第10話 桜が咲く日のフレンチトースト
カランコロン♪
ドアベルが鳴る。
木の香り。
コーヒーの香り。
どこか懐かしい空気。
お店の前の『今日のおすすめ:フレンチトースト ~自家製ジャムを添えて~』
という看板に、思わず惹かれて入った。
そこは、カフェというより喫茶店という趣のお店だった。
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
奥から女性の声がする。
店内を見渡すと、一番奥。
カウンターの横に古い大きな柱時計と、壁に添うように置かれた本棚。
その手前に、小さなテーブルと椅子がいくつか置いてあるのが見えた。
なんだか落ち着くその一角に腰を下ろす。
「ご注文、お決まりになりましたらお声がけください」
そういって、私の前に置かれたのはお水のコップと年季の入った革張りのメニュー。
まずひと口水を飲んで、スマホを取り出す。
そこには
『受験番号:●●●● 合格』と表記されている。
「夢じゃないよね……」
夢ではない。
そもそも、この合格発表があったのが一昨日。
合格通知書が届いたのは今日の朝。
何度見ても、まだ信じられない。
入学手続きの書類は、さっき提出してきたばかりだ。
「あの……」
店員さんを呼ぶ。
「表の看板に書いてあったフレンチトーストをください」
「かしこまりました」
注文をしたあとも、ちょっぴりドキドキが残っている。
『ごめんねぇ、ママ、ケーキ作れないから』
そういって、ママがいつもお誕生日に作ってくれたのがフレンチトーストだった。
「お待たせいたしました」
目の前に置かれたのは、綺麗なきつね色のフレンチトースト。
ママのフレンチトーストは時々焦げていた。
そっと、ナイフを入れる。
力がいらないくらい、柔らかくふわふわだ。
ママのフレンチトーストは、時々かたいところもあった。
それでも、特別なごちそうだった。
ひとくち、食べる。
うん、ママのとは全然違う、とってもおいしい味。
だけど、思い出すのはママの笑顔。
『ごめんねぇ、また焦げちゃった』
そういって、2人で笑ったこともあったな。
最後にママのフレンチトーストを食べたのはいつだったんだろう。
あの日。
冷蔵庫の中にママが仕込んだフレンチトーストは、焼かれることなくそのまま消えた。
「ごちそうさまでした」
お金を払ってお店を出る。
「ママ、私、夢に一歩近づけるようになったよ」
ぐっと、一歩を踏み出す。
ここから駅まで約15分。
――まだまだ道のりは遠い。




