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第6話 名前のない日のクッキー

カランコロン♪

ドアベルが鳴る。

木の香り。

コーヒーの香り。

どこか懐かしい空気。


つらい

くるしい

しんどい


最近はそんな言葉ばかりが、頭の中を埋め尽くしている。

昔はあんなにわくわくした休日も、最近はずっと家にこもっている。


見かねた母親に

「アンタ、こんないい天気の日にまで引きこもって!

 いい加減に散歩くらい行きなさいよ!」

と追い出され、当てもなく歩いて、たまたま見つけたカフェに入った。


「いらっしゃいませ」

眼鏡をかけた女性の店員が声をかけてくる。

「申し訳ありません。ただいまカウンター席しか空いていなくて」

ぐるりと店内を見渡すと、もともとそんなに席数が多いわけではないようだ。


窓側に2つある、4人掛けの席はどちらも満席。

中央の6人掛けの席も満席。

カウンターも一人置きくらいで残りは2席といったところだった。


「やっぱりいいです」と店を出る勇気もなく、こっくりとうなずく。

「こちらへどうぞ」

案内されたのは、美しい女性の隣だった。


ぺこりと会釈をすると女性はふんわりと微笑んだ。

その姿がとても美しくて。

ほぼノーメイクな自分が恥ずかしくなる。


「えっと……」

誤魔化すようにメニューを開く。

ずらりと並んだメニューは、どれも美味しそうだなとは思うけれど。

食べたい、と強く思えない。


「ねぇ?」

ふいに、隣の女性が声をかけてきた。

思っていたよりハスキーな声だった。


「メニュー迷ってるの?」

「あ……はい」

「そうよねぇ、ここメニューどんどん増えてくから」

そう言って、女性はくす、と笑う。

「じゃあ、おせっかいだけど、私のおすすめ教えるわね」

女性はメニューを私の手から取ると、ぱらぱらとめくり、ひとつのメニューを指さす。


・『ひだまりクッキーセット』

~お好きなお飲み物をおひとつ選んでいただける当店自慢の手作りクッキーのセットです~


「あ……じゃぁこれにします。ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして」


私は、眼鏡の店員さんに注文を伝える。

「あの、この『ひだまりクッキーセット』をホットミルクティーでお願いします」

「かしこまりました」


ほどなくして、「お待たせいたしました」と、目の前にカップとお皿が置かれる。

湯気の立つミルクティーと、お皿に並べられた数枚のクッキー。


そっと、クッキーに手を伸ばし、ひと口。

さく……軽い音を立ててほろほろと崩れていく、シンプルなクッキー。


「ねぇ」

隣の女性がまた声をかけてきた。

「面白いと思わない?」

「え?」

「そのクッキー」

女性は私がつまんでいるクッキーを指さす。


「それはシンプルなクッキーでしょ」

「はい」

「でも、見て。同じ生地でも入れるものによって色々変わるの」

今度はお皿を指さす。


お皿には、チョコチップの入ったもの、緑色のもの、ジャムがのったもの……。

「確かに……」

「ちなみに私はこの、紅茶の茶葉が練りこまれてるのが好きだわ」

「これ、紅茶なんですね」

女性が指をさしたクッキーを見る。


「このクッキーセット、私も時々頼むの」

「そうなんですね」

「だって、何を練りこむかでこれだけ変わるのよ」

女性は自分の手元のカップを口元に運ぶ。

「同じ生地なのに全然違うところが面白いでしょ」

女性はくす、と笑うと「じゃあね」と席を立つ。


手元に残ったクッキーを見つめる。

同じ生地から作られているのに、味も形も違うもの。


甘さは控えめで、サクサクで。

ほんのり甘いミルクティーとぴったりだ。


なんでもない、いつもの休日。

母に無理やり追い出されたけど、散歩するのも悪くない。


ぱくり、と最後のひとかけを口に入れて飲み込む。

さく、と口の中で軽い音がした。


明日から、また次の週末までちょっとだけ頑張ってみよう。

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