第3話 雨の日のレモンティー
カランコロン♪
ドアベルが鳴る。
木の香り。
コーヒーの香り。
どこか懐かしい空気。
さぁぁぁぁ…
音がしないくらいの細い雨。
「今日は寒いですね」
扉を開けると、そこにいた若い眼鏡をかけた女性がタオルを差し出してきた。
「よかったらお使いください」
「あ、ありがとうございます」
タオルを受け取って、拭きながら店内を見渡す。
右手側にはカウンター。
そのカウンター席の一番手前には、なんだかセクシーな女性が座っている。
テーブル席には、ママ友たちだろうか。
女性たちが笑顔で談笑している。
そこまで見て、なんとなくセクシーな女性と離れた一番奥のカウンター席に座る。
「いらっしゃいませ」
カウンター内にいた女性が微笑んで声をかけてくれた。
「ご注文、お決まりになりましたらお声がけくださいね」
そういって、目の前にメニューが置かれた。
年季が入った、少し重い茶色い革張りの表紙。
ぱら、と開いて1ページずつ見ていく。
うん、今日は紅茶の気分。
【紅茶】と書かれた項目には、ずらりと並んだ茶葉の名前。
アールグレイとか、ダージリンは聞いたことがある。
…よくわからないから、アールグレイにしよう。
「すいません、この『アールグレイ』をホットでください」
「かしこまりました」
注文してから、なんとなくメニューに目を落とすと
『レモン』『ミルク』『ストレート』といった文字が目に入った。
「あの!すいません、レモンをつけてもらえますか?」
慌てて言うと、カウンター内の女性はふわりと笑った。
「大丈夫ですよ。アールグレイのホットレモンティーですね」
『レモンの味ってさ、初恋の味って言うよね』
突然、思い出す学生時代の友人の声。
あの時2人で飲んでいたのは、ペットボトルのレモンティー。
あはは、と笑いながら『そんなにさわやかだったらいいよね』って私も笑ってた。
「お待たせいたしました」
ことり、と目の前にカップが置かれる。
目の前には湯気の立つ紅茶が入ったカップと、ティースプーンに添えられた輪切りのレモン。
「お砂糖はこちらのシュガーポットからお使いください」
「あ、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
そっと、レモンを紅茶の中へ滑り込ませる。
『紅茶にレモンスライスを入れると、化学反応で色が変わるんだよ』
昔、付き合い始めた頃。
あの人の言った通り、少し紅茶の色が変わった。
そっと息を吹きかけてから、ひと口飲む。
喉をつたって、おなかの中へ温かさが落ちていくのがわかる。
たったひと口だけなのに、おなかの中からふわっとあったかくなった。
寒かったんだな…私。
両手でカップを包み込むように持つと、手のひらがじんわり温かくなる。
『もう無理だろ』
あの人は最後にそういって、振り返りもしなかった。
口の中に、レモンの皮の苦味を感じた気がする。
『ねぇねぇ、レモンじゃなくてさ、レモンティーが初恋の味だったらめっちゃおいしいのにね!』
突然、思い出す友人の声。
明るく笑う彼女の手には、ペットボトルのレモンティー。
今、飲んでいるレモンティーとは全然違うのに。
どうして思い出すのだろう。
今頃、彼女はどうしているのだろう。
突然、あの明るい声が聞きたくなった。
こくんとレモンティーを飲む。
レモンの酸味で口の中がさっぱりとした。
「雨、だいぶ弱まってきましたね」
さっきのカウンターの女性が、窓の外を見ながら言う。
振り返ると、窓の外には少し薄日が差しているのが見えた。
このお店を出たら、久しぶりに彼女に電話してみようかな。
カップの中のレモンティーはあと半分。




