26 説明会(一)
26 説明会
翌週、王宮の大広間で会合が開かれた。
高い窓から差し込む光の下に、椅子が整然と並んでいた。招かれた貴族たちは、それぞれ席に着き、前方に用意された六人の席へ視線を向けていた。
侯爵夫妻とポーラ。王女と、その侍女ロザリー。そして王太子。
国王夫妻の姿はなかった。
事情を説明するために呼ばれた者たちの顔は、どれも硬かった。ポーラは膝の上で両手を握り、ロザリーは顔を上げようとしなかった。
司会者は手元の書類を確かめた。質問の順序も、答える内容も、事前に打ち合わせてある。余計な発言をさせず、予定どおりに進めればよかった。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。先日の裁判に関しまして、皆様からお寄せいただいた疑問について、ご説明申し上げます」
貴族たちの私語がやんだ。
司会者は王女へ向き直り、丁寧に頭を下げた。
「王女殿下、伴われている侍女は闘技場でその……そのとんでもない発言をした者でお間違いないでしょうか?」
「はい、信頼する侍女、ロザリーでございます」
「その……あの……あの発言はご存じですよね」
「はい、存じております。でも……ロザリーがあのようなことを……信じられません。私はロザリーを信じております」
「承知いたしました。王女殿下のお優しいお気持ちを尊重いたします」
司会者は王女へ優しく微笑みかえると、咳ばらいをして姿勢を正した。
「まず、王女殿下に伺います。侍女が毒を用意したとのことですが、殿下はご存じでしたか?」
そのとき、広間の後方で、壁の一角が水面のように歪んだ。
窓から届いていた光が、ほんの一瞬、揺らいだ。だが、前方へ注意を向けていた者たちは、誰も気づかなかった。
王女は背筋を伸ばした。膝の上に重ねた手も、顎を少し引いた姿勢も、打ち合わせのときと同じだった。
「いいえ。私は何も知りません。話を聞いて、驚きました」
落ち着いた声だった。
司会者は小さくうなずいた。
(この調子なら、心配はいらない)
「エミリーが牢に入っていたことも知りません。……看守には、食事も出すなと命じました。いい気味ね」
司会者は顔を上げた。
王女も、そこで言葉を止めた。唇がわずかに開いたままになり、膝の上の指が強く絡み合った。
前列の貴族が身じろぎした。その隣では、夫人が扇を口元へ引き上げていた。
驚きの声は上がらなかった。けれど、先ほどまでとは違う沈黙が広間を覆った。
司会者は書類へ目を落とした。
(そんな話は、聞いていない)
予定の答えには、牢も看守も出てこない。知らなかったと言った直後に、食事を禁じたと認めてしまっていた。
「殿下、毒の購入について、お話しいただけますか」
司会者は、用意してあった次の質問へ進んだ。
王女は一度、唾をのみ込んだ。
「毒は、侍女が勝手に買いました」
ロザリーが顔を上げた。
王女はそちらを見ないまま、続けた。
「……買えないとか言うから、書類を用意してあげたのよ。それくらい、自分でどうにかしてほしかったわ」
今度は、声を抑えきれない者がいた。
「書類を?」
前列の貴族が、隣の男を見た。
「では、王女殿下はご存じだったということか」
男が応じると、周囲でも声が上がった。ざわめきが広がり、ロザリーは再びうつむいて、椅子の上で身を縮めた。
「皆様、お静かにお願いいたします」
司会者は片手を上げた。後方の席まで静まったか確かめようと、広間を見渡した。
「わあっ!」
自分の声が、大広間に響いた。
近くにいた貴族が、驚いて司会者を見た。
司会者は慌てて口元を押さえた。
会場の後ろに、黒い服を着た男が座っていた。
長い脚をゆったりと組み、こちらを眺めている。整った顔立ちは、遠くからでも目を引いた。黒い衣の襟元からのぞく肌は白く、窓の光を受けた瞳には、金色の輝きがあった。
(あんな男が、いたか?)
扉は閉められていた。両脇には衛兵が立ち、会合が始まってから誰も出入りしていない。
司会者は開始前に、席の並びも、招待客の顔ぶれも確かめたはずだった。
(私が見落としたのか。あれほど目立つ男を?)
男は司会者と目が合うと、わずかに口角を上げた。
司会者は視線をそらし、咳払いをした。
「失礼いたしました。説明を続けます」
手元の書類を持ち直した。
(まずは、王女殿下の発言を訂正しなければ。もう一度尋ねれば、今度こそ打ち合わせどおりに……)
「王女殿下、もう一度伺います。侍女が毒を用意したことを、殿下はご存じなかったのですね?」
司会者は王女に向かって、安心させるようにうなずいた。
「どうぞ、落ち着いてお答えください。本日は殿下の潔白を明らかにするために……侍女にすべての責任を負わせるために、この会合を開いております」
最後まで言い終えてから、司会者は口を閉じた。
王女の目が見開かれた。
貴族たちの視線が、一斉に司会者へ向いた。
(何を言っているんだ、私は)
司会者は慌てて首を横に振った。
「ただいまの発言は、言い間違いでございます。事前の打ち合わせどおりに進めるつもりが、本当の目的を申し上げてしまいました」
また、言ってしまった。
取り消すはずだった。先ほどの発言には別の意味があると説明し、会合を先へ進めるはずだったのだ。
会場のどこかで、扇が閉じられた。
その小さな音が、妙にはっきりと響いた。
「打ち合わせとは?」
前列に座っていた貴族が尋ねた。
司会者は書類を胸元へ引き寄せた。
「王女殿下は何もご存じなかった。侍女が勝手に毒を買い、エミリー嬢を陥れた。皆様には、そのようにご説明する予定でした」
ロザリーが、ゆっくりと顔を上げた。
王女を見てから、司会者を見る。その唇は震えていたが、声は出なかった。
「今、王女殿下は、ご自分で書類を用意したとおっしゃったではないか」
別の貴族が指摘した。
「はい。そこは聞かなかったことにして、次の質問へ進むつもりでした」
司会者の額に汗が浮かんだ。
書類を握る指に力が入り、紙が小さく音を立てた。
(口を閉じろ。何も言うな)
司会者は唇を結んだ。
だが、前列の貴族は、それで質問をやめなかった。
「では、我々は何を聞くために呼ばれたのだ?」
低い声だった。
司会者は、その貴族と目を合わせたまま背筋を伸ばした。
「王家に不都合のない説明です。それをお聞きになり、納得してお帰りいただくためでございます」
広間のあちこちで、息をのむ音がした。
王太子は司会者を見つめていた。侯爵は視線を落とし、夫人はポーラの手首をつかんだ。立ち上がりかけた娘を、席へとどめるような仕草だった。
「納得できなければ?」
先ほどの貴族が重ねて尋ねた。
「王女殿下のお言葉を疑うのかと申し上げるつもりでした」
「我々に説明を求められて開いた会合で、我々を黙らせるつもりだったのか」
「はい。詳しく調べ直すよう求められては困りますので」
司会者は自分の声を聞きながら、膝から力が抜けていくのを感じた。
壇上の机へ手をついた。書類を置こうとしたが、指がこわばって離れなかった。
王女が肘掛けを強くたたいた。
「あなた、黙りなさい!」
司会者はびくりと肩を震わせた。
「私も黙りたいのでございます!」
思いがけず大きな声が出た。
返事をした本人が、最も驚いた顔になった。
広間の後ろで、誰かが短く息を漏らした。笑いかけて、慌ててこらえたような音だった。
司会者は青ざめ、会場の後方へ目を向けた。
黒い服の男が、口元に手を添えていた。肩がわずかに揺れている。
(あの男、笑っているのか)
男は司会者の視線に気づくと、楽しそうに目を細めた。
その前の席にいた貴族が振り返ったが、男は何事もなかったように姿勢を正した。
「司会殿」
前列から呼ばれ、司会者は顔を戻した。
「手元にあるものが、打ち合わせに使った書類か?」
司会者は胸元の紙を見下ろした。
「……はい」
「では、それを見せていただこう」
司会者は王女を見た。
王女は首を横に振っていた。小さく、何度も。その隣で、ロザリーは両手を膝に置き、司会者の持つ書類を見つめていた。
「お渡しするわけにはまいりません」
司会者は、ようやくそれだけを言った。
けれど、続く言葉を止めることはできなかった。
「私が申し上げたことが、すべて本当だとわかってしまいますので」
後方の男が、とうとう声を立てて笑った。




