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刃なき剣の旅路  作者: 雪夜小路
遺跡
22/53

致し方なし

 兵士に連れられて建物の奥へ入っていく。


 部屋には赤服を着たエリートたちがいた。

 ネブラ島の基地で見たときよりも数は少ない。三人ほどだ。

 椅子に座ってふんぞりかえっているのが隊長だろう。その男を挟むようにして二人が立っている。


「さがっていい」


 椅子に座っていた男がそう言うと、ここまで俺を連れてきた兵士は何も言わずに扉付近までさがる。男が俺を向いて口を開く。


「この部隊を率いるガッルスといいます。あなたがバーテルスの知り合いですか」


 ガッルスと名乗った男はやはりこの部隊の隊長らしい。

 ネブラ島で見た隊長は一言で表すと豚だったが、こいつは鳥だった。

 カナーリスの町で見た鶏と形容できる。


 トサカのようにライン状に伸びる赤い髪。

 何かをつつくために進化したのではないかと疑わせるとがった口元。

 そして美しいとも言える円らな目、ただし瞳は無垢でなく汚れている印象だ。

 体格はやせこけており、折れてしまわないかと心配してしまう。


「ええ、ルイーゼと申します。カナーリスでしがない商店をやっております。本日は遺跡に入れてもらえるということで、ご配慮、感謝いたします」

「こちらもバーテルスが死んで道案内がおらず、探索に困っていたところです。協力に感謝します」


 ガッルスの対応は思ったよりも丁寧だった、丁寧すぎてぶきみだ。

 部下に対する言葉遣いはよくなかったが、民間人にはやさしいものなのかもしれない。


 能力者(ホルダー)集団についての話題は何も出さない。

 どうやら遺跡調査として俺たちに案内をさせてホルダー集団を探すつもりだろう。


「それにしてもずいぶんとものものしいですね。それだけ軍も新しい発見に期待を寄せているということでしょうか」

「ん……まあ、そんなところです。それよりも昼前には遺跡に入りたいのですが、資料は見つかりそうですか」

「どうでしょうね。私はまだ見ていませんが、バーテルスの家を連れの二人が見ています。それ次第でしょう。私も戻って見ておきたいのですが」

「何も見つからなくても昼前に一度遺跡に入ります。準備をしておいてください」

「わかりました」


 おい、と鶏は顎をしゃくり、俺の後ろに立っていた兵士に合図をする。連れて行けということだろう。

 再びドアが開き青服の兵士と共に部屋から出る。


 何を聞かれるかと警戒していたが、本当にただの会話だった。

 見た目は鶏だったが対応は非常に丁寧だったため気分がよかった。

 赤服エリートはクソ野郎ばかりだと思っていたが、これは認識を改める必要がありそうだ。

 これならオッカムでも問題なかったな。




 部屋から出て廊下を歩き、外に出ようというときだ。

 なにか音が聞こえた。叫び声、おそらく女性の声だ。

 振り返るとちょうど部屋から人が出てくるところだった。

 力強く開けられた扉の軋む音が建物に響きわたる。


 女の子だった。

 茶色の髪を肩付近で切りそろえている。

 年は自分よりも下のような気がするがどうだろう。そんなに大きくは変わらないだろう。

 服は緑色――能力者だ。

 目を腫らし、声を荒げている。頬には涙のあとが見える。


 最大の問題はその手に握られた剣だ。軍で能力者は武器を持つことが許されていないと聞いている。

 それならば、あの剣が彼女の刃だろうか。


 ……いや、おそらく違う。

 俺の経験則だが、能力者と刃の間にはたしかな繋がりが感じられる。


 オッカムにその剃刀が、トリカに鏡、ケファ兄にメリサニがふさわしいといったようにホルダーはその刃との一体感がある。

 どちらか片方ではもの足りず、揃っていないと落ち着かない。


 あの子にはそれがない。

 手に持っている細身の剣は彼女に合っていない、不格好だ。


 心の中でそんな批評をしていると、彼女と目が合った。

 良くない目だ。どこか虚ろな様子でこっちを見ている。

 今にも襲って来そうな様子だ。


「ゆびわ……わたしのゆびわぁ。かえしてよぅ」


 顔を歪ませ、足を引きずってこちらへ向かってくる。

 俺は黙って彼女を見つめる。


「さがって!」


 俺を先導していた兵士が後ろから叫ぶ。

 この兵士にはわからないのだろうか。

 

 彼女に剣は振るえない。

 腕は剣の重さを支えられず、だらりとぶらさがり地面に剣先をこすりつけている。

 彼女と俺の距離は剣を振るえば当たる距離ほどに狭まった。彼女の細い手が俺の顔へ、いや首へと伸びる。


 指が首に触れるか触れないかというとき後ろから扉を開ける音がした。

 俺と彼女の間に兵士が割り込んでくる。

 どうやら入り口を守っていた兵士が入ってきたようだ。


 彼女は距離を取るように後ろへさがる。

 建物の奥から青服と先ほどの部屋にいたガッルス隊長たちも走ってきた。


「取り押さえろ!」


 ガッルス隊長が叫ぶと兵士たちが周りを囲む。

 徐々に兵士と女の子の距離は詰まっていく。


「こないで! たすけて!」


 彼女が声を震わせ叫びながらこちらに手を伸ばす。薄い茶髪が揺れる。


 剣が女性の手から落ちる。

 柄が地面にぶつかり何度か硬い音を鳴らす。

 それを確認するや否や、一斉に兵士たちが女の子ひとりを取り押さえた。




 茶髪の子が取り押さえられたあと、俺は再びガッルス隊長の部屋に連れてこられていた。


 部屋にはガッルス隊長と他の赤服二人、茶髪の子も連れてこられている。

 青服は扉の外で立っているはずだ。


 彼女は布を口にかませられ声は出せない。手も後ろで縛られている。

 殴られたらしく顔にあざができており見ていられない。

 そんな状態で床に横たえられていた。


「いやはや、おはずかしいところをみせてしまいました」


 ガッルス隊長は先ほどと同様に丁寧な口調だった。


「この人でなしの他にもう一匹能力者を連れてきていたのですが、そいつが不慮の事故で死にまして、こいつも不安定になっているんです」


 そう言って茶髪っ子を蹴る。

 不慮の事故というのが気になった。能力者集団にやられたのだろうか。


「おい。大切な客人に怪我をさせるところだったんだぞ。わかってるのか」


 茶髪っ子はうめき声を漏らす。

 目に溜まっていた涙がこぼれ、頬を横切り床を濡らす。


「暴れてはいけないとこいつの刃を取り上げて見張っていたんですが、どうやら見張りを倒して逃げ出したみたいです。まったく、これだから人でなしどもは」


 ガッルスはまたもや茶髪っ子の腹を蹴る。

 その後、後ろに立っていた赤服に軽く目で合図をする。


 赤服は後ろに置いてあった汚くくすんだ小袋から何かを取り出してガッルスに渡す。


 指輪だ。

 銀製だろうか白く輝いていた。袋の汚さがその指輪の輝きをよりきわだたせている。

 茶髪っ子がさきほど指輪と口に出していたのはおそらくこれだろう。

 これが彼女の刃で間違いないはずだ。


「指輪……ですね」


 俺が尋ねるとガッルスはにやりと口を歪ませて笑い、指輪をこちらに見せる。


「ええ、見ての通り指輪です。こいつの刃でもあります」


 片手で女の子の髪を掴みあげ指輪を見せつける。

 彼女はもがき指輪を凝視する。


 能力者は自分の刃が体から離れると落ち着かないらしい。

 ケファ兄やロンがそう話していた、刃は自分の体の一部だと。

 刃が離れてしまうと気持ち悪いようだ。

 触れれば消すことができるが、離れると消すことができない。


 始めから刃を消すことの出来ない二つ持ちはそれほど気持ち悪くはないと聞く。

 今度、トリカに本当なのか聞いてみよう。


 刃によっては体から離れていても消すことができるものもあるが、そんなものはごくごく稀だ、二つ持ちよりも稀少といってもいい。

 刃吏でも第五針のゼノンくらいしかできないはずだ。


 精神が不安定な状態で刃を取り上げられて彼女は錯乱したのだろう。


「あなたのような一般市民のかたに迷惑をかけて申し訳ないと思っています。今後このようなことがないように今からこの人でなしを調教するのですが、あなたもどうでしょう。少し叩けばこいつも自分の立場を理解するでしょう。それで今回の件はなかったものとしてもらえないでしょうか。あなたは当然被害者であり、私たちもこのような人でなしを上から押しつけられた被害者ですので」


 要するに叩かせてやるから今回の件は忘れてくれということだ。


「あなたにそこまで言われては仕方ないですね。では遠慮なくやらせていただきましょう」

「話が早くて助かります」


 ガッルスは顔を緩ませる。


「おい、立たせろ」


 そう言うと、赤服の一人が女性の手を持ち引き上げる。

 女性は力なく立ち上がり、こちらをおびえて見つめる。


「何を使われますか」


 そう言ってもう一人の赤服に木箱を持たせてきていた。

 木箱の中には鞭、棒に始まり、とげのついた鉄輪、錆びた鋸、どす黒いペンチ、枷と様々なものが入っていた。

 なかなかいい趣味をしている。


「では、これをお借りします」

「これは……地味なものを」


 俺が選んだのは皮に鉄鋼がはめられているものだ。

 手に巻き付けて殴るためのものだろう。


「やはり自分の手で殴らないと実感がわかないんですよ」

「ふふ、あなたもなかなかわかっていますね。仲良くなれそうです」


 ガッルスは好きなことをいっている。


 指輪が机の上に置かれていることを確認する。


 手にしっかりと皮を巻き付ける。

 軽くもう一方の手に当ててみるがいい感じだ。


「おい、部屋に入らせないようにしておけ」


 ガッルスが赤服の一人に告げる。

 赤服は部屋から出ていき、すぐに戻ってきた。


「持ち場に帰しました」


 よし、とガッルスが頷く。


 そんな会話を耳に入れながら、皮をもう片方の拳に巻き付ける。

 茶髪っ子はこちらを見て震えている。


「好きなようにしてください。あっ、殺さないでくださいね。めんどうなので」

「わかりました――でも、あまり加減をしらないんですよ」

「まあ、そのときは仕方ないでしょう」

「ですよね、畜生のクソ野郎ですしね。話が早くて助かります」


 俺はガッルスの正面に立ってとびっきりの笑顔を見せる。

 おそらく、近年でおぼえがないほど良い笑顔ができていると思う。

 その証拠にガッルスも俺の笑顔につられその鶏顔をほころばせている。


 ひとまず深呼吸だ。体の緊張をほぐす。

 手首を回し、体もきちんと動くように軽くストレッチを行う.


 うん、準備万端だ。

 本人も仕方ないって言ってるしな。


 一歩引く。右足で地面を蹴り、左足に体重を移しつつ前に踏み出す。


 そうだな、万が一に死んじゃっても――


「仕方ないよな!」


 腰を捻り全身の力が右手の拳に乗るようにして、鶏野郎の鼻を全霊込めてなぐり抜いた。

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