招かれざる客 その二
悟正は、勅使一行より一足先に笠階の屋敷を訪ねた。
「帝は、この度、東国の平定に尽力された笠階殿を都にお招きし、直接お言葉を伝えたいとの事で、勅使を遣わされました。勅使一行には、取り敢えず隣の町で待っていてもらい、私だけ先に参った次第です。」
悟正は宇木正に面会すると、事の趣旨を告げる。
「急な話で…、」宇木正は戸惑う。「有難い事ですが、都の帝が、どうして私の様な者をお知りになったのでしょうか。」
「それは…、風の噂と申しましょうか。帝は帝なりの、物事を知る伝があるのだと思います。」
「しかし、田舎者ゆえ、何を準備すれば良いのか、どんな格好で行けば失礼が無いのか、全く見当が付きません。」
「そうですよね。…実は、私だけ先に参りましたのには、訳がありまして。」悟正はおのれの毛の無い頭を撫で回す。「この話、何か理由を付けて断って頂く訳にはいきませんか。」
「え!」宇木正は飛び上がらんばかりに驚く。「何故、そのような事を。第一、お断りなどできるものなのですか?」
「確かに…、普通に断るのは無理でしょう。ですから、都まで出て行けない、何か上手い理由が考えられないでしょうか。」
宇木正は、何故悟正がそんな事を言うのか訝しんでいる。悟正は自分の考えを宇木正に説明した。宇木正が帝に呼ばれれば、棟梁たる郷巻興嶽が面白く思わないだろう。その上、娘の山吹も連れて来いと言っている。都に連れて行けば、帝の側室にされてしまうに決まっている。
「うーん。」
宇木正は悟正の意見を聞いて、腕組みをして考え込む。
「帝の顔を潰さずに、都行きをご破算にできる方法が思いつかないのです。笠階殿ならば、何か良い考えが思いつかれるかと思い、先に私だけで訪ねて参りました。」
「そう言われましても、今の話は、悟正殿の憶測ですよね。そうなるとは決まっていない。」
悟正は落胆の色を滲ませながら軽く頷く。
「確かにその通りです。実際に笠階殿が都に行かれても、郷巻殿は何とも思わないかも知れません。ただ、山吹殿がすんなり帰してもらえる見込みはありません。今回の話が持ち上がった時に、帝は既に山吹殿を宮仕えさせるつもりでいらっしゃいました。これを覆すのは無理でしょう。」
「帝にお会いできるとは、悟正殿は、一体どういうご身分で?」
「いや、その、帝がお越しになられる山寺で、私が修行していると言うだけの事です。…郷巻殿については、何か手を打てば、無事に済む可能性がありそうですが、山吹殿は一度都に足を踏み入れたら、そうはいきません。何とか理由を付けて、山吹殿だけでも、都行きをやめさせられないでしょうか。」
「うーん。」
またしても宇木正は考え込む。
悟正は薄々感付いている。今回の件、帝の興味は半分以上、山吹に会う事に傾いている。もし、尤もらしい理由を付けて、山吹を置いたまま都に行けば、何故万難を排して連れて来なかったと激怒するだろう。下手をしたら、宇木正はおろか、悟正にまで罰が下るかも知れない。それでも、一人の娘の運命がかかっている。
「急にその様な話をされても、今ここで何とも申し上げられません。」
宇木正はとうとう、考えるのをやめる。
「そうですか…。」
「勅使様をお迎えする準備を致しますので、お連れ頂けますか?なにぶん田舎で、都の方の口に合う様な物は無いかと思いますが、できる限りの歓迎を致したいと思います。」
「それでは、これから取って返し、明日の午後には勅使を連れて戻って参りましょう。しつこいようですが、ご返事は良く考えてからにして下さい。」
「承知しました。いずれにしても、明日勅使様をお迎えして、正式にお話を伺ってから、考えたいと思います。」
宇木正が慎重な男だと察した悟正は、それ以上は言わずに屋敷を後にし、次の日、勅使一行を伴って、再び笠階の屋敷を訪れた。宇木正は準備万端で出迎えた。門の外から一族郎党が道の両側に並んでいる。屋敷の玄関には足を洗うたらいが置かれ、長旅の疲れをまずは癒してくれと、料理と風呂まで用意されている。夜は夜で、酒宴が催され、恐らく東国で可能な限りの贅沢な料理が並べられた。
勅使からの正式な伝達が行われたのは、次の日の午後になった。実際には前々日に悟正から概要を聞いていたが、宇木正は初めて話を聞いた風を装い、急な事なので検討する時間をくれと言う趣旨の回答をした。
宇木正からの正式回答が出るまで勅使達はやる事が無い。悟正は、正式に勅書が伝達されるまでは勅使一行と行動を共にしたが、それ以降、東国見物にでも来たつもりで接待三昧に明け暮れる勅使一行は放っておいて、悟正は何とか都行きを阻止しようと、次の動きを始めた。山吹に会い、山吹からも宇木正を説得してもらおうと試みる。
「いつぞや以来、御無沙汰しておりました。」
悟正が山吹を訪ねると、山吹は丁寧に挨拶する。以前会ったのは、竹林の館の前だった。当時十六歳、今は十九歳になり、若さが匂い立つかの様だ。
これはいけない。今の山吹が帝の前に出れば、必ず自分のものにしようとするだろう。
悟正は何としても帝に会わせてはいけないと直感する。
「山吹殿、御父上から聞いたでしょうか。都から勅使が来たのは、御父上と貴方を都に連れて行くためなのです。御父上は帝に謁見すれば、それで済むでしょう。しかし、貴方は、帝に会ったら最後、二度とこの地に戻って来れません、それどころか、帝の囲い者として一生を終える事になります。」
それまで明るい表情だった山吹の顔が曇る。
「父から都に招待されているとの話は聞きました。父は、酷く迷っている様でしたが、そういう事情があるのですね。」
「行かずに済ませる、何か良い口実があれば良いのですが、御父上が咎めを受ける事なく、都行きが回避できるような良い口実は無いでしょうか?」
「さあ、私には、どんな理由なら行かずに済むかすら、見当もつきません。」
「貴方から、御父上を説得してはもらえないでしょうか。今の宇木正殿は、求めに応じて都行きも止むを得ないと考えていそうに思います。」
「私には何とも…」
「貴方には、探している青年がいるのでしょう?その人を慕っているのでしょう?」
山吹が目を伏せる。
「だとしても、私は笠階の娘です。父が私の運命を握っています。」
「そんな…最初から諦めては何もできません。もう駄目だ、無理だと諦めた瞬間に運命は決まるのです。」
「悟正殿、私は諦めたとは言っていません。ですが、父は帝の要請に従うでしょう。それが笠階を守る事だと思うからです。」
「せめて、貴方だけでも何とかしなければ。…実は、これは私が蒔いた種なのです。貴方にはとんだ迷惑をお掛けしてしまう。」悟正は頭を下げる。「つい、口を滑らせて、貴方が他人には聞こえない音が聞こえると帝に言ってしまいました。本当に迂闊でした。私は、何としても貴方を救わなければならない。」
「それなら」山吹は悟正を真っ直ぐに見つめる。「私のお願いを聴いて下さい。」
悟正も身を乗り出す。
「どんなお願いでしょう。何でも言って下さい。」
二人は顔を寄せ合って内緒の会話を始めた。