27.ダニング・クルーガー効果
「桐原、聞いて!」
私は勢いよく後ろを振り向いた。
「どうした、工藤」
「私、小説書き始めたの!」
「ほう」
桐原の眼鏡の奥が、わずかに興味を帯びる。
「でね、思ったの。これ、私いけるかもって」
「いける?」
「もう楽しくって筆が止まらないし、面白いのがどんどん書けちゃうのよ。もしかして才能あるかも!」
もしかして、天才高校生作家の誕生になっちゃう!? なーんて……
「工藤。それはダニング・クルーガー効果だ」
「夢を砕くの早すぎない!?」
これは否定されるやつ! なんとなくわかるようになっちゃった。
桐原の眼鏡が、光りを反射させた。
「能力や経験がまだ浅い段階ほど、自分を過大評価しやすい現象だ」
「ちょっと待って、私のこと下手って言ってる!?」
「そうは言っていない。評価が正確とは限らないと言っている」
う……言い方が理詰めで逃げ場がない。
「最初の段階で〝できる気がする〟のは、モチベーションとしては有用だ」
「でしょ!」
「ただし、その感覚が実力と一致しているとは限らない」
ぐっ……。
「最初は誰でもそうだ。できている気がする時期がある」
「桐原も?」
「ああ。俺も最初は、そこそこ書けていると思っていた」
「え、桐原も小説書くの!?」
「中学の時からな」
びっくり。桐原はゲームしかしないと思ってたのに!
「じゃあ今はどうなの?」
「今は足りないものばかり見える。構成も、描写も、表現も。読み返すほどに未熟さがわかる」
自分のダメなところがいっぱい見えちゃうってこと? それって……
「つらくない?」
「人によってはつらいかもしれないな」
「桐原は?」
「それまでの自信は完全に失った」
「最初は自信満々なのに、次の段階で自信をなくしちゃうなんて」
「それがダニング・クルーガー効果だ」
そんな……ずっと自信満々でいたかったのに!
「自分のダメなところばかり見えちゃったら、ショックで筆を追っちゃいそうだわ」
「だがそれは、成長している証拠でもある」
「成長……」
呟くと、桐原は頷いた。
「できない人ほど、自分を過大評価しやすい。能力や知識がまだ低い段階では、自分のミスに気づけないからだ。他人のすごさも正しく測れない。結果、〝自分はいける〟と考える」
それ、まさに今の私ー!
「逆にちょっとできるようになると、今度は上のレベルの存在が見えてくる。自分の未熟さに気づいて、過小評価しやすくなる。だがそれに気づけたからこそ、何が足りないかわかる。それを補おうと努力できる」
「それが成長ってことね」
眼鏡の奥の瞳が、私をまっすぐに見てる。
きっと桐原は今、頑張ってる最中なんだ。
「ねぇ桐原」
「なんだ、工藤」
「桐原の小説、読んでみたいな」
そういうと、桐原は読んで欲しそうな、それでいて困ったような、複雑な顔を見せた。
「だめ?」
「……自信が持てたらな」
「もう、見せる気ないじゃない」
思わず息を吐いた。
だって、体良く断られてるのが丸見え──
「いつか、必ず見せる」
「!」
桐原……本当に?
「じゃあ、約束!」
そう言って私は小指を差し出す。
「子どもじゃないんだ。指切りまでしなくても……」
「いいから、早く小指!」
急かすと、桐原は渋々小指を出してくれる。
私はその指に、そっと自分の指を絡めた。
「約束だからね。桐原」
「……ああ」
その耳が、少し赤くなっていたのは──気のせい?
ーーー♡あやかメモ♡ーーー
*ダニング・クルーガー効果*
初心者ほど自分を過大評価しやすく、少し成長すると逆に自信を失いやすくなる心理現象。
でもそれは、
〝今まで見えていなかった自分の実力が見えるようになった〟ってことでもある。
最初の自信も、途中の不安も、どっちも必要な通り道。
だから──
落ち込んでも、やめないのが一番大事⭐︎
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