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希 スピンオフ「みな」  作者: 森 神奈


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2/3

中編 傘を差し出す手

次の日の朝、教室の空気は昨日までと少し違っていた。


白石雨音の席には、みなが自然に立っていたからだ。


「おはよう」


みなが声をかけると、雨音は少し驚いたように顔を上げた。


けれど昨日よりも、その目の曇りは薄い。


「……おはよう、小森さん」


「みなでいいよ」


雨音は少し迷ってから、小さくうなずいた。


「……みなちゃん」


それだけで、みなの胸が少し温かくなった。




休み時間。


みなは雨音を校庭に誘った。


「外、行こ?」


「でも……」


「大丈夫。ブランコ空いてるし」


二人で並んでブランコに座る。


春の風がやさしく揺れて、雨上がりの匂いが少し残っていた。


「昨日、ありがとう」


雨音がぽつりと言う。


「ううん。私、ああいうの放っておけなくて」


雨音は少しだけ笑った。


「みなちゃんって……優しいね」


その一言が、なんだかくすぐったかった。




でも、その日の昼休みから空気は変わった。


「最近、ずっと一緒だよね」


ゆいが弁当のふたを閉じながら言った。


声は明るい。


けれど、その奥に少しだけ棘があった。


「うん。雨音ちゃんと話してると楽しいから」


みながそう答えると、周りの女子が顔を見合わせる。


「へえ」


「なんか意外」


「みなってもっとみんなといるタイプだと思ってた」


みなは笑おうとした。


でも、その“みんな”の中に雨音が入っていないことに気づいてしまって、うまく笑えなかった。




数日後。


班決めの時間。


先生が「好きな人同士で四人組になっていいよ」と言った瞬間、教室が一気に動く。


みなは自然に雨音の方を見た。


雨音も、みなの方を見ていた。


でも、その前にゆいが腕を引っ張った。


「みな、こっち来て!」


気づけば、みなはゆいたち三人の輪の中にいた。


振り返ると、雨音が一人で立っている。


教室のざわめきの中で、その姿だけが静かだった。


胸が痛い。


みなはゆいの手をそっと外した。


「ごめん、私、雨音ちゃんと組む」


一瞬で、空気が止まった。


ゆいの目が揺れる。


「……そっか」


その声は小さかった。


傷ついたような、怒っているような、そんな声。


みなは雨音の隣に立った。


「二人でも、先生が入ってくれるよね」


先生は少し困った顔をしながらも、うなずいた。


その瞬間、教室のどこかで小さくため息が聞こえた気がした。




その日の放課後。


みなの机の中に入れていたはずの算数ノートがなくなっていた。


ランドセルの中にもない。


「あれ……?」


困って探していると、廊下のゴミ箱の横にノートが落ちているのを見つけた。


少し濡れて、端が折れている。


誰かがわざと置いたのかもしれない。


そう思った瞬間、胸の奥が冷たくなった。


でも、それ以上に。


昨日まで雨音が感じていた冷たさが、今なら分かる。




家に帰ると、今日はすぐに分かった。


「みな、どうしたの?」


希がすぐに気づいた。


ノートを抱えたまま黙っていると、母のかんなもキッチンから顔を出した。


「学校で何かあった?」


みなは少しだけ唇を噛んでから、全部話した。


雨音のこと。


班決めのこと。


ノートのこと。


話し終わる頃には、少し涙が出ていた。


かんなの目がすっと細くなる。


「そんな学校、行かなくていい」


その声に、昔の鋭さが少しだけ混じる。


「みなが傷つくくらいなら、休んでいい。無理にあんな場所にいなくていいから」


みなは目を丸くした。


でも、その横で希がやさしく言う。


「助けるって、正しいだけじゃ続かないんだ」


みなは父を見る。


「苦しくなったら、逃げてもいい」


「……うん」


「でも、それでも雨音ちゃんの隣にいたいって思うなら、それはすごく大事な気持ちだよ」


その言葉が、胸にまっすぐ入ってきた。


かんなも少し黙ってから、みなの頭を撫でる。


「……昔のママなら、たぶん全部壊してたかも」


「え?」


「でも今は違う。守る方法を、一緒に考えたい」


みなは、少しだけ笑った。




翌朝。


教室に入ると、空気は昨日よりもさらに重かった。


けれど、みなは迷わず雨音の席へ向かった。


「おはよう」


雨音は不安そうに顔を上げる。


「……みなちゃん、大丈夫?」


「うん。ちょっと怖いけど」


そう言って、みなはランドセルから一本の傘を取り出した。


昨日、家を出る前に希が持たせてくれた小さな折りたたみ傘だった。


「これ、お守り」


「傘?」


「うん。雨が降ったら、一緒に入ればいいでしょ」


雨音は一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。


その笑顔を見た瞬間、みなは思った。


まだ雨は止んでない。


でも、もう一人じゃないなら、きっと歩いていける。


教室の窓の外には、薄い雲の向こうで小さな光が差し始めていた。

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