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婚約破棄されたので記録係になったら、消されたはずの人々が世界を変え始めました  作者: 月守いとは


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第22話 削除命令

 その場に、余計な言葉はなかった。


 ローデリックの「そうか」という一言で、すべては次の段階に進んでいる。


 感情は挟まれない。

 説得も、議論もない。


 ここは、決定が下される場所だ。


 ローデリックは机の上の書類を一枚手に取った。


 それは、すでに用意されていたものだとわかる。


 迷いはない。


 わたくしが来る前から、この結論は用意されていた。


「……命令を出す」


 低く、平坦な声。


 それだけで、室内の空気が変わる。


 レオンの視線が、わずかに下がる。


 エドガーはいない。


 ここには、王都の判断だけがある。


 ローデリックは紙を机に置いた。


 わたくしの前へ、滑らせるように。


「補遺記録の全面削除」


 短く告げる。


「即時実行」


 それだけ。


 理由は説明されない。


 必要がないからだ。


 それが「決定」だから。


 わたくしは、その紙に目を落とす。


 書かれている内容は簡潔だ。


 余白が多い。


 それだけで十分だからだ。


 拒否する余地は、ない。


 これに従うか。


 それとも。


「……確認する」


 ローデリックが言う。


「実行するか否か」


 問いではない。


 だが、答えを求めている。


 最後の確認。


 わたくしは、静かに息を吸った。


 この瞬間は、予想していた。


 来るとわかっていた。


 けれど。


 実際に目の前にすると、やはり重い。


 削除。


 それは、ただ消すことではない。


 ここまで積み上げてきたものを、なかったことにするということ。


 読まれたものも。

 まだ読まれていないものも。


 すべて。


 最初から存在しなかったものにする。


 わたくしは、ゆっくりと顔を上げた。


 ローデリックを見る。


 その目には、何もない。


 ただ、判断を待っている。


 レオンの気配を、横に感じる。


 彼は何も言わない。


 言えない。


 これは、彼の領域ではない。


 王都の決定だ。


 わたくしは、わずかに目を閉じる。


 そして。


 思い出す。


 文書庫で読んだ記録。

 名前だけが残っていた人々。

 途中で途切れた人生。


 そして。


 ミアの言葉。


 ――消えてなかったから。


 その一言が、胸の奥に静かに残っている。


 わたくしは目を開けた。


 迷いは、なかった。


「……削除は、いたしません」


 はっきりと、そう言った。


 空気が止まる。


 一瞬だけ。


 完全な静止。


 ローデリックの目が、わずかに細くなる。


 だが、それだけだ。


 驚きはない。


 予想の範囲内。


「命令違反だ」


「承知しております」


 即答する。


 その言葉に、揺らぎはない。


 ローデリックは、紙を指で軽く叩いた。


「理解しているな」


「はい」


「これは是正対象になる」


「はい」


「記録は回収され、処理される」


 淡々と告げる。


 それは、脅しではない。


 ただの事実。


 そして。


「あなた自身も」


 一拍。


「処分の対象になる可能性がある」


 その言葉が、静かに落ちる。


 室内の空気が、さらに重くなる。


 レオンの指が、わずかに動いた。


 ほんの一瞬だけ。


 だが、それは確かに見えた。


 それでも。


「……承知しております」


 わたくしは答える。


 変わらない。


 その上で。


 選んでいる。


 ローデリックは、わたくしを見ていた。


 長くはない。


 だが、十分な時間。


 その中で、何かを測り終えたのだろう。


「……そうか」


 短く言う。


 そして、紙を引き戻した。


「ならば」


 そのまま、淡々と続ける。


「こちらで処理する」


 その一言で、すべてが決まる。


 わたくしの手を離れた。


 記録は、王都の手に渡る。


 回収され、削除される。


 その流れは、止められない。


 ――本当に、そうだろうか。


 その瞬間。


 ふと、ひとつの可能性が浮かぶ。


 すでに。


 外へ出ている。


 写しが。


 誰かの手に。


 それは、止められない。


 ローデリックは、それを知らないわけではない。


 だが。


 まだ、それは「問題」にはなっていない。


 わたくしは、ゆっくりと口を開いた。


「……申し上げてもよろしいでしょうか」


 ローデリックの視線が戻る。


「何だ」


「すでに」


 一拍。


「一部は、外へ出ております」


 室内の空気が、わずかに揺れる。


 レオンの視線が動く。


 ローデリックは、動かない。


 ただ、見ている。


「写しが存在します」


 続ける。


「完全な回収は、不可能かと」


 静かな言葉。


 だが。


 その意味は、決定的だった。


 削除しても、消えない。


 すでに。


 ここから、外へ出ている。


 ローデリックは、わずかに目を細めた。


 初めて。


 ほんのわずかに。


 空気が変わる。


 それは、動揺ではない。


 だが。


 計算の修正。


「……どの程度だ」


 短く問う。


「不明です」


 正直に答える。


「ですが、確認されています」


 それで十分だった。


 ローデリックは、数秒だけ沈黙した。


 その間に、すべてを組み立て直している。


 やがて。


「……なるほど」


 小さく、そう言った。


 そして。


 わたくしを見る。


 その目は、先ほどまでとは違っていた。


 ほんのわずかに。


 評価が変わっている。


 敵として。


 あるいは。


 要注意として。


「……問題が一段階、変わったな」


 低く言う。


 それは、確かな変化だった。


 削除すれば終わる話ではない。


 すでに。


 外へ出ている。


 ならば。


 これは。


 管理の問題ではなくなる。


 ローデリックは、ゆっくりと立ち上がった。


「対応を変更する」


 その一言で。


 場の流れが、完全に変わった。


 わたくしは、静かに息を吐いた。


 ここから先は。


 もう「消すかどうか」の話ではない。


 これは。


 ――止められるかどうかの話だ。

読んでいただきありがとうございます。


ついに流れが変わりました。


「削除すれば終わる問題」から

「もう止められない問題」へ。


ここから物語は一気に加速します。


次話では、

この“外に出た記録”が実際にどう影響しているのかが描かれます。


ここが最初の大きなカタルシスです。


ぜひブックマークして続きを追ってください。

ここから一気に面白さが跳ねます。

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