30 侯爵家の後始末
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30 侯爵家の後始末
説明会から三日後、侯爵夫妻は王妃に拝謁を願い出た。
通されたのは、王宮の小さな応接室だった。窓の外では、園遊会の支度をする庭師たちが花壇を整えている。
先に着いた侯爵は、椅子には座らず、落ち着かない様子で卓の縁をなでていた。
「いいか。まず、感謝を申し上げるのだ」
「ええ、わかっておりますわ」
夫人は扇を握り直した。
「ただし、こちらが何をしてきたかは、はっきりお伝えしなければなりません」
扉が開き、王妃が入ってきた。侍女は連れていない。目の下には、薄く影が落ちていた。
夫妻は揃って頭を下げた。
「お時間をいただき、ありがとうございます、王妃殿下」
侯爵が口を開いた。
「先日の会合では、私どもも協力を惜しみませんでした。何より、ポーラの部屋から見つかった瓶のことです」
王妃は椅子に腰を下ろし、無言で先を促した。
「あの瓶が誰のものか、役人に何を聞かれても、私どもは知らぬ存ぜぬで通しました。娘にも、覚えていないと言い続けました」
「ええ。うっかり王女殿下のお名前が出ては、王家にご迷惑がかかりますもの」
夫人が言い添えた。
「ですから、私どもがどれほど王家のために心を砕いたか、お汲み取りいただきたいのです」
王妃は、しばらく二人を見つめていた。
「王家のために」
低い声だった。
「それは、貸しだとおっしゃりたいのですか」
侯爵は慌てて首を振った。
「いえ、決してそのような」
「瓶のことは黙っていてあげた、と聞こえました」
王妃の指が、膝の上で握られた。
「黙っていてあげたのに、私どもの娘のことは、よくしてくださらなかったと」
「王妃殿下、私はそこまでは……」
「では、お聞きします」
王妃は夫人へ視線を移した。
「あの大広間で、王女殿下から預かったことは内緒にして差し上げたのにと叫んだのは、どなたの娘でしたか」
夫人の扇が止まった。
「それは、その、動揺しておりまして……」
「国中の貴族の前で、知らないことにしていたものを、あなたの娘が自分で明かしたのです」
王妃の声が、少しずつ高くなった。
「そのうえ、あなたは母親でありながら、あの子を止めもせず、一緒になって喚いていた。それで、口をつぐんでいたとおっしゃるの?」
「王妃殿下、お言葉ですが」
侯爵が言いかけた。
「お言葉ですが、何です」
王妃は立ち上がった。
「そもそも、あなたの娘が姉の婚約者を寝取らなければ、こんなことにはならなかったのです」
夫妻は息をのんだ。
王妃自身も、一瞬、口を閉じた。
(私は、何を言っているの)
けれど、一度出た言葉は止まらなかった。
「お宅の娘の躾はどうなっているのです。姉の婚約者に手を出すような子を育てておいて、よくも貸しなどと」
「王妃殿下、お待ちください。それを言うなら、王女殿下が私どもの娘を巻き込んだのではありませんか」
侯爵の顔が赤くなった。
「ポーラは、殿下に頼まれて……」
「頼まれれば何でもするのですか。毒でも、姉の婚約者でも」
侯爵は言葉に詰まり、夫人が低く言った。
「ひどいですわ。私どもだって、被害者でございます」
「被害者?」
王妃は、短く笑った。
「娘を牢に入れて、裁判の日には黒いドレスを選んでいた方が、被害者ですか」
夫人の顔から、血の気が引いた。
王妃は唇をかんだ。言うべきではないことまで、言ってしまった。それでも、胸の奥のものは収まらなかった。
王女の離宮行きを、昨日、役人が報告してきた。持っていく荷物の一覧には、好物のお菓子の名は入っていなかった。
(あの子に、何もしてやれない)
その苛立ちを、目の前の二人にぶつけているだけだと、王妃自身がいちばんよくわかっていた。
だが、侯爵が顔を上げた。
「王妃殿下。そうおっしゃいますが、あの会合を開いたのは、王家の説明のためでございましたな」
「何ですって」
「会合の結果、税の免除を飲まされたのは、王家の準備が行き届かなかったからではありませんか。私どもに当たられても……」
「侯爵」
王妃の声が、氷のように冷たくなった。
「あなたの口から、準備という言葉が出るとは思いませんでした」
侯爵は口を閉じた。
「エミリー嬢は、家の帳簿を整えていたそうですね。細かく調べられて面倒だったと、あの場で聞きました」
夫妻は、答えなかった。
「出ていきなさい。今日の話は、なかったことにします」
「王妃殿下……」
「聞こえませんでしたか」
夫妻は深く頭を下げ、無言で応接室を出た。
扉が閉まる音がすると、王妃はゆっくりと椅子に座り直した。
しばらくして、控えていた侍従が声をかけた。
「王妃殿下、お茶をお持ちいたしましょうか」
「……ええ」
答えてから、王妃は窓の外へ目をやった。
庭師たちが、庭に花を植え続けている。
(結婚の話を、進めなければならないのね)
あの二人の娘と、自分の息子の。
王妃は目を閉じ、深く息を吐いた。
廊下では、侯爵夫妻が互いの顔を見ないまま、並んで歩いていた。馬車に乗り込むまで、どちらも一言も口をきかなかった。
車輪が動き出してから、ようやく夫人が呟いた。
「恩を売るつもりでしたのに」
「黙っていろ」
侯爵は窓の外を見たまま、そう答えた。
夫人は扇を膝の上に置いた。いつもなら音を立てて開くその扇が、今日は一度も開かれなかった。




