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百人目の囚人  作者: 朝山 みどり


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07 侍女ガーベラ

悪魔は嘘をつかない。嘘が嫌いなんてことではない。必要ないからだ。

嘘で身を守ったり、他人を陥れたりしない。強いからだ。

エミリーを復讐に誘ったのも気まぐれだ。正義を守るなんて、みじんも思っていない。

エミリーが言いたいことを言いたいと願ったから、場所を闘技場に設定した。

証言者は人間らしく嘘をついたが、言いたいことを言えるようにしたやったら、おもしろいことになった。

 

07 侍女ガーベラ


 証言者として出廷するよう求める書状を、ガーベラは三度読み返した。


 王室の紋章。自分の名前。侍女の身で、王都の闘技場に立つのだという。


 胸の奥がくすぐったくなって、書状を抱えたまま小さく跳ねた。


(私が、王室に呼ばれるなんて)


 あの日、牢へ入れられる前のエミリー様の部屋で、確かに瓶を見た。そう申し上げたとき、奥様は何度もうなずいてくださった。あれからというもの、屋敷の中でガーベラを見る目が変わった。使用人仲間は声をひそめて道を空け、料理長はおやつをひとつ多く包んでくれた。


 その続きが、闘技場なのだ。


 ガーベラは書状を丁寧に畳み、エプロンのポケットに入れた。それから、奥様の部屋へ急いだ。


 扉をたたくと、中から「お入り」と声がした。


 奥様は鏡台の前で、侍女頭に黒いベールをあてさせているところだった。


「失礼いたします、奥様。あの、私にも書状が届きまして」


「ええ、聞いているわ。ご苦労さま」


 奥様はベールを外させ、ガーベラへ向き直った。


「何か用かしら」


「はい、あの……当日、何を着ていけばよいのかと思いまして」


 口にしてから、ガーベラは慌てて両手をエプロンの前で重ねた。


「いえ、もちろん、いつもの侍女のお仕着せで十分だとは承知しております。ただ、大勢の方がいらっしゃる場だと伺ったものですから、失礼があってはいけないと思って」


 言葉とは裏腹に、声がはずんでいた。奥様はそれを見て、口元をゆるめた。


「そうね。王室の方々の前に出るのだもの。お仕着せでは寂しいわね」


「そうでございましょうか!」


「ちょうどいいものがあるわ。少し待っていなさい」


 奥様は侍女頭に目で合図した。侍女頭は一礼して部屋を出ていき、しばらくして、大きな布包みを抱えて戻ってきた。


「エミリーの部屋にあったものよ。処分するように言われているのだけれど、捨てるにはもったいなくて」


 奥様は包みの紐を解いた。


「あの子のお古で悪いけれど、あなたなら着られるでしょう。仕立て直せば、ちゃんと見られるわ」


 布の間から現れたのは、淡い水色のドレスだった。


 ガーベラは目を見開いた。


「まあ……こんなに上等なものを、よろしいのですか」


「いいのよ。あなたには、これからも働いてもらうのだから」


「ありがとうございます!」


 ガーベラは深く頭を下げ、ドレスを両手で受け取った。


 絹の手触りは、なめらかで冷たかった。襟元には細かなレースが重なり、袖口には白い小花の刺繍が並んでいる。


 見覚えがあった。


(これ、ポーラ様が作っていただいたドレスだわ)


 三年ほど前のことだ。仕立屋が屋敷に呼ばれ、ポーラ様は何日もかけて生地を選んだ。この水色がいいと言い張って、奥様に何度もねだっていた。出来上がった日には、鏡の前でくるくる回り、ガーベラに何度も「似合う?」と聞いた。


 けれど、袖を通したのは、たった二度だったと思う。


 ある朝、ポーラ様は唇をとがらせて言った。


「この色、もう子どもっぽくて嫌になっちゃったわ」


 ちょうど、そばにエミリー様がいた。


「お姉様に、ゆずってあげる。特別よ」


 奥様は、うれしそうに手を打った。


「まあ、ポーラは優しいのね。エミリー、お礼を言いなさい」


 エミリー様は、一瞬だけドレスを見つめてから、頭を下げた。


「ありがとう、ポーラ」


 そう言って受け取った。


 エミリー様のほうが背が高かったので、裾が短かった。それを、エミリー様は夜のうちに自分で丈を直していた。


 ガーベラは、そっと裾を裏返してみた。


 色の違う糸が、小さな縫い目で、まっすぐに並んでいた。


「どうかしたの?」


 奥様の声に、ガーベラは顔を上げた。


「いえ。あまりにきれいで、見とれておりました」


「そう。丈は直しなさいね」


「はい、奥様」


 部屋を出て、廊下を歩きながら、ガーベラはドレスを胸に抱え直した。


 あの縫い目を、エミリー様はどんな顔をして縫ったのだろう。


 そう思いかけて、首を振った。


(お古だって、これだけ上等なんだもの。私が持っているどんな服よりいいわ)


 自分の部屋に戻ると、さっそく扉を閉めて、ドレスを体に当てた。小さな鏡の中で、水色が顔を明るく見せている。


 着てみると袖と裾が長かった。直すのが大変そうだが、証言の為だ。

 

 ガーベラは、くるりと回ってみた。


「ガーベラと申します。私は、エミリー様の部屋で瓶を見ました」


 声に出して、胸を張る。


 堂々と言えるように、あと何度か練習しておこうと思った。


 ドレスの裾がふわりと広がった。それは、かつて誰かの手で丁寧に縫い足された裾だった。

「天使を拾った。」という短編を投稿しております。

読んでみてください。https://ncode.syosetu.com/n1023mw/

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