~幕間~ ひだまりカフェ、はじめの一歩(後編)
陽介さんは、あれから知り合いの喫茶店に頼み込んで弟子入りし、2年ほどでコーヒーの淹れ方を学んできた。
そして、庭の一角。
道路に面した場所に、陽介さんは友達の大工さんに頼んで、あっという間に喫茶店を建ててしまった。
本当に、こうだと決めたら行動が早すぎる。
「小夜」
ある夜。
夕飯の片付けを終えて、お茶の準備をして居間へ行くと陽介さんが声をかけてきた。
「なんでしょう?」
急須から湯呑に茶を注ぎ、そっと陽介さんの前に置く。
「喫茶店の名前を決めた」
「あら、どんな名前ですか?」
私はお茶をひと口飲む。
「『喫茶月夜』だ」
「きっさ……つきよ?」
「そうだ、お前の『小夜』って名前から取ってみた」
どうだ、という感じで陽介さんは私を見る。
「月夜、ですか?」
「いいだろ?上品な感じで、綺麗だし」
「う~ん、でも月夜って夜ですよね?」
「そうだな」
「夜、お月様の下ではみんな眠ってますね」
「どういうことだ?」
「せっかく、喫茶店を開くんですからみんなに集まってもらえる名前にしませんか?」
「そりゃ、まぁ」
陽介さんは、意味が分からないという顔で私を見る。
「陽介さんのお名前の『陽』は太陽の『陽』ですよね?」
「そうだな」
「でしたら、そっちにしましょう」
「は?俺?」
「はい、お日様の下にはみんなが集まりますから」
そう言って、私は『喫茶月夜』と書かれた紙の下に文字を書いた。
『喫茶ひだまり』
「ひだまり……」
陽介さんはじっと紙を見つめる。
「お日様の下でなら、みんなお話もできます。歌も歌えます。お昼寝もできますしね」
そう言うと、陽介さんはははっと笑った。
「なるほど、ひだまりは確かにあったかくてみんな集まるな」
「でしょう?」
「なにより、小夜っぽい」
「そうですか?私の名前は『夜』ですよ?」
「いや、お前のその優しさと明るさは『ひだまり』そのものだよ」
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「じゃぁ、おみせのなまえは、おばあちゃんがきめたの?」
きょとん、とした顔で孫娘の陽菜がこちらを見た。
「そうなるかしら」
「いや、二人でだよ」
夫は食い気味に言った。
「それにじぃちゃんの名前が入ってるだろ」
「でも、それかんがえたの、おばあちゃんなんでしょ?」
「……まぁ、そうだな」
「じゃぁ、おじいちゃん、まけ?」
「それは違うぞ」
「ちがうの?」
「あのな、陽菜」
夫は、そう言いながら優しく孫娘を膝に乗せた。
「お日様だけでもお月様だけでもダメなんだよ」
「だめ?」
「お日様があるから、お月様は輝けるだろ? でもな、お日様ばっかりじゃ、夜にゆっくり休むこともできない。お日様にはお日様の、お月様にはお月様の役目があるんだよ」
「……ひな、よくわかんない」
ぷくっと頬を膨らませる姿はとても可愛らしい。
「ははっ、そうか。まぁ、つまりだな……お日様もお月様も、どっちも大切ってことだ」
「う~ん、あさもよるもだいじってこと?」
「そうそう、じいちゃんとばあちゃん、どっちも必要ってことだ」
夫がそう言うと、陽菜はしばらくじっと私たちを見つめて、そして夫に抱き着いて言った。
「うん!おじいちゃんもおばあちゃんもいないと、ひな、ないちゃう!」
「そうか……」
夫はそう言うと、陽菜を優しく抱きしめた。
『喫茶ひだまり』
夫がコーヒーを淹れるカウンター。
その後ろには、大きな太陽をデザインしたステンドグラスがある。
私の大好きな場所のひとつ。
そこからキラキラとした、柔らかくてカラフルな光が夫と孫娘に降り注ぐ。
「陽菜」
私が呼ぶと、ぴょん、と夫の膝から降りて私のほうに駆け寄ってくる。
「なぁに?おばあちゃん」
「あのね、陽菜のお名前にもおひさまが入っているのよ」
「ひなのおなまえにも?」
「そうだぞ、じいちゃんと一緒だ」
「じゃぁ、ひなもひだまり?」
「そうね」
そう言うと、明るい笑顔で私を見る。
「じゃぁ、おおきくなったら、ひなもこのおみせではたらくね!」
カランコロン♪
ドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ~!」
「おっ、陽菜ちゃん、お手伝いかい?」
「うん、ひなも『ひだまり』なの」
「そうかい」
常連客と笑顔で会話する陽菜を見て、私と夫は思わず顔を見合わせて、そして、笑った。




