4,リーゼの面会
投獄から十日が過ぎた朝、初めて面会が許された。
螺旋階段を駆け上がってくる足音に、ミレイユは造花を折る手を止めた。衛兵の重たい足音とは違う。軽くて、せわしなくて、よく知っている足音だ。
「お嬢様っ……!」
鉄格子の向こうで、息を切らしたリーゼが泣きそうな顔をしていた。頬も鼻の頭も、外の寒さで真っ赤になっている。
「まあ、リーゼ。来てくれたのね」
「来るに決まっているではありませんか! この十日間、毎日王宮に面会を申し込んで、毎日追い返されて……結局、お着替えをお届けするという名目でようやく私だけ許可が下りたんです」
リーゼは、衛兵に中身を改められたばかりの着替えの包みを差し入れ口に押し込むと、鉄格子を握りしめ、一息にまくし立てた。
「お痩せになっていないか、寒さに震えていらっしゃらないか毎晩心配で……。旦那様も奥様も、本当はすぐにでも駆けつけたいと。でも、毒物の出どころを調べると言って騎士団がお屋敷中をひっくり返していきまして、調べが終わるまで、ご家族はお屋敷から一歩も出てはならないと命じられているのです。口裏を合わせる恐れがあるとかで……」
「まあ、着替えをありがとう。塔でいただいた服は寝巻きのようなものばかりで少し心もとなかったの。それで、お父様とお母様はお元気?」
「旦那様は毎日、玄関先で見張りの騎士たちと怒鳴り合いを。奥様は……『あの子のことだから、きっとどこかで上手くやっているわよ』と、意外と落ち着いておられます」
「さすがお母様ね」
「感心なさらないでください!」
リーゼは目頭を押さえ、それからぐっと胸を張った。
「ご安心ください。私が外で必ず証拠を集めます。お嬢様に命じられたと言ったあの茶会の侍女。事件のあとすぐに暇を出されて、今は行方がわからないのです。おかしいと思いませんか? 必ず見つけ出してお嬢様の無実を証明してみせます!」
「まあ、ありがとう。でも、無理はしないでね」
ミレイユは、膝の上で花びらを折りながら微笑んだ。
リーゼの動きが、止まった。
「……お嬢様。それは、何をなさっているのです?」
「内職よ」
「ないしょく」
リーゼの目には、主が何もない空中で丁寧に指を動かしているようにしか見えなかった。それも、やたらと手際よく。
「……お嬢様、やはりお寂しくて……」
「違うのよ、リーゼ。この箱が毎朝届くの。造花を作って戻すとポイントというものがもらえて、それでこういうものと交換できるのよ」
ミレイユは、寝台の上の薄い蒼色の毛布を指さした。
リーゼの視線が毛布に、それからミレイユの足元のもこもこの靴下に移る。
「……そちらは、見えますね」
「ええ。交換した品はみんなにも見えるみたい。衛兵さんたちも最近ちらちら見ていくもの」
ミレイユは、大事に取っておいた銀紙の包みを取り出した。二枚目のチョコレートの最後の一かけらだ。
「わたくし、こんなに美味しいものを食べたのは初めて。リーゼにも食べてほしかったの」
「お嬢様……」
リーゼは目頭を押さえながら、鉄格子の隙間からそっと手のひらを差し出した。ミレイユはそこへ、チョコレートを載せようとした。
鉄格子を越えた瞬間、チョコレートがふっと消えた。
「……えっ」
見れば、チョコレートはいつの間にかミレイユの手の中に戻っている。もう一度差し出す。また消えて、また戻る。
「まあ。じゃあ、そういう仕組みなのね」
「どういう仕組みですか!」
それから二人は、面会時間のほとんどを使って、あれこれと試してみた。
まず、交換した品は鉄格子の外に出そうとすると消えて元の場所に戻ってしまう。チョコレートも、靴下も、毛布の端っこも。
次に、内職の箱と材料はリーゼにはそもそも見えない。ミレイユが「ここよ」と指さしたあたりに、リーゼが格子越しに指を伸ばしても何もなく、空気を掻くだけだった。
「……内職の方は、わたくしにしか見えないし、触れないみたいね」
「それで衛兵たちが、塔の令嬢は空中で何かを折っていると噂を……」
「まあ、噂になっているの?」
「なっております! 地味に!」
そのとき、箱の底で何かがかさりと音を立てた。
ミレイユが覗いてみると、さっきまではなかった紙が一枚入っている。
『ご利用上の注意
内職の材料は、ご登録のご本人様専用となっております。
交換商品は、お部屋の中でのみご利用いただけます。
お部屋の中であれば、どなたさまでもお召し上がりいただけます。』
「……まるで、今の会話を聞いていたみたいなお知らせね」
リーゼに読んで聞かせると、リーゼは一瞬だけ背筋を震わせ塔の天井を見回した。
ミレイユは、しばらくその紙を眺めていた。それから、ぱっと顔を輝かせた。
「……牢の外には出せないみたいね。でも、リーゼが中に入れば一緒に食べられるのね」
「入れません! 鍵をお持ちなのは衛兵さんです!」
「そうねえ……衛兵さんに、少しだけ開けていただくわけには」
「お嬢様は罪人として収容されているのですよ! そんなことをお願いしたら脱獄の相談だと思われます!」
「まあ。それは困るわ」
ミレイユは、本当に残念そうに眉を下げた。それから、銀紙をそっとめくってチョコレートの最後の一かけらを自分の口に放り込んだ。
「……ん。やっぱり美味しい」
「お嬢様!?」
「だって、外に出せないのならわたくしがいただくしかないでしょう? 残すのはもったいないもの」
リーゼは何か言いたそうに口を開け、閉じ、もう一度開けて、結局深々とため息をついた。
「……お嬢様、よくそんなに落ち着いていられますね」
「だって、美味しいものは美味しいものよ?」
「そういうことではなく……いえ、もういいです。お元気そうで本当に安心いたしました」
そう言って笑ったリーゼの目尻は少しだけ赤かった。
面会の終わりを告げる衛兵の声が階段の下から響いてくる。
「証拠は必ず集めますから。次に来るときには、きっと良い知らせを」
「ええ、よろしくね。あ、リーゼ、最後に一つだけ」
「はい、なんでしょう」
「花びらは五枚と六枚、どちらが美しいと思う?」
「見えないものを聞かれましても!」
叫びながら階段を下りていくリーゼの足音は、上ってきたときよりずっと軽くなっていた。
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