27 説明会(二)
27 説明会(二)
司会者の言葉を聞き終えるより早く、侯爵が立ち上がった。
「待っていただきたい」
椅子が後ろへずれ、脚が床をこすった。
「王女殿下だけをお助けするおつもりか。我々には、何の説明もなかったぞ」
司会者は書類を抱えたまま、侯爵を見た。
「皆様にも、ご理解いただけるものと……王女殿下さえお守りできれば、あとはどうなっても構わないと言われておりました」
「誰に!」
侯爵の声が跳ね上がった。
司会者は口を結んだ。答えずにいる間にも、額から汗が流れ落ちた。
侯爵夫人も立ち上がった。
「冗談ではありませんわ。我が家だけ恥をかかせて、王女殿下は何もご存じなかったことにするなんて」
夫人は王女へ顔を向けた。
「ポーラを巻き込んだのは、殿下ではありませんか」
「私が無理に頼んだわけではないわ。ポーラだって、喜んでいたでしょう」
王女は言い返した。
「姉がいなくなれば、お兄様と結婚できると言ったら、すぐに引き受けたじゃない」
「殿下こそ、お姉様が目障りだとおっしゃったでしょう!」
ポーラも母の隣で立ち上がった。
「部屋から瓶が見つかったときも、殿下から預かったことは内緒にして差し上げたのに!」
王女はポーラをにらんだが、ポーラは言葉を止めなかった。
「私だけ悪者にするなんて、ひどいです。私はお姉様のものが欲しかっただけです!」
言い終えたポーラは、唇を震わせた。
前列の貴族が、ゆっくりと眉を上げた。
「欲しかっただけ、か」
ポーラは、その声の主へ向き直った。
「だって、お姉様ばかり褒められるんですもの。王太子殿下の婚約者なのもお姉様で、私はいつも、その妹でしかなかったんです」
「それで、姉を牢へ入れたのだな」
「はい。お姉様が罪人になれば、皆、私を見てくださると思いました」
侯爵夫人が娘の腕を引いた。
「ポーラ、もうおやめなさい」
「お母様だって、お姉様がいなくなってせいせいするとおっしゃったわ!」
「ええ、言いました。あの子がいると、私が何もわかっていないように見えるのですもの!」
夫人は叫んでから、両手で口を覆った。
侯爵が妻をにらんだ。
「余計なことを言うな!」
「あなたこそ、エミリーがいなくなれば、家の金の使い道に口を出されずに済むとおっしゃったでしょう!」
「実際、細かく調べられて面倒だったのだ!」
侯爵の返事に、客席から乾いた笑いが漏れた。
「なるほど。よく働く娘を追い出し、金を好きに使いたかったわけか」
先ほどの貴族が言うと、侯爵は顔を赤くした。
「どこの家にも、他人に知られたくない事情はあるでしょう!」
「あるとも」
貴族は、あっさりとうなずいた。
「だが、私は娘を毒殺未遂の犯人にはしていない」
侯爵は口を開きかけ、何も言わずに閉じた。
王女が苛立ったように肘掛けをたたいた。
「こんな話をするために集まったのではないでしょう。ロザリーが勝手にしたことだと説明すれば、それで済むのよ」
ロザリーが顔を上げた。
「殿下……」
「あなたには侍女頭の地位を約束したでしょう。それなら、最後まで私のために働きなさい」
「そのお約束を信じて、嘘の証言をいたしました。ですが、私だけが罰を受けるとは伺っておりません」
「私が罰を受けるわけにはいかないでしょう!」
王女の声が、広間に響いた。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて、前列の年配の貴族が立ち上がった。
「事情は、十分にわかった」
司会者が、すがるような目を向けた。
「では、この会合は……」
「まだ終わらぬ」
年配の貴族は、王女から侯爵夫妻へと視線を移した。
「このまま事実を公表すれば、王家も侯爵家も、ただでは済まない。そこは皆、理解しておられるな」
侯爵が何度もうなずいた。
「もちろんです。だからこそ、慎重に話をまとめる必要があると申し上げているのです」
「自分が助かりたいだけだろう」
「そうだとも!」
侯爵は即答してしまい、悔しそうに唇をかんだ。
年配の貴族は、周囲の席を見渡した。
「ロザリーとガーベラが、主人たちを陥れた。毒も証拠も、侍女二人が用意した。そういう説明なら、形はつくだろう」
ロザリーが立ち上がった。
「お待ちください。私は殿下の命令で……」
「わかっている」
貴族はロザリーを見た。
「命令した者も、従った者も、この場で十分に話した」
「それでは、なぜ、私たちだけが!」
「そのほうが、我々に都合がよいからだ」
広間のあちこちで、うなずく者がいた。
ロザリーは、その顔を一人ずつ見た。ロザリーの味方になってくれそうな者は、一人もいなかった。
「ガーベラは、この場にもおりません」
ロザリーの声が細くなった。
「どうということはない」
侯爵が言った。
夫人が夫の袖を引いた。だが、自分もすぐに口を開いた。
「侍女二人の企みだったのなら、私たちは騙されたことになりますわね」
「そういうことにすれば、です」
年配の貴族が答えた。
「ただし、我々が黙って協力する理由が必要だ」
侯爵の顔から、わずかに戻りかけていた血の気が引いた。
客席の別の貴族が立ち上がった。
「今回の件で、王家の判断には大きな不安を抱いた。今後、同じような疑いをかけられぬよう、我々も備えをせねばならん」
「備え、とは?」
司会者が尋ねた。
「金だ。王家へ納める税を免除していただこう」
「賛成だ」
すぐに、後方の席から声が上がった。
「我が領地は、昨年から橋の修繕が遅れている」
別の貴族も、身を乗り出した。
「私は屋敷を増築したい」
そう言った貴族は、一度口を押さえた。
隣の男が笑った。
「私は借金を返したい。どうせ隠せぬのだから、もう言ってしまおう」
「理由は何でもよい。免除されることが大切だ」
税の免除を提案した貴族が言うと、周囲の者たちもうなずいた。
貴族たちの声が、次第に活気を帯びていった。
司会者は、慌てて王太子へ向き直った。
「殿下。王家への納税に関わることです。何かお言葉を」
王太子は、長く黙っていた。
王女とポーラを見比べ、それから客席へ目を向けた。
「エミリーに聞けばいいのだ」
貴族たちの声がやんだ。
「何を、でしょうか」
司会者が尋ねた。
「こういうとき、どうすればよいかだ。あれは、いつも必要な書類をそろえて、誰に話を通すかまで考えていた」
「殿下ご自身のお考えは?」
「面倒だ」
王太子は答えた。
「誰かが決めてくれれば、それでいい。私は、こんな会合をいつまでも続けたくない」
前列の貴族が、隣の者と顔を見合わせた。
「この方を、次の国王にするのか」
「困るな」
隣の貴族は眉をひそめた。
「エミリー嬢がいれば、何とかなったのだろうが」
「もうおらぬ。戻ってくるとも思えん」
さらに隣の席から返事があった。
王太子は不快そうに身じろぎした。
「私の前で、勝手な話をするな」
「では、間抜けなりに答えていただけますか?」
年配の貴族が尋ねた。
司会者が息をのんだが、貴族は構わず続けた。
「税を免除するなら、減った収入をどう補うおつもりです。王女殿下の処遇は。侯爵家の関与を、どこまで認めますか」
王太子は答えなかった。
問いを重ねられるほど、椅子の背へ深くもたれていった。
「……どうでもいい。父上が決めればよい」
年配の貴族は、小さく息を吐いた。
「では、次の王太子は、我々で候補を選ぼう」
王女が立ち上がった。
「何を言っているの。お兄様が王太子よ!」
「それでは困ると、今、話しているのです」
貴族は静かに答えた。
「王家につながる血筋から、国政を担える者を選ぶ。陛下の養子として迎え、王太子に立てていただく。それがよかろう」
「勝手に決めるな!」
王太子が叫んだ。
年配の貴族は、王太子を見た。
「ですが、殿下。先ほど、ご自分で誰かが決めてくれればよいとおっしゃいましたな。賢いエミリー嬢も、殿下を間抜けだと評しておられた」
王太子の口が動いたが、声は出なかった。
客席から、遠慮のない声が上がった。
「ポーラ嬢との結婚は、そのままでよいのではないか」
そう言った貴族へ、隣の男がうなずいた。
「姉の婚約者が欲しかったのだろう。望みがかなって、よかったな」
ポーラが顔を赤くした。
「私は、王太子妃に……」
「欲しかったのは、お姉様のものだと、自分で言ったではないか」
貴族の一人が笑った。
「寝取りで手に入れた相手だ。大切にして、仲良く暮らすがよい」
王太子がポーラを見た。ポーラも王太子を見たが、二人とも、すぐに目をそらした。
司会者は机に手をついた。
「陛下のお許しをいただく前に、ここで結論を出すわけには……」
「では、この会合の総意としてお伝えしよう」
年配の貴族が言った。
「税の免除。侍女二人を主犯とする事件の説明。そして、我々が選ぶ者を王家の養子に迎え、新たな王太子とすること。この三つだ」
「陛下がお認めにならなかった場合は?」
司会者の問いに、貴族は胸元から手帳を取り出した。
「今日、聞いたことを、そのまま話す」
開かれた手帳には、細かな字が並んでいた。
「忘れぬよう、書いておいたのでな」
侯爵が椅子へ崩れるように座った。
王女は立ったまま、客席をにらんでいた。ポーラは母の手を振り払い、ロザリーは誰にも声をかけられず、六人の席の端でうつむいていた。
司会者は、何度も書類をめくっている。
(何のために、打ち合わせをしたのだ)
会場の後方へ目を向けると、黒い服の男は、もういなかった。
扉は閉じられたままだった。
空いた椅子を見つめる司会者の耳に、前列の貴族の声が届いた。
「さあ、書記殿。陛下へお届けする文書を作っていただこう。税の免除は、いつから適用されるかも忘れずにな」




