第5話 春を待つ人のハーブティー
カランコロン♪
ドアベルが鳴る。
木の香り。
コーヒーの香り。
どこか懐かしい空気。
昔ながらの喫茶店、という雰囲気の店内は
床も、カウンターも、テーブルも、椅子も綺麗に手入れされていて、黒く艶やかだった。
私はそんな店内のカウンターの一番奥で、これまた年季の入った茶色いレザーのメニューとにらめっこをしている。
コーヒーはちょっと苦手だし……ジュースの気分でもない。
何かを食べる、という感じにもならない。
ぐず、と鼻をすする。
その時、カウンターの向こうの扉が開いて女性がひとり入ってきた。
そして、私を見てにっこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ」
そして、カウンターの中にいた男性店員に声をかけている。
「朔くん、見て。豊作」
「豊作って、いつでも採れるだろ」
朔、と呼ばれた店員は笑いながら女性店員の手の中のものを見た。
私が不思議そうに見ているのに気付いたのか、女性がまたにこりと微笑んでこちらを向いた。
「ハーブです。当店で使用しているハーブ類は、自家製なんですよ」
確かに、女性が手に持っているのは私も見たことのあるハーブがいくつか混じっているようだった。
ぐず、とまた鼻をすする。
「あら」
女性店員が、ちょっと驚いたように言った。
「お客様、風邪?それとも花粉症?」
「たぶん、花粉症です」
「あら。じゃあミントが大丈夫でしたらこれ飲んでみます?」
女性が手にしたハーブをこちらに見せた。
「花粉症にも効くと言われているハーブティー、淹れられますけれど?」
「え……いいんですか?」
「えぇ、ご注文まだお決まりになっていないようなので。メニューには載ってないですが、特別メニューです」
そう言って、笑う。
「じゃあ、それをお願いします」
「かしこまりました」
女性はそう言うと、後ろの棚から瓶を一つ取り出す。
「本日は、エルダーフラワーの乾燥ハーブと、先ほど摘んできた生ミントのブレンドです」
慣れた手つきで、ハーブティーを淹れていく。
「お待たせいたしました。お好みでハチミツを入れてお飲みください」
こと、と目の前に置かれたガラスポットにはお湯の中で踊るハーブ。
カップと、小さな瓶のハチミツ。
「きれい……」
思わず口に出た。
「ごゆっくりどうぞ」
うっすらと黄色く色付いたハーブティーをカップにそそぐ。
ハーブの香りが強くなる。
息を吹きかけて少し冷まし、ひと口。
「……おいしい」
ミントが良いアクセントで、スッと鼻が通っていく感じがした。
『春になったらさ、花見に行こうな!』
突然、あの人の声がよみがえる。
『でも私、花粉症だから鼻水とか涙とかでぐちゃぐちゃだよ』
笑ってそう言ったら、
『大丈夫!どんなオマエでも可愛いから!』
……そうやって、笑ってくれてたのに。
ねぇ、もうすぐ春になるよ。
もうすぐ桜が咲くよ?
あなたは……。
こくん、とハーブティーを飲み込む。
おなかがあったかくなって、いつの間にか鼻の通りも良くなってた。
これなら、今年はお花見に行っても大丈夫かな?
あの人は、いない。
だけど、桜が見たくなった。
「もうすぐ桜が咲きますね」
そう呟いたら、目の前の女性店員がにっこりと微笑んだ。




