~幕間~ ひだまりカフェ、はじめの一歩(前編)
「小夜、喫茶店を開こうと思う」
夫の陽介さんが、突然夕飯の席でパン、と膝を叩いた。
「……は?」
思わずそんな言葉が口を突いて出た。
私と夫が学生の頃、戦争が終わった。
夫の実家は多摩地区の大きな農家だったけれど、戦後の農地改革によって広大な農地の大半を政府に買い上げられてしまったのだという。
ただし、宅地として残された家もかなりの広さの敷地だった。
義父と義兄は戦争で亡くなり、義母も病弱だったこともあり夫が成人してすぐに亡くなってしまったそうだ。
そんなわけで、何もない、ただ広いだけのこの家に、私と夫は二人だけで住んでいた。
「農地にするほどここは広くねぇしな」
夫はそう言って豪快に笑った。
この人は昔からそうだ。
明るく「なんとかなるだろ」っていつも笑う。
喫茶店をやりたい、というのもおそらくこの間の『アレ』が原因だろう。
はぁ……とため息をひとつ。
「陽介さん。あなた、この間お友達に連れて行ってもらった喫茶店が『とてもモダンでかっこよかった』ってはしゃいでましたもんねぇ」
私がそう言うと、陽介さんは視線をそむけた。
図星だったらしい。
「けどよ、今の仕事はなんか合わねぇんだよ」
陽介さんはポリポリと頭をかく。
「書類仕事なんざ、俺に合わねぇ」
「それは同意します」
「同意するのかよ」
はは、と陽介さんはまた笑った。
「だからと言って、喫茶店もあなたに合うかしら?」
「小夜がいるじゃねぇか」
「私、ですか?」
そう言うと、陽介さんは目の前の小鉢を持ち上げる。
「少ない食料でも、こんなに美味いものが作れる天才嫁」
「……褒めても何も出ませんよ」
ぱく……と小鉢の中の芋の煮っころがしを口に運ぶ。
ぱちん、とお箸を卓の上に置き、背筋を伸ばして陽介さんは私をまっすぐ見た。
「俺はさ、喫茶店でコーヒーの淹れ方っつーもんを学んでみたい」
「……コーヒーの淹れ方、ですか?」
「あぁ、この間の喫茶店で見たコーヒーなんちゃらってやつでコーヒーが作られるのがすっげぇ面白かった」
「……面白かったんですね」
「……あ……」
しまった、という顔で陽介さんは固まった。
ふぅ……と息を吐く。
「まぁ、良いですよ。どうせあなたは『こうだ』と決めたら、やるまで諦めないんですから」
「じゃぁ!」
「えぇ、でもちゃんといつまでにそれが学べるかとかをきちんと調べてください」
「わかった」
「いつまでも収入がない状態でいるわけにはいきませんから」
「まかせろ」
「返事は良いですね」
「小夜のことは、俺が守る」
「はいはい、わかっております」
笑ってしまったらもう私の負けだ。
そうして、私たちは自宅の敷地内に『喫茶店』を開くための準備をすることになった。




