第9話 ランドセルとお子様ランチ
カランコロン♪
ドアベルが鳴る。
木の香り。
コーヒーの香り。
どこか懐かしい空気。
静かな店内。
カチ……カチ……という柱時計の音。
4人掛けの隅の席にひとりひっそりと座る。
『ねぇ、パパ!おいしいねぇ~』
目の前に、口いっぱいにご飯を頬張る幼い息子と、
それを見守る妻の姿が見えた気がした。
「いらっしゃいませ」
女性オーナーが優しい笑顔で水を持ってくる。
「ご注文、お決まりになりましたらお声がけください」
そうして、テーブルにそっと置かれたのは年季の入った茶色い革張りのメニュー。
少し重い表紙を開くと、様々なメニューが並んでいる。
「懐かしいな」
思わずつぶやいた。
・『ひだまりお子様ランチ』
~お子様に人気のメニューを集めた当店オリジナルのお子様ランチです~
そう、『ひだまりお子様ランチ』。
この店の先代のオーナーの時にできたメニューだ。
中身は確か、オムライス・ナポリタン・サンドイッチ・サラダ・唐揚げ。
子どもが食べやすい大きさと量で少しずつ。
デザートにはプリン。
喫茶店の人気メニューを一皿に詰め込んだスペシャルメニューだ。
息子はここに来るといつもこればかりだった。
口の周りをケチャップで真っ赤に染めて。
ほっぺにぱんぱんに詰め込んで。
思い出して、思わず笑う。
その時。
カランコロン♪
ドアベルが鳴ったと同時に、「じぃじ~!!」
元気な声がして、孫が走ってやってきた。
「こら!走るな!!」
息子と嫁が慌てて小走りで寄ってくる。
だが孫はそんなことはお構いなしに目の前にやってくると、くるりと背中を向けた。
「じぃじ!見て!ほら!じぃじの買ってくれたランドセルで入学式行ってきたよ!」
「そうか……よく似合ってるよ」
頭をなでてやると、えへへ、と照れたように笑った。
「あら、入学式ですか?おめでとうございます」
女性オーナー……確か『陽菜』といったか。
少し先代の……彼女の祖父母の面影を感じる。
そんな彼女がにこやかに、息子夫婦と孫の分の水を運んでくる。
「ありがとうございます」
息子がお礼を言いながら、横に座った。
「オーダーいいかな?」
「はい、どうぞ」
陽菜がペンを握る。
「この、『ひだまりお子様ランチ』と……」
さらさら、とペンが走る音。
孫はもう、目をキラキラさせて店内を見回している。
やがて、「お待たせいたしました」
孫の前に置かれたのは、昔と変わらない『ひだまりお子様ランチ』。
「わぁぁぁ!これ、ぼくの?!」
「そうだよ、たくさん食べていいぞ」
「ありがとうじぃじ!!」
スプーンを握って、オムライスを口に運ぶ。
「おいしいね!じぃじ!」
満面の笑みで、孫が言う。
ケチャップで口の周りを汚しながら。
「服にこぼすなよ」
そんなことを言っている息子の、かつての姿にそっくりだ。
「なんだか懐かしいな」
息子がつぶやく。
「俺も、これよく食べてたよね」
「あぁ、同じく入学式の日にも食べさせたな」
「母さんもいたら良かったのにな」
「今頃、そのへんから見てるさ」
孫は口周りについた汚れを、嫁に拭いてもらっている。
「デザートは最後よ」
そういっている嫁の姿は、あの日の妻の姿とそっくりだ。
そして、「うん!」と元気よくうなずく孫の姿もあの日の息子の姿にそっくりだった。




