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6. 消えた 守護者

  魔力に関して いくら敏感であっても、魔法が使えなければ 意味はない。


「!?」


  なんの前触れもなく、ユニシス目がけて 《風》が襲い掛かったのは、ほんの少し前のことだった。

  咄嗟に 体が動いたのは、日頃の 《鍛錬》のおかげ ――― ユージーンから武術を習っていたのも 大きいといえる。

「主!」

「主さまっ!」

「!」


  魔力で増幅された場合、風といえども 立派な 《凶器》と化す。

  モノならば 剣で防ぐことが可能だが、カタチの無い風だと そうはいかないから、厄介だった。

「わっ」

「主、下がれ!」

「ここは、我々に任せて!」

  姿を消しつつ そばに控えていた 《使い魔》たちが、一斉に ユニシスの周りを取り囲む。


  身を切り裂くのが目的の《かまいたち》は、攻撃魔法の 基本である。

  魔法学校の 臨時教師として、魔力の 《仕組み》を 生徒たちに教えているユニシスなら、魔法を見ただけで、術者の 《特徴》を見破ることができた。

  襲ってきた かまいたちは、基本形とはいえ、精度の高さや威力を考えると、かなり手練れの 魔法使いであろう。


  …… 嫌な感じだ。

  まさか、実家の コランドール家の 誰かなのだろうか。

「…… 何とか追い払ったようだな」

「あっさり引くところを見ると、《本気》ではなかったらしいね」

「そうみたい ……」


  ほっと 息をついたのも つかぬ間、肌が 何かを感じ取る。

  これは ――― 殺気!

「主 …… 何だか、危ない目つきだぞ、こいつら ……」

  路地裏から、複数の人間が のろのろと姿を現した。


「操られているね、どうする 主さま?」

「どうするも こうするも ―――」

  武器を持っていたって、相手は ただの、一般人だ。 操られているにすぎない。

「攻撃するわけには いかないでしょ。 とにかく、武器を奪って ……」

「ちっ …… 風が戻ってきやがった!」

「風を 避けながら、住民の対応? …… 面倒だな、ヤっちゃいたいよ、主さま?」

「―――――― レ・シ・イ?」

「冗談だよ …… ごめんなさい、主さま。 言うこと聞くから、怒らないで?」


  魔物の中では 歳若い ――― レシィという 少年姿の魔物は、とたんに甘えた声を出した。

  普段は 姿を消しているが、彼は いつもユニシスのそばに 《べったり》とくっついているので、時々 遠くに行かせることにしている。


  先日も 少し距離を置いて、彼は今朝 戻ってきたばかり ――― しばらくは 誰が何と言おうと、絶対 離れないと宣言している、困ったヤツなのだ。

  魔物特有の 残虐な思考の持ち主なので、できる限り 近くに置いて、今みたいに 人を襲わないように、《躾》してはいるのだが ……。

「レシィは 風に集中して、リュークは 結界を。 万が一、魔法が飛び散ったら危険だからね。 サーウィは 住民の武器を奪って!」

「了解! …… って、リュークは いらないよ」

「黙って従え、主の命令だぞ」


  ぎゃいぎゃい 騒ぎながら、指示の通りに動く 魔物たち ――― この光景こそ、ユニシスが 《魔物憑き》と呼ばれ、忌み嫌われる原因の 一つだった。

  理由はわからないが、昔から 魔物に好かれる。

  そして、歳を重ねるにつれ、その度合いは増すばかり …… 最近は、まったくの 《主従関係》になってしまい、自分でも どうすることもできずにいた。


  人でありながら、魔物を 使役する、不届き者。

  魔物に 魂を売りとばした、犯罪者。


  事実とは異なるが、他人からすれば、そう見えるのだろう。

  あながち、当たらずとも遠からず …… なのが、少々痛い。

「はあ ………」


  さみしい時、心細い時、恐怖を感じる時 ――― ユニシスのそばには、常に 魔物がいた。

  家を追い出され、ユージーンも セラスティア王子も、誰も アテにできない時、いてくれたのは 魔物だけだった。


  彼らは、確かに 人にとっては有害かもしれない。

  人を襲い、人を喰らう、悪しきモノ。

  けれど、彼らだって、理由なく襲う連中ばかりではないのだ。

  下級の魔物は 例外だが、言葉を話せる高位の者ならば、言葉でも 止めることはできる。


  すべてが、手に負えない 《悪》ではない。

「相容れぬモノ …… すべてを 否定して、《排除》しようとするのは、人間の 《悪いクセ》だよ」


  共存することを、人は 往々にして拒む。

  危険があるから。 万が一を 考えて。

  言い訳など、いくらでも出てくるだろう。

「…… 排除するためなら、《何をしても》いいの?」

  

  人間は、決して 《聖人》ではない。

  ウソはつくし、人を騙し陥れたり、殺人などの 犯罪を犯す生き物だ。

  人と 魔物と、何が 違うのだろう。

  やっていることは、ほとんど大差がないと思うのは、自分だけなのだろうか。


「こういうことを考えるから、嫌われるのかな ……」

  別に、特別 魔物を贔屓にしているわけではないが、自分に対して好意的に接してくれる存在を、庇いたくなるのは 当然の心理ではないか。


  事実、殺せば簡単に済む 状況なのに、魔物は けなげにも、ユニシスの言葉を忠実に守り、人を傷つけないように戦っている。

  彼らを 称えろとは言わないが、せめて 認めてほしい。

  魔物だって 《感情》があり、それぞれ 《性格》があり、《理性》だって 持ち合わせていることを ―――― 。


「主!」

  サーウィの声に、はっと我に返る。

  きらりと光る 刃物が、背後から迫り ―――。


「!」

  強い力で 引っ張られたと 気付いたときには、終わっていた。

  キイン と、金属がぶつかる音の中で、ユニシスは 誰かの体温に包まれていることを知る。

「え ………」

「――――――― すまない、遅くなった」


  頭上から、ぼそぼそと届く 低い声。

  頬に当たるのは、その人の 胸の辺りだろう ――― 騎士のくせに 《鎧》を纏っていないから、服と 男の肌を、直に感じる。


  黒の騎士、カイ・タチバナ。

  背後からの攻撃を難なく防ぎ、そのうえ 相手を完全に気絶させるのに、時間はかからなかったらしい。

「…… 遅いぞ、黒騎士」

「ふん …… 気に食わないが、とりあえず 主さまのことは、任せたぞ」

「……… ああ」


  黒騎士の存在に すっかり慣れてしまった使い魔たちは、主の無事を確認すると、再び 動き出していた。


※ ※ ※


  とりあえず、現時点で 騎士ができる範囲のことは、もう終えたのだろう。

  あとは、魔法が関係する、自分たちの 《領域》だと言わんばかりに、魔物たちは それぞれ 力を振るう。



  ………… やはり、何かあるな。


  気になることを調べに 朝から動き回っていた騎士だが、ふいに嫌な予感がして、急遽 ユニシスを探していたところだった。

  戻ってきて、正解だ。

  セラスティア殿下の 予想通り、はっきりとはしないが、水面下で何かが起きているのは、もはや間違えない。


  魔物たちの 活躍を見ながら、考え込みだした騎士のすぐ下で、少女の声がする。

「…… き、騎士さま ……」

「?」

「い …… いつまで ……」


  声が震えているのは、やはり襲われたことが 怖かったからか ――― と、騎士が ひとり納得していると、予想外の言葉が 小さな口から発せられた。

「いつまで、この体勢で いるつもりですかぁっ!」

「……… ?」


  真っ赤になって 憤慨している様子に、騎士は改めて、今の 《体勢》を目で確認する。


  助けに入ったまま、がっちりと腕に抱きしめてはいるが、まだ 安全が確保されたわけではないのだから、当然だと思うのだが。

  目の前の少女は、どうやら 違うらしい。


「………… 何か、問題でもあったのか?」

  よく わからないからと、素直に尋ねた騎士は、言葉の選択を 間違えたことに、なんとなく気付く。

「?」



  北方の地で、屈強な男たちに囲まれて育った 騎士は、少女という 《生き物》に接するのが 実は初めてだった。

  北の女性たちは、王都とは まるで違う。

  ほとんどが 女戦士であり、放っておいても死なないような、たくましい人ばかり。

  ユニシスのように、小さくて 華奢な少女なんて、どう扱えばいいのか 見当もつかなかったのだ。


  騎士として 王都に呼ばれた以上、職務をまっとうすべし ――― それを実践しただけなのに、なぜ 少女は、こうも怒っているのだろう。


  わからないから、下手に 謝ることもできない騎士は、無言のまま、腕を解いて 少女を解放することしかできなかった。


「…………」

「…………」



  暴れる魔物の 後ろで、気まずい雰囲気の人間 約二名。 はたから見れば、滑稽だろう。


  王都の女性は、やはり難しい ――― 。


  男は、無表情と評される顔を、少しだけ曇らせた。

  騎士というものは、剣で解決できないことは、基本的に苦手なのである。


※ ※ ※


  その日の 夕方。


  ユニシスは 確かに、神竜の声を聞いた。

  友人であり、親のような存在でもあった、炎を司る 竜。


「…… アストレイア?」


  《助ケテ ……》

  《コノ 国ヲ、ドウカ 守ッテ ……》


  初めて耳にする 悲痛な叫びは、切れ切れで 聞き取りにくい。


「…… なに、何があったの? アストレイア!?」

「主さま!」

「コド火山から、魔力が失われていきます!」

「火山は 神聖なモノなのに …… どうして!」


  怪しいとは気付いていたのに、何が原因か、誰も 探り当てることができないまま。


  沈む 夕陽と同じく。

  この国の守護者は、世界から 気配ごと、消えてしまったのである。

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