外に出す。だが、すぐにこちらへ向き直る。


「誰もいないけど」

「姿を消す能力なんだよ。ついでにいうと脚を怪我してるから一人じゃ動けない。土は冷たいだろうから中に入れてあげたいんだけど……」


 ここまで言ってようやく首元からナイフが離れる。生きてるってすばらしい。

 体を起こして、扉の外に出る。

 ラヴに声をかけ能力が解けたところで、彼女を抱き起こし小屋の中へ入り椅子に腰掛けさせた。


 二人にラヴを、ラヴに二人を簡単に紹介したところでガウスがいないことに気づいた。


「ガウスは?」

「奥で疲れて寝てるわ」


 ボヤイと一緒にね、とトリカは付け加えた。


「それでこっちはなにがあったの」

「オイラー隊長から手紙がきた。兵士は邪魔だったので小屋の裏で眠ってもらった」


 オッカムは淡々と口にする。

 うわぁ、ひどいな。せめて小屋の中で寝かしてあげればいいのに。


「それで手紙にはなんだって」

「オイラー隊長は来られない。トゥリスで反乱が起きた。それの対応で動けなくなったようだ。代わりに保護対象を連れてきて欲しいそうだ」


 トゥリスは聞いた記憶がある。

 確かこのルーミナよりもさらに北にあるという旧都だったはず。

 オッカムの元隊長というオイラー第一部隊隊長を見てみたかったが残念だ。

 そのオイラー隊長の代わりに俺たちが保護対象を……ん?


「連れて行く?」

「そうだ。こちらの任務を片付けしだいトゥリスへ向かう。そのため、今から遺跡へ向かいホルダー集団の引き入れ交渉を行う」


 元々、俺たち第三部隊の任務はホルダー集団との交渉だ。

 となるとオイラー第一部隊隊長がルイーナで保護する予定だった人物はホルダー集団の誰かということなのだろう。


「ホルダー集団の中に保護対象もいるってことかな」

「違う」


 確認のため聞いてみたが、あっさりどころかばっさりと否定された。


「あれ? じゃあ保護対象は」


 オッカムとトリカが奥の扉の方へと目を向ける。


「ガウスだ」


 オッカムが表情を変えず、短く鋭く答えた。


 俺は驚き口をぽかんと開ける。目も丸くなり変な顔になっているのだろう。

 ボヤイもね、と再び付け加えたトリカの顔が笑っていた。

 ラヴは俺の隣で空気のようになって、ぼんやりと静かに水を飲んでいた。




 トリカが奥からガウスを起こしてくる。


「あれ、一人増えてる」


 トリカがラヴをガウスに紹介する。


「よろしく、ガウス君」

「うん……おねえちゃん、顔大丈夫なの」


 ラヴの顔には赤服のやつらに殴られた青あざが痛々しく残っている。


「優しいのね、ガウス君。大丈夫、慣れっこだからすぐ治る」

「だめだよ、痛いのになんか慣れちゃ。そんなのよくないよ」


 ガウスといっしょにボヤイも小さな手を振ってガウスを擁護する。


 ごめんね、と言ったラヴの目が少し潤んでいた。けっこう涙もろいな。


 ボヤイはガウスの刃だ。ボヤイを消せないところを見るとおそらく二つ持ちだ。


 能力の一つはボヤイの操作で間違いないだろう。しかし、もう一つの能力がわからない。

 うまく消せないだけで実は二つ持ちではないのかもしれないし、二つ持ちだが何かを見落としているのかもしれない。

 

 要するによくわからないのだが、やはり二つ持ちの可能性が高いだろう。

 ボヤイを操作するという能力の他にもう一つ何かおもしろい能力がある。

 その能力にラーミナが目をつけて保護しようとしているのではないだろうか。


「行こう」


 オッカムが口火を切る。

 それもそうだ。さすがにそろそろ兵士も赤服たちの哀れな姿に気づくころだ。


「トリカ。ラヴは歩けないから鏡の中に入れておいてもらえないか」

「わかったわ。ガウス君、道案内をお願いできるかな」

「まかせといてよ。一番奥の門まで連れてったげるよ」

「うん、お願いね」


 別に奥まで行かなくても能力者集団に出会えればそれでいいのだが……それより門ってなんだ?


 ガウスが先導するように外に出る。

 ガウスの肩に乗るボヤイが付いてこいというように肘の部分をギギギと曲げて手招きしている。


 とりあえず疑問は横に置いておき、ガウスを追う。トリカもラヴを鏡に入れて付いてくる。


 遺跡は本当に小屋のすぐそばだった。

 遺跡の入り口は、風化した白っぽい石がアーチ状に並び、いかにもといった様子だ。

 本で読んだ世界に入ったようになりわくわくしてきた。


 中は暗くガウスと俺が松明をもって歩くことになった。

 底知れぬ暗い入り口を二つの灯りと四つの影がくぐり抜けていく。

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